第三話 リハビリの苦悩
ケリーが、羽山家の一員になってから私は、毎日、部活が終わると一目散で家に帰るようになった。いつもだったら、部活で泳ぎ疲れた体に御褒美という事で、理恵とファミレスに行って甘いデザートを食べて帰っていたのだけど、今は、ケリーの顔が見たいという一心で、理恵からの誘いを断って帰っているのだ。
「ただいま。ケリー帰ったよ」と、私は、リビングのソファーの上にいるケリーのところへかけよった。ケリーも、私の顔を見て嬉しいのか、私の顔をペロペロと舐めてきた。初めは、顔を舐められるのが、怖くて怖くてて仕方なかった。ケリーだけは、大丈夫だと自分では、思っていたのだけど、いざ顔を舐められると怖くてすぐに、顔を背けていた。一ヶ月過ぎた頃からは、だいぶ慣れたのか、怖さもなくなって、今では、ケリーが可愛くてしょうがなくなっていた。
「ケリー、今日も、頑張ってリハビリしようね」と、私は、ケリーに言って、ケリーの後ろ足のマッサージを始めた。これが、今の、私の日課になっている。
ある日、いつものように学校から家に帰ると、いつも、ソファーの上で待っているはずのケリーが、玄関で私の帰りを待っていた。
「ただいま。ケリーどうしたの?」と私は言って、ケリーを見たら、後ろ足に何か車輪みたいなのが付いているのに気付いた。
「お母さん、ケリーに車輪みたいなのが付いてるんだけど、何これ?」 「それは、お父さんがねケリーが、ずっとソファーの上にいるのは可哀想だって言って、ケリーが動けるように犬用の車椅子を作ってくれたのよ」「そうなんだ。ケリー良かったね。これで、お庭に出て遊べるね」と言ってケリーの方を見た。ケリーも、嬉しそうに尻尾を振りながら私のところに歩いてきた。
リハビリの効果がないのか、いっこうにケリーの足が良くならない為、私は、不安になり神岸先生のところへ訪ねて行った。
「先生、何かいい方法とかは無いんでしょうか? いくらマッサージしても、よくならないし、このまま続けても意味がない気がするんです」
「羽山さん。あなたが、そんな弱気でどうするんですか。あなたが、そんなだったら、ケリーちゃんの足もよくならないですよ。リハビリは根気よく、時間をかけてするものなんです。犬は、賢いですから、あなたが、弱音をはいたら、ケリーちゃんもリハビリをしなくなりますよ。」と、神岸先生が言った。
先生の言葉は、私の、胸に突き刺さった。図星だったのだ。ここ最近、私は、弱音を吐いていた。マッサージをやっても、全然よくならないし、マッサージの最中に、ケリーの痛そうな表情を見る度に、本当に、このまま続けていいのだろうか? と不安でしょうがなかった。その為、先生にすがるような気持ちで、神岸先生のところへ来ていたのだ。
「そうですよね。飼い主である私が、弱音なんか吐いたら、飼い主失格ですよね。頑張ってみます。色々悩んでたんで、先生に話を聞いてもらえてよかったです。」
「そうですよ。リハビリというのは、する方も、される方も、お互いに頑張らないと効果は出ませんからね。頑張ってください。それと、一つ、ケリーちゃんの、リハビリについてなんですけど、プールを使ったリハビリもいいかと思いますよ。犬は、本来、泳ぐのが上手ですから。やってみる価値はあると思います」「分かりました。やってみます。色々ありがとうございました」と、私は言って、先生に深々と頭を下げた。
夜になって、私は、先生に、頑張りますと、言ったものの、プールなんて、犬を連れて行ける訳もなく、川にしても、人や、犬が入って泳げるほど綺麗でもない。誰か、子供用のプールを持っていてくれたら助かるんだけどなと、思いながら、今日は寝ることにした。
次の日、私は、理恵に相談する事にした。 「理恵、ちょっと聞きたい事が、あるんだけど」 「何? 聖良? 改まって」
「実は、子供用のプールを探してるんだけど、理恵の家にあったりしないかな? もし、あったら貸してほしいの」
「子供用のプール? 確か、あったと思うよ。何に使うの? あんたが入る訳?」
「違うわよ。ケリーのリハビリに使いたいの! 貸してくれる?」
「しょうがないなぁ。いいよ。聖良の頼みだし。その変わり」
「その変わり何?」
「今日、チョコレートパフェ聖良のおごりで手をうつよ」
「もう、理恵ってちゃっかりしてるんだから。分かったよ。おごらせていただきます。その変わり絶対に、プール貸してね」と、私は、頬を膨らませながら言った。
放課後、理恵との約束どうり、ファミレスでチョコレートパフェをおごった。理恵は、パフェを食べながら、
「じゃ、明日、ちょうど日曜日だし、明日持って行くね。私も、聖良の話を聞いて、ケリーの事、気になってたしさ、私にも、手伝わせてよ」
「いいの? ありがとう。助かるよ。本当いうと、ずっと一人で、ケリーのリハビリをするのは辛かったから」と、私は、理恵の手を握って感謝した。
日曜日、理恵は、約束どうり子供用プールを持って来てくれた。
「おはよ。聖良! これなんだけど大丈夫?」
「理恵! おはよ。全然いいよ。ありがと」と、言って、プールを受け取ると、すぐに空気を入れた。
「そういえば、かんじんなケリーは、どこにいるの?」
「まだ、部屋にいるよ。待ってて連れてくるから」と、私は、家に入りケリーを迎えに行った。
「理恵! 連れてきたよ。この子が、私の妹のケリーだよ」
「この子なんだ、可愛いじゃない。毛並みも綺麗だし。よく世話出来てるじゃない。犬嫌いのあんたが」
「私だって、やる時はやるのよ」と、威張ってみせた。
「はいはい、そんな事より、ケリー、初めまして。ケリーのご主人様の親友の理恵だよ。ヨロシクね」と、理恵に頭を撫でられケリーは、嬉しそうに尻尾を振った。
プールに水を入れ、準備が整うまで、理恵が、ケリーのマッサージをしてくれているのだが、その姿を見て、少し、嫉妬してしまった。私が、するとケリーは、苦痛の表情をするのだけど、理恵がすると苦痛の表情どころか、気持ちよさそうな表情を浮かべていたのだ。「いいなぁ。ケリーが、気持ちよさそうな表情してる。私が、すると苦痛の表情になるのに。何が違うのかな?」と、私は、つい口にしてしまった。それを聞いて理恵が、
「聖良! あんた、ちゃんと、ケリーに声かけながらしてる? 励ましながらやらないとこっちの気持ちが、ケリーに伝わらないよ」
「そっか。私、マッサージしなきゃってそればっかし思ってたから、あんまり、ケリーと話をしながらしてなかったよ。それにしても、理恵は、さすがだね。犬を二匹飼ってるだけの事はあるね。私は、何もかもが初めてだから。これからは、色々教えてね」
「仕方ないわね。親友の頼みだから、私に任せなさい」と、理恵が、胸をたたいてみせた。
こうして、二年が過ぎ、私と理恵が高校三年生になった時に、ケリーがついに、四本足で立てれるようになった。