アイラに秘密……? ないない!
翌日やってきた、新しい侍女――イヴェリンの手配した在野の魔術師――は、他に仕えている侍女たちと違って、中年の女性だった。アイラの父より年は上だろう。
「ベリンダ・キース――どうぞよろしく」
にこにことしながら、アイラを含めた他の侍女たちに挨拶する。ぶっきらぼうなしゃべり方だが、灰色の瞳は人好きのする雰囲気を漂わせている。
「一応侍女頭として入ることになったから、表向きはそのつもりで。それと、エリーシャ様と皇族の方々の夕食会には付き添わないからよろしく――何か聞かれたら、その間にあなたたちの部屋のチェックでもしてることにしておいて。おっかないばばあだって言ってかまわないから」
アイラはまだベッドを出ることを許されていない。エリーシャの寝室で、顔合わせをすませると、アイラ一人を残して皆エリーシャの寝室を出て行ってしまった。
寝室の扉を閉めてしまえば、あとはほとんど静かになる。アイラはうとうととしていた。
ベリンダが戻ってきたのは、エリーシャの作った図書室に行ってしばらくしてからだった。
「アイラ、起きてる?」
アイラは眠い目をこすりなら開く。
「――何」
「ジェンセンが最後に見てた本は、これ?」
アイラはベリンダの差し出した本を手に取った。
「死者操術――これも、最後に読んでたと思う。他にもあと何冊か」
「わかった。それと、もう一つ聞いていい?」
アイラは首を傾げた。
「ジェンセンは、あんたに何か魔術に関する教育を与えたり、魔術をかけたりとかしてた?」
困惑に、アイラの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「魔術の教育は全然――才能ないらしくて。魔術の実験台にはよくされたけど、そういう話ではなくて?」
「ん、ちょっと考えてたのとは違うかな」
アイラの表情が険しくなるのを見て、ベリンダは手を横に振った。
「たいした話じゃないんだ。あのジェンセンだから、あんたに何で保護の魔術をかけなかったのかなって思っただけ。起こして悪かった――また、何かあったら聞くと思うけど」
アイラがまた目を閉じたのを確認して、ベリンダはぽんぽんと布団の上から叩く。
それから侍女のお仕着せに身を包んだ彼女は、アイラを残してエリーシャの寝室を出ると、そのまますたすたと廊下を進んでいった。
周囲を気にすることなく、後宮からも出て、魔晶石で壁が作られた区域へと進んでいく。
「カーラ、いるんでしょ?」
「あれ、ベリンダ、どうしてここに?」
以前アイラが訪れた時同様、髪を後頭部の高い位置で一つに結った眼鏡の青年はベリンダを見て驚いた表情になる。
「んー、あぁ。今日から皇女付きで入ってるんだ」
「そのお仕着せは侍女だよねぇ?」
「皇女宮内に大量に魔術書が運び込まれててさ、そっちの解読に呼び出されたってわけ」
カーラは研究していたらしい何かを置くと、ベリンダに近くの椅子を勧めた。
「あぁなるほど――そういや、ジェンセン・ヨークの姉弟子だったもんね――僕も同じ師匠だけど、僕が入った時は、彼はもう独立してたからなぁ」
記憶を掘り起こしていたらしい彼は、ぽんと手を叩いて納得の表情になる。
「才能じゃ、あっちの方がはるかに上だったけどね――で、娘のアイラには会ったことがあるんでしょ」
「あるよー、けっこう可愛いよね」
胸が貧しいけど、とよけいな感想を付け足してカーラは掌で指輪を転がした。
「この指輪を作るようにってエリーシャ様に言われて、渡した時に合ったよ。強引に術を解かれて壊れたけど。今度は容易に解かれないようにしないとなんだけど――」
アイラは魔術師じゃないから難しいんだよね、とカーラはため息をつく。
「あの子、おかしいんだけど気づいた?」
え? とカーラは作業の手を止めてベリンダの方を見た。
「この本」
ベリンダは手にしていた「死者操術」の本をカーラの方へと突き出す。
「ああ、死者操術? これ入手困難なんだよねぇ」
「――あの子、この書物のタイトルをすらすらと読んだ」
眼鏡の縁越しに、カーラはベリンダを見上げる。
「……それって」
「おかしいだろ?」
ベリンダはカーラから本を取り戻した。
「この本は、一般の人間が見れば何が書いてあるのかタイトルすら読めないのはわかるよね? たとえ、魔術書を読める程度に学んだ人間が見たところで――」
ベリンダは目を細めて、タイトルを解読しようとした。
「初級魔術師あたりなら、おいしいお魚料理のレシピ集にしか見えないはず。それをあの子はさらっと『死者操術』と読んだ」
「ジェンセンが教育したんじゃないの?」
「あの子に聞いたら、そういう教育はいっさい受けていないんだって。じゃあ、ジェンセンが読めるように魔術でもかけたのかと彼女にかけられた魔術の痕跡をたどってみてもいっさいない。本人に聞いても覚えはないって――実験台にはさんざんさせられたらしいけど、その時の痕跡も残ってないから……」
「それは、おかしいねぇ?」
カーラも不思議そうに首をひねる。
「まあ、一つだけ考えられるとすれば――こっちの仕掛けに何かある、かなぁ。娘が読めるようにしておけば、整理とか頼めるものね」
ベリンダは手にした本を見つめた。この本には、ジェンセンの手によって読むことを許可された者には魔力が通じないよう仕掛けが施されている。エリーシャが読むことができたのはそのためだ。
魔術師二人は顔を見合わせたが、結局、仕掛けの謎についてまではわからなかった。
たくさんのお気に入り登録ありがとうございました。
正直、ムーンライトノベルズではなく、小説家になろうの方でこれだけのお気に入り登録を頂くのは初めてです。
いつもと違うパターンなので、受け入れてもらえないかも……と、名前を変えて書いていたのですが、どうやら受け入れていただけたようなので、検索サイト登録をきっかけに元の名前に戻しました。
今後とも後宮皇女をどうぞよろしくお願いいたします。