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地獄の桜···新作落語

作者: スナフキン
掲載日:2025/09/25

よく落語の中に花魁 花魁道中などが出てきますが 

あれは だいたい吉原遊郭のことでありまして 

中でも有名なのが 高尾太夫 吉野太夫ってかたがおられましたが 

あれは代々名前が襲名されていくらしいんですね 

だからどんどん名前が有名になっていく 


実は吉原遊郭より百年以上前に

大阪の泉州堺に遊里

つまり 女郎街がありまして

そこに地獄太夫って名前の遊女がおりました 

しかし この名前は襲名しにくい

なんせ名前に地獄がついてますからね 

私だったら断るね

 

時代で言いますと 室町時代 

テレビでお馴染みの一休さんが

1481年に亡くなっておりまして 

その一休さんが女郎街に遊びに行ってる頃の話 

といえばわかりやすいですかね 

小坊主の時じゃないですよ 

大人になった一休さん

一休宗純の頃のお話



勘兵衛「これ これ だれかおらんか?

    定吉 およね 友蔵 喜助

    なんで誰もおらんのや?

    これだれか?」


 喜助「へぇ~ぃ 旦那様

    何かお呼びでしょうか?」


勘兵衛「およびやないがな

    なんで店に誰もおらんのや 

    ひょっと盗人が店に入ってきて

    反物の一反でも

    取られたら どないするつもりや

    お前が弁償できる金額やないぞ

    奥で何をしてたんや」


 喜助「えらいすんません

    いや友蔵さんが

    この時間は誰もきえへんから

    今のうちに みんなで飯でも

    食っておこうと言われまして」



勘兵衛「なんでみんなで食わなあかんねん

    そんなもん順番に食べたらええがな

    お店を何やと思ってんねん

    こいつらほんまに

    どうしょうもないやつらやな

    友蔵かぁ 後で覚えとけよ

    あっ そんなことより喜助

    例の品は用意できてるか?」


 喜助「例の品?

    例の品と言われますと・・・

    あぁ~あの地獄太夫のところに

    持って行く反物ですか?

    はい それなら

    ちゃんと葛籠(つづら)二つに分けて

    用意してあります」


勘兵衛「ほな お前は先に

    花影楼(はなかげろう)に行って

    私が来るのを待っといてくれ

    私は先に常楽寺に行って

    墓参りしてから行くさかい

    抜かりのないようにせなあかんで

    

    おまえらも

    いつまでも飯食っとらんと

    ちゃっちゃと仕事せんかい‼」


怒鳴り散らしながら店を後にしまして

勘兵衛さんが むかった先は

少し山のほうにあります 

常楽寺というお寺 

ここには勘兵衛さんの先祖代々の墓がありまして

長い長い階段を登った先に山門があります

ふと見ると一人の老僧が

山門の敷居の端に座っておりました

着物は擦り切れ

おぼろこんぶのようになっておりまして

墨染の衣の袖は片方ちぎれてなくなっております 


それを見た勘兵衛さんが ぽつりと


勘兵衛「なんやこんなところに

    小汚い 住職の知り合いか?

    見たことない顔やなぁ」


 老僧「我が財布 重き軽るきも 月の影

    この手に持てぬ 風に散る花」


老僧は空を見ながらこう歌を詠みました


出だしが 我が財布とありましたので 

勘兵衛さんは 自分の財布を

狙っているのかと 勘違いしまして

これを歌で返します


勘兵衛「財布重 人の言葉も 風の声

    金は貸さんぞ 坊主は軽し」


 老僧「お前様は 何か勘違いを

    されて おられますな

    私が詠んだ歌は

    金よりも大事なものがある

    目に見えても取れん物もある

    そうゆう歌じゃ」


勘兵衛「なるほど・・・

    これは これは

    どこかの大僧正様で

    いらっしゃいますか?

    わたくしは遊里の近くで

    呉服屋をし ております

    桔梗屋 勘兵衛と申します

    そんなお身なりでは

    さぞ お寒ございましょう

    どうぞ うちでお着物を

    作らせてもらいまっさかい 

    お気軽にお立ち寄りくださいませ・・・

    ただ・・・うちの商品は五十両からしか

    おまへんけどな・・・」


皮肉を言われた老僧が 

持っていた海苔がまかれていない 

大きな おむすびを 勘兵衛に突き出し


 老僧「食うか?」


勘兵衛「誰がそんなもん食うか!」


 老僧「桜見て 海苔はなくとも 腹は満ち

    金に飢えても 味は変わらず」


勘兵衛「さっきから何ゆうてんねん こいつ

    こんな季節に

    どこに桜が咲いてんねん

    あぁ~桜が一つだけ

    咲いてるところがおましたわ

    花影楼(はなかげろう)の地獄太夫

    黒い打掛を見に行ってみ

    そこには年がら年中

    桜が満開や

    下に鬼や亡者をちりばめて

    髑髏(しゃれこうべ)がゴロゴロ転がって

    火であぶられたり

    針山で突かれたり

    鬼に頭をつぶされた亡者が

    満開の桜の下を逃げ惑う

    あれあの着物は一見の価値がある・・・

    けどなぁ・・・

    あんさんには無理でしゃろな」



 老僧「なぜじゃ?

    見に行くぐらいなら簡単じゃろ」


勘兵衛「あんた何も知らんねんなぁ

    地獄太夫てゆうたら

    ここ堺では一番名の通った

    美人太夫でっせ

    一国一城の主でも

    ひるむと言われるぐらいの美女

    一目見るだけでも

    二十両ではきかしまへん

    ベンガラ格子から

    ひょいと覗けるような

    安い遊女や花魁とは格が違います

    二階の一番大きな部屋に

    通されるまでが また大変で

    私なんぞは二か月も待たされて・・・

    どこぞの殿さんが

    お忍びできてたんかしれんけど

    いつ行っても漏れ聞こえるのは

    三味線の音と 和歌ばかり

    なんでも地獄太夫は

    和歌にご執心でな

    気に入らん歌を歌ったやつは

    どんなに身分の高いお武家さんでも

    出禁になるそうや」


 老僧「で・・・あなたは

    その試験に合格されたのですかな?」


勘兵衛「当たり前やがな 私は呉服問屋

    桔梗屋勘兵衛でっせ

    さっきゆうてた満開の桜の打掛も

    私の店でこしらえさせたんや

    それだけやない

    今 地獄太夫が着ているものすべて

    カンザシから 白粉まですべて

    私が取り揃えたもんや

    何を隠そう私と地獄太夫は・・・

    恋仲でしてなぁ~地獄太夫からは

    旦那さんに私の小指を切って

    送りたい とまで言わせた男

    あんさん知ってますか?

    遊女が小指を切って

    好きな人に贈るという風習を?

    身を切るほどあなたに惚れてます

    ほかの客は取ませんってゆう

    愛の証ですわ

    はははははぁ・・・


    あぁ~あかんあかん こんなところで

    坊主相手に油売ってる場合やない

    早よ墓参りして

    地獄太夫に会いに行かんと

    寂しがってるやろさかいに」


 老僧には挨拶もせずに

墓の方へと行ってしました

ところが この勘兵衛さん

地獄太夫のことが気になりすぎて

肝心の墓参りの線香を

持ってくるのを忘れておりました

辺りを見回して そこにあった

火のついた線香をむしりとって

自分の墓へ供えるという がさつな男

こんな男に地獄太夫が惚れるとは

とても おもえませんな


手を合わせた後 勘兵衛さんは 寄り道もせず 

まっすぐに地獄太夫がいる 遊里へと向かいました 


この遊里(ゆうり)というのは まぁ平たく言えば

遊郭のことですね

違いは とゆうと 遊郭は幕府公認で

ここでならいいよとされた区域のことで 

辺りをぐると塀に囲まれ

それに大門とゆものがありまして

夜中には誰も通さないよ

とゆう決まりがありまして

厳しく管理された場所のことでして 


その遊郭よりも もっと昔からあるのが遊里 

漢字で書きますと 遊ぶ里って書きます

こちらも幕府公認ではありますが

遊郭のような塀で囲まれたようなことは

なかったようです 

また岡場所と呼ばれる政府非公認の場所も

遊里と呼ばれてたようです


さて勘兵衛さんがやってきましたのは

その中でも一番大きな妓楼で名前を

花影楼(はなかげろう)と申します


勘兵衛「女将 女将」


 女将「あら勘兵衛様 お早いお付きで」


勘兵衛「おお 女将

    うちから反物が入った箱が

    二つほど着てると思うんやが

    届いてるか?」


 女将「はい それならばそちらのすみに」


勘兵衛「おーこれやこれや あれ?

    一緒にうちの喜助がこなんだか?」


 女将「はい 丁稚どんなら

    お腹がすいたゆってはるんで 

    奥で おにぎり食べさしております」


勘兵衛「あいつさっき 店で食うとったで 

    あんな奴に食わさんでええから

    ちょっと呼んでんか」


 女将「はい ただいま」


勘兵衛「喜助!何を よそさんで

    飯食べさせて

    もらってんねん 

    私の顔に泥塗る気か!

    いてこますぞ」


 喜助「えらいすいません

    でも ここの炊いたご飯が 

    美味しゅうて 美味しゅうて

    気がついたら・・・もう虜」


勘兵衛「なにアホなこと言うてんねん

    さっさと葛籠(つづら)を開けて中身を出せ

    女将 地獄太夫は起きてるかいな?

    起きてたら ちょっとここに呼んで」


 女将「え?」


勘兵衛「え?やないがな 地獄太夫に 

    愛しの勘兵衛さんが来られてますよ

    って ゆうたら

    一目散に降りてきよるさかいに・・・」


 女将「そうですか・・・? 分かりました 

    これ おみつ ちょっと二階行って

    地獄太夫にそう伝えてきておくれ」


おみつ「へぇ わかりました

    行てまいります・・・

    ・・・いやや ゆうてます」


勘兵衛「なんでや!

    ちゃんと桔梗屋勘兵衛が

    来たってゆうたんか!」


おみつ「はい もちろん

    いつもの呉服屋さんがぬけぬけと 

    また来られてますよ どうします?

    居留守使います?追い返します?

    帰った後は いつものように

    塩まいときましょか?

    ・・・ってちゃんと言いましたよ」


勘兵衛「誰がそんな事言えゆうた!

    それに あの短時間で

    ようそんなけ喋れたな?

    女将 ここの女中の教育は

    どないなってんねん 

    もうちょっと

    ちゃんと教育したらどないや」


 女将「えらいすみません

    うそがつけんもんで 

    ちゃんと躾しときますさかい

    今日のところは 

    ご勘弁ください」


勘兵衛「いや!かんべんならん‼」


勘兵衛が怒鳴り出したかと思うと

奥の襖が一枚 ドォーンと 

けたたましい音とともに 

部屋の端から端まで飛んで行きました

その襖があったところを見ますと

綺麗な白い足の裏が一つ・・・


地獄太夫が話を止めるために 

襖を蹴飛ばしたんですな 

さぞや鬼の形相かと思いきや

天女のような微笑で地獄太夫が入ってきまして


 太夫「あら 桔梗屋の旦那様

    おはようございます 

    今日は お早いんですね

    南無妙法蓮華経

    南無妙法蓮華経」


この 地獄太夫というのは客を出迎えるときには

必ずお題目を唱えるとゆう かわったおかたで


勘兵衛「おー地獄太夫 やっと来たか

    おはようさん 

    今日もべっぴんさんやな 

    ほれ これ見てみ

    これ お前のために取り揃えた反物や 

    お前の好きなやつを選んでくれ 

    それでまた 打掛でも着物でも 

    ついでに帯びまで

    こさえたるさかい」


 太夫「旦那さまのとこは

    この界隈では一番大きな呉服問屋

    そんなに着物作ったら

    わて破産してしまいます」


勘兵衛「何言うてんねんな 今まであんたに

    お金を払わせたことがありますか?

    今回も 全部私が持ちまっさかい

    太夫は遠慮なく選んでおくれ」


 太夫「そんなんしたら・・・あとが怖い」


勘兵衛「何も怖いことあらへんがな

    あんたのためやったら 

    わては何でもしまっせ 

    見返りなんていりません

    いらんいらん なんもいらん・・・

    あ・・・そうそう見返りというては

    なんやけど・・・前からゆうてる

    ほれ・・・ あれを・・・

    そろそろ欲しいなーと思ってます」


 太夫「あれを? まえから?はて?

    なんでしたかいなぁ?

    そんな約束した覚えが・・・」


勘兵衛「あるある したした

    とおの前から約束していることが

    ありましゃろ 

    ほれ 今 世間で流行っている

    愛の証 

    遊女の小指を切って

    好きな旦那に手紙を添えて送る

    あれですがな~」



そんな話をしておりますところに 

表の戸がガラっと開いて  

先ほど寺にいた 老僧が入ってきまして


 一休「ごめん 地獄太夫はおるか?」


勘兵衛「なんやお前

    お前さっき寺におった

    坊主やないか 

    何しに来たんや

    お前ごときが来れるような

    店とちゃうんじゃ

    出てけ出てけ

    女将 こんな坊主 

    店に上げたら

    店の名前に傷がつく

    塩でもまいて追い出せ!」


その勘兵衛の怒鳴り声をかき消すように 

地獄太夫が


 太夫「お師匠様 ご無沙汰しております

    お師匠様 ご連絡いただけましたならば

    こちらから お迎えに

    伺いましたものを

    この地獄太夫 

    先生のお越しを 今か今かと

    首を長くして 

    お待ち申しておりました」


 一休「おう そうかそうか

    それは悪かったな 

    いや 突然 思い立った旅でな

    今日からまたしばらく

    ここに泊まらせてもらおうと思うが

    良いかな」


 太夫「もちろんでございます

    お師匠様なら

    何週間でも 何ヶ月でも

    何年でも構いません 

    どうぞ心ゆくまで

    お泊りくださいませ

    これ おみつ

    何ぼ~としてんの

    はよう 足洗う桶

    持っておいで」


おみつ「はい ただいま」


 太夫「はい お師匠様

    桶がきましたので

    こちらにどうぞ

    足を洗わせていただきます

    南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 

    指の間も洗いましょうね 先生」


そう言って地獄太夫自らの手で 

師匠の足を洗い始めました 

その光景をあっけにとられて勘兵衛は 

ただただ見ている ほかはありませんでした 

洗い終わった足を

自分の手ぬぐいで水気を取りまして

師匠の手を取り二階へと

いそいそと向かっていきます


 太夫「あっそうそう おみつ

    お銚子を 二~三本それと

    何か食べるもの

    あっそうや あんたちょっと行って 

    初音屋のうなぎを一人前

    こうてきてくれるか?

    ・・・あれ?何この襖

    あら あんなところに

    襖が飛んでるわぁ 

    おみつ 後で直しといてね 

    建付けが悪いのかも・・・」


二人が二階へ消えていった後 

ようやく勘兵衛さんが正気を取り戻し


勘兵衛「な・・・なんやあれ?誰やあれ?

    なんで地獄太夫が自ら 

    あのじじいの 足を洗ってるねん

    私なんか 一度も洗ってもらったこと

    ないぞ 何様じゃ あいつわ‼」


 女将「あのお方は・・・

    一休宗純様でございますよ 

    地獄太夫の

    和歌のお師匠さんですわ」


勘兵衛「何?あの小汚い坊主が

    一休宗純?

    あのとんちで名高い

    一休さんかいな?いやでも

    一休さんゆうたら京都の御仁

    なんでこんな堺まで」


 女将「はい あの方は風狂の僧

    権力や格式から離れて暮らしたいと 

    行先を決めずに旅するお方 

    ここ堺は茶道や芸能が

    盛んに行われております 

    一休様も和歌や書道が素人はだし 

    それにお酒もお好きなようで 

    人間観察にはもってこいの場所だと

    以前 おっしゃっておりました」



勘兵衛「何が人間観察じゃ

    今はただの小汚い爺やないか 

    なんで なんで あんなやつに 

    この桔梗屋 勘兵衛が

    負けなあかんねん 

    地獄太夫を取られることよりも 

    あんな爺に負けてることに腹が立つ 

    よう考えたら地獄太夫にも腹が立つ

    なんで なんで私を選ばん

    私のどこがあかんのや 

    今まであいつに

    なんぼ金かけてきたと思とるんや

    もうえぇ 太夫をひいきにするのも

    もうやめや 

    今まで貢いだ分返してもらおう 

    わてかて堺の商売人や今まで 

    太夫に貢いだ分は全部

    この帳面に書いてある 

    ここに書かれたもん全部

    小指どころか両耳そろえて

    返してもらうで」


ひどい男もあったもんで

女将の制止も聞かずに

ずかずかと二階に上がりまして

地獄太夫のいる部屋の襖をガラッと開けますと

そこには 布団に入った 

一休さんが寝ているだけでした


勘兵衛「おい 爺 地獄太夫はどこ行った?」


 一休「じじいとは 私のことですかいな」


勘兵衛「他に誰がおるねん

    地獄太夫はどこ行ったか

    聞いてんねん」


 一休「地獄太夫は

    いまちょっと忙しくてな

    口がきけんと思うので 

    私が用事を聞いておきましょか?」


勘兵衛「なに?ま・・・まさか?

    朝っぱらから

    なんちゅうことしてんねん!」


 一休「ここは色町

    男と女が何をしようと

    誰に遠慮がいるものか・・・」


勘兵衛「ええい うるさいわい

    地獄太夫それをやめて

    ちょっと顔を出しなはれ

    顔出しなはれ!」


 太夫「わてなら ここに」


振り返りますとそこには一休さんの

新しい着物を持った地獄太夫がおりました


勘兵衛「え?え?あれちゃうの?」


 太夫「先生は長旅でお疲れなんです

    ついて早々できまっかいな 

    それより 勘兵衛様

    あなたが今

    踏み入ろうとしているのは

    地獄と この世を仕切る境 

    今は一休様が地獄の主

    それ以上 俗の身で踏み込めば 

    地獄の烈火に焼かれて

    灰となりましょうぞ

    どうぞ お下がりやす」


勘兵衛「何言うてんねん 何が地獄じゃ

    この部屋にあるものすべて 

    わしが用意した物やないか 

    そんなに わしを足蹴にするなら

    この部屋の物 

    全部 私に返せ 返せ!

    さぁ 返せ!」


 太夫「まあ それは ごもっとも

    屏風(びょうぶ)も火鉢も座布団もみんな

    勘兵衛様のそろえし物 

    よろしゅうございます

    我が身以外は どうぞ

    すべてお持ち帰りくださいませ」


勘兵衛「な・・・なにを生意気な

    こ・・・こんな中古品 持って帰っても

    何の値打ちもあるかい・・・

    銭や銭や 銭で返せ」


 太夫「はい 承知仕りました

    それで いかほど?」


勘兵衛「なに?き・・・聞いて驚け~

    せ・・・いや・・・二千両や!

    どうや驚いたか

    ざまぁみさらせ~」


 太夫「はい それではすぐに・・・」


勘兵衛「え?あるの?」


 一休「これこれ 二人とも

    意地の張り合いは

    その辺でやめにしませんか」


勘兵衛「うるさい 爺

    元はといえば

    お前のせいやからな 

    お前さえいなければ 

    わしと地獄太夫は

    仲ようできてたんや

    お前がなんとかせい」


 一休「いやいや 私に二千両もの大金は

    とてもとても 

    用意できるものではございません 

    しかも地獄太夫の身ぐるみいっさい

    取り上げてしまっては 

    世間の噂で桔梗屋さんの

    店の看板にも傷がつくというもの 

    そこでどうでしょう拙僧と

    なにか 勝負をして 

    わたしが勝てば代金はチャラに

    桔梗屋さんが勝てば・・・

    どうぞ何なりと

    お好きに なされたらよろしい」


勘兵衛「そうか分かった

    ほな わしが勝ったら・・・

    今までの代金はすべて返してもらう 

    わしは商人や

    今まで地獄太夫に

    つぎ込んだ金はすべて

    この地獄太夫専用台帳に

    記してある 

    ちりがみ一枚でも

    金で取り返すさかいな 

    それと わしの二号さんにしてやる」


 一休「これこれ それはちょっと

    強欲すぎませんかな? 

    それに勘兵衛さんは

    妻帯者でしたか」


勘兵衛「いや独身」


 一休「それでは なぜ(めかけ)に?」


勘兵衛「これだけの別嬪(べっぴん)やで

    こんなんが店の中

    ウロウロしてみい 

    丁稚の仕事が手につかんやないか

    地獄太夫は わしだけのモノ

    ほかの誰にも手を触れさせん」


 一休「なんと むさぼり心の強いお方じゃ」


勘兵衛「なんとでもぬかせ さあ勝負や」


 一休「勝負は何がよろしいかな 和歌 琴

    三味線 琵琶に笛なんでも

    よろしゅうございますよ」


勘兵衛「そんなもんで戦って

    何がおもろいねん

    もっと誰が見ても 

    勝敗がわかるもんでないと

    おもろない 

    ここはやっぱり 着物で 勝負や

    どちらがどんだけ 

    地獄太夫に 似合う着物を

    作るかで 勝敗を決めようやないか 

    それなら誰が見てもわかるやろ」


 一休「わかりました

    それでは そう致しましょう 

    ただ 私の手元には

    着物を作る反物がございません

    何かひとつ

    貸しては もらえまいか?」


勘兵衛「反物か ちょっと待っとけ」


勘兵衛さんは店から持ってきた葛籠を

一つ抱えてきまして ひっくり返して

地獄太夫の部屋の中へダァ~と 

反物をばら撒きました


勘兵衛「どれでも好きなもん

    つこたらええがな

    これも台帳につけとくさかいに

    期限は三日

    着物のお題は・・・

    桜でどうや?」


 一休「分かりました期限は三日

    お題は桜ですね 

    しかし こんなには いりません 

    私はこれで充分です」


そう言って一休さんが取り上げたのは

腰巻に使う真っ赤な反物ひとつ


勘兵衛さんは早速 店に帰りまして

番頭 丁稚にいいつけて町中の腕のいいお針子

縫子 仕立て屋 縫箔師(ぬいはくし)までも手配いいたしまして

二十人がかりで作る算段をいたしました


その頃一休さんはどうしているかといいますと


 一休「それでは 太夫

    一緒に風呂でも入ろうか?」


 太夫「はい でも

    着物作りはどうされますの?」


 一休「それなら案ずることはない 

    私にちょっと 考えがあってな

    女将 女将ちょっときてんか」


 女将「はい お呼びでございますか?」


 一休「おう女将

    私は今から地獄太夫と

    風呂に入ってくる 

    上がってくるまでに

    揃えて欲しいものが

    あるんやがな」


 女将「はい 何をお持ちいたしましょう?」


 一休「子犬を十匹 ニワトリを二匹

    揃えて欲しいんじゃが

    できるかな?」


 女将「はい それぐらいのことでしたれば

    お安い御用でございます」


 一休「そうか ほな頼んだで」


一休さんが風呂から上がりますと

店先で子犬がキャンキャン 

キャンキャン騒いでおります

籠の中にはニワトリが二匹

びっくりしたような目で

子犬を見ておりました


 一休「おーそろたか そろたか

    おーこれでえぇ これでえぇ」


何を思ったか一休さんは 

先ほどの赤い腰巻の反物を 

地面の上に サァーと敷いて 

その上を子犬達にあるかせました

地獄太夫と女将は不思議そうに 

その光景を見つめております 

一通り歩かせますと

今度はニワトリを

その上に歩かせて


 一休「さぁーできた

    女将 悪いが これを

    腕の良い縫い子に頼んで 

    地獄太夫の着物を

    縫うてもらってくれ」


 女将「はい お安い御用です

    で・・・子犬とニワトリは?」


 一休「子犬はもう返していいぞ

    ニワトリは・・・そうじゃの 

    一匹は今日の晩飯にでも

    出してもらおうかの」


一休さんはそういって 

地獄太夫と一緒に 

部屋に入ったまま 

二日間を過ごしました 


三日目の朝 出来上がった 

着物を持って 地獄太夫と一緒に 

桔梗屋さんへと 向かいました


 一休「ごめん 勘兵衛さんはおるかの?」


勘兵衛「おー逃げずに来たか くそ坊主」


 一休「これはこれは

    朝から威勢がよろしいの 

    さて そちらの着物は

    できましたかな?」


勘兵衛「できらいでか こっちは

    あれから職人を二十人呼んで 

    三日がかりで

    さっきようやくできたところや

    今見せてやるさかい 

    そのしょぼくれた目でみて

    腰抜かせ」


勘兵衛さんの合図で 丁稚さんたちが

衣桁にかかった 着物を

奥の部屋から 運んでまいります 

勘兵衛さんの 言ったとおり

光沢のある 黒地の着物に 桜の花が舞い散り 

青龍と白虎が 舞い散る桜の中で

睨みをきかせております

ところどころに

金糸 銀糸が折り込まれておりまして

着物が揺れるたびに キラキラと輝いております

もちろん 亡者や鬼や

閻魔大王まで 描かれておりまして

まさに地獄絵図の豪華バージョンといった感じです


勘兵衛「どうじゃこれ」


 一休「おーこれはこれは 素晴らしい 

    しかし 地獄太夫の部屋に飾ってある

    桜の着物とあまり 変わり映えが

    しませんな」


勘兵衛「何をぬかすか 地獄といえば

    だいたいこんなもんじゃ 

    これより他にはない」


 一休「では 私の着物も見ていただこうかな 

    地獄太夫 これに袖を通して

    着て見てくれるか」


 太夫「はい・・・

    お師匠様

    これで よろしいでしょうか?」


地獄太夫が 袖を通した着物は

ただの真っ赤な打掛でした


勘兵衛「何やそれは

    ただの赤い着物やないか

    それのどこが桜じゃ」


 一休「勘兵衛さん おぬしは

    地獄を見たことがあるか?」


勘兵衛「あるわけないやろ」


 一休「それでは仕方がない

    私が この着物の

    説明を致しましょう 

    この着物に

    名前を付けるとすれば 地獄の桜 

    桜は地獄太夫のことじゃ 

    みんなが 太夫を見に来たがる

    まさに桜

    散り行く花びらは

    地獄の池に落ちて 赤く染まり 

    そこにはあるが目には見えぬ 

    見えるものには 価値はない

    あると思うこと感じることこそが

    粋というもの」


勘兵衛「何を言うてんねん

    結局はただの 赤い着物やないか」


 一休「勘兵衛さん 近くに寄って

    観てみるがいい」


勘兵衛「そんなもん 近くで見ても

    赤は赤・・・

    こ・・・これは

    桜の花びらが型押ししてある

    枝についた桜の花や

    無数に散った花びらが

    着物全体に型押ししてある

    なんやこの手間のかかる技巧は‼」


 一休「勘兵衛さんにもみえましたかな?」


勘兵衛「はい しっかり見えました

    一休様 先生様 いや お師匠様 

    どうか どうかこの技法を 

    ご伝授いただけませんでしょうか?」


 一休「教えてやってもいいが

    お前には まだちと早い

    よいか勘兵衛

    心に思ったことは

    必ず行動に出る 

    例えば 遠く離れた両親も

    元気だと思えば

    こちらも 元気に暮らせる

    もし病気だと思えば

    心配で 仕事も手につかない 

    見えてないからこそ人は迷う

    そこに綺麗な花があると思えば 

    心は豊かになる 

    お前さんの 作った着物

    あれは お前さんの

    心の中にある地獄 

    本当の地獄は

    もっと住みよいところ

    ・・・かも知れぬ 

    精進せいよ」


勘兵衛「ははぁーおそれいりました」


 一休「そうか ならば・・・

    この勝負

    どういうことになるかの?」


勘兵衛「はい わたしの負けでございます」


 一休「そうかそうか

    そうなると太夫専用の台帳は

    どうなるかのぉ?」


勘兵衛「はい 消します 消します

    全部消します」


 一休「そうかそうか それは助かる 

    ならば お礼に 勘兵衛さんに

    歌を一首 進ぜよう

    宝とは 心の内に 咲く花よ

    人の勝ち負け 越えて色づく」


その歌を聞いた地獄太夫が


 太夫「地獄にも 咲けば桜の 花ぞある

    散りてこそ知る 人のあわれを」


その歌を聞いて 勘兵衛さんが 

帳簿にバツを入れながら


勘兵衛「桔梗散る 帳簿の上に 黒々と

    咲けど香らぬ スミの花園」




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