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憧れのそれはそれは立派な……

 ワインが足りないと、それから酒蔵まで二度往復させられて、エリーシャが眠りに落ちたのは真夜中過ぎだった。

 やれやれ。散らかったテーブルを片づけながらアイラは苦笑する。結局エリーシャのペースに乗せられてしまった。

 ひょっとして、父に愛されてないのではないか――常日頃、そんな不安を抱えていたのは否定できない。


 彼は、アイラには何も話してくれなかったから。

 宮廷魔術師だった過去は教えてくれたけれど、どの程度の腕の持ち主だったかなんて、エリーシャに教わるまで知らなかった。

 彼女は、父の書物の中から何を探し出すつもりなのだろう。当面は、エリーシャの調査につき合うことになりそうだ。


 テーブルを拭いていたアイラの手がとまる。

 アイラの一番の利用価値というのはそこなのではないだろうか。アイラ自身は魔術師ではないけれど、父の研究室を片づけていたから、中に何が書いてあるのかくらいはわかる。

 ――だとしたら。

 食えない人だ。護衛侍女だの影武者だの夜遊びの相手だの――それでも、なぜか嫌な気分にはならなかった。


 翌朝、目覚めたアイラは慣れない二刀流の稽古が終わった後ライナスについていくように命じられた。せっかくの美形騎士との二人連れだが、あいにく今日も不細工メイクだ。

「おまえ、ほどほどにしておけよ」

 ちゃらちゃらした印象のフェランとは違って、こちらは寡黙な印象だ。余計なことは口にしないというか。

 その彼が口を開いたものだから、思わずアイラの背筋も伸びる。


「ほどほどにって何がですか?」

「皇女殿下だ。後宮の外にお出しするな。お前がおいさめしろ」

「そんなの無理ですよー。力尽くでとめようにも、あの方にかなうわけないですし」

 むっとした顔になったライナスは、アイラが追いつけないのもかまわずにぐんぐん足を速める。その後を追っていたアイラは気がついてしまった。


 あれはエリーシャ様に好意があるな。

 ライナスがエリーシャに厳しいのは、彼女の身を案じているから。そこに単なる忠誠心以上のものをアイラは感じ取っていた。

 こういうことに関してはアイラの勘はよく働くのだ。あいにくと、彼女自身について働いたことはないのだが。


 かわいそうにねぇ、身分違いの恋だし叶うはずもないじゃない――と勝手に心の中でライナスに同情している間に、二人は後宮を出て前宮に入っていた。

 ライナスは、その中の一画にアイラを連れて行く。

「ここ、何なんです?」

 アイラは周囲を見回した。今までの壁は白い石でできていたが、ここの壁は違う。


「魔術研究所として使われている一画だ。壁は魔晶石で作られている」

 魔章石とは魔術師の力によって生み出される鉱石だ。あらゆる魔術をはねのける力、あるいは魔術によって生み出された力を吸い込むとされている。

「魔晶石なんて貴重品じゃないですか!」

 思わずアイラは声を上げた。


「当たり前だ。中で魔術が暴走した時、皇宮全体を守らなければならないんだからな。研究所の区域全ての壁が魔晶石で作られている」

「うわーお」

 魔晶石を作るのにどれほどの労力がかかるのか――正確なところはアイラにはわからないが、全ての魔晶石が煉瓦程度のサイズに統一されている。おそらく、その一つ一つを作るのに、魔術師たちは必死の努力を払ったはずだ。


「それなら、魔術研究所を皇宮から離れたとこに作ればよかったのに」

「おまえは馬鹿か」

 ライナスの口から出る一つ一つの言葉は短いのに、鋭い。怖がらなければならない相手でもないから、アイラも思いきり頬を膨らませるに留めておいた。

「この国で一番安全なのはここだろうが」

「そりゃまー、そーですけどねー」

 棒読みな返事なのは、アイラ自身がそれをよくわかっているから。


 国精鋭の騎士に守られ、有力な魔術師たちが集まるこの皇宮が一番安全な場所だろう。他国の密偵が入る隙もないに違いない。

「……ここだ」

 ライナスは、一つの扉の前にたどりつくとそこを叩いた。

「どうぞぉ」

 中からはやけにのんびりとした声が返ってくる。


「あ、僕カーラ。一応ここの魔術師ね、よろしく。エリーシャ様に頼まれていろいろあれやこれややるのが一番大事なお仕事――あ、君が護衛侍女? 不細工だねぇ」

 言いたいことを言ってくれる男だ。眼鏡がずり落ちかけているが、まあまあ男前。

 不細工はメイクのせいだと言いたい。声を大にして言いたい。言うわけにもいかないけれど。

「まあ、髪の色と目の色を合わせて、あと乳のサイズだけどうにかすればそれっぽく見えるってエリーシャ様がおっしゃってたからさぁ、だいたいそんな感じにしといたよ」

 ぺらぺらとしゃべると、彼はアイラに細い銀の指輪を手渡した。


「侍女が身につけてもあまり叱られないアクセサリーって指輪だけなんだって? だから、指輪の形にしておいた。だから、普段から指にはめておいて、いざって時は――」

 彼はアイラの手を取って、左手の中指にそれを滑り込ませた。

「こう命じればいい。『光の精霊よ』で、君の名前において命じるって続けて――『我に偽りの姿を与えよ!』で発動するはず」


 素直にアイラは命じられた呪文を繰り返した。一瞬、アイラの姿が光に包まれる。次の瞬間、鏡見たアイラは驚いた。

「……憧れの巨乳……!」

 限りなく真っ平らな胸元がエリーシャのように豊かに盛り上がっている。侍女のお仕着せがきついくらいだ。


「そこで喜ぶのか……」

 ライナスは額に手をあてた。

 髪の色も、目の色もエリーシャと同じように変化していた。不細工メイクを落とせば、かなりそっくりに見えるはずだ。


 元の姿に戻る方法も教わってアイラは部屋に戻った。アイラが命じるか、あるいは丸一日たつかまでは、エリーシャそっくりの姿を保つのだそうだ。

 その夜、エリーシャに懇願されて目の前で姿を変化させられたあげく、胸を鷲掴みにされたのは完全な余談である。


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