対天城ミズキ特別組織【奈落】・三
──【奈落】第三支部地下3階──
薄暗い部屋の中で手を差し伸べる女性の顔を、少なくとも俺は知らない。だから何故俺を逃がそうとしてくれているのかわからない。信頼はできない。もしかしたら俺を油断させるための罠かもしれないが──今更そんなことどうでもいいか。なるようになればいい。
そうだ。この役は重すぎた。俺の行動一つで全てが変わってしまう以上、何もできない。というか何もできない。だから何もしない。女性に返答することも、手を取ることも、逆に歯向かうこともできず、ただ呆然とその場に居続ける。一種の自暴自棄であった。
「ねえ!聞こえてる?おい!──ったく!無理矢理連れていくよ!」
別にここから動きたくないわけでもなく、ただ自分の意思で動きたくないだけだったので、掴まれた手に従って動き始める。直ぐに部屋を出て、廊下に出る。そこにはまだ他の人はいなかったが、いろんなところで微かに音が聞こえる。
部屋はクラシック風な薄暗い部屋だったが、それとは対照的で、廊下は鉄色が隠されておらず、あまりにも冷たい。二つの足音が廊下中にこだまして、少し身震いする。女性はかなり速く走る。手を繋がれて、先導されている状態であるとはいえ、ついていくのが精一杯だ。もしかしたらこの人……『昇化』が使えるのかもしれない。いや、どうでもいいか。何もしたくない。何もできない。怖い。
──7月21日・進路相談室2──
「──先生。少し……相談があります。」
『昇化』習得のための面談中、そんなことを言ってきたのは、他でもないチハヤだった。方法を伝えている時とは逆に、張り詰めた様子で、心苦しそうに彼女の個人的相談を打ち明けてきた。
「実を言うとですね……」
簡単に要約すると、この前みんなで遊びに行ったらしい。いや何それ私知らない。また今度私も遊ぼう……そうじゃなくて、その遊びの中で、みんなと絆を繋いだはずだったけれども、どういうことかショウにだけは強化できた手応えがなかった。他の人とは上手くできたのに、ショウだけ何故?と思い、私に聞いてみたとのこと。
まあ理由は分かるんだけどね?うん。でもそれ言っちゃうとショウの決意が台無しになっちゃうから……
結論を言うなれば、「ショウが絆を認識していないから」というのが一番の理由だろう。「絆」というものは「縁」に近い。実際、参拝などの儀式を経て神と縁結びすることで一時的にだが運が良くなったりする。要はそれだけ「縁」は複雑で、かつ大切である。そんな一種の「縁」である「絆」を扱う能力──普段気にしなくとも無意識のうちに力が制限されるなど当たり前だ。
適当にチハヤに嘘を言ってその場をやり過ごす。心が痛まないわけじゃない。でも、自分が加害者になってでも、生徒たちの方が大切だっただけだ。
(わかってるよ。ショウ。貴方は決して強くはない。でもさ)
私は必要以上に干渉できない。してしまえば、それは生徒の成長の阻害だから。だから私は潜むことを決めた。決めていた……はずだったのに。
奴は動いた。
──7月28日 【奈落】第三支部地下2階──
「一度休憩を挟もう。」
「……」
「……大丈夫?無理はしないで。絶対にここを出るよ。」
(まずいな。敵との遭遇を避けているせいでかなり時間を取られている。回り道をしたり、偽装工作をしてここまで来ているが、流石にここからは……)
階段を一つ上がり、別フロアに出たことから、ここは地下2階だろう。さっきは最前線の男の音を頼りに下まで降りてきたから知らなかったが、かなり大きい施設だ。
ここまで来ると、施設を徘徊する者が出てくる。……無理だな。このフロアにおよそ50人。どうやったって数回は敵と接触する。
「ショウくん。よく聞いて。これからは敵を避けながら進むのはできないと思う。だからリスク覚悟で突っ切る。」
「……」
「……私は先導して必要最低限だけ戦う。その間は守れないから……斃さなくてもいい。生き延びるだけで充分。できるね?」
「……」
「その沈黙はYESと捉えるよ。行こう。」
そう言って走り出す。この先の曲がり角に一人、その奥に三人、右に曲がって……あれ?
ショウくん?なぜそこで立ち止まったまま……そこには直ぐに敵が来るから!
直ぐに遠くから「見つけたぜえ!!」という声が聞こえる。しくった。今ので全員がここに集まってくるはず!
「くっ……!ショウくん!速く走って!」
「……」
「急いで!────後ろ!危ない!!!」
ショウくんの背中に鈍器を持った大柄な男が迫る。振りかぶった質量。いや、この程度ならきっと……は?
(能力を使ってない!無抵抗!!まずい!死ぬ!!)
間に合うか?いや、間に合わせる!魔力を足に詰め込め!!速く!早く!はや……
質量が振り下ろされる。
頭部からの鮮血が透明な宙を醜く彩った。
補足: この世界での「縁」は冗談抜きでかなり重要です。
大切なものはいつも目には映らない。されど今、そこには確実にあり、いつも残るのは結果と一時の感情のみ




