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騎士様に誘われました

 ご機嫌で店を出てきたエリーシャと、その後をちょこちょことこついているアイラを呼び止めたのは、皇女近衛騎士団の二人だった。

 ライナスは不機嫌そうに胸の前で腕を組み、フェランは壁によりかかって制服のポケットに手を突っ込んでいる。

 酒場から出てきたエリーシャにフェランはひらひらと手を振った。ライナスはつかつかとアイラの方に向かってきてアイラに声をかける。


「おまえ、護衛侍女だろう。皇女様を後宮から出すんじゃない」

 ライナスは黒い瞳でアイラを見る。その視線は鋭くて――アイラは顔をしかめた。フェランはその横でげらげらと笑っている。

「無理だろ、無理。エリーシャ様をとめるなんて」

「皆でそうやって甘やかすから――」

 ライナスがフェランの方へ振り返るのと同時に、エリーシャは皇宮の方へと向きを変えた。


「この話は、これで終わり。わたしも戻るから――それでいいでしょ?」

 数歩歩いた彼女は、思い出したように足をとめる。

「そうそう、アイラの家にある本、全部借りることにしたから、全部運ぶように手配しておいて」

「――かしこまりました」

「それって、騎士の仕事じゃないぞライナス」

「皇女殿下のご命令だ」

 ライナスは丁寧に頭を下げ、フェランは両腕を広げた。


 出た裏口から、同じようにエリーシャとアイラは皇女の部屋へと戻っていった。

 エリーシャの寝室は、茶と白、それに淡い黄色でまとめられている。どっしりとしたベッドには薄黄色のカーテンがかけられていた。

「アイラは、こっちのベッドね」

 アイラに指示されたのは、エリーシャの部屋の片隅に置かれているベッドだ。皇女ののものほどではないが、こちらも立派で寝心地が良さそうだ。


「侍女たちの部屋にお風呂があるから、使ってらっしゃい。それが終わったら、こっちに戻ってきて」

「あの、エリーシャ様は?」

「イリアに浴室の用意させるから大丈夫」

 追い立てられてアイラは侍女の部屋に戻っていった。ファナがアイラに侍女たちの使う浴室の使い方を教えてくれる。


 シャワーのついた立派な浴室だった。そこに用意されている石鹸も数種類の花の香料を混ぜた香りの高い贅沢なものだ。

 侍女たちのために用意されているタオルもふわふわとしたもので、売り飛ばされたとはいえ、家にいるよりはるかに豪華な生活を送れるのは間違いなさそうだ。

 とはいえ、あまりゆっくり入浴しているわけにもいかずに、アイラはお湯を出して石鹸を泡立てる。


 蛇口からは、適温の湯が流れ落ちてくる。エリーシャの寝室に戻った時には、エリーシャも入浴を終えたところだった。

 彼女は絹の贅沢な寝間着を着て、ベッドカバーをまくり上げたところだった。

「明日からは、剣の稽古を始めようね、アイラ」

「はい――エリーシャ様。おやすみなさいませ」

 部屋の明かりが落とされる。アイラは自分のベッドに潜り込むと目を閉じた。


† † †


 翌朝、アイラのもとに届けられたのは二本の短剣だった。それから、エリーシャが着ているのと同じような――ただし材質は一般的なもの――裾をくくったズボンとブラウスとベストの組み合わせ。

 朝食を終えると、エリーシャはアイラを連れて後宮騎士団の詰め所へと向かう。

「おはよう、ゴンゾルフ」

「おはようございます、エリーシャ様」

 ゴンゾルフとイヴェリン、それに何人かの騎士たちが詰め所前の広場で待っている。


「今日からアイラの訓練を頼みたいの。いいでしょ?」

「おまかせください、エリーシャ様――アイラ」

 ゴンゾルフは、騎士団のメンバーの一人――フェランだった――に手をあげた。彼はアイラが持っているのと同じように、短い剣を二本、持っている。

「とりあえず、今日はフェランに相手してもらってくれる?」

 あいかわらず、ゴンゾルフの口調は女性的なものだ。アイラはうなずくと、エリーシャに持たされた剣を手にフェランの方へ向かった。


「左手の短剣は、主に防御。右手が主に攻撃――右利きだよね?」

「ええ、右利きよ」

 ライナスの方じゃなくてよかった。アイラは内心ほっとしながら、フェランの言うように二本の剣を構えてみる。普段は長剣一本でやっているから、左手にも剣を持つというのは慣れなくて変な感じだった。剣を持つと左手がぷるぷるとする。

「あー、左手はもう少し筋肉をつけた方がいいかもねー」

 そうフェランが言った時、広場の中央の方では激しく剣を打ち合わせる音が響いていた。


「うそっ」

 そちらに目をやったアイラは思わず絶句する。

 エリーシャは左からかかってきた騎士を鮮やかに一撃で打ち倒し、右手からかかってきた騎士の攻撃は籠手をつけた腕で受け止める。

 そのまま素早く前方に倒れ込むように前転して後ろからかかってきた騎士の攻撃をかわすと、飛び起きる勢いを利用して剣を横に払う。

 

 強い――とは思っていた。でも、まさかこれほどまでとは思わなかった。見とれているアイラの左側からフェランが切りかかってくる。

「な、何するんですか!」

「ぼやぼやしない! 君は君の練習があるんだからね!」

「ちょっと! 乱暴はよしてくださいよっ」

 ちゃらちゃらした外見とは裏腹に、フェランの稽古は容赦ない。


 その日の稽古が終わる頃には、アイラはぼろぼろになっていた。

「ねぇねぇ、今度の非番、一緒に出かけようよ」

「こんだけ殴ってくる相手と一緒に出かけるほど物好きじゃーないですよ、フェラン様」

「ん? でもそれって稽古の時だけの話じゃん? 稽古離れたら、俺優しいよ?」

「……仕事に戻ります」

 少し離れたところでエリーシャが手を振っている。アイラはフェランが誘いを重ねるのは無視して、エリーシャのところへと駆け戻った。


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