方針が決まる
ギルドで菜乃花とおもちの2人が肉じゃがを頬張っている頃、親方は楽屋のテーブルセットでのんびりとティーカップを傾けていた。
ふぅ~~っ、と息を吐いて目を閉じる。
「あの2人のことかい?」
他に誰もいないはずの室内に、
「あら。お気づきでしたか~」
「伊達にAランクやってないさ」
にこやかな声で何処からともなくらふぁえるが現れ、親方はふっと微笑んで目を開けた。らふぁえるが対面に立っていた。
視線で椅子を勧めるがゆるりと首を振られ、ああ好きなタイミングで座る子だったなと軽く頷く。
「お気に入りのご様子ですね~。養うおつもりですか~?」
「いやぁ、そのつもりだとしても飛び出して行くだろ。あの目はね、ちゃぁんと帰る場所を持っているよ」
カップをソーサーに置き、ふと視線を上げると対面にらふぁえるが座っている。知らなければいつの間にと驚くだろうが親方は慣れていた。以前に茶菓子を勧めたら「家訓ですので」と毒味役を呼びつけた辺りで、どこぞの令嬢かと見当をつけている。
「分かっていて支援したのですね~」
「うん?」
言葉に含みを感じて親方が反応した。思い当たる節はあるのだが、この事情通は何処まで掴んでいるのだろうか。
「何が言いたいのかな?」
「親方の紹介状を持たせて1人20万ダーエも渡してるじゃないですかぁ。武器の購入を指示なさったみたいですし、当面の生活費は別って意味ですよね~? 回収の見込みあってこその投資と考えたら、2人に課す選択肢はそんなに多くないのですけど~?」
(全部バレてんじゃねぇか。ちょいとばかり飛躍が過ぎると思うが――ん?)
内心で愚痴ったところで、はたと気付く。
「なるほど、そういう事か」
親方は拍子抜けした顔でポンと手を打ち合わせた。
このシスターメイドは2人が娼婦の真似事をさせられるのではと心配して足を運んだのだ。ためしにと周囲を探れば掴みづらい気配が2つ。おそらく手勢だろう。これくらいどうと言うこと無く叩き伏せられるのだが、掃除が面倒だ。
親方は頷いて言葉を続ける。
「キャラバン隊の道中でライブに上がって貰うんだ。中継の手配もしてあるし、数回で稼ぎ出せるだろうから心配はいらないさ」
「あの歌声は素晴らしいですからね~。とはいえ無名どころか歌手ですらない一般人なのですぅ。数回での回収見込みなんて聞くとオプションを想像しちゃ――」
「あ、前提が違うんだ。歌はメインじゃない」
親方はちょっとコンビニまでの様な表情で手を挙げて、らふぁえるの言葉を遮った。
「まず大物を倒して冒険者としての箔を付けて貰う。その後でライブに上がれば目立つだろうし魔眼の効果でコロッといく男は多いはずだよ」
「それはそうかもですけど~。出演料なんて数千ダーエが関の山……あ。もしかして箔を付けるのは何かの付加価値ですかぁ?」
親方がニヤリと笑う。幼女姿なのにとても商売的で悪い笑顔だ。
「彼女たちと同じ装備品を各地で一斉に押さえる予定だよ」
「工房に手を出すと生産ギルドが黙ってないのですぅ」
「さすがにそこまでは出来ないなぁ。出回っている物だけだね」
「ふむふむ? 値段の吊り上げ工作は感心しないですねぇ~」
「あっはっは、そのつもりは無いよ。全て500ダーエの上乗せくらいかな。並の剣が8万程度だからワンコインは良心的だろう?」
「……教会に所属する立場から見ても常識的、とコメントしておきますぅ」
「だろう? それで、だ。綺麗な女の子が着けていた装備……もし売り出されるとなれば借金してでも欲しがるのが男という生き物だからね、ライブ中のオークション開催を考えている。――高値が期待出来ると思わないかい?」
親方の企みを聞いて、らふぁえるはがふわりと微笑む。
「オークション当日に新品の剣を吊らせておいて、その場で外して見せる演出でもすれば新品が高額で売れそうなのですぅ」
「いやそれは詐欺だろ。少なくとも1週間は装備してもらうよ」
心外だとでも言いたそうにそっぽ向く親方を見て何を納得したのか。
「うふふ。そういう御方でした。私としましては、彼女たちが不利益を被らないのならいいのですよぅ。取り敢えず了解しました~。そろそろお暇しますね~」
すっと立ち上がる。
それをチラリと横目で見た親方だったが。
「……もう、おらんやん。おっかねぇシスターメイドやね」
思わず漏らした独り言。
それを聞く者は、この場に居なかった。
菜乃花とおもちは冒険者ギルドの2階に来ていた。そこそこ広い面積に「回」の型で売り場がゆるく詰まっていて、間が通路となっている。
そこを歩いて3周目。
手を繋いで仲の良い姉妹にも見えるのだが、階段での1幕を見た菜乃花がおもちを掴まえている、というのが真実だったりする。
「まんまショッピングモールですわね」
「品揃えがファンタジーだけどね」
おもちが足を止めたので菜乃花も立ち止まる。おもちはディスプレイされた装備品の効果を眺めていた。
「武器屋さんと防具屋さんの売場がレディースとメンズに分かれていて違和感半端ねぇですわ」
「あーー。現実世界? が反映されてるのかもね。親方は仮想世界と言ってたし」
「魔物の素材やら魔石やらが並んでて異世界らしいと思いますの。親方のキャラバン隊も『ぽい』ですし。ぱいせんもそろそろ猫かぶりを諦めては如何なのですわ」
「え?」
猫かぶりと言われて菜乃花がおもちを見ると、いたずらっぽい上目遣いで見上げられていた。
「俺つえええ系のラノベ履修済みでしたわよね?」
「履修とか言わない」
「興味は?」
隠しているつもりはないのだが可愛い後輩の保護者な気持ちにもなっているので、今の流れで聞かれると素直に言いたくなかったりする。
菜乃花はふいっと視線を切って、
「……ごめん。ある」
とだけ言った。
おもちが体を大きく傾けて菜乃花の視線に割り込み、
「ねーーーー」
返事に満足したのであろう笑みを見せた。
普通なら幼女少女の愛らしさを強調する仕草に気が緩むところだが、現実でも中学生に間違えられるおもちを知っていた菜乃花は、むしろ保護者意識を強くする。
「あ、でも危ないじゃない? 親方も遠回しだけど死は身近みたいなこと言ってたし」
「あ、ぱいせん」
おもちが菜乃花を見上げて、繋いだ手を持ち上げた。
「ん? なに?」
菜乃花が首をかしげた瞬間だった。
「がぶーっ」
「いたーーっ!! ちょちょちょちょ!? もちち! もちち!? 痛い痛い痛い痛い!!!!」
突然腕を噛まれ、激しい痛みに耐えながらおもちとコミュニケーションを取ろうとする菜乃花。その様子を上目使いにみていたおもちだったが、「ぷはっ」の声と共に腕を開放し今しがた噛んでいた場所を見て、ぱっと花が咲いたような表情を見せる。
「噛み痕がくっきりですわぁ!!」
「当たり前でしょ!!!」
間髪入れず叫んで手をぶんぶん振る菜乃花だがおもちの手を解放する気は無いらしい。
「いったーー……ふうっ。めちゃくちゃ痛いって。なんなの? もう」
「うふふふっ! ひとつ証明しましたの! おもちさんは身体チートなのですわ!」
嬉しそうに報告するおもちだが菜乃花には何を言っているのか分からない。
「もちち、どゆこと?」
おもちは空いている手でディスプレイされた装備を指すと、
「この防具もあちらの防具も防御力向上が数値化されていますの。つまりこの世界の人は普通に怪我をすると言うことですわ。そしてそれは、ぱいせんも同じですの」
ばっ!と菜乃花の腕を持ち上げて、血の滲みそうな痕を見せる。
「わたくしが階段から落ちたとき、締め切り前の修羅場で描き損ねた原稿を丸めて叩きつけられた程度の痛みしか感じませんでしたし、外傷も無かったのですわ」
「ペンタブの時代にその例えは伝わりにくいと思うよもちち」
「紙にこだわるぱいせんの言葉とも思えないのでスルーさせて下さいまし」
「使えないだけなんだけど。はいはい、痛みというより感触の認識な訳よね。それが?」
「親方を蹴ったときもデコピンより軽い反動でしたし、わたくし、ダメージの入らない身体と思われますの。おもちさん無敵疑惑ですわぁ!」
見た目通りにはしゃぐ様子と繋いだ手に伝わる力強い感触。ああそうか、この子は。
「護られるつもりはない、その必用すら無いってこと?」
「当たらずも遠ざかるですの! わたくしが! ぱいせんを! 護って差し上げてですわぁ!」
「素直にハズレと言えばいいのに」
いつものやり取りだなと笑い、こめかみを押さえる。またあの痛みだと俯いたらおもちと目が合った。
「痛みますかぁ?」
「少しだけね。大丈夫」
「ぱいせんの大丈夫はいつも『我慢できるから大丈夫』なのですわ。いまもきっと、わたくしと帰るために我慢しようとしていますの」
「いや、シフトに穴を空けらんないし、呑気に冒険なんてしてる場合じゃないでしょ。もちちは帰りたくないの?」
「わたくしは帰られるのならどちらでもっ」
強く握られていた手がふと弛み、突然おもちが駆け出してするりと離れた。5歩ばかり進んでぴょこんと跳ねると振り向いて着地する。
「もちち?」
呼び掛けた菜乃花に満面の笑みを返して、おもちは首をこてんと傾ける。
「なので変に気を遣わないで下さいまし。気付いてます?先輩。朝からからずーーっと楽しそうな笑顔ですわよ?」
「え? そうかな?」
ペタペタと顔を触ってみる。
「今更どうにもならないのなら、やりたいことをやっちまいな!ですわ」
表情筋がグニッと動いた気がした。おもちと会った事で我慢していたと言えばそうなのかもしれない。今は可愛い後輩の危険という1番危惧していた前提が無くなったことで、日本での節度とか道徳とかが崩れて行くのを感じる。
「まあ、どうにもならないし? 少しだけなら?」
「剣。似合いそうですわ」
どうしよう。楽しい。
「どうしよう。楽しい」
「ふふふふっ! 本音が駄々漏れましたわね」
おもちはケラケラと笑い、菜乃花は弛む頬をぐにぐにと抑えている。
「帰る条件や手段を求めて旅をするなんて王道よね?」
「当然ですわ」
「魔物との戦闘も、だよね」
「同行しますわ」
「野盗を討伐してひと財産とか?」
「臭そうなので見守りますわ」
言われてみれば。
物語で語られる事はないのだが、風呂どころかシャワーさえもなく気が向けば水浴びくらいはするであろう程度の環境で臭わない筈がない。
中世を軸に文明水準だけを高度にしながら探索や魔物との戦闘を生業に出来る世界である。これが仮想空間であれば、野盗の設定にも無駄に力が入ってそうな気がする。
「…………考え直す」
「よきですわ」
「ちょっと想像しちゃった」
「趣味なのかと思っておりましたわ」
「どうしてそうなるのよ」
2人でクスクス笑い、どちらからともなく歩きだす。
方針が決まれば菜乃花の行動は早い。早速武器屋へと向かう。
「あたしもチートがあるのかしら。武器を持つことに違和感が無いの」
「そこは気にしても仕方無いのでそういう物と割りきっていますわ」
そんなものかと納得してしまう自分がいることに違和感を覚えた菜乃花は、もともと気になっていた事を尋ねる。
「ねえ。もちちは気合いで自分からこの世界に来たのよね? どうして?」
「それが良く覚えていないのですわ。ぱいせんを迎えに行かなきゃ、というのと誰かをぶん殴らないといけないという使命感みたいな物がありますわね」
なんとも穏やかでは無い話であるが、そのわりに落ちついているのは何故だろうか。
「ぶん殴る?」
「少なくともお尻ぺんぺんは確実ですわ」
「……いきなり物騒さが霧散したわね。だいたい理解したわ。あたしの方はこの世界を楽しみたい気持ちが強いくてさ、正直に言えば直ぐに帰ったら駄目な気がしてるの。元の世界のこともあまり覚えていないしね」
「おもちさんは忘れている事の方が少ないですわ。元の世界に帰るとしたら、消失した時間と場所に戻る事も分かっていますの。ただ条件が分からなくて……それも時々忘れる様で。もどかしいですわね」
これはお互い何らかの干渉を受けているのだろう。となれば辿る道筋も用意されているのかもしれない。そんなことを考えておもちを見れば、どうやら彼女も同じ考えの用立てと分かった。
「なるほど。だからどっちでも、なのね。……てことは、あたし達が親方のところでお世話になっているのも偶然ではなさそうね。強制イベントと考えてキャラバンに同行してみようかしら」
「賛成ですの。わたくし、指輪を繋げた様な武器を所望いたしますわ」
「あったわね、そんなの。あたしは日本刀かなぁ。いやでも西洋剣も捨てがたい……」
「両方買えばいいのですわ」
菜乃花の迷いにおもちがサムズアップで答え、なるほどな!と納得した菜乃花は、同じポーズを返した。