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皇子様にも誘われました――裏ありですね!

 翌日には、父ジェンセンの研究室に置かれていた本があらかた皇女宮に運び込まれる。基本的に皇女宮の中に出入りを許される男性はゴンゾルフだけだから、大量の木箱に積み込まれた本を運ぶのは彼と、下働きに雇われている女性たちだった。

 二人一組で重い本を運んでいる彼女たちには気の毒だが、これも皇女の命令なのだからしかたない。それはともかくとして、皇女宮にはあきれるほどたくさんの空き部屋があった。

「ずいぶんたくさん部屋が余っているんですね」

 イリアとファナの二人に、皇女に一番近い侍女の地位を譲られてしまったアイラは、本を見ているエリーシャと一緒にいた。


 まあ、ここにある本はアイラの父の持ち物だからアイラでなければわからないというのも事実ではあるが。

「まあね。どうもおじい様、子どもを作る能力が薄かったらしくてねー」

 何でもないことのようにエリーシャが言う。アイラはぎょっとして、エリーシャを見た。

「子どもの数を見ればわかるでしょ。愛人何人も後宮に入れたってのに、結局成人した子どもって亡くなったお父様だけなんだもの」


「……そういうものでしょうか」

 アイラは、運び込まれた木箱の中身を確認する。エリーシャの命令で研究所に行った騎士たちは、中身を丁寧に扱ってくれたようだ。

「平民の娘に手を出した時に、できたとかできなかったとかいう話も聞いたけどね」

 エリーシャの口調はあけすけだ。アイラが想像していたのとはまるで違う皇女らしからぬ言動はどこからくるのだろう。

「それはともかく、お父様も子どもをたくさん作る前に亡くなったでしょ。わたしとセルヴィスだけだもの」

 エリーシャは一歳違いのセルヴィス王子とは、母親が違う。


 本来は皇帝になってからでないと後宮の住人を増やすことができないのだが、皇太子一人だけだったということもあって、皇太子宮に女性たちを置く区画をもうけたのだという。

「それだって、リリーア一人でしょ。だから、今は皇女一人、皇子一人。本来なら、皇女宮は何人もの皇女がいて、この区画を分け合ってるのにそれができていないってわけ」

 だからなのかとアイラは納得する。昨日通った隠し通路。その入口がある部屋は、長年の間使われていないようだった。


「ま、部屋が余っているというのはありがたいわ」

 悪びれない口調でエリーシャは言った。皇宮内のあちこちからかき集めてきたのだろう。種類のばらばらな書棚が壁にそなえつけられて、そこは急ごしらえの図書室のような雰囲気になっていた。

「とにかく、あなたの家から持ってきた本をここに全部並べてちょうだい。それから、夕食までは自由にしてていいから」

「――護衛は?」


「必要ないっしょ」

 エリーシャは肩をすくめる。

「それもそうですね。エリーシャ様の方がお強いですし」

 エリーシャの腕は、どこで磨いたものなのだろう。近衛騎士団の騎士たちを倒していく手際は鮮やかだった。


「というか、今日は後宮から出る予定ないしね――今のところは。午後からはダーレーン公用語の勉強。嫌になっちゃう」

「では、こちらはおまかせください」

 心底嫌そうな顔をして出て行くエリーシャをアイラは見送る。それから、壁の方に向き直ると、下働きの侍女たちにてきぱきと指示を出し始めた。


 侍女たちに頼んで本を並べ終わったのは、もう夕食間近という頃だった。

 今日は皇帝の命令で集まることはないから、エリーシャの私室での夕食となる。そこでの夕食は、いたって気楽なものだと先輩侍女二人から聞いていた。

 雰囲気的には、昨日の酒盛りにかなり近いらしい。主従関係なく同じテーブルにつくのだとか。エリーシャについていくのは、ものすごく大変だけれど、何とかやっていけそうだ。


 剣の稽古もさせてもらえるし、カフェの客にお尻を撫でられることもない分、こちらの方が性に合っているかもしれない。

 そんなことを考えながらアイラは庭園に出る。ここは後宮の住人と使用人たちしか出入りを許されていない。

 せっかくもらった自由時間、夕食前に少し散歩するつもりだった。


「君がアイラ?」

 アイラに声をかけたのは、セルヴィスだった。

「アイラ・ヨークでございます――殿下」

 アイラは、場所を間違えたのだろうかときょろきょろする。いつの間にか皇子宮の庭に入り込んでいただろうか。


「大丈夫、君は間違えてないよ。僕が皇女宮に乱入してきただけだから」

 セルヴィスは笑う。笑うと、意外なほどにエリーシャそっくりだった。

「何かご用ですか?」

「うん」

 セルヴィスは悪びれない笑顔のまま言う。アイラをまっすぐに見つめて。

「君を、誘いにきたんだ。エリーシャじゃなくて、僕の宮で仕えない?」

 アイラは眉を寄せた。


 髪色を変えれば、エリーシャとどことなく似ている日頃の容姿ならともかく、今はゴンゾルフ直伝の不細工メイクだ。アイラに興味を持っての誘いとは思えない。

 そう言えば――と、アイラは剣の稽古の時のことを思い出した。フェランもアイラに誘いをかけてきた。

 フェランはアイラの素顔を知っているけれど、名門貴族の指定なのだから相手ならよりどりみどり。わざわざアイラを誘う必要はないはず。


 急遽モテ始めたのなら嬉しいけれど――この誘い、裏がある。

 アイラのような平凡な人間を、欲しがるには何らかの事情がなければならないのだ。

「――ありがたいお申し出ですが、殿下」

 アイラは一礼する。

「ゴンゾルフ団長と契約しておりますので勝手に契約先の変更はできないんです、殿下――では、失礼いたします」

 裏がある誘いになんて乗れるか、こんちくしょう。アイラは皇子を残して急ぎ足にその場を立ち去った。


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