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皇女様、温泉に行く

「うああああ! やってらんないってーの!」

 面会用に身につけたドレスを脱ぎ捨てながら、エリーシャはわめいた。

「なんなの? あの男、なんなのよ! どう冷静に見たって使えないじゃない!」

「……でも、なかなか美形でしたよ。エリーシャ様」

 アイラは厨房から持ってきたパイをテーブルに並べながら言った。

「ふん、美形だからって役には立たないわよ」

 それは当然なのだから、アイラもそれ以上は何も言わない。

 

 栗のパイだけでは足りなくて、一緒にカボチャのパイとクッキーをもらってきた。香りの高いお茶をイリアが各自のカップに注ぐ。

 いつもの気楽な格好に戻ったエリーシャはソファに腰を落とすと、行儀悪く胡座をかいた。

「あいつにタラゴナ帝国を一緒に背負ってもらう気にはなれないわ」

 夕食までそれほど時間があるわけではないのだが、エリーシャは気にしない。半ばやけの勢いで、テーブルに並んだ菓子を片っ端から口に運んでいく。


「なんというか、父親に生気を全部吸い取られたという感じだったわよね」

 エリーシャはアイラに同意をもとめる。苦笑いでアイラはうなずいた。

「覇気のない感じであったのは、事実ですね」

「あー、やってられない。あれが今後好き勝手に面会をもとめてくるのかと思うといらいらするわ!」

「お断りするわけには?」


 アイラを横目で見て、エリーシャはふんと鼻を鳴らした。

「おばあ様に逆らうことなんてできると思う?」

 エリーシャにも怖いものがあるらしい。たしかに皇后は厳格そうな人ではあるが。

「……決めた」

 最後のクッキーを口に放り込んでエリーシャは宣言した。

「明日から温泉保養に行くわ!」

 三人の侍女たちは顔を見合わせた。


□■□ ■□■ □■□


 幸いなことに――重要な公務は予定には入っていなかった。家庭教師と侍女たちを同行させて、エリーシャは都のウォル・タラゴナを離れた。

 皇帝や皇后をどうやって言いくるめたのかまでは、アイラの気にするところではない。

 荷造りをするのに侍女たちは多少時間をとられたけれど、エリーシャは華美な衣服も宝石類も持って行く予定はなかったから、徹夜作業にはならなかった。


 こうして、翌朝には四人は一つの馬車に乗り込んでいた。三人の家庭教師はもう一台の馬車に乗せられている。

 馬車の周囲は、皇女近衛騎士団の騎士たちによって厳重に警戒されている。宮中での勤めもあるゴンゾルフは来なかったものの、イヴェリンとフェランとライナスは同行していた。


 エリーシャが選んだのは、ウォル・タラゴナから馬車で一日行ったところにある皇帝家の持つ別荘だった。

 もともとは代々の皇族たちが長患いの後、療養するのを主目的として建てられた別荘だが、周囲には風光明媚な場所が多いために休暇を過ごす場としても使われている。

 子どもたちが遊ぶのにちょうどいい森や湖も近くにあって、エリーシャも幼い頃はここで夏を過ごしたらしい。


「急なお越しで驚きました」

 この別荘を預かっている家令がエリーシャとその侍女たちを出迎えた。

「……気苦労が絶えないのよ。なかなかそれを発散する場もなくて――精神的に疲れているの」

 ――嘘つけ! とこの場に居合わせた三人の侍女たちは心の中で同時につぶやいた。毎晩のように飲み歩いているくせに。


「午前中はのんびりするわ。午後は家庭教師たちと――一週間ほど滞在予定よ。朝の乗馬もいいわね」

「かしこまりました」

 屋敷に仕える者たちに指示を出すために、ここで家令は退室する。


「さてと」

 エリーシャは家令が出て行くのを見送って、侍女たちに荷物を解くように命じる。身体を締め付けない、ゆったりした衣服が多い。

 エリーシャが使う部屋は、屋敷で一番いい部屋だった。城の部屋と同様、侍女たちの控え室がついている。


 先に使いを走らせてあったから、城と同じようにエリーシャの部屋にはもう一つベッドが用意されていた。アイラはここで眠ることになる。

「さーて、温泉、温泉!」

 別荘の地下には、直接温泉を引き込んだ浴室がある。そこに行くと、エリーシャは入浴着を出すように命じた。


 浴室は、地下に自然にできた洞窟を利用して作られていた。天井にはいくつか光を取り入れるための穴があけられていて、そこにはさまざまな色合いのガラスがはめ込まれている。

「後であなたたちも使うといいわ」

 入浴着をまとって、ざばざばとお湯の中に進みながらエリーシャは言った。

「ここのお湯、疲労回復にいいって言うんだけどそれ以上に肌がつるつるになるんだから」

「ありがとうございます」

 入浴を手伝っていたファナが侍女一同を代表して返した。


「それで、本当の目的は何なのですか、エリーシャ様?」

 長湯を終えたエリーシャに、簡素なドレスを着せつけながらイリアがたずねる。

「ただの温泉目的ではないですよね? どなたかにご面会のご予定でも?」

 使い終えたタオルを畳んでいたアイラは、意味がわからずきょとんとした顔でイリアとエリーシャを交互に見た。


「うん、人にも会うんだけどね――やっぱり後宮は息苦しくて」

 珍しくエリーシャは深々とため息をつく。それから、勢いよく立ち上がると元気よく「お酒!」と命じたのだった。

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