焔風の支配者・十二
──午後1時10分・道路──
「その様子を見るに、ハナビちゃんはいなかったわけね」
ため息をついたような、ただ乱れた呼吸を整えただけなのか、ほんの少しだけ呼吸音が聞こえる。後から遅れてやってきたテイラーさんの顔色は、最後に見た時よりずっと悪くなっていた。
「すみません…結局悪いのは私なのに……」
「私たちだって馬鹿じゃないしハナビちゃんが自力で出て行ったことくらいは分かるよ。ただ安全が保障されていないっていうだけなの。それだけでヒバナはあんなのになってる。ただのシスコンだよあれは」
そうやって励ましてくれているみんなを見ると、どうしても許してはいけない自分を許してしまいそうになる。そうやってまた何もできない自分が嫌いだ。いつだって、最初っから今の今まで私は何にも役に立っていない。きっと私はただの足手纏いなんだろうな。みんなが許してくれても、心のどこかで「許してはならない」と警鐘を鳴らす自分がいる。
(……っ!)
頭の中で自分を殴る。自分の感情の糸を自分でグチャグチャに掻き鳴らして、何度でも私を殺そうとする。殴って、殴って、ナイフを取り出して、首元にしっかりと合わせて正確に切る。
………
そうやって、簡単に贖罪ができたら楽なんだろうな。
この被害妄想を乗り越えて、次に進むために出来ることは無い。ただ時間の流れが、状況の変化が、そういった外部の変化が訪れてやっと私はもう一度歩き出せるのだろう。だからそれまでは。
微かに感じたヒバナさんの糸はどうしようもなく擦り減っていた。
──同時刻・ヒバナ視点──
「ハァ……」
ったく、んだよこれ、マジモンのゴミじゃねえか。この世界も、俺も、噴火も、どいつもこいつもマジで……
「クソがよォ……あぁもう、クソがッ!!!」
腹いせに近くにある塀に手を押し当てて爆破させる。塀は無数の破片となって塀内の一軒家にまで飛んで行き、その家すらもズタズタに崩落させた。……いってぇ、右手から少し血が出てやがる。しかしそんな物でこの鬱憤が晴らせるわけがなく、今度は右足で地面を強く蹴り爆破させる。今度は痛みを感じなかったが、そのまま今さっき爆破した塀の跡に寄りかかるように座り込む。
座ると視線が自然に空が見えるような角度になった。相変わらず暗い空だな、灰が舞いまくってるせいで太陽が見えない。あの灰がこの町に入ってきていたらどうなるんだろうか。吸い込んだらやばいよな。というか触るだけでもバカ熱いに決まってるよな………ハナビ、大丈夫かな。
これからどうするか。7年?いや、それ以上前からずっと守り続けてきたハナビはどっかに行っちまった。まだ死んだわけではないと分かりきっていたとしても……やっぱ苦しいもんがあるな。
ふぅ……一度落ち着くために目を瞑る。落ち着け、落ち着かないと、しっかり、落ち着けよマジで。クッソ、落ち着──
「だいじょーぶかい?」
「……ッチ、俺一人にさせろっつったよ……な?」
は?
ん?は?
いや待て、おかしいだろ。
俺はこいつはミズキかテイラーかその辺りだと思っていた。そうとしか考えられないからだ。今更こんな空気読めない奴なんてそうそういない。が、実際に目を開けて、その姿を確認して、俺は文字通り言葉を失った。
「ハ、ナビ?」
「そうだよ〜。私こそがハナビちゃんなのだ〜」
この姿、見間違うわけがない。ずっと見てきた。この姿を、手癖を、笑顔を──どうしてここにいるのかなんてどうでもいい。ただそこにハナビが元気に立っているということだけで俺は何度でも立ち上がれる。
「ハ、ハハ、お前今までどこに……見つかってよかった、早く一緒に安全なとこに……」
「お兄ちゃんお兄ちゃん、私、聞いて欲しいことがあるの♪」
「なんだ?何でも言ってくれ、俺が叶えてやる」
「じゃあ──ばいばい」
次の瞬間、そう、本当にその瞬間、ハナビの言葉を理解するよりも前の出来事だ。何の前触れもなく近くの道路の破片が俺に向かって一直線に向かってくる!
──それを理解した時にはもう、俺はその破片に腹を貫かれていた。何もできなかった。反応すら、何も。自分を貫いたものが何かの破片であるということでさえ後から気が付いたものだった。
「な、あ?なん…で…」
「私さ、お兄ちゃん嫌いなんだよね」
それを聞いて、どこか脱力感のようなものを感じる。なんでだ?どうしてだ?何が?いや、は?
そんな問いがぐるぐると頭の中を巡るのを横に、俺の腹からは大量の血が出てくる。幸い急所は避けていそうだがそんなことよりどうしてハナビがこんな……?俺が嫌いだったって、そんなこと?一体いつからそんな事を?いやそもそもとして……
「お前……誰だ?」
「嫌だなぁ、私は私、ハナビちゃんだって〜」
「いや、あんたは俺の知ってるハナビじゃねえ。あんたは、いや、お前は誰だよ!」
「わぁ、こわぁい。じゃ一つだけ。私が、私こそがハナビなの」
妖艶と言えばいいのか何なのか、笑みを浮かべながらわざとらしくウインクをするハナビを見て俺はこう感じた。
あいつは以前なら、こんなこと絶対にしない、と。




