第五話 ケリーとの別れ
私とケリーの生活は、とても有意義に送れていた。散歩に行ったり、一緒にバカやって遊んだりと、とても毎日が楽しかった。あの時が来るまでは……
その日も、私は、いつも通り理恵と一緒に、部活を終え、いつものファミレスでバカ話をしながら甘いデザートを体に補充していた。
「聖良! 最近どうなの? 彼氏は出来た?」
理恵の突拍子のない言葉に、思わず吹き出した私は、理恵を睨み付け
「何なの? 急に、何でそんな事聞くのよ?」
「だって、私達、もう高校三年生だよ。高校生活も残りわずかなんだし、高校生活最後にハッピーライフ送れてるのかなって思ってね。で、どうなのよ? いるの? いないの?」
「私は、そんな彼氏なんかいないわよ。てか、部活も忙しいし、受験勉強もしなきゃいけないし、それに、ケリーの世話もあるしね。私は、当分、彼氏はいらないかな」
「あ~あ、もったいないなぁ~。聖良って可愛いから、男子にモテるのに! 男子達が、言ってたよ。羽山って彼氏いるのかなって!」
「そんな事言われても…… 別に、好きな人もいないし、本当に今はいらないよ。ケリーがいるから。なんてね。それはそうと、理恵はどうなのよ? 理恵こそ彼氏は?」「私は…… まぁ、いいじゃない! そんな事」「こら! ごまかすな! 人にばっかり聞いて~、きっちり聞かせてもらいますからね」
「分かったわよ。私は、好きな人はいるの。でも、その人は、他の子が好きみたいなのよ。だから、ちょっと厳しいかな」 私は、いつの間にか、理恵の恋話に夢中になっていた。私も、女子高生だから当然だ。
「で、その理恵の好きな人って、うちの生徒? もしかして、私も知ってる人なの?」
「うん…… 実は、隣のクラスの水野くんなの。恥ずかしながら、一目惚れしちゃったんだ」
「へぇ~、あの、テニス部の水野くんかぁ~! 確かに、水野くんは優しいし、カッコいいもんね。そっかぁ~」
「でも、水野くんには、他に好きな子がいるみたいで…… 私が、告白してもダメそうだしさ。諦めようかな」
「何言ってんの? 理恵? 珍しく弱気じゃないの? ダメだよ。そんなんじゃ、当たって砕けなきゃ! 理恵なら大丈夫だよ! 理恵だって可愛いじゃん。その理恵の魅力を水野くんにぶつけちゃえ。いつも、私は、ケリーの事で、理恵に助けてもらってたから、今度は、私が理恵の力になるよ。せっかくの恋なんだから勇気だしなよ」
「うん…… しっかし、聖良に元気づけてもらうなんてね。私としたことが。面目ない。いつもは、私が、聖良の相談に乗る役なのに」
「私だって、人の恋話には興味ぐらいあるしね。しかも、それが理恵の恋話と来たもんだから、ほっとけないじゃん。私の方は、そんな恋話なんか当分ないしさ。でも、理恵はちゃんとハッピーライフ送れてるんだね」
と、私達は、長々とお喋りをしていた。
「あっ! もうこんな時間だ。もうそろそろ帰ろうか。ケリーの散歩に行かなきゃだしさ」
「うん。分かった。それじゃあ、バイバイ聖良」「バイバイ、理恵。また、明日」と、私達はそれぞれ家路に着いた。
理恵と別れて、家路に帰っている途中に、私は、なんだか、変な胸騒ぎをおぼえた。私は、なんだろう? と、思いながら私は、家に着いた。
「ただいま! 今日も、疲れたぁ~」と、言いながら、ケリーの元へ駆け寄り、ケリーを抱きしめながら
「ケリー、ただいま。散歩行こうね。着替えてくるからちょっと待っててね」と、言って、二階の私の部屋へと行った。
私は、素早く制服を脱いで、普段着に着替えて、リボンでくくっていた髪の毛を下ろして、ケリーの元へ戻った。
「ケリー! お待たせ! じゃ、散歩行こうか」私は、いつものように、ケリーの首にハーネスを付けてビニール袋とスコップを持って、ケリーと一緒に散歩に出掛けた。あの胸騒ぎを胸に秘めたまま……
私とケリーは、いつもの散歩コースをケリーの歩調に合わせゆっくり歩いていた。散歩コースといっても、近所の公園を一周する程度の散歩だ。しかし、公園に行くには、大きな国道を横切らなければならない。いつもように、ゆっくりと歩きながら、国道沿いまで来て、横断歩道で、信号待ちをした。その時にも、私は、あの胸騒ぎは何だったんだろう? と気にしていたせいか、ぼーっとしていた。しばらくすると、信号が青に変わり、私が、歩きだそうとすると、何故だかケリーが嫌がって、動こうとはしなかった。私は、何度リードを引っ張ったが、ケリーは、全く動かなかった。
「どうしたのケリー? 早く渡らないと、信号が変わっちゃうよ。もしかして、足が痛いの?」と、私は、しゃがんで、ケリーの足をさすっていたその時、猛スピードで、私達に迫って来る車を私は、見ていなかった。 次の瞬間、猛スピードの車が、私達に、大接近した時に、私は、気付いたのだけど、ひと足遅く、轢かれるっ! 死んじゃう! と思った瞬間に、ドンッ! という音とともに私の体が、宙に舞った。そして、私は、目の前が暗くなり、意識を失ってしまった。
私の、目が覚めたのは、事故から三日後の事だった。私は、目を覚ました時は、今の状況を把握出来ないでいた。ベッドに横になっていて、私の腕には管が繋がれてるし、口には酸素マスクを付けられていた。
「ここは、どこ? 私は、何でこんな事になってるの?」と、言って、起き上がろうとした瞬間、体に痛みを感じた。その状況を見ていたお母さんが、
「聖良! 良かった! 目が覚めたのね。あんたが、事故したって聞いて心配したのよ。三日間、全然目を覚まさないし」 「事故って! 私が! そっか、そう言えば……私、それで病院にいるんだ」
その時、病室のドアをノックする音が聞こえた。 「はぁ~い」と、私が返事をした後、理恵が入ってきた。
「聖良! やっと目が覚めたんだね。良かったぁ。本当、死んじゃうんじゃないかって心配したよ。無事でよかった。」
「ごめんね。理恵、心配かけて」と、理恵の泣き顔に触った。
「じゃ、聖良が目を覚ました事を、先生に言ってくるから、理恵ちゃん、聖良をよろしくね」と、母が病室を出た。
しばらくすると、母と先生が病室に来た。
「羽山さん。目が覚めてよかったです。事故の際、頭を強く打って、気を失っていたんですよ。幸い、羽山さんが、連れていた犬が、車と衝突する瞬間に、羽山さんをかばって羽山さんを押したみたいです。その為に、羽山さんは車との衝突は避けられて、重症にはいたらなかったみたいです」私は、先生の言葉に、驚きを隠せなかった。
「ケリーが、私を、助けてくれたんですか? ケリーは、ケリーは無事なんですか?」と、先生、母、理恵の顔を順番に見た。そんな私を見て、母が、
「残念だけど、ケリーは、聖良を助けたすぐに、車に轢かれてしまったの。今は、神岸先生のところで、安静にしてるのよ。だけど、神岸先生は、もう、永くはないでしょうって言ってたわ。重症で、車に轢かれた時に、内臓が、破裂したみたいなの」
「そんな…… 私を、助けた為に、ケリーが、轢かれたなんて…… そんな、私のせいで……」と、私は、あの時、私が、考え事をしてなければと思うと、ケリーが、そんな目にあわなかったのにと、後悔した。その瞬間、私は、泣き崩れた。
「ケリーに会いたい…… ケリーに謝らなくちゃ…… 先生、私は、いつ退院できますか?」と、先生に聞いた。先生は、「このままいけば、早くて、三日後には退院出来ると思います。
ケリーちゃんが、心配でしょうけど、まずは、羽山さんがしっかり治しましょう」と、先生は、言って、病室を出た。
「理恵、お願いがあるの。」
「何? 聖良」
「ケリーの事、頼んでいい」
「うん。分かったよ。ケリーの事は任せて! 聖良は、早く、元気になりなよ」
「うん。早く、元気になって、ケリーに会いたい」と、言って私は、再び、眠りについた。
三日後、私は、無事退院した。退院して、すぐに、ケリーがいる、神岸動物病院へ向かった。
神岸動物病院に着いた私は、すぐに、神岸先生のところに行って、ケリーの状態を聞いた。
「先生! ケリーは、大丈夫なんでしょうか? 治りますか?」
「羽山さん…… ケリーちゃんの手術は成功しましたが、轢かれた状況が悪く…… 今夜が、峠かもしれません……」
「そんなぁ…… どうしても、助からないのですか?」
「残念ながら」と、神岸先生に言われた。
「先生、ケリーの傍にいてあげてもいいですか? どうしても、ケリーの顔が見たいんです」と、私は、涙をこらえて、先生に訪ねた。
神岸先生に案内され、ケリーのところに行くと、理恵がいた。
「理恵! ケリーは?」「さっきまで、苦しんでたけど、今は、何とか落ち着いたみたいよ」
私は、ケリーの傍に行って、頭をやさしく撫でた。ケリーも、苦しいのを我慢しながら、尻尾をふった。
「ケリー、ごめんね。私が、あの時、考え事していなかったら、こんな事にならなかったのに…… 私の為に、ケリーが、こんな目にあうなんて…… せっかく、ケリー、歩けるようになったのに…… ケリーが、こんな事になるなら、あのまま私が轢かれたていた方がよかったよ」と、泣きながらケリーに言っていたら、それを聞いた理恵が私の頬をひっぱたいた。 「聖良のバカ! ケリーが、どんな思いで、あんたを助けたと思ってんのよ。ケリーにとって、聖良は、大切なご主人様なんだよ。ケリーが助けようとするのは当然よ。ましてや、ケリーは、一度死にかけてたのを聖良に救われてるのよ。なのに、あんたは、今回のケリーのした事を侮辱した。命をかけて守ったケリーに対してどうしてそんな事言うの」
「ごめんなさい。ケリー。理恵、私は、どうしたらいいの?」
「ケリーも、聖良に会いたかったんでしょ。だから、今まで、頑張ってたのよ。最後に、聖良の顔が見たかったから。だから、聖良も、ちゃんと、ケリーの最期を看取りなよ」
「うん…… ケリー、苦しかったでしょ。よく頑張ったね。私、ケリーと一緒にいられて幸せだったよ。今まで…… ありがとう」と、私は、泣きながらケリーの目を見て言った。ケリーも、最期の力を振り絞ってか、私の顔を舐めてくれた。ケリーの目にも、涙がたまっていた。ケリーも、私を見つめ、
「私も、楽しかったよ。今までありがとう」と、言っているように、私は感じた。
その直後、ケリーは、静かに目を閉じた。ケリーの命の灯火が消えた瞬間だった。
ケリーの最期を看取った私は、泣き崩れ、なかなかその場から離れられなかった。
私は、理恵に抱えられながら、神岸先生のところに行き、
「先生…… ケリーの遺体を家に連れて帰ってもいいですか?」と、訪ねて、先生の許可がおりたので、理恵と一緒に、ケリーを連れて帰った。
家に帰って、母に、ケリーをちゃんと埋葬してあげたいと告げた。母も、 「私も、そのつもりよ。家族だもの。ちゃんとしてあげないとね」と、母が言った。
次の日、ケリーをペット霊園に埋葬してもらった。私は、ケリーの墓石の前に立ち、ケリーの墓石に向かって
「ケリー、今までありがとね。ケリーに助けてもらったこの命、ケリーの分まで大切に生きていくね」と、墓石の前で誓った。
それから五年が過ぎた
ケリーが、いなくなってから、私は、毎月ケリーの月命日には、ケリーが埋葬されているペット霊園へ欠かさず行って、ケリーの墓石に話しかけた。私は、今も、元気にしてるよ、とか、親友の理恵は、水野くんという彼氏が出来て、仲良くしてるよ、とか、いろいろ話をした。
今、私は、ボランティアで、パピーウォーカーとして、たくさんの犬に、愛情をそそいだ。その犬達は、立派に盲導犬として、働いている。
「ケリー! ケリーや、皆のおかげで、私は、犬が好きになったよ。あの時、ケリーに出会ってなかったら嫌いなままだったなぁ~。ケリーも、天国で、楽しくやってる? 私は、これからも、ケリーに注ぎきれなかった愛情を、これから出会う子達に愛情を注いでいくから、ケリーも、私の事を見守っててね」と、ケリーの墓石に誓った。
(おわり)