焔風の支配者・二十二
──午後7時・自室──
結局あの後何を話したのか詳しく覚えていない。覚えていたとて作戦や戦略を話し合っていただけだ。一言一句覚える必要もない。飯を食べ終え、各自休息を兼ねた自由時間に入った頃、俺は一人自室のベッドに篭って思考を巡らせていた。
まさか俺が間違っていて、偽ハナビが正しいとは。いや、多分あいつも偽物じゃないんだろうな。きっとハナビの一部だとかそういう何か、少なくともそうじゃなきゃ俺に恨みなんて持つ事はそうない。
それでも自身がし続けてきたことが何の意味も持たず、むしろ悪影響を生んでしまったのならばそれは考えうる中で最悪だ。そしてその最悪が今現実になりつつある。
やっぱ俺が悪いんだよな……少なくとも俺に従っていたハナビには罪はない。ただ俺が束縛しすぎた。根底にある思惑が何であれ俺がしたのは他人の自由──更に言えば人権を奪ってまで自分の思想を押し付けたのだ。嫌に決まっている。最悪な気分に決まっている。
そうだ、全ての標的は他の誰でもない「ヒバナ」なんだ。テイラーやミサキたちは関係ない。なら俺が要求を飲んで犠牲に?
「はぁ……あり得ねぇな」
コンコンコン
ノックの音がしたのですぐにベッドから起きて身なりを軽く整える。
「誰だ?」
「私だ」
俺まだ許可してないよな?否応なしにドアを全開にしてズカズカと入ってくるミズキを半目で見ながらそう思う。相変わらずニヤニヤしやがって。
「お前か。悪いが今誰かと話す気にはなれなくてな」
「知ってると思うけどさ、私今高校で教壇に立ってるわけよ。一応「先生」としてさ。まぁ公認ではないんだけど」
「それダメじゃね」
「……「先生」ってさ、よく「先」を「生」きる者って意味だって言われてるでしょ?」
無視かよ……だが言っている事は正しいと思ったので相槌だけは打っておく。今じゃこいつの顔はおろか声だけでも正直イライラするが、俺はこれより酷い事をずっとしてきたのだろうか。相変わらず俺は愚直ながらもどうすればハナビの気持ちを沈め、この騒動を終わらせるかを考えていた。
「まぁそうだな」
「でも私はそんな言い方をしたくない。その生徒一人一人はそれぞれ違うんだから、「先」なんてものを決めつけたくないんだ。私が進んだ道を「先」というのではなく、自分たちで自分の「先」を見つけさせる、それがあるべき先生の本質──「先」の「生」き方を示す者だと思うんだ。ん?あんまり変わってないかな」
ハハハと楽しそうに笑うミズキを横目に問う。
「……何が言いたい?」
「君、比較的まともでしょ」
「まぁ、他の連中よりかは多少良識あると思ってはいるな」
「なら考えてみてよ。あのハナビちゃんの求めている事をさ」
「……何度も考えてるんだ。あのハナビは俺を殺そうとしているんだろうが、いつも肝心な所で躊躇っているようだってな。じゃないと俺は今頃もう死んでるだろうから。…………なぁ、偽ハナビって一体何なんだ?ハナビであってハナビじゃない、でもあいつはハナビだ。もう何が何だかわからねえよ……」
立ったまま話していた自分の体を力無く寝そべらせる。床は案外冷たいがどうでもいい。ただ少し、立ち続けるのが疲れただけだ。
「それはやっぱり、ヒバナが見つけなきゃいけないよ。きっとそれが分かれば全てが分かるから」
「そうだな……そのくらいは俺が探さなきゃか。んでそのためにはどう頑張ってもまたあいつと戦う、か。何かヒントとか無いのか?」
「そうだな…今のところはどう考えてるの?」
「確証はないが、ハナビの「本心」が人格を持った何か、少なくともハナビの一部なんじゃないかってとこだな。だがそれがわかったところでどうすんだって話だ」
「なら大丈夫だよ。きっと分かり合えるさ」
「あ、おい……マジで言いたいことしか言わねえのかよ……」
ミズキはそれだけ言うと満足そうによくわからない鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。ったく、今は俺でもあいつみたいな気持ちにはなれないな。てかドア閉めてけよ……
仕方ないのでドアを閉めに行こうとした所で今度は別の目があった。
「ミサキ?何やってんだ?」
「えっ、あ、その、ハナビちゃんの心を読んだのは私なので少しは役に立てるかな、と」
本当ならここで突っぱねている所だったが、たぶん疲れていたのだろう。ミサキの話を聞くつもりが起きたのは偶然だった。だが一人では何もできない俺が一人になるのは愚策だろう。この問いの答えを見つけるために使えるもんは使わねえと。
「はは……結局はそういう感じか」
「?」
「いや、忘れてくれ。それじゃあ質問だが、ハナビはどんな感情を抱いていたんだ?」
「えっと、さっきも言いましたけど『ヒバナさんを殺したいくらい嫌っている』ですかね?」
「いや、聞きたいのはそこじゃなくて、もっと細かく単純にだ」
「えぇっと、「怒り」とかですか?」
「そうだ。もっとあるだろ?」
───
………
………………なるほど。
答えがわかった。
俺たちはどこまでいっても兄妹だな。結局そうやって一つのことを見続けて他が何にも見えなくなる。本当に欲しい物はもうとっくに視界の外に出ていってしまっているのに、何度も何度もそうやって目前の夢を見る。
「ミサキ、ありがとう」
「いえ、大丈夫です全然」
もう迷わない、俺たちの未来は、「先」は、俺たちが決める。見つけてみせる。
もう曇りはない。明日、全ての決着をつけるとしよう。
恋(恋じゃない)は盲目




