消えずに残る
──9月22日 午前6時・森林──
目が覚める。見慣れた天井ではない、というよりか野宿なので天井すらない。まだまだ暑いから寝袋もテントもいらない。安全そうな場所で休息を取るだけである。見張りが必要かとも思ったが、ヒバナさんはそんなものを必要としていないのか、昨日は私より早く寝ていた。
「おぅ、起きたか」
「ぁぁあ、はい。起きました」
「飯食ったらすぐ進むぞ。今のうちに頭起こしとけ」
昨日出会った時は暗かったのでよく見ていなかったが、ヒバナさんは小さめのカバンの中に食料と水を入れていた。大きさからみて二人で食べれば1日で全部食べきってしまいそうだが、それでも彼は惜しみなく私に缶詰を一つ開けて渡してくれた。ツナの缶詰だった。
「これしかないからよく噛んで食えよ。水は少しずつ飲め。移動中に水切れたら死ぬぞ。着いたらもう少し量あるが今はこれが限界だ」
「ありがとうございます」
昨日即興で作った葉っぱシートの上に座ったままもらったスプーンで少しずつ食べる。葉っぱを掻き集めていても何も言われなかったので多分大丈夫だろう。ほんのり涼しい空気が私たちの周りを通っていくが、湿気の多いこの森林の中ではそれがありがたい。もっと風吹けばいいのに。
外の環境は区内生まれ区内育ちの私にとって苦しいものだと思っていたがそこまでのものではなかった。そのことを呟いたら「舐めんなよ?」と言われたので、これもまた季節の関係やガイドがいることが大きいのかもしれない。
「えーっと、ちなみにこれって後どれくらいで到着なんですか?」
「もう音を上げるのか?」
「いえ、ただ聞いただけです……」
「そうか……このペースなら明後日くらいだろうな」
「食料、持ちますか?」
「持つわけねえだろ。もとより消費が二倍になってんだ」
「え、じゃあどうすれば……」
「はぁ…………ここ、見にくいが焚き火の跡がある。でも俺らは焚き火してないだろ?近くに誰かいるかもしれないって事はすぐ理解できるな?お前、仮にも優秀なんだろ?」
「それってつまり……」
「襲撃して、奪う。安心しろ。これが俺たち放浪者の日常だ。罪に問われることはない」
「それでも良くないですよ。人のものを奪うなんて、それこそ姑息じゃないですか!」
「……へぇ、そうは考えた事なかったな。でも俺らはそういう事は承知の上で生きてる。悪いのは警戒を怠る方だ」
「そういう……ものなんですか?」
「あぁ、これが俺らの文化だ。お前が一人叫び続けてたとしても何も変わらねえよ。──食い終わったな?葉はそこらへん散らしておけ。出発するぞ」
「はい………」
毒舌なガイドと家出少女は、初々しさの中でやはり距離を縮める事はできずにいた。先生はこき使えって言ってたけど、そんなことできる雰囲気じゃないと思う。
「そういえば、ヒバナさんはどうしてそんなに強いんですか?それとも他も同じくらい強いんですか?」
「………どう思う?」
「特別強いと思います。じゃないとミズキ先生は私を預けないから」
「…そうか。じゃあ言っとくぞ?俺がここまで強いのは、『理想』を叶えるためだ」
急に出てきた言葉に一瞬だけ動悸が早まって動きが無意識のうちに止まる。落ち着け。怯えていたら私はそうなれなくなる。なんのために私はこんなところまで来ている?自分を追い込みすぎるな。原動力まで蝕ませるな。
「……はぁ、まじでめんどくせえなお前。深く考えすぎだし別のことでも考えてろ。葉はもうそれで良いから行くぞ」
歩き始めたヒバナさんに私はやはりただ着いていくことしかできない。足元を見ていたから木の根で躓かずに済んだ。
家出生活2日目が始まる。
──9月23日 午前6時30分・チハヤ宅──
『…───』
『チ……─』
『チ…ヤ』
『チハヤ!』
『ミサキ、どうしたの?』
『えっとね。チハヤ、聞きたいことがあるんだ』
『何?なんでも聞くよ』
『…………どうやったら、そんなに良い人になれるの?』
『……わからない。でも私、それだけじゃだめだから悩み続けてるよ』
『………じゃあ私はもっとダメダメだね。ははは……ごめん。死んでくる』
嘲笑気味で涙を浮かべながらただ去ることしかできなかったミサキを、私も同じようにただ見送ることしかできない。もっと彼女と向き合えればよかったのかな。もし手を伸ばして、一歩を踏み出して、声を出して、彼女の背中を止めることができたらよかったのにな。
なんだか私も、悩み疲れちゃったよ。
良い夢でも悪い夢でもないような夢から、今日も私は現実を見る。知る。感じる。だんだんと寝落ちの感触が取り戻されていく。
(先生、私はどうすればいいの?)
心の中でしか問えない疑問を今日も頭で反芻する。




