表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/87

アイラの利用価値……?

 父が宮廷魔術師だったというのは知っていたし、宮廷を辞してからも大枚はたいて書物を取り寄せては熱心に研究をしているのも知っていた。

 飲んだくれてふらふらしている父でも、自宅に設けた研究所にいる姿だけはアイラも尊敬していた。けれど、最高の魔術師だったなんて言われても信じられない。


「わたしの知ってる父は、時々まともだけど大概くそ親父ですよ。だいたい、わたしがここにいるのだって、借金の肩代わりですからね。ゴンゾルフ団長に売り飛ばされたようなものです」

「知ってる。ゴンゾルフから話は聞いてるわ。借金の証文あって、ラッキーだとも思ったけど」

 悪びれない顔でエリーシャは言った。アイラに空になったグラスを突き出してお代わりを要求する。お代わりを注ぐと、それは一気にあおられた。


「ラッキーってどういうことですか?」

「あなたをわたしの側に置く理由ができたから」

「わたしを、エリーシャ様の側に……?」

 ひょっとして、平凡な自分でもエリーシャは必要としてくれる?

 やっていることはいろいろめちゃくちゃだけど、光の女神のように眩しいこの人が。それを嬉しいと一瞬喜んだのに、エリーシャは次の瞬間それをぶちこわした。


「そうよ、あなたちょうどいい相手だったんだもん。わたし、護衛なんて必要ないのに護衛侍女をつけろって皆うるさいしね! ちょっと剣が使えて後宮に入ってくれる女の子なんてめったに見つからないもの!」

 後宮に入るというのは、いつ皇帝の手がついてもおかしくないということである。それがたとえ皇女宮に仕える侍女であったとしても、だ。


「おじい様ももう六十でしょ、おまけに後継者争いを最小限にするためにもう子どもは持たないって決めてるし。まあ、子どもが成人するまで生きていられるかどうかっていうのもなかなか難しい話なんだけど」

「はぁ……」

「六十過ぎたじーさんにどうこうされても、うまみがあるならともかく、何もないでしょ。将来の皇帝の外戚になれるわけでもないんだし――まあ、後宮にいる間は贅沢三昧だけど、貴族の娘ならたいがい金銭的には困ってないわよ」

 特有のあけすけな口調で、エリーシャは後宮の現状を描写する。


「まあ、そんなわけで、このところ後宮に上がりたがる娘が減っていてねー。ま、たいしたうま味もないからしょうがないんだけど。リリーアの方は親戚の娘を侍女として入れてるけど、こっちはそんなわけにもいかないでしょ」

 そんな理由で後宮が人手不足だと聞いて、アイラは驚いた。

 皇女の身の回りをするくらいどうってことないだろうに。とはいえ、アイラも最初話を聞いた時は皇帝の相手をさせられるのだと思い込んだのだから、大差ないのかもしれない。

 

 そして、護衛侍女をつけろとうるさい相手も何となくわかってしまった。主にゴンゾルフだろう。皇女宮内に出入りできる騎士は彼と彼の妻だけ。二人とも近衛騎士団ではトップにいるのだし、皇女につきっきりというわけにもいくまい。

 アイラに後宮の現状を説明したエリーシャは、再び話を戻す。


「ジェンセン・ヨークが身を持ち崩した原因は知らない。でも――魔術を手放せないのもまた、彼らしいとは思うわ――王宮を離れても何か研究してたって聞くもの。だからこそ、セルヴィスはあなたを欲しいと思ったのでしょ」

「わたし? わたしなんて――ただの平凡な一般人ですよ。父の才能受け継いでりゃ、また話は違うのかもしれませんが、カフェで皿運びするのがせいぜいで」

 アイラに父譲りの魔術の才能があると――そう思ってのことなら、セルヴィス皇子の誘いにも納得がいく。優れた魔術師を抱えておくのは、皇族にとって悪いことではない。


「馬鹿ね。あなた自身が平凡か非凡か――そんなこと関係ないわよ」

 エリーシャはチーズを口に放り込む。

「いざって時に、あなたをジェンセンに対する人質とか取引材料として使う――セルヴィスが考えているのは、せいぜいそんなところでしょうよ」

「人質、ですか」

 アイラの顔が曇った。アイラを人質に取ったとして、父はアイラのためにセルヴィスの出した条件を呑んでくれるのだろうか。


「わたしが、その役を果たせるかどうかはわかりませんけどね」

 父に愛されている自覚なんてなかったから、口調がつい、惨めったらしいものになってしまう。それを聞いたエリーシャは大笑いした。

「だから、セルヴィスは馬鹿だっていうのよ!」

「馬鹿……」

「そう、馬鹿。馬鹿、も馬鹿、も馬鹿、よ」

 馬鹿をやたらに連発しておいて、エリーシャは息をついた。


「人質なんて、一番卑怯な手段なのにね――それを使わなきゃならない時があるってことは認めるけれど、少なくともあなたの場合はそれは当てはまらない。それがわからないどアホウに皇位は渡せないわね!」

「人質としての価値すらないってことでしょうか」

「うーん、それはちょっと違うかな」

 エリーシャは首を傾げた。それから、アイラに向かってぴしりと指を突きつける。


「あいつが馬鹿だって言うのはね、あなたに人質以上の価値があるって認めないとこよ!」

「人質以上の価値……?」

「そうよ!」

 エリーシャは自信満々で言う。

「だって、夜遊びにつき合ってくれる侍女なんて便利でしょ!」

 一番の利用価値はそこか! アイラの肩が落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ