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そんなこと言われても信じられません

 夕食は、エリーシャの居間に集まって食べることになっていた。イリアが厨房から温かい料理の載せられたワゴンを押してくる。

 ファナはテーブルにクロスをかけ、食器を並べ、酒蔵からワインを持ち出し――と、アイラが留守にしている間に全ての用意が終わっていた。

「ごめんなさい、用意もしなくて」

 アイラが謝ると、二人とも笑う。


「いいって――大変だったんでしょう?」

「一日中、本を並べていたって聞いたけど」

 確かにあの作業は大変だった。まだ行っていないけれど、父の研究所はがらんとしていることだろう。

 準備を手伝わなかった分、食事の後片付けはアイラが一人で引き受けた。使った食器を厨房に戻し、ゴミを捨てる。


 ワゴンを厨房に置いて戻ってくると、侍女たちはすでに自分たちの部屋に引き取った後だった。

 本当にエリーシャの侍女というのは楽をさせてもらえるものらしい。エリーシャは戻ってきたアイラを手招きする。

「何か不自由なことはない?」

「ないですよ、別に――ああ、そう言えば」

 アイラの様子に、エリーシャは首をかしげる。かまわずアイラは続けた。


「ここに来てから急にモテ始めたんですよね」

「モテ始めた?」

 行儀悪く床に立て膝をして、エリーシャはたずねる。

「ええ、フェラン様には誘われるし、セルヴィス殿下にも誘われるしで。わたしみたいな平凡な一般人を誘うからには何か裏があるんでしょうねぇ」

 と、ここでアイラは思いついた選択肢を上げた。


「ひょっとして、罰ゲームですか?」

「罰ゲーム?」

「ええ、皇女宮と皇子宮で何かかけてて、負けた人がわたしをデートに誘うとか」

 エリーシャは首を横に振る。

「そんなはずないでしょ。何が悲しくて侍女をデートに誘わなきゃならないんだか――フェランはともかく、セルヴィスの方は気になるわね」

 剣を握っているとは思えないほど、形のいい指先を顎に当ててエリーシャは考え込んだ。


「うぅん……アイラ」

「はいっ!」

「酒蔵からワイン持ってきて。あとチーズ」

 酒かよ――とはつっこめなかった。主の命令には従わなければ。ワインの瓶とチーズを抱えて戻ってくると、エリーシャはソファの上で膝を抱えていた。


 アイラはグラスにワインを注いで、エリーシャの前に差し出す。皿に盛りつけたチーズをその隣に並べると、自分は床のクッションに座った。

「フェランはねぇ、たぶん、アイラ自身に興味があるんだと思う」

「わたしに? 騎士様に興味持たれるような理由ないですよ」

 さらりとアイラは自分自身のことを下に落とす。


 エリーシャはグラスのワインを一息に空けた。アイラはすかさずお代わりを注ぐ。

「まあ、あれは女なら誰でもいいってとこがあるのも事実だけどね」

 ばさりと切っておいて、それからエリーシャは真面目な表情になった。

「とりあえず、フェランは置いとくとしても、よ――さっきも言ったけど、気になるのはセルヴィスの方」

「セルヴィス殿下、ですか?」

 また、グラスが空く。アイラはお代わりを注ぐ。


「あなた知ってた? セルヴィスの母親のリリーアってこの国の人間じゃないのよ」

「ああ――、そう言えばそうですね。忘れてましたけど」

 後宮にはあちこちの国の女性がおさめられていると聞く。皇帝がどこの国の女性に伽を命じていようがアイラの知ったことではないから、今まで気にしたこともなかった。

 後宮内ならどうなのかわからないが、後宮の外にまで女性たちの素性についての情報が流れてくることは少ないということもある。


「そう、彼女はダーレーンの出身なの」

 ダーレーンとは、タラゴナ帝国と国境を接する国だ。今のところは、互いの関係はうまくいっているはずだ。国境の侵犯などを犯しているわけでもないし、交易もさかんに行われている。

「わたしの母は、タラゴナ国内の出身――これがどういうことかわかる?」

「うぅん……」

 アイラ程度の頭で考えつくことなど一つしかない。


「セルヴィス殿下が後宮内で権力を持てば、ダーレーンに有利にいろいろできるってことですか?」

「半分正解」

 エリーシャは肩をすくめた。

「わたしを廃して、セルヴィスを即位させたいんでしょうよ――この国の皇位は男女関係なく生まれた順が基本だしね」

 正確には、そこに生母の身分が加味されて結論が出されることになるが、エリーシャは正妃の娘だし、故オルーシャ妃は、タラゴナ帝国内でも高位の貴族の家系だった。


「だから、わたしが欲しいんですか? 意味わかんないです」

 エリーシャの弱みを握りたいのならば、アイラより長く仕えているファナやイリアの方がセルヴィスにとって有用な情報をいろいろ流せるのではないだろうか。

 いや、それを言えば毎晩のように後宮を抜け出て飲み歩いていること自体問題になりそうなのだけれど――それにしたって皇女を廃するほどのものではないはず。


 エリーシャは笑った。

「馬鹿ね、あなたが宮廷魔術師、ジェンセン・ヨークの娘だからよ」

「わたしが父の娘?」

 ますますわけがわからない。あんなしょぼくれたくそ親父の血を引いているからといって、セルヴィスがアイラを欲しがる意味などあるのだろうか。

「あら、あなた知らないの? ジェンセン・ヨークと言えば、タラゴナ帝国最高の魔術師と言われた男なのに」

 考えてもみなかったエリーシャの言葉に、アイラは首をぶんぶんと横に振ることしかできなかった。


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