対天城ミズキ特別組織【奈落】・七
──午後7時・外──
互いに睨み合い、俺とフォボスの間で緊迫が張り詰める──というのは単なる妄想に過ぎないのだろう。能力を発動していつでも動ける体勢になっている俺とは対照的に、フォボスはスーツのポケットに自分の手を入れて棒立ち。柔らかく俺を見るその目線はまるで、今この瞬間が戦いではないと言わんばかりである。
「む、これは……………っとまだまだですね。もっと工夫しないと」
その行動が決して嘘ではないことなんて、攻撃を防がれた時点で察することなんて容易である。能力を発動して地面を蹴る。時間にしてほんの0.2秒。その間に約10メートルの距離を詰めて拳を叩き込んだ。ただの拳じゃない。身体強化で、とてつもないスピードで叩きつけられた拳だ。一般人が食らえばその部位は確実に木っ端微塵になると確信できる──のだが……
「くっそなんで……」
「そんなもの全て『魔力強化』でどうにかできるでしょう。ミズキは教えなかったのですか?」
『魔力強化』というのは『昇化』の事だろうし、理屈はとっくに分かってる。でも……だとしてもこれはやばい!なんで拳が人差し指だけで止められるんだよ!しかもさっき、あいつ俺のこと見てたか?
「……動きが単調になってきていますよ。もっとこう……捻りを入れなければ」
「くっ……」
「万策尽きたのなら終わらせますけど」
「ああもう!!」
直線で突進することの単純さはわかっている。だから少しずつ……気に食わないけれども言われた通りにフェイントや速度の緩急を入れながら攻撃しているが……
「もっとです。もっとできるはずですよ?でないと意味がないですからね!」
できる気がしない。
「はあっ……はあっ……っぐっ……げほっ……はあっ……はあっ……」
「まだいけるでしょう?ほら立ってください。殺しますよー?」
意識が遠くなる。地面に手をついて尚苦しさが収まらない。さっきから同じ事を何度も何度も言われている。さっきから何度も何度も攻撃を仕掛けて、その度にことごとく失敗。フォボスにとっては軽い、されど俺にとっては重い一撃を鳩尾に入れられる。その度根性でどうにか起き上がっていたが、もう……
身体も脳も本能も理性も感情も意思も全て全て全て。どうやっても一つの結論に辿り着く。とうとう四つん這いの体勢まで体が下がる。
「うっ!おええええ」
耐え切れなくなって腹の中の物が逆流する。ほとんどが胃液だったが、その中に少しだけ血が混じっているのか、少しだけ赤く濁っている液体がぐちゃりと地面を汚す。
「……そうですか。流石にもう限界ですね。……………それでは……………」
「させません!!」
俺のものよりも遅い、されど俺のものよりもずっと鋭く、重い音を伴った一撃がフォボスに突き刺さる。フォボスが吹き飛ぶような事は無かったが、少なくとも俺の攻撃のときよりかは確実にダメージを食らっている事は明白だった。
「あなた……ショウくんをどれだけ痛めつけたんですか!?」
すぐに俺の方が担がれてフォボスと距離を取る。俺は信じられないものを見た。
口調も雰囲気も正反対と言っていいほど違う。されどそこにいたのは、かつて俺を救い出し、俺をここまで連れてきたと言っても良い。そして、俺が殺してしまったはずの女性が、そこにいた。
「……あぁあ!」
「まずはしっかり休んでください。動けるようになったら逃げて……いや、協力をお願いします」
「……はい」
「あ、言い忘れてましたね。私は葉月レイナです。……生きて帰りましょう!」
タイムリミットまであと10分




