『孤独』の記憶
孤独が怖い。
そう思い始めたのはいつからだったっけ。
昔から両親は働き者で、他の人よりも何倍も多く、長く働いていた。別に家が貧乏なわけでもなかった。ただ、昔から、多分俺が生まれるよりも前から、二人とも労働が快楽であるかのように働き続けていたんだと思う。その働きもあって、俺はどちらかというと裕福な部類に含まれていた。
母も父も優しかった。欲しいと言ったものはなんでも買ってくれたし、食べたいと言ったものはなんでも作ってくれた。
初めはこれが普通だと思っていた。確かに他の人と比べて、両親が俺に甘いということは薄々感じていたが、それでも、ずっと心に引っ掛かる違和感が、世間一般的なありふれたものだと思っていた。
俺は幸せだった。
『あした、おとーさんとおかーさんとゆうえんちにいくんだ!!』
この時衝動的に感じたこの感覚を「羨ましい」と言うことを後から知った。
家に帰っても誰もいなくて、作り置きされたご飯を食べる。これが日常だった。
朝起きても誰もいなくて、作り置きされたご飯を食べる。これが常識だった。
だから俺は決して間違ってはいない。──はずだった。
どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう?どうして家では泣きたくなるのだろう?
なんだか寒い。
作り置きされたご飯を今日も一人で頬張る。
何度か、夜遅くまで起きて両親と話そうとした。
一度目は日付が変わっても帰ってこなくて、耐えきれなくなって寝落ち。
二度目は学校の疲れが溜まってしまって、またしても寝落ち。
三度目でようやく二人の顔を拝めた。夜中の三時だった。
「おかえり!おとうさん、おかあさん!」
「ただいま」
……それだけだった。それだけ言って、二人はそれぞれ自分のやることをやっていって、俺が何か言う隙間も無く、そのまま流れるように寝てしまった。仕方なかったからその日は俺も寝た。
四度目。ようやく本題を出せた。
「おとうさんおかあさん、オレもゆうえんちにいきたい!つれていって!」
「……そうね。機会があったらいきましょうか」
「ただ、最近はずっと忙しいだろう?──」
失敗。そして崩壊。両親は俺にかまいたくない。そんなことをするんだったら仕事をしていたい。そう気付いてしまった。
自室のベッドで俺は泣きまくった。希望が踏み躙られて、悔しさで一杯だった。声を出して泣いていたはずだったのに、両親は俺の部屋にはこなかった。
そこから家族と何かするのは諦めた。
次に目をつけたのは学校の友達だった。
『あいつさあ、そうそう。夜吹ショウってヤツ。結構金持ちらしいぜ』
『親が働きすぎてろくに遊べないらしいぞ。不運な奴だな』
『なんかあいつうざくね?』
『なにあいつ、きも。金持ちなくせして貧乏ヅラしてさ』
『あいつまじ死ねよ。見てて不愉快なんだよな〜』
事のきっかけは些細な、街中に捨てられている煙草の吸殻くらいどうでも良い事だったと思うし、よく覚えていない。けれども、その火は偶然何かに燃え移って、瞬く間に大きな孤立に繋がっていった。
次第に僕の周りからは人が離れていった。どう会話をすれば良いか分からないからみんなの会話には入れなかった。笑うたびになんだか悲しくなってしまって、僕は段々と感情の起伏が小さくなっていった。
そんな僕を見た人がまた離れていく。その度に苦しくて苦しくて、机に顔を埋める。それを見てまた離れていく。その繰り返し。独りが悲しいものから怖いものになっていった。
彼らと関わるのは諦めた。
完全な孤立
何がいけなかった?どこで間違えた?
もっと両親に意見を主張すれば
もっと積極的に仲間に溶け込めれば
もっと………………
次がまだある。きっと次は……高校ではきっと……
髪を染めた。体を鍛えた。能力を強くした。誰よりも明るくしたし、たくさん笑うようにもした。まだ三ヶ月しか経っていないけれど、この前までは完璧だった。……表面上は。
何でもない日、俺は嘘をついてしまった。俺がずっっっっと欲しがっていた、初めて手に入れた何よりも大切な仲間に。失敗だったことに後から気付いた。また独りになる事がどうしようもなく怖くなってしまって、嘘に嘘を重ね続けてしまった。そうする他なかった。ああそうだ。全部俺のせいだ。
正義感がある?確かにあるだろう。でも、それよりももっと自分のことが大切だったんだな。矛盾だらけで身勝手で、自分で言ってて嫌になる。
それまだ俺は願ってしまっている。仲間を、幸せを。
滑稽だろ?




