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能力教室の号哭  作者: たるたるそーす
飛べない豚編
59/100

軋轢の先

能力祭=一校のみの箱根駅伝や甲子園的なものと考えればよいです。

 ──午後5時・ミサキ宅前──



見慣れた建物だ。毎日ここに入って夜を過ごし、朝になってここを出る。扉を開け閉めした回数は3桁では収まらないだろう。目の前にあるのはそんな見慣れた、普通の、何の変化もないはずの扉だ。


(………帰りたくない)


3日間かけて行われる能力祭の一日目が終わり、私はベスト8の立ち位置で未だトーナメントに残り続けている。


勝利した私を母はきっと喜ぶだろう。滅多に見せない笑顔を全面的に出して、食卓には私の好物が贅沢に並べられて、「次も頑張れ」なんて言葉ももらえて──扉を開ければそんな楽園が目の前に広がることはすぐにわかる。さっきからずっと匂うハンバーグの香りが私を中へ誘っているようだ。


でも、そんな楽園に私が踏み入れてもいいのだろうか?いいはずがない。私は他人(チハヤ)の気持ちを蔑ろにした。蔑んで、疎んで、傷つけて、苦しめて……動機が善意に満ちたことだとしても、結果だけが事実として現実にとどまり続ける。そこに私の想いなんてものがあっても、それは頭の中の範疇を越えることはない。


結局私は扉を背に道路へと戻った。沈みゆく太陽が私の前に長い影を作る。それに気付けたのは私が下を向いていたからかもしれない。



 ──午後5時30分・日本区下層部──



これから先、どうしようか。目的も行く宛もないこの行動に意味があることすらわからない。それでも今は一人になりたい。これですら私のエゴだけれども、もうなんでもよかった。


(どこか遠く……少なくとも区外まで行きたい。みんなの側にはいられないし、いたくない)


死んだように歩いてきた私の前にあるのは日本区と外界の境界だった。特に壁や門があるわけではない。ただ、「クリスタルの効果範囲」という不可視の領域が曖昧ながらも明確な境界を作っているのだ。よって私は今簡単に外に出ることができる。そう、もう三歩踏み出せば……


「何やってんだ?お前」


ビクッ!と体が一瞬硬直するも、すぐに振り返った私の後ろには長身の男がいた。ボロボロの衣服に対照的なまだタグすらも外していない真新しい上着がよく目立つ。


「いや、なんでも……」


どうしよう、人に見つかっちゃった。普通の人ならこんなところに来ることなんてほぼない。いくら区域内であるとしても、この程度なら放浪者に引き摺り出されるだろうし、最近はショウがそういう風になった。だから目撃者がいることなんて考えていなかった。


そしてそれはまた逆も然り。こんなところに女子高生がいたらそりゃあ誰だって怪しむだろう。きっとこの人に見えている私は自殺志願者ってところだ。どうにか弁明してここから逃げ出さないと。


どこからか生まれてくる背徳感に駆られて私は弁明を始めるも、そんなことは無意味だった。


「実は私、家が貧乏でこの辺なので、夜風に当たる時はよくここにくるんですよ──」


「星崎ミサキだろ?お前」


え?ん!?いやなんで?名前を……制服!?いや、名前までは分からないはず。私と彼は初対面のはずだし、やっぱりなんで!?


「うわやめろその顔、俺ストーカーじゃねえし能力祭見ただけだ」


あー!なるほどぉ。そっかそういえば能力祭ってテレビ放送されるんだったー。完全に忘れてたー……


ってやっばくないそれ!?


つまりは大勢が私の姿を見ていて?まあ有名ですよと。そんな私が人に見つかったら?……家に強制送還ですか。


「……このことは秘密にしてくれませんか?できるなら忘れてもらって……無理ですよね。はい」


「知ってるよお前のことは。能力で敵を妨害して弱らせる、正々堂々と戦えないゴミ」


「……………そう……ですね。私もそう思います」


そうだ。何を勘違いしている?私は自殺志願者に間違われたいわけじゃない。私はきっと本当に自殺志願者なんだ。少し感情が浮かれていたが、そんなことは考えない方がマシだ。


この世で理想を叶えられないなら、価値なんてないのだから。


「そう自覚してんなら………おいミズキ、それは俺に見つけて欲しいのか?」


「ありゃ、見つかっちゃった」


物陰からのこのこと出てきたミズキ先生。もしかして見られてた?いつから?


「ねえミサキ」


「っはい……」


咄嗟に返事をしてしまった……先生にばれた以上もうこれ以上はできないだろう。家に帰って、家をいつもの時間に出て、学校に行って、明日もいつも通りの生活?少なくともチハヤとの関係は違うだろうな。チハヤが何も感じていなくても私はそう感じてしまう。


「外に行きたいの?」


「………」


「否定はしないよ」


「……はい」


「じゃあ行ってらっしゃい」


「…………え?」


「ミサキは今ね、すっごく悩んでる。人間関係は人と一緒にいる時点で必ずいざこざが生まれるからね。日本区なんていう閉鎖空間にいちゃあそりゃ気が滅入っちゃうよ。ちょっとした旅行だと思って行ってみるといいよ」


「止めないんですか!?」


「否定はしないって言ったじゃん……それにちゃんと護衛も案内もあるから結構楽しいと思うよ?」


「え、それって……」


「俺だな……ったく、初依頼がそれでいいのか?雇い主さんよぉ」


「うん。現地人ならいろいろ知ってるでしょ?」


「了解だ。報酬はまた取りに来る」


「あ、もう向こうに送っといたから大丈夫だよ」


「……怖いなお前」


「ガーン」


「あ、あの!本当にいいんですか?」


「うん。ちょっとみんなには心配かけちゃうかもだけど、行って来なよ。帰りたくなったら彼に言ったらすぐ帰れるよ」


「……ありがとうございます」


「ん。頭冷やしておいで───最後に一つだけ、私が初めてミサキと会った時に言ったこと覚えてる?」


「『理想を叶えられないなら、叶えるためになんでも使え』ですか?」


「そうそれ、ちゃんとこいつこき使ってやりなよ?意外といい話聞けるだろうし」


「お前ほんとにぶっ飛ばすぞ?」


「やれるもんなら?」


「こいつマジで……」


「じゃ、ミサキを頼んだよ──ヒバナくん?」


そう言って先生は去ってしまった。本当に大丈夫なんだろうか。


「お前のような姑息な奴は殺したくなるほどには嫌いだが……生憎殺せないんでな、まぁこの機会にちゃんと世界を見ることだ」


「は、はい」


すっかり夜になった世界で、私はその長身の男──ヒバナの後を追うように日本区を後にした。

感情は時間という溶質によって薄められるものなのです。

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