焔風の支配者・二十
──午後3時5分・富士山町南部──
「痛い!ひどいよ!何でこんなことするの!?」
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい」
「今折角お兄ちゃんと遊んでたんだけど!見てわかるでしょ!?」
「そうですよね、はい」
こちら側に背中を向けるとは大した余裕だな、そんな話をしている途中に俺はもう十分近づかせてもらったぞ?
「捕まえた!」
直接手で触れる距離、そこまで近づいても偽ハナビはこっちを見ない、そして俺はそんな偽ハナビの首を右手で掴んで持ち上げる。
「あれ、ほんとだ……」
よし、今度は離さない。しっかり力を入れて、そのままその両手を左手で纏めて拘束する。その過程で絶対に偽ハナビの視界に入らないようにする。予想が正しければ偽ハナビの能力の発動条件はその対象を見ることだろう。
「さぁ、根掘り葉掘り聞かせてもらおうか。本当のハナビはどうした?」
「うふふ……」
相変わらず余裕そうに笑っているがまだ何かあるのか?いや、そう思わせることが目的という可能性もある。惑わされるな、今やっていることは正しいことのはずだ。
「答えなければ少し痛い目に遭ってもらう」
「そん、なこと、できるかな?」
「例えばお前がハナビの姿をしていたとしてもお前は少なくとも俺の知っているハナビじゃない。そしてハナビに危害を加えている可能性を否定しきれないもんでな、爪剥がしくらいなら余裕でやるぜ?」
「そう、でもやっぱりお兄ちゃんは──ガッ!」
「兄」というフレーズが聞こえたためもう一度首を絞める右手の力を上げる。流石に耐えられないのか嗚咽を漏らすがお構いなしだ。
さて、この後こいつはしっかり拘束して色々聞くと──おや?奥で何かが動いている。
いや、動いているのは偽ハナビじゃない。チハヤ?いや、その後ろか!
「なっ……!」
突然音も立てずにこちら側に迫ってきたのは他でもない、先刻俺が落としたマンションの跡だ。偽ハナビが一度止めたせいで感覚的には下ろした感じになっている。そのせいで瓦礫みたいに砕けてないんだ。そしてもう速度を上げて迫ってきているそれに背を向けているチハヤは気付いていない。
立ち位置的に向こうから建物、チハヤ、俺、テイラー。チハヤが一番近くかつ唯一アレに気付いてない!
ここは危ない、早く無力化させないとこういう事が延々と起きる。そのために気絶させ……いや、まずはアレを避ける事だ。
しかしそんな意思とは裏腹に偽ハナビは一切動かない。その場に固定されたかのように動かせないのだ。
「おい、そこから離れろ!……動かねぇ?クソッ!」
しまった、偽ハナビ自身に能力をかけることを度外視していた。いや、おそらく自分でもそう考えてはいたのだろう。ただあり得ないと思っていた。この位置関係からなら偽ハナビは正確に俺を仕留めることはできないはずだと思った。実際出来ないだろうが、だからこそのアレだ。広範囲を高火力で薙ぎ倒し、かつ自分は能力で守る。そんなこともできるのかよ!?
拘束を続けたままチハヤの方へ行こうとしてもやはり偽ハナビ自体は時間ごと止まったように動かない。
仕方ない。偽ハナビを放し、高速でチハヤを救出する。わざわざ浮かして音こそ出さないが、避けた後に振り返ると途中にあった道路標識がポキっと折れているのが見える。やはり殺傷力だけはピカイチだ。
「お兄ちゃん優しいもんね。やっぱりそっちを優先する」
うるせえ黙れ。アレは放置して直撃して良いようなヤワな物じゃねえよ。
「でもおかげで助かった。私でもあれに当たったらただじゃ済まないからね……やーっぱり私はお兄ちゃんのことすごくよく分かってる!」
うんうんと満足げに頷く偽ハナビにどこか昔見たハナビの無邪気さを感じたが気のせいだろう。あいつとハナビが似ていて良いわけがない。
「一旦退こう。もう十分のはずだよ」
今度はテイラーの方からこっちにやってきてそう耳打ちする。確かにこれではダメだ。今回ので情報は集まったし、収穫がないとは言えない。しかし折角見つけた偽ハナビを見過ごすというのはなかなか判断を鈍らせる。
「……そうだチハヤ、次からあいつを探せるか?」
「ぁぁぁ……はっ、出来ます!!」
「そうか………………しゃあねえ、撤退だ」
「ワープホールをお願い!」
ワープホール?……来た。俺たちに側面に何かが開くようにして黒い穴?ができる。何だこれ、多分これがワープホールなんだろうが……何だ?壁にできてるわけでもない、ただ浮かんでいる、が、厚さはない、横から見ると黒く見える。これがミズキの力か?
「先行ってろ」
「……早く帰ってね」
そう言いつつチハヤとテイラーがひと足先にワープホールに飛び込む。飛び込んだ後はもう何も見えない。原理がどうなっているのかはわからないが、やっぱ不思議だ。
「なぁ、お前の目的は何だ?」
「私?だからお兄ちゃんを出来る限り苦しめて殺すことだよ」
「殺す、それだけするのは確かに簡単だろうな。だがそれをして何をしたいんだ?復讐か?」
「うーん、半分はそうかな」
「なら残りの半分は?」
「……言いたくないな。これはお兄ちゃんが見つけなきゃ意味ないよ」
「そうか」
また意味深な言い方をしやがる。だがこいつに勝つためにはこういう小さな手がかりを逃さない事が重要になってくるはずだ。
「それでも俺はな、少なくとも理由も知らずに殺されはしないんでな。とっとと吐く準備でもしとけ」
それだけ言うと心なしか一度明るくなっていた偽ハナビの顔色がみるみるうちに悪くなっていくのがわかる。一体俺のどこにそんな落胆したんだろうか。
「………そう……じゃあとっとと行って。もう不愉快」
フン、と鼻で返事をしてから倒れるようにワープホールに入る。頭から入っていく感じだ。だからもうそのあとは知らない。俺は気付けばもう家にいるのだから。
激戦の跡に残ったのは、崩壊した町と、一台の、何の変哲もない車椅子だった。




