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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集 連載候補作品集

お嬢様の幸せワーク

作者: navi

練習作品です。

これらの練習作品は皆様の評価次第では連載するかもしれません。

しいて言うならお気に入り件数か、評価点の合計で決めます。

警告タグはもし連載したらつくであろうタグをつけています。

 ある日のとても過ごしやすいような朝、というよりも夜明けすぐ。まだ太陽も昇り切っていない頃に私は目を覚ました。

 自慢ではないが、私の朝はとても早い。日本でいうところの4時くらいに目を覚まします。何故なら、私には課せられた仕事があるからである。

 こうしている時間も惜しいので、寝泊まりしているベットからさっさとから這い出すと、今着ている寝巻代わりの服を脱ぎ捨て、今日1日、私と共にある仕事着に着替え始める。

 黒を基調としたふりふりのエプロンドレスに身を包み、髪を整えてから頭には純白のヘッドドレスを外れないように、また自分の少し青みがかった肩まである銀髪が邪魔にならないようにしっかりとはめる。そして少し長めの白いニーソックスを履き、その上からきれいに磨かれ、窓から差し込まれる昇ったばかりの朝日の光を反射して黒光りする革製の靴を履いて、ようやく仕事着に身を包み終える。

 ここまでくれば分かる通り、今の私のお仕事はメイドです。といっても王宮とかなどののメイドではなくて、地方の貴族のメイドですけど。それでもこの家、マギアリクス家は優秀な魔法使い一族で有名な家なので、他の地方の貴族に比べればよい階級の方なんですが、私には関係が無いのでかまいません。

 それはともかく、この家がどのような階級であろうが、メイドである以上はメイドとしてハウスキーパーの仕事をしなくてはなりません。この家の人たちは全くと言っていいほど家事が出来ませんから。

 この世界の魔法使いというのは、実際には『魔術師』と呼ばれ、自分の魔力を用いた『魔術』。大気に含まれる魔力のもとである魔素を用いた『魔道』のうちの、『魔術』を用いる方です。

 『魔術』は自身の中の魔力を用いて扱うため、どのような人でも大雑把には使いこなせますが、この家の人はその中でもずば抜けた才能を持っています。一般の人が最低ランクの魔術を練習し始める頃にはすでに上級ランクの魔術を使えるようになっているような人たちです。それに加え、性格がこう、なんといいますか、えと歪んでいらっしゃるので、この方々が治めいるこの街『アルティア』の方々には嫌われているようです。本人たちはなぜ嫌われているのかさえ理解していませんが。

 そりゃあ、この家の跡取り候補の4人のうちの3人などは、突然街に現れては『魔術』を用いた悪戯は当たり前。治めているリトス様に至っては侵入者ごと街を吹き飛ばしたりしていれば嫌われて当然ですよ。対照的に、唯一嫌われていない母親の方は街の人たちから信頼は厚いですけど。

 そんなことを考えながらも、私はメイドとしての仕事を確実にこなしていく。まずは料理の仕込から。

この家の方々は好みもバラバラ、好き嫌いが多い、という方々なので様々な食材を仕入れてくる必要があります。といっても、すでに買い置きしてある朝の食事はともかく、昼・夜の献立はあと5時間ほど後から始まる毎朝の市場で決めるので、今私が出来る事といえば、朝・昼・晩全ての料理に用いるブイヨン作りくらいですけどね。ご主人様方の朝食はメイド長が作りますし。

 そんなわけで、私は3時間ほどかけてブイヨンを作り(まぁ昨晩から煮ていたので、もうほとんどできてたんですけど)、朝食の調理のことは私も出来ますが、あえてこの屋敷のメイド長に任せるとして、次は洗濯です。そろそろ皆さんが目覚めて、それぞれの専属メイドの方々が洗濯物を一か所に集めてくる頃なので、いつものようにその場所へ向かうと、いつもながらどうすれば一日でこれだけ出せるのか分からない様な服やらシーツやらが山のように積み上げられていました。辺りを見渡すと、どうやら洗濯物はここに積み上げられた3山で終わりなのか、辺りには専属メイドはすでにいません。

 相変わらずこの家の人はメイド・執事を含めて駄目駄目ですね。専属メイド・専属執事をやっているんだったらせめて自分の主の洗濯物位洗っていってほしいものです。尤も、『専属』だからこそできないんでしょうが。あの人達は『魔術』以外の自分の身の回りのことは本当に何もできませんし。  

「風来魔術、広範囲展開」

 愚痴っても仕方ないので、とりあえず風の魔術を使って3山ほど積み上げられた洗濯物を洗濯場へといっぺんに運ぶ。そして洗濯場であるこの館の裏手にある専用の井戸まで運ぶ。そしてそのまま洗濯物を空中でホバリングさせながら、次の作業へと移る。

「水球魔術狭範囲展開。空間隔離魔道中範囲展開、形状 球」

 今度は水の魔術と空間の魔道を発動させて、創り出した空間の中に水の魔術で操っている水と洗濯物、そして洗剤を入れると、水を操って水流を作り、そのまま洗濯機のようにして洗い・排水・排水浄化・注ぎ・脱水をしていく。

 この世界には日本と違って洗濯機といった科学技術というものが存在しないので、このようなことをすべて手作業でやるしかないという認識である。魔術には私が行っているように、このような使い方があるのに、この世界の人たちにとっては『魔術=攻撃』でしかない。私にしてみれば悲しいことだが、実際そうであるため仕方がない。

 先ほどの言動からわかる通り、私はどうやら『転生』というものをしたらしい。といっても日本で生きていたという記憶が残っているだけで特にこれと言って変わりませんが。

 まぁその話は今は置いておくとして、脱水を終えた洗濯物を干しますか。

「空間隔離魔道消失。風来魔術再展開」

 そう思った私は空間の魔道を解除してから、重力に引かれて落ちてくる洗濯物に対して再び風の魔術を使うと、そのまま干し場へと運び、ぴんと張られたロープに洗濯物をかけていく。すべての洗濯物掛けて終わったことを確認した私は、全ての洗濯物を回り、洗濯物に痕が残らないようにしわを1枚ずつ丁寧に伸ばしていく。これを怠ると後がめんどくさいですからねー。

「何をやっているんですか、ミストお嬢様(・・・)?」

 そんなこんなで1時間ほどかけてすべての洗濯物を伸ばし終えた私が、そろそろ時間なので市場へ向かおうと思い、お金と荷物を調理場に取りに行こうとしたところで、私の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「あら、メイド長じゃないですか。おはようございます」

「ええ、おはようございます。ミストお嬢様(・・・)?」

 私が振り返りながらそう返すと、いつもは無表情を湛えた顔に笑顔を浮かべてそう返してくれたのは、この屋敷を取り仕切るメイド長のエクス・クレセンスさん。エルフの方で、すでに何十年も生きているのに外見は16くらいの美人さんです。まぁそれはともかく、

「何を言っているんですか? ミストお嬢様ならお部屋にいらっしゃると……」

「あの程度の変わり身程度で私の目をごまかせるとお思いで? あなたの専属メイドは一体誰でしたか? ミストお嬢様(・・・)

 笑顔なのにすごい迫力でそう言ってくるメイド長。……これはお手上げですね。

「相変わらずあなたの目はごまかせないんですね」

「ええ。私はこの家の馬鹿ど……いえ、ゴミ虫どもとは違うので」

「…………私のお父様たちへの忠誠心(評価)も相変わらずだね」

「当たり前です。あのゴミ虫どもはあなた様に無頓着ですから」

「ははは……」

 メイド長が無表情でそういうので、私は思わずから笑いを浮かべてしまう。

 私は前世の記憶がある所為か、どうしても周りと距離を取りがちで、さらに第4子だったこととそれに加えて女であったこともあり、相手にされることも特に重要視されることもなく、地下室で本を読んで暮らすだけの生活であった。また、自分でも無意識のうちに空間の魔道を発動させていたことで自分を意識させ無い状態になっていたこともあって誰にも気づかれず、また、相手にもされない日々だった。まぁ全て自業自得だった訳だけど。

 そんな中、ある時メイド長としてエクスさんが入ってきたときに、地下室で本を読みながら佇んでいた私を見つけてくれた時から、彼女の役に立ちたくてこうしてメイドの真似事をして暮らしている。まぁ、見つかるとこうして怒られているわけだけどね。

 ちなみに、私が変わり身にしているのは、私と同じ魔力香を持つ実体を創り出せる『魔術』と『魔道』を組み合わせた合成術みたいなもので、自分としてはかなり出来のいいように思えていたのですが、気づかれるとはまだまだ改良の余地ありですね。尤も、メイド長には通用する気がしませんが。

「と、とりあえず市場に行きませんか? お嬢様たちだけじゃなくてメイドたちのの食料も買わなければなりませんし」

 とりあえず徐々に重くなりそうな空気を換えるために話題を変えることにする。

「お嬢様……。まあ、いいです。とりあえず行きましょう。ですが……その後はお部屋に戻っていただきますよ?」

「う~」

「自業自得です。あなたはあくまでも私のお嬢様(・・・・・)なんですから」

  無表情だけど自信が伝わってくるような声でそう言ってくれるエクスさん。

 …………本当にかないませんね。

「あの……ところでメイド長はどうやって私を見つけているんですか? 私は意識させないことには結構自信あるのに」

 少し疑問に思っていたことを聞いてみる。国にこの人ありとまで言われたお父様や、国の大賢者とまで言われたお母様ですら私を見つけることが出来ないのに、なぜかメイド長のエクスさんだけは見つけられるんですよねー。今こうして話している間もはたから見たらメイド長が空気、もしくはエルフだけが対話できるという精霊と話しているようにしか見えないはずなのに。

 すると、メイド長は一瞬、本当に一瞬だけ、何を言ってるんですか、という表情をすると口を開く。

「あなたを見つけるのに時間なんてかかりませんよ。なにせ私のご主人様はミストお嬢様、ただお1人ですから」

「……すごい忠誠心ね」

「当たり前です」

 真剣な顔でそう言われ、つい顔が上気する。頬を触ってみるととても熱い。前世ですらそのようなことは言われたことが無かったので、恥ずかしいセリフには耐性が無いのだ。まぁ私たちは同性だけど、それでもそんなセリフは一生で一度聞くか聞かないかだもの。

 私が恥ずかしさで顔を赤らめていると、後ろから誰かが走り寄ってくる音が聞こえてきたので振り向く。すると私の2つ上のお姉様であるフレアお姉様が、後ろに専属メイドを引き連れて走ってきていた。2人のその眼にはメイド長しか映っていないようなのでとりあえず離れておくことにする。意識させない魔術が発動している今、逆に私が映っていたら怖いけども。

「もう洗濯物終わったの? メイドちょー」

「ええ。どうかなされましたか?」

「えへへー、なんとなくー」

「ならさっさとどこかへ行ってください。私は忙しいので」

「ええ~」

 ほわほわと話しかけてきたお姉様に対してもメイド長は淡々と返すだけ。それに私と話すときのように言葉に表情・感情を加えたりしない、まるで人外を追い払うかのような口調なのだ。 

 そんなやり取りが1分ほど続いていた後、フレアお姉様が何か決心したような表情でいきなりエクスさんの腕を取ろうとした時だった。

「触れるな」

「きゃッ!?」

 その場にばちんっ、という何かを払いのける音が木霊したかと思うと、すぐにすとん、と何か軽い物が地面に落下した音が聞こえた。

 どうやら、腕を取ろうとしたフレアお姉様の手をメイド長が振り払ったようだ。しかもメイド長のその目つきは低俗なものを見下ろしたような冷めた目つきだった。

「貴様! フレアお嬢様に何をする!?」

 それを見て後ろに控えていたフレアお姉様の専属メイドが詰め寄ってくる。しかし、メイド長は冷めた目つきのままこう返す。

「私は忙しい、と言いましたが? 暇ならあなたが遊んであげなさい」

「フレアお嬢様の気持ちが分からんのか!? お嬢様はお前と……!」

「たかが専属メイドがいきがるな。さっさと行け。さもなくば……」

 そう前置きしたメイド長からこの屋敷に来たばかりの時と同じ雰囲気が漏れ出す。しいて言うならば戦いをしてきた人の目だ。それも本気の殺し合いを、ね。

「!? ちっ……分かりました。さっ、フレアお嬢様、こちらに」

「え、あ……うん。…………ごめんなさい」

 その雰囲気に押されたのか、フレアお姉様専属メイドの人(実は名前知らない)は、エクスさんに自分の手をふり払われて呆然としていたフレアお姉様に声をかけると、メイド長に謝っているフレアお姉様の手を取ってそのまま引っ張って行ってしまう。

 そんな一部始終を見ていた私は、今さっきのフレアお姉様の行動に興味はないけど、とりあえずやっと面倒なのが行った、といったような雰囲気を醸し出しているメイド長に声をかける。

「メイド長、いいので? 一応フレアお姉様もあなたの雇い主の1人ですよ?」

「私はあなた様以外はどうでも良いので」

「そーですか……」

 相変わらずの自分の優遇さに呆れながらも、それでも若干嬉しく思います。ここまで人に慕われたのは前世を含めても初めてですからね。しかもそれが本心で言っているとなればなおさらです。

 あ、ちなみに何故本心か分かるかというと、実は心が読めるんですよ。尤も読もうと思った相手にしか効きませんから、先ほどのフレアお姉様の心の内は知りませんし、なにより興味もありませんから。まぁ、メイド長はわざと私に心を読ませてる気がしますけど。

「じゃあ、出鼻をくじかれましたがそろそろまいりましょうか? それと2人の時はメイド長ではなく」

「あ、ええ。行きましょう。エクスさん、でしょう? 分かりましたよまったく」

 そんな訳でようやく買い物へと向かうのでした。






 そんなわけでようやく、お屋敷の眼下に広がるアルティアの街につきました。アルティアは町と言ってもそこまで大きな街ではありませんが、商業が盛んな街で多くの物資や人が行きかう街で有名です。

 だからこそ他国に狙われやすいですが、他国は家の実力を恐れて襲ってはこないようです。実際に襲って来たなら結構簡単に落とせそうですけどね。無知は罪ですね、まったくもってそう思います。

 さて、今はそれはさて置き、私とエクスさんは今晩の夕食のため、毎朝行われている朝一に来ています。季節が日本の夏に近いということで店頭には色とりどりの野菜や果物が数多く並んでいます。それに加えて魔術で作ったのでしょう氷におかれた魚や肉なども並んでいます。

「お! あの時のお嬢ちゃんじゃねぇか!」

 ふと目が合った魚屋のおじさんが私にそう声をかけてきます。あ、ちなみに今は意識をずらす魔術は使ってませんよ? 使っていたら買い物できませんし。

「お久しぶりですね」

「おう! あの時はサンキューな。お嬢ちゃんが魔術のこういう使い方を教えてくれたおかげで魚の鮮度が落ちにくくなったし、何より売り上げが上がったんだよ」

 そう嬉しそうに話す魚屋のおじさん。たしか、少し前に苦労して魚を捕ってきてここまで運んできたのに魚がまったく売れないって嘆いていたので、氷の魔術を使った運搬方法を教えたんです。その時すごく喜ばれて何か複雑な気分でしたね。何せ自分のいた日本では当たり前のようなことでしたから。

「おじょ……いえ、ミスト。この方は?」

 そこでおじさんと面識のないエクスさんがそう言ってきました。エクスさんは私が嫌われ者であるこの地の領主の娘、お嬢様であることを隠すために言葉を濁したみたいですが大丈夫ですよ?

「エクスさん大丈夫ですよ。この方いえ、この市場の人は大抵が私がお嬢様だって知っていますから」

「!! そうですか。ではこの方は?」

 今、エクスさんが凄く動揺しました。こんなエクスさん見るの初めてかもしれませんね。

「えっと、魚屋のグトスさん……でしたよね?」

「ああ、よく覚えてたな」

 私が聞き返すと当たっていたようで安心しました。ここで間違えたらいろいろと大変ですもの。そこでグトスさんが何かを思い出したかのような顔をすると、近くに並べていたブルーム(日本でいう鯛みたいな魚)を掴むと私に手渡しながらこう言う。

「……おっといけねぇ。あの時のお礼だ。もってけ」

「ええ!? さすがにそれは……」

 たしかブルームって日本の鯛と同じでものすごく高いんじゃなかったっけ!? さすがに受け取れません。

「良いからもってけ。お嬢ちゃんのおかげで売り上げが何十倍にも膨れ上がったんだ。むしろ足りないくらいだと思うぜ? それに……」

 グトスさんはそこで言葉を区切ると、周りを見渡してからこう続ける。

「周りのやつらも感謝しているみたいだぜ?」

「え?」

 そう言われて辺りを見渡すと、店を連ねる多くの人がこちらを、いえ正確には私を見て、手を振ったり嬉しそうに微笑んでいた。

 たしかあっちの花屋さんのお姉さんには花の育て方を。肉屋のおじさんには肉の保存方法と熟成を。果物屋にはそれぞれの果物の旬と味わい方を教えたんでしたっけ?

「みんながみんな、お嬢ちゃんに感謝してるんだ。たしかにお嬢ちゃんの父ちゃんたちは嫌われ者だがあんたは別だ。だからこそ受け取ってほしいんだ。他の奴らもそうみたいだぞ?」

「…………」

 みんながみんな、商品であるはずのいろんなものを手に持って近ってくるのを見て、私は思わず黙ってしまう。なぜなら今まで授けてきた知識はすべて向こう(日本)では常識とされていたことだった。

 たしかに園芸や料理が趣味であったため、花の育て方や果物の旬とかは自分の知識かもしれない。けれど、肉の熟成や魚などの保存方法を考えたのは私ではない。そんな私がもらってもいいのだろうか、と思ってしまうのだ。何か人の手柄を自分の物にしてしまっているようで。

「お嬢様。ここは受け取っておきましょう」

「エクスさん?」

 私がそう考え込んでいるとエクスさんがそう提案してきました。

「何を遠慮しているのかは分かりませんが、どこかで手に入れた知識とはいえ、それを教えたのはお嬢様です。だからこういう時は胸を張って受け取っておくべきです」

「・・・」

 まるで自分の考えを見透かされたような発言に少し心が揺るぐ。確かにそうだ。自分が考えたのでないにしろそれが人の役に立ったのだ。なら、私のすべきことは、

「……みなさん、ありがとう」

 差し出されている手を握ることだけ、ですね。

 ――――――てなわけでもらいすぎました。もらってももらってもさらに渡してくるなんて正気の沙汰じゃないです。しかも、

「そろそろ機嫌直してくださいよー」

「いえいえ、私は怒ってませんよ? 街の人に頼まれたからとはいえお嬢様がお1人で森に行っていたことなんて」

 お礼をくれた人の中に私が解決した依頼のお礼をくれた人がいて、その人に1回頼まれて魔物が出る森まで薬草を取りに行っていたこともばらされてエクスさんがものすごく機嫌が悪いんです。

「だってあの時は……」

「あの方の母親が危なかったから、ですか?」

 必死で弁明しようとする私のセリフを遮ってそう先制してくるエクスさん。ここまで来たら本当に許してもらえなさそうなんですが。

「お嬢様は少し無謀すぎます。どうしてそこで私に頼ったり他の方に頼ったり私に頼ったりしないのですか? 少しは御自分の体の心配をしてください。確かにあのゴミ虫どもは気にも留めないでしょうが、お嬢様にもしもなにかあったら私が心労で倒れてしまいます」

「あーあーあー。きーこーえーなーいー」

 チクチクとこちらに口撃してくるメイド長に、とりあえず無駄な抵抗をしながらもなんとか荷物を持ってマギアリクス家の屋敷へと戻ってきました。

「待ってください」

「? どうかしました?」

 とりあえず厨房の裏手に食材を置き、肉・魚などの生ものを私作の魔道冷蔵庫に入れてから屋敷の中に入ろうとした私をエクスさんがとめました。どうしたんでしょう? すでに意識をずらす魔法を使ってますけど(意識をずらす魔法は私が意識しなくなると勝手に発動する。逆にさっきのように止めるには意識し続ける必要がある)、それでも止めるということは何があるのでしょう?

「ゴミ虫の気配がします」

 エクスさんはそう言うと、どこから出したか調理ナイフ(というかもろ包丁)を取り出して構えを取った。

 それにしてもエクスさんが言うゴミ虫、というと私の家族のことかな?

「ゴミ虫、ですか……私の家族のうちの誰かが来るってことですか?」

「いえ違います。私にとってはもっと性質の悪いものです」

 私が聞き返すと即答してくれるエクスさん。エクスさんにとって私の家族よりも性質の悪いもの、ですか……あまり知りたくないような知りたいような。

 私がそんな考えをしていると、家の正門から、見たこともない様なくらい真っ黒の服装の男性が出てきました。頭もフードをかぶっているため顔が見えないし、何より心を読もうとしても何かに阻まれて読むことさえできない。

「!?」

 そんな私のいる方向を見て、その男が笑った気がした。でも気のせいだったのか、その男は明らかに私ではなくエクスさんの方を見ている。

「また会ったな。エクス・クレセンス」

「さっさとどこかへ行け。貴様と話すことなど何もない」

 何を話すかと思えば、普通に挨拶してきた男にエクスさんはそう返す。今エクスさんの心をちらっと読みましたが、本当にこの男の人が嫌いみたいですね。ものすごく殺気びんびんですもの。

 そう返された男は変わらないな、というと再び私の方をちらっと見て(ああ、もうこの男の人完全に私の存在に気付いてるよ。しかも心が読めないほど魔力壁が強いみたいだし)からこう言う。

「今はそちらにいるお嬢様に御執着のようだな。まぁ、そのお嬢様はこの家の人からは忘れられてるみたいだが」

「黙れ」

「それにしても可哀そうだ。家族に忘れ去られているのに加えてお前に気に入られるなんて」

「黙れと言っている!!」

 今まで聞いたことも見たこともない様なエクスさんの怒号。でもあんまり覚えてないけど前世かどこかで、この光景と似た光景を見たことがあるような……?

「じゃあ、俺はここで失礼させてもらう」

「さっさと帰れ。このゴミ虫」 

 私が考え込んでいる内に2人の言い争いは終わったようで、気が付くと既に男の姿はどこにもなく、いつの間にか冷静に戻っているエクスさんが立っているだけだった。

 そんなエクスさんは私の方を見ると頭を下げる。

「お見苦しいところをすみません」

「大丈夫ですよ。別に過去に何があったか、なんて詮索はしませんから」

「そう言いながら私の心を読んでいるようですが? ミストお嬢様……?」

「あはは……逃げろー! 意識阻害魔術・認識遮断魔道最大展開。空間隔離・管理魔術最大展開。時空間制御魔道全力展開!」

「あ! こら! 待ちなさい」

 エクスさんに睨まれてその場に居づらくなった私は笑って誤魔化した後、早口で魔術と魔道を展開しつつ、走り出す。走り出した私の後ろから、エクスさんの静止を促す声が聞こえてくる。

 そんなこんなで鬼ごっこ(捕まったら悪夢)の始まり始まり。






 これからもこんなくだらなくも有意義な時間が過ぎていくと思っていた。いえ、違いますね。そう願っていた、が正解です。

 あの男の人とエクスさんの関係。そして2人の言い争いに感じる既視感。さらに関係ないと感じていた家族との隔たり。それらがすべて繋がっていることに気付いた時には遅すぎた。

 この時からすでに狂い始めていたことに。







  

この作品を含む短編は全て思いつきで書いたものですが、感想をもらえればうれしいです。

時間があれば他の作品を読んでいただければ、より嬉しいです。

この文が他の作品の文と同じなのは、何度も書くのが面倒だからです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読みごたえがあって、とても面白かったです。 出だしの主人公は最初メイドだと思っちゃいましたが、ストーリーが進むうちに、お嬢さんということがわかる。他の家族たちは、街人たちから嫌われているけど…
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