『依存』の記憶
──十年前──
「やーいやーい。おまえ、能力つかえないんだってなー。みーんなつかえんのになんでマオちゃんだけつかえないの?あっははは!」
その笑いに釣られてみんなも笑う。私が虐げられたのはこの日が初めてだった。幼稚園の年長の頃、この年代の子供たちは自分の能力が何かを自覚して、少しずつ使うことができるようになる。私にも能力が芽生えた。しかし、扱うのがとても難しくて、どんなに頑張ったとしても、結局能力を使うことはできなかった。それを見た周りのみんなはそんな私を見て……虐げた。私の努力も苦しみも何も知らないくせに、結果だけを見て嘲笑った。その行動に根っからの悪意はないとわかっていても、この笑いは私を壊すのには十分すぎた。そんな押し潰されそうな状況の中でも、どうにか元気を取り繕いながら生き続けられたのは、家族のおかげだった。
「周りの反応なんて気にしなくていいのよ。マオにはマオなりの良さがあるってお母さん、ちゃんと知ってるわ。だから自信持って。」
「周りの奴は小さいことばかり気にするんだな。周りを見る奴よりも自分を極められる人の方がよっぽど強いに決まってる。だから気にしなくていいんだよ。お父さんだって、そうやって強くなってきたからな。」
「誰だ?俺の可愛い妹にそんなゴミみたいなことを言った奴は。お兄ちゃんが一発殴ってきてやるよ。……マオの仲間は思っているよりも多いんだ。だから一人で抱え込まなくてもいいんだぞ。不安があれば俺にぶちまければいい。なんせ俺はお前の『パートナー』だからな。」
お母さんは寄り添う言葉を
お父さんは前を向くための言葉を
お兄ちゃんは味方でいる宣言を
それぞれ言ってくれた。まだ年長だった私にはその言葉を鵜呑みにするしか気を紛らわせる方法はなくて、虐げられた日は毎日家族のところに行ってそんな嬉しい言葉を貰っていた。
でも、そんな方法で安定して精神を保つことなんてできなかった。私は間も無くして、幼稚園には行かなくなった。不登校ならず不登園というものだ。その頃の生活はあまり覚えていない。ただ、家の中で泣いて、泣き疲れて寝て、ご飯の時だけ家族に死んだような顔を合わせる。そんな日々が続いた気がする。……いや、そんな生活も長くは続かなかった。私が不登園になってから10日ぐらいだろうか。経った頃、信じられないことが起きた。
お兄ちゃんが私を最初に嘲笑った子を殺した。
最初は理解できなかった。兄は元より正義感が強い人のはずだった。だから人殺しなんて、よっぽどのことがない限りするはずがないからだ。この頃私には既に善悪の区別ぐらいついていて、人殺しの罪の重さについては理解していた。間も無くして兄は警察に身柄を確保されて、警察署まで連れて行かれた。このことを知ったのは、お母さんの口からだった。
「……」
「……」
面会の日、私と兄とお母さんの三人が部屋に入れられる。しかし、二人とも沈黙を貫き通すだけだ。このなんとも言えない雰囲気を破ったのは…そうだ。他でもない私だった。
「あの子をころしてくれて……ありがとう。」
「ちょっと!なんて事言うの!?」
母が咄嗟に私を叱りつける。でもそんなことは構わない。それよりも、今伝えたいことが山ほどあるからだ。
「おにいちゃんは……わたしたちのためにあの子をころしたんでしょ?あの子はわたしのわるぐちばっかりいってて、わたしはすっごくくるしかった。そのことはわたしがみんなにいってたからしってたよね?」
「「……」」
二人は押し黙って私の発言を聞いていた。二人とも、これまで私に向けたことのない真剣な眼差しで私を見ていたのを今でも覚えている。
「わたしがようちえんにいかなくなってから、みんな、すごくかなしんでた。わたしだってかなしかったけど、みんなもすごくかなしがってた。だからいやだったんじゃないの?あの子がいなくなれば、きっとわたしはまたようちえんにいく。そうすればみんなのきもちもよくなるっておもったんじゃないの?」
この時私は5歳、兄は15歳だった。10個も歳が離れている妹に自分の気持ちが完全に見透かされたからか、私が話している間、兄の顔がずっと驚いた顔になっていたのを私は見逃さなかった。これで兄も正直になれればみんな仲良くなると思っていたのだが……
バンッ!!!
兄がテーブルを叩いた音に私は驚いて、母に背後に隠れた。そして兄は荒々しい声で叫ぶように話した。
「……ちがう!!俺があの野郎を殺したのは……家の居心地が悪かったからだ!これまで帰ればみんな笑顔で出迎えてくれた。でも今回の一件でそんなことは無くなった!全部あいつが悪いんだ!!あいつが俺たちの日常を奪ったんだ!!だから俺は奪い返してやったんだよ!!復讐のためにな!!!……だがこんなことになるなら……さっさと縁切って一人で過ごせばよかったよ。」
その言葉に私たちは言葉を失った。最後にぽつんとこぼした、苦しくて、悲しくて、泣きそうなくらい震えた声は、結果的に母のスイッチを入れた。
「……なんてことを言うの!!言っていいこととダメなことの区別がつかないの!?」
「もうつかねえよ!!!俺は人を殺したんだ。一線を超えた罪人なんだよ!そんな奴に善悪の区別なんてもうねえよ。とっとと……消えろ。」
「っ……!くう……!!………いいわ。さようなら。刑務所で反省していなさい。マオ、行くわよ。」
「……ごめん……」
厳しくなった母に腕を掴まれて部屋を出る最中、私の耳には確かにその声が聞こえた。私は咄嗟に振り返るも、母のせいで兄の顔をもう一度見ることはできなかった。母にはこのことは聞こえていなかったのだ。母は早歩きで警察署を出て行き、私はそれに対してただついていくことしかできなかった。
これが兄と直接話した最後の記憶だ。あのあと、裁判にて兄は懲役七年が決定した。裁判では、私の受けていたいじめとその影響についても考慮されたため、これでもかなり軽くなった方らしい。
その後、私の母は間も無くして倒れた。私の面倒を見るためにずっと働いていたこともあって、ストレスから具合が悪くなったのだ。結果的に母は死んだ。私には死人の顔を覗き込むなんてことはできなかったからわからなかったが、苦しそうな表情で死んだらしい。そして後を追うように父も他界。これは大腸癌からだった。これら全てのことは私が7歳の頃の出来事だった。
まだ小学一年生だった私はその後、施設に引き取られた。親族の多くがすでに死んでいて、唯一生きている親戚もかなり年配で、とてもじゃないが私の面倒を見ることができなかったからだ。しかし、私の施設生活は不幸になる……ことはなかった。何故か。それは……
「なにやってるの?わたしはユキ。いっしょにあそぼ?」
この出会いは施設に入ってすぐの頃だった。私はその出会いから、ユキが死ぬまで、常にユキと一緒にいるようになった。ユキは私を決して否定することはなくて、まるで、事件が起きる前までのかつてのお母さんがここにいるように感じた。
そうやって私は、常に誰かに『依存』しながら生きていて、今日もまた、お父さんやユキ、そして先生にまで依存しようとし続けていた。なら私がしなければいけないことは既に分かっている。




