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皇女宮に戻って

 いざ出発という時になってもめたのは、アイラがどうやって馬車まで移動するかという点だった。

「……自分で歩けますって」

 アイラはそう主張したものの、いざ立ち上がろうとすると傷が痛くて、まっすぐに立っていることさえできない。

「俺が抱えていってやる」


「――間に合ってますって――!」

 もう一度主張するが、間に合うもなにもアイラが移動しなければ、どうにもならないわけで結局フェランに横抱きにされていくことになってしまった。

「羨ましいわぁ、フェラン様のお姫様だっこ」

 そう言うファナと変われるものなら変わってやりたいけれど、そういうわけにはいかないだろう。


 アイラの素顔を知っているのは、限られた者たちだけだ。だから、アイラはこんな時でもいわゆる不細工メイクを施すことになってしまった。

 頭からすっぽり毛布にくるまっているから、今はその下の素顔を見るのもなかなか難しい話なのだが。


 意外にもフェランはごく丁寧にアイラを座席に座らせて、自分の持ち場へと下がっていった。

 馬車には別荘中からかき集めてきたクッションが敷き詰められている。恐れ多くも座席の一つをアイラが占領し、皇女と侍女二人は床の上と座席に別れて乗り込んだ。

「――席、占領しちゃって――」

「いいのいいの。アイラは怪我人なんだから」


 それにしても、とアイラは馬車の座席に頭をもたせかける。父はどこに行ってしまったのだろう。

 こうして、皇女一行は予定よりずいぶん早く後宮に戻ることになったのだった。


□■□ ■□■ □■□

 

 戻った皇宮は大騒ぎだった。裏で糸を引いているのが皇后だったとしても、証拠は何もない。おまけに化け物たちの存在は秘密にするようにと言われている。

 皇女滞在を知った何者かによって別荘が急襲されたが、騎士たちの活躍によって皇女は無事に救出されたというのが貴族たちに公表された事実だった。


 帰城と、状況の説明に赴いたエリーシャは、渋い顔をしながら帰ってきた。

「よく考えたらおばあ様も狸よね! わたしなんかがかなうはずないのよね」

「どうなさいました?」

 イリアがたずねる。

「わたしが顔を見せても顔色一つ変えないのよ。大変だったわねって逆に慰められたわ」


 床に置いたクッションにどすんと座って、エリーシャは腕を組んだ。

「……本当に皇后陛下が関わっているんでしょうか?」

 アイラの問いにも、エリーシャは渋い表情を崩さない。アイラがベッドを離れられないものだから、必然的に皆が集まるのもエリーシャの寝室になった。

「わかんない。とにかく情報を集めて、集めて――よね」

 

「それにしても驚いたわ。アイラのお父様が、『あの』ジェンセン・ヨークだったなんて――同姓同名だとばかり思ってた。今は何を?」

 イリアの問いにアイラは首を横に振った。

「わからない。父さんは父さんで何か調べているみたいなんだけど、詳しいことは教えてくれる時間はなかったから」


「アイラをここに入れたのは、人質として利用されるのを防ぐためだったのね」

 感心したように、イリアは言う。

「売り飛ばされたなんて、冗談だったのね!」

 ファナの言葉に、苦笑いしか返せなかった――売り飛ばされたというのとは少し違うだろうが、借金の件はどうなっているのかあとでゴンゾルフ夫妻に確認しなければ。


「ああ、そうそう。明日からもう一人ここに侍女が入ることになってる。イヴェリンが手配してくれた魔術師が侍女としてくることになったから――」

「明日から、ですか。では控え室を一つ使えるようにしなければいけませんね」

 立ち上がりかけたイリアをエリーシャは制した。

「まだいいわ。明日の午後になるから午前中にしてくれれば」


 今日のエリーシャは、「襲撃により激しい精神的ショックを受けた」ために皇女宮に引きこもっていることになっている。実際は精神的ショックを受けているどころか、むくむくと闘志をわき上がらせているところなのだけれど。

「アイラは、医者の許可が出るまでベッドから出ないように」


 エリーシャがそう言ってくれるのはありがたかった。わき腹の傷は痛いし、頭がぐらぐらする。

 イリアが飲ませてくれた薬湯は甘くてとろりとしていた。

「それじゃ、アイラはゆっくり休んでちょうだい。イリアとファナは厨房から何か食べる物をもらってきてちょうだい」


 やがて、厨房に走らされた二人が戻ってくる。

 エリーシャがやけになっているのがわかっているらしく、二人の押してきたワゴンには十人分はあるのではないかと思われるほどの食べ物が満載だった。

「アイラ、何か食べたい物はある?」

 食欲はなかったから、アイラは首を横に振る。床に座っていたエリーシャがぴょんと立ち上がった。


「それじゃ、わたしたちは居間に移動しましょ」

 かたかたとワゴンを押す音が居間の方へと遠くなっていく。アイラはエリーシャの気遣いに感謝しながら天井を見上げた。

 イリアのくれた薬湯のおかげで、わき腹の痛みは少しだけましになっている。明日にはもう少しましになればいいけれど。

 これから先のことは頭から追い払う。先のことを考えれば不安になるから。


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