能力祭
間違えたぁぁぁ
設定集①
生徒の合格状況について、
カエデ─筆記は悪いけれど能力が良い
↓
カエデ─筆記も能力も良い
でした。
はい。単純に書き間違えただけです。
──8月20日・ミズキ特別教室──
「先生!課題が終わりません!」
「よかろう!ならば助け舟を出してやろう、マオ、出番だ!」
「はい!」
「……ありがとうね」
今日も今日とて、私たちは課題を終わらせている。それぞれの進捗もだんだん進んできて、マオとアオイはもう終わった。私もあと2ページで終わる。
課題を進めながらショウに教えているマオを横目に見る。
(…………)
最近は私たちの表の性格が変わってきた。変わったと言うよりかは自分を出しやすくなっているというのが正しいだろうが。具体的にはみんな敬語を外したし、さん付けする人も減ったし(アオイだけはどうしてもさん付けしたいらしい)、一部一人称が変わった。何よりも、みんな笑顔を見せやすくなったのだ。自分の身近なことを仲間に共有する。それで笑いが、喜びが、良い感情が生まれるのは素晴らしいことだと思うし、それだけ親密になれたということなんだろう。
特に変わったのはショウと……ミズキ先生だ。
ショウは私たちを信頼してくれているのか、謝罪の一件から弱い部分を見せるようになった。これもまた「夜吹ショウ」という人間の本当の、取り繕っていない状態なのだ。そして……
「ハッハッハ、皆の衆、ジュース買ってきたから休憩がてら飲まんかね?」
一番変わったのは間違いなく先生だろう。なんというか……とりあえず笑顔が増えた。笑うほどでもないが、一つ一つの言動が一定の良い感情を持っているような、そんな感じ。一人称変えたり、語尾変えたり、感情の起伏が大きい。そこにあるのは友達と話しているような、ワクワク感だった。
「…………無反応はちょっと悲しいよ?」
あ、でも悲しくなるといつもに戻る。
──30分後──
「終わったぁー」
「おっ、第三位はチハヤかー。お疲れ様。ジュースいる?」
シャーペンをノートの上に落として席から立ち上がり、そのまま体を伸ばす。
「ください」
「はいよー」
マオとアオイは今、それぞれ筆記科目悪い組──ショウとリュウにそれぞれ教えている。先生が注いでくれたリンゴジュースに口をつけつつ、私はその状況を見る。──みんなももうすぐ終わるかな。
みんなは大体数学や物理あたりでつまづいていた。そこら辺は慣れないとわからないし、仕方ないと思うし、私も苦労した。
(逆に言えば、能力の課題はすっごく簡単に終わったなー)
ミズキ特別教室の中、私たちはなにも訓練だけをしているわけではない。頻度は少ないが、ミズキ先生から座学として能力について教えられることも多かった。『昇化』もその一部だ。要するに、私たちには能力の知識は結構あったわけで、簡単に終わらせられたということだ。たまに誰も知らない、それこそ専門家や研究者でみ知らないようなことを言うことには一応目を瞑っておく。
「あー、助けてチハヤぁ、ちょっと難しい」
「えぁっ、私の説明、わかりづらかった?」
「いや、ただ俺の頭がついていけなかっただけだから大丈夫。ありがとね」
「ぁ、うん。また何かあったら呼んで」
「うん、ありがとー」
マオは頭が一番いいから、その分変な難しいことまで教えたりもする。ちょっと不服だけれど、私は認めたから大丈夫だ。
その後私が教えてもなかなか終わらず、結局全員の課題が終わるのは、三日後のことだった。
──8月23日・進路相談室3──
「みんなお疲れ様ー」
「疲れたぁ……」
「やっぱ課題は残すもんじゃねえな……」
「まあ後半ほとんどミズキ先生のせいで時間潰れたんだけどね」
「いいじゃないか楽しければ、またスイカ持ってこようか?」
「いやあたしは反対。前ショウがスイカ叩いたらポップコーンになったじゃん」
ポップコーンて。ハナに内心でツッコミを入れつつ、あっはっはあっはっはといつもの活力が戻った様子に少しだけ安堵感を感じる。
身長、雰囲気、話題の振り方など、ミズキ先生は先生じゃないみたいだ。特別教室の時は私たちに色々教えたりしているけれども、それ以外、最近の放課後はよく私たちに混ざって世間話をする。それでも、私たちは楽しいし、何より先生が一番笑顔だ。ここは心地よい。
「能力祭にでてみようか」
説明しよう!能力祭とは、他の高校の体育祭を指すものであり、その名の通り能力を使って他の生徒と戦うという校内大人気の催しなのだ。そしてそれに出られるのは全校生徒の中の16人のみであり、それ以上立候補者がいた場合は選抜を行う。つまりどういうことか。
「それ、控えめに言って私たちに全校ベスト16になるくらい強くなれって言ってます?」
「そだよ?」
ここで補足。全校生徒の中の16人とはつまり、二年生も三年生も参加する。さて、この状態でなら誰が一番強いでしょうか?無論三年生だろう。実際毎年選ばれる16人の九割が三年生、残り一割が二年生なのだ。
さらに問題。その中では熾烈な戦いが繰り広げられます。二年生ですらなかなか出場できません。それなら一年生が出場することはできるでしょうか?否に決まってるだろ馬鹿か?
よって、生徒の表情は馬鹿馬鹿しいと言ったような顔になる。現状はそんなところだ。
しかし、だからといって初めから諦める者なんてそうそういないわけで
「出れる出れないじゃない。出たいかどうか。イエスかノーで」
「「「イエス」」」
全員が全員発言はしなかったが、意思は全員同じだった。




