転移者とチート
取りあえず異世界を楽しむ。開き直ってしまえば気分が楽になるものだ。
既にチートが発覚しているおもちの「ぱいせんからもチート臭が」発言もあり、それならと武器屋で大きめの西洋剣に触れてみたところ。
「……持てちゃった」
手に伝わる情報と見た目の情報に大きな差があって困惑する菜乃花だが、あまりのギャップにおもちがケラケラと笑う。
「うわはっ! 羽毛を拾うみたいとか脳の処理が追い付かないですわぁ!」
「ちょ!? 声おっきいって! ほら、見られてるでしょ!?」
「ビックリしちゃったてへ♪」
おもちが自分の頭をこつんとして舌を出す。
昼時で疎らではあるが全く無人という訳ではない。そしておもちは良く通る声を持っている。店舗にいた大柄な男と通路の数人がこちらを見ていて、菜乃花達と目が合うと、興味無さそうに逸らした。
「持った途端に軽くなったんだから仕方ないじゃない」
「よくある適正補正かもですわね」
「ね。自分でも違和感なくて不思議。なんかこのまま戦えそう」
「分かりますわ。わたくしも物理法則を無視してドラゴンを殴り飛ばす自信満々ですの」
さすが異世界と半ば呆れながらスイッと軽く動かしてみる。それは演舞の様に滑らかな動きとなり、ふわりと空気が舞った。
その1度で菜乃花は首を傾げた。
剣道なら授業でやらされた事があるが、あれは刀の動きだ。西洋剣など初めて手にしたのに、どうして良い動きだと自覚出来るのだろう。
――パシャッ
フラッシュが焚かれた。
見ればおもちがカメラを構えている。
「え。そのカメラどこから?」
「もしかしたらと意識してみたらストレージがあってその中に鎮座してましたの」
何でもありねと菜乃花も意識してみたところ、確かにストレージがありカメラが表示されていた。驚いたことにアバターのドレスやウィッグなど課金で得た全てが収納されている。
「あたしもストレージあるわね。てかドレスに性能の数値があるんだけど、売ってる鎧とかより高くない?」
「課金アイテムだからじゃないですか?」
「うーん。ストレージといい、いよいよ電子データっぽくなってきたわね。ヘドバン風船でも戦えるんじゃないかしら」
「手に持てる物なんでも兵器説……あり得ますわぁ」
何度目だろうか、2人は顔を見合わせてコクリと頷くと。
「1番安いの買って帰ろっか」
「わたくしはメリケンサックでも探しますわ」
そう結論付けて二手に別れようとした時だった。
「そこのお姉さんとお嬢ちゃん」
ふいに声をかけられて足を止める。声の主は先程の大柄な男だ。アフロヘアに丸メガネ。目つきは鋭いが声は優しい。
「あーー、転移者っぽい会話に聞こえて。もしそうなら魔力を通す武器か、それなりに高いのを選んだ方がいいです。安物は簡単に壊れる」
そんな事を言ってきた。転移者と言葉にしたからNPCではないのだろう。忠告してくれたくらいだ、親方の様に自身がリアルのコピーであることを自覚しているのかもしれない。
「え。そんなの聞いてないけど」
「うちに来た転移者の子が、ケチって買った安物のナックルダスター……あ、メリケンサックの方が分かるか、それを一撃使っただけで粉砕してしまって」
男はそこで周りを見渡し、声を潜める。
「――変だなと破片を分析したら常人の数倍もの魔力が通った痕跡を見付けたんですよ。自分が聞く限り普通の転移者は装備に拘るので安物は買わないです。だから壊れた事例がなく、知られていないと予想してます」
これは転移者の攻撃には勝手に魔力が乗るというチートを意味している。
「大体理解したわ。とんでもない設定ね」
「バランスとかガン無視ですわ」
冒険者ギルドの武器屋に来ているのだから男も同業と思われるが、分析と言うからには研究者の1面も持っているのだろう。
そして声を潜めたのは自分達の安全を気遣ってのことだと察した。大火力の人材を周りが放っておくとは限らない。
「自分も転移者については噂しか知らなかったので、ビックリしているところです」
「この情報はどの程度までなら共有してもいいのかしら?」
「従わせる方法はいくらでもありますし甘い汁を吸おうとする輩は何処にでもいるので、身を守れる範囲のみですね」
「出来るだけ隠し通せと言われた気分ですわ」
「その通りですよ。絶対数が少なく検証出来たのはたまたまの1名。データには何の価値も無いですけど警戒して損は無いと思います」
正直な男である。そして、自身の仲間と同じ立場だと気付いて忠告してくれるくらい情に厚い。きっと現実の人物もそうなのだろう。
男がふと視線をずらした。
菜乃花とおもちも背後の気配を掴んで振り返ると、イケオジと言っていい初老の男がやってくる所だった。
「やあ、どんぐりさん。そちらのお嬢様方はナンパしたのですか? 隅に置けないですな」
「じじさん、語弊のある言い方は止めよう」
今話していた親切な男はどんぐりと言うらしい。やって来たイケオジはじじだそうだ。付き合いが長い者達特有の親しみと礼節が滲むやりとり。だからだろう、どんぐりから丁寧な口調が消えていた。
じじが自分の胸に手を添えて優雅に礼をする。
「はじめまして、お嬢様方。私はじじと申しまして、こちらのどんぐりと同じクラン『いっぱい食べ隊』に所属する新参者です。以後お見知りおきを」
「わたくしはおもち、こちらが先輩の『なの』さん。こちらこそ宜しくですわ」
おもちが先に反応したので黙っていた菜乃花だが、SNSで使っている名前で紹介されて最初からそう名乗ればよかったと気付く。
「あ、いっぱい食べ隊と言えば」
じじが手をポンと打ち合わせてどんぐりを見る。
「のなちゃん、なゆさん、ちーさんの3人だけど、転移罠を踏んだから帰還が遅れるそうだよ」
「まじか! そういう事はもっと早く言おうや」
どんぐりが焦り見せ、するりと菜乃花達の横を抜けた。が、じじが肩を抑えて制止する。
「落ち着こう。火力お化けのどんぐりさんが行けば他の人が危ないだろう? そこを見越しての連絡だよ。遅れるだけで心配いらないからどんぐりさんに宜しく、との事だった」
「……のなちの混乱スキルが強力とはいえ、ちょっとあの子ら暢気過ぎないか? 一応ギルドに報告するとして、その前にアドバイスの続きを――」
どんぐりが振り向き、じじからの死角を作って口元に指を立てた。他の者には黙っていた方がいい、という合図だ。
「――微量でもオリハルコンやアダマンタイトを含む武器なら魔力が通りやすいですよ。価格が上がれば含有率も上がります。稼いで買い換えまで持ちそうなボーダーは10万ダーエと考えて下さい」
いかにもなアドバイスだが、先の話を前提とするなら、菜乃花達の様な転移者は初期投資を惜しまない方がいい、という意味だ。
「了解よ」
「承知しましたの」
「あと、憶測ですが記憶と魔力は比例するかもしれないので鍛えてみるといいでしょうね」
これは現実世界の事を記憶しているほど有利なのではないか、と言っているのだろう。
「ありがとう。肝に命じておくわ」
どんぐりは1つ頷いて踵を返し、じじを促して去っていく。
菜乃花とおもちも頷き合い、親方に相談するため戻る事にした。
拠点に戻って情報を伝えると、場所を変えると言われて親方自らが運転する車に乗り込み、東の外壁門をくぐって小一時間が過ぎた。
何処へ行くのか聞いても「楽しみにしてな」とイケボと幼女の顔で笑うだけで答えてくれず、ようやく着いたのは少し森に入った所にある拓けた場所だった。広さは陸上競技場くらいか。端にはそこそこ大きな一軒家が建っていて、車はその前まで行って停まった。親方が降りたので菜乃花とおもちも続く。
「呼び方は『なの』さんでいいんだね?」
「ええ、まあ」
車内で告げた事だ。なぜ今聞き返されたのかが分からない。
「じゃあ手合わせをしよう。なのさんが先で、おもっちゃんが後な」
「え? ちょ、待って。なんで?」
突然のことに困惑する菜乃花に木剣が渡された。
「君たちを保護する資格を見せようと思ってね。おいで」
親方は散歩にでも誘う様に軽く言って、広場の中へと歩いていく。
スキルなのかチートなのか分からないが、菜乃花の勘が1本取ることすら容易ではないと告げる。隙があるように見えないのだ。
「ぱいせん。いずれ通るイベントならさっさと済ませた方がよきですわ」
おもちが不敵な笑顔を浮かべている。チートに引っ張られて喧嘩っ早くなっているのだろうか。だが言っている事は正しい。
菜乃花は大きく頷いて木剣を両手で肩に担ぐと。
「どんな事にも初めてはあるものね。――ふっ!」
鋭く息を吐くと同時に、木剣を振り下ろした。
――ドンッ!!
空気を割った音がして、真っ白に光る斬撃らしき何かが親方目掛けて猛スピードで飛んでいく。
「わ!!ヤバ!!」
このままだと親方に当たる。そう思って思わず叫んだ菜乃花だったが、親方は振り向きもせず裏拳を振り抜いて
――パァン!!
打ち消した。
そのまま向き直り。
「この程度じゃないだろう? 期待してるぜ?」
にこやかに言った。
――ぞわっ
全身を歓喜が走る。
知らない感情だ。
菜乃花は身を任せる事にした。
「――覚悟!!」
「それ言った人はボロ負けしますわよ?」
「うるさいわね。手合わせだからいいのッ!」
菜乃花の足が地面を強く蹴り、その場から掻き消えた。