カフェに珍客がやってきました
アイラは、忙しく走り回っていた。『カフェ・クレイン』は、昼食時になると昼食をとるための客が一気に押し寄せてきて、それまでの倍以上混みあうことになる。
「アイラ、Aランチちょうだい!」
「こっちにはビール!」
「昼間から飲むわけ?」
毎日やってくる常連客を相手にアイラは肩をすくめる。
カフェ・クレインの制服は黒いスカートに黒いブラウス、それに白いフリルのついたエプロンにヘッドドレス。スカートの丈は少し短めだが、膝を出すのに抵抗はまったくないので、気にならない。
黒い髪はじゃまにならないようにきちんと結って、顔の中心では黒い瞳がきらきらとしている。よく見れば、なかなか整った顔立ちで、カフェの看板娘と言えなくもない。
「いいだろ、でかい工事が終わったとこなんだよ」
「はいはい、Aランチね、それとビール。おつまみは?」
「ウィンナー盛り合わせとサラダだね!」
アイラはてきぱきとオーダーをとって、厨房に入った。
厨房は戦争状態で、アイラがオーダーを中に通すのと同時に、中からできあがった料理が差し出される。
それをどのテーブルに運ぶのかを確認して、アイラは厨房を飛び出した。両手に山盛りの料理の皿、それにビール。
「はい、Bランチおまたせ! 日替わりランチもおまたせ!」
料理を置いて、グラスに注いだ水を継ぎ足す必要があるかどうかを確認し、呼ばれたテーブルへと走っていく。
「アイラ! 料理できたよ! 三卓にお願い!」
厨房からアイラを呼ぶ声に、彼女はばたばたと厨房に駆け込んで両手に料理を抱えて飛び出す。
それを繰り返しているうちにようやく人の波が引き始めて、少しずつアイラも走り回らなくてもすむようになってきた。
「よし、それじゃ休憩に入ろうか」
カフェのオーナーがアイラに声をかけてくれる。
「今日は何にするかね?」
「うぅん、Aランチ……でも、日替わりランチも捨てがたい……」
自分が働いている店のメニューを前に、アイラはうんうんと考え込んだ。
「Aランチは、焼いたチキンでしょ、日替わりは白身魚の香草焼き……」
どちらも捨てがたい。主の料理は絶品だし、何を食べてもおいしいと思う。
「日替わりランチをもらおうか」
アイラの後ろから、女の声がした。女の声だが、それにしては少し低めだ。アイラがくるりと後ろを振り返ると、白地に青と金を配した皇宮騎士団の制服を身につけた女が立っていた。
白を基調にした騎士団の制服が彼女のすらりとした容姿を引き立てている。白いブーツがぴかぴかに輝いていた。マントは最近流行っているように片方の肩にだけかけている。
白い絹の手袋が、まっすぐにメニューの日替わりランチを差していた。
「それと、アイラ・ヨークを探している」
「アイラは、わたしですけど」
皇宮騎士団に呼ばれる理由なんて思いつきもしない。
「わたしの名前は、イヴェリン・ゴンゾルフ――皇宮騎士団、皇女近衛団に配属されている」
彼女が首を振ると、顎のラインで切りそろえられた栗色の髪が揺れた。眼鏡の奥の瞳は知的な光を放っている。イヴェリン・ゴンゾルフの名前は有名だった。
タラゴナ帝国が成立してから五百年。皇帝の家族が後宮で暮らすようになってから数百年が経過しようとしているが、皇宮騎士団の中でも、もっとも皇女に近い皇女近衛団の副団長という地位に登り詰めたのは彼女が初めてだ。
皇宮からほど遠いところで生活しているアイラだって、名前くらいは知っている。彼女の腰に目を走らせると、立派な剣が吊ってあるのが見えた。
「そのイヴェリン・ゴンゾルフ様が……わたしに、何か?」
「君は今から休憩のようだな。店主にかけあって、奥の部屋を確保してくれ――君に大切な話がある。食べながら話そう」
立ち去りかけるアイラに、後ろからイヴェリンが声をかける。
「そうそう、料理の方も頼む。昼食がまだだったのでな――アイラ、君も一緒に食べるといい」
皇宮騎士団からの使いというからには、何か大切な用があるのだろう。逆らうことなんて思いつきもしなくて、アイラは奥にいる店主にイヴェリンの言葉を伝えた。
イヴェリンを目の前にして落ち着いて食べられるなんて思わなかったけれど、アイラはおとなしくイヴェリンの言葉に従った。
日替わりランチを二つ店主に頼んで、できあがったところで奥の部屋に運び込む。
白い上着を椅子の背にかけて、彼女は脚を組んで待っていた。羨ましいくらいに脚が長い。
テーブルの上にできあがったばかりの料理が並ぶ。白身魚の香草焼きにマッシュポテト、野菜スープにオーブンから出したばかりのパン。焼きたてのパンの香りと香草の香りが食欲をそそる。
「この店に来るのは初めてだが、なかなか旨そうだな」
イヴェリンは、絹の手袋をテーブルに放り出す。その一つ一つの動作が妙に様になっていて、アイラは思わず見とれた。
「すまない、ワインももらえるかね?」
「すぐにお持ちします」
店主に言って、店最上級のワインを出してもらう――もう一つのグラスは、アイラ用に水を入れた。
ナイフとフォークを手に取ったイヴェリンの食欲は旺盛だった。流れるような仕草で皿に盛られた料理を口に運ぶ。あっという間に食べ終えて、ナプキンで口元を拭った時、アイラはまだ半分しか片づけていなかった。
「さて、アイラ」
「な、なんでしょ?」
どぎまぎしながら、アイラは返した。慌てて残りの魚を口に放り込む。パンは半分残して食事を終えた。