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バーチャル異世界  作者: ちー (●´-ω-`)))zzz
8/8

菜乃花の問題

 菜乃花は自分でも不思議なほど意識と体の反応が良くなっていた。

 相手が下がれば詰める、手が動けば即座に突いて牽制する、蹴りが飛んできたら横にステップして剣の握りで叩き落とす、間合いを詰められそうなら自分の剣の間合いに調節する。

 その全ての判断が速く、選択があっても迷わず最善を選ぶ。


「まるで制限を解除されたみたい」


 思い当たるのは先程の「がちむち」だ。

 呪文のごとき繰り返しは気がはやって語彙力が仕事を放棄した結果だが、その際に能力の上昇を感じていた。

 あれが解除のキーワードなら、まず日常では出てこない言葉なだけに意地の悪い話だと苦笑いする。


「この世界を作ったのは腐女子なんじゃないの?」


 そう考える余裕まで出てきて、おきと呼ばれていた男を観察する。

 親方と同じく素手で戦うタイプに見える。ただ少々荒いと言うか、捌きは使うものの体ごと躱すことが多く、頻繁に隙が生まれている。だがそこを攻めても即座に対応してくるのだから、実戦的な鍛練を積んでいるに違いない。

 木剣の先端がおきの襟を引っ掛けた。

 おきは流れに逆らわず体を反転させて手刀しゅとうを振り抜く。

 明らかに届かない間合いでの行動。これは何かある。

 菜乃花はバックステップで大きく退きながら木剣を叩きつけてみた。


――パアン!!


 銃声に似た音が鳴り、手には振動がビリビリと伝わっている。何かを潰したらしい。咄嗟のことでやや大きめの動作となっていたせいか、おきが間合いを詰めてきた。


「はっ! やるじゃねぇか姉ちゃん!」


「それはさっき見たわ!」


「いま初めて使ったんだよ!」


 手合わせの最中だというのにビシッ!とツッコミポーズを決めるおき。


(これは何か返した方がいいのかしら)


 よくよく考えたら菜乃花は見えない斬撃を飛ばした側で、相手は親方だった。おきは見せても見てもいない。

 ごめんと言うのは簡単だが流れ的に気まずいし、言い張る程の事でもない。ならばと斬撃を飛ばして叫ぶ。


「あたしが使ったんだったてへぺろ!」


「お! そういうノリは嫌いじゃないぜ!」


 おきはスルリと躱し、前蹴りで距離を詰めながら大振りのパンチを右、左、右と浴びせてくる。風切り音が重い。木剣で受けようものならへし折られそうだ。

 間合いを開けたいのだが、おきの攻撃を躱すだけで精一杯だ。懐に入られたままでは不利である。

 そこにおもちの叫び声が届いた。


「先輩!! スロットを思い出して下さいまし! コーデの切り替えを!」


 迫真の勢いだが手には何かの包みがあり、中身を口に運んではポリポリやっている。


「切り替え? てか何のんきに食べてんのよ! 見せ物じゃないからね!」


「なんだ、姉ちゃんは知らないのか? こうするんだぜ」


 なにそれと疑問に思うより早く、おきが光って消えた。


「え。どこに――」


 左右に目を走らせてから背後を振り向く。


 ポリポリと小気味良い音を響かせながら「下ですわぁ」との声がかかる。


「下? どうい――ぅいっ!? 痛たたたたたっ!!」


 脇腹の激痛に思わず叫んで見下ろすと、そこには。


「おーおー。贅沢した肉がここにいっぱい」


 おきの声を発する子供がいて、脇腹をつねり上げていた。


 菜乃花の目がカッと見開かれて光り、少し離れて立つおもちと、丁度反対側に位置する親方にも「すうっ」と息を吸う音が聞こえ、親方は手のひらを菜乃花に向けた。


「……っ! きゃぁぁああああああ!!!」


 超高音ソプラノボイスで空気を震わせながら菜乃花がしゃがみこみ、おきは真正面から悲鳴の音圧を浴びて3mばかり後退させられる。そして。


――ぱん!


「あ?」


「んふっ」


 弾ける音と共に服が粉々に散った。悲鳴の延長上に居た親方は、障壁を展開した様だが袖口が破れている。


「お。魔眼持ちは威力が違うな」


 笑顔のおもちが菜乃花をかばえる位置に駆け付けて、子供姿のおきを見据えていた。


「ぱいせんの脇肉あぶらみ鷲掴わしづかんでいいのはわたくしだけですのよ?」


「あぶらみっ!? そんなの無いから! いやちょっとはあるかもだけど!!」


「いや普通は誰でもダメやろ」


「お前ら。他に言うことあるだろが」


 親方が突っ込み、素っ裸のおきが更に突っ込む。しかし。


「ぱいせん。脂身の量なんて些末さまつな事は置いて、コーデの切り替えを思い出して下さいまし」


「些末じゃないからね? 健康診断でA判定だったって言ったでしょ?」


「なあ、君ら手合わせの最中だと理解してるか?」


「くそっ、シカトされて身も心も寒いじゃねぇか。裸じゃ締まらねえし元に戻して――」


――ぱん!


「――を!? おい! また弾け飛んだぞ!?」


 怒鳴るおき。顔ごと視線を逸らしてプルプルと震えている親方。そんな緊張の欠片もない中でもおもちは警戒を解く気が無い様で、視線は固定したまま菜乃花に語りかけた。


「ぱいせんには武装神職――モンクと言う接近戦の切り札がありますの。クローゼットのハンガーがデータスロットと考えて下さいまし。そこの露出狂が悦にってる今のうちに切り替えて下さいな」


ってねえよ。自分で脱いだ訳じゃねぇからおもむきぇわ」


「あーはいはい。全くもう、聞きやしないんだから。えーーと? スロット? 言われてみればそんな機能を使ってた気が……」


 菜乃花はおきの抗議を聞かなかったことにして、ストレージの一覧に見掛けた服装を意識する。ぼんやりと数字が浮かんだのはすぐだった。着衣姿の自分も見える。


(……いっぱいあるんだけど。うーん、記憶が曖昧なのよねぇ。接近戦なら軽装かしら)


 気になった1つを選んだら今度は『/slot xx』の文字列が浮かんだ。そのまま言葉にする。


「/slot xx」


 フラッシュが焚かれた様な効果の直後、親方が呟く。


「助かる」


 おきが続く。


「ああ、助かる」


 それを聞いて振り返ったおもちの眉間が寄せられる。


 菜乃花は服というより水着寄りな格好に変わっていた。ショートパンツなどは小さな布をあてて2本のテープで繋いだだけの見た目だ。上着もカテゴリーの機能を果たしているのか怪しい。


「あなたのへきは、あたしが育てるっ!」


 叫びながらバッ!と体を後ろに捻って腕を真っ直ぐ伸ばす菜乃花。振り向いて頭の高さで猫の手ポーズを決める。


「キ◯ア! ハレンチ!」


 ひゅう、と風が吹き抜けた。


「ぱいせん。それはちょっと……」


 途端に菜乃花がバタバタと手を振る。


「ち、違うの! 体が勝手に! あ、あたしじゃないよ!」


「なるほど。身体は覚えてる、てやつですわね」


「もちち!? なにか変なニュアンスが含まれてない!?」


「うぶなおもちさんには『変なニュアンス』がわからないので教えて下さいまし」


「待ってもちち。……自分の事を『うぶ』って言った?」


「ちょっと調子に乗りました」


「こっちを見てごらん?」


「パワハラですわ」


 わちゃわちゃしだした2人を見ながら、親方がおきの隣に来る。


「癖なら充分育ってるよな」


「ふっ。おきのおきがおっきするぜ――うごっ!」


 脇腹に拳を受けておきが呻き声を上げた。親方はハンカチで拳を拭きながら、


「そこは育てんでええねん。デバフを解除したから服を着やがれ。さて――」


 菜乃花とじゃれているが、おもちの背中はまだ警戒している様だ。こちらは敵意が無いことを示せば収まるだろう。当面の問題は。


「――なのを外の拠点に連れ出したのは正解だったな。街中ならエライ騒ぎになってるとこだわ」


 2人でギルドに行かせたのは自然体での様子を観察するためで、護衛を兼ねた監視役から逐次報告を受けていた。同じく転移者とみられる少女との接触も確認している。

 魔眼持ちは多すぎる魔力を駄々漏らしているため同郷の者と出会うと共鳴しかねないのだが、おもちが来ても安定していたので油断していた。まさか制御訓練もしないうちに新たな接触があるとは。

 早々に街を離れたのはなのの暴走を警戒しての事であり、おきにも協力を依頼していた。

 暴走の結果はなかなかに斜め上だったが、すぐに脱ぎたがるおきを被害者と言っていいものか迷う所ではある。


(失なった服くらいは買ってやるか)


 それでおきの件は相殺と決めて、親方はなのを見る。

 すぐにおもちが合流したのもあるだろうが、最初からこの世界への戸惑いが無かったのも大きいのだろう、生き生きとして見える。今すぐ冒険者活動をさせても難なくこなせそうだ。

 ただ、感情が爆発したら強力な魔力障壁をも貫通するデバフを放つらしい。その強さたるやダンジョン内まるごと貫通しそうな勢いである。うっかり射線に居ようものならたまったものではない。


(まずは魔力の制御からだが。おきは何着失うんだろう)


 効果を知って実践組手だけはおきに任せようと決めこんだ親方は、他人事の様に考えながら2人に歩み寄っていった。

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