第1話「選挙は推しを推すもの?いえいえ落とすものです。」
うっすらと、スピーカーの声が聞こえる。
「……あー、また演説か。選挙、近いんだな」
私はカーテン越しに外を見て、ため息をついた。
普段は見向きもしないのに、この時だけ満面の笑みでビラを配る人、ちょっとだけうざい。
「でもさ、推したい人って……いないんだよなぁ」
「選挙ってさ、“こいつだけはダメ”ってやつを、ちゃんと落とすためのゲームなんだよ。推したいやつを通すゲームじゃない」
出た、土屋先輩──通称ドヤ先輩。
ドヤ顔ランキング、全国ベスト3入り確実なその顔で、今日も語る。
「へぇ、どういう意味ですか」
スマホをいじったまま、そっけなく聞き返す。
「だってさ、ほんとに“推したい”候補って、なかなかいないだろ。でも“こいつだけは無理”ってやつ、いるだろ?」
やたらと自信満々なその顔。やっぱりドヤ顔ランキングトップ3入りは伊達じゃない。
「あー……まあ、確かに」
「選挙はそいつを落とすゲームなんだよ」
「選挙ってのはな、“拒否権の行使”なんだよ。推すんじゃなくて、止める。投票しなきゃ、組織のあるやつが勝つ。でも、そいつ以外に入れるやつが多かったら?」
「投票しないよりは、落選する確率が高くなるってことですか?」
「そういうこと。これ考えた人、マジで天才だろ?選挙行けば行くほど、ヤバいやつが落ちるって仕組みなんだよ。……冷静に考えて、これ、めっちゃ面白いシステムじゃない?」
──今日の配信ネタ、これで決まりだな。
私はスマホを構えて、タイトルを考える。
サムネは、あのドヤ顔で決まり。
※なお、現実の私は「へぇ、そうなんですね」としか言ってない。
にっこり微笑んで返しただけである。
それに気をよくしたのか、ドヤ先輩は、ドヤ顔MAXのまま、自分の理論をまくしたてていた。
私は心の中で静かにメモを取る。今日もいいネタ、ありがとうございます。
──さて、配信ではこうなる。
「今日さぁ、また先輩が絡んできてさぁ。選挙が近くなって、演説とか多くなったじゃん……」
「でさぁ、俺は推したい候補いないんだよなぁとかさぁ、話しかけてきて、俺は政治になんか興味ないぜって感じで、カッコつけてんの」
「お前、何様だよってかんじだよねぇ」
「だからさぁ、言ってやったの。“選挙って、推したい人に入れるゲームじゃないですよ。絶対当選させたくない人を落とすゲームですよ”って。で、“先輩、選挙とか行かないんですか?”って聞いたら──」
「そしたらさ、先輩ポカーン。確率論もわかんないのかよって感じ」
よし、インテリ政治にもちょっと興味あります女子──って設定、盛れてる。
現実の私は、今日も静かにドヤ先輩の語りを聞いて、
今日の出来事を、自分なりの“キャラ”で盛り付けて、さっき放り投げたばかりだ。
コメント欄がざわついていた。
──それないわぁ、論破おつです♪
──先輩、想像以上にポンコツで草
──やば、明日ちょっと選挙行こうか迷ってる自分がいる
──なんか納得w