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バーチャル異世界  作者: ちー (●´-ω-`)))zzz
3/8

とりあえず身分証

 翌朝。パチリと目を開けた菜乃花は、


「――え? 朝? どんだけ寝たのよあた……いやいや待って待って、すぐに状況を思い出せるとかおかしくない?」


 全く寝惚けることなく思考が回っている事に驚いた。

 朝日が差し込んで明るい事も、柔らかな寝具に包まれている事にも気付いている。どうやら別室に運ばれたらしい。

 腕を上げてみた。知らないパジャマの袖口から血色のいい白い手が伸びている。


「知ってるのに知らない肌。なんだか不思議ね」


 そっと体を起こして部屋を見渡した。他に誰も居ない。


「バーチャルな異世界というのがよくわからないけれど」


 筋交すじかいが剥き出しのレンガ積みと漆喰の壁に板張りの床、どこにでもありそうなチェスト。ローテーブルとソファの下にラグが敷いてある。


「家電とプラスチックとコンクリートが見当たらない以外は、建物がヨーロッパで家具は日本な感じなのよね」


「朝市みたいに中世な風習が目立ちますけど文明水準は現代日本と変わらないですよ~。お着替えここに置きますね~」


 すっ。と隣に現れたメイド服の女性が、菜乃花の独り言に応えつつ着替えらしき服を枕元に置いた。


「あ、すみません、ありが――えええええ!?」


 1拍置いて菜乃花が飛び跳ねた。無理もない。たった今室内を確認したばかりである。


「あらあら~。どうかされましたか?」


「だ、誰も居なかったのに……」


「くすくす。気配を悟られる様ではメイドとして三流ですから」


 ワゴンを引いて戻ってくる雰囲気は確かにメイドなのだが、言う事が少々不穏である。


「それは人知れず殺める職業の人が言う台詞だと思うのだけれど」


「ただのメイドですよ~? まあ超一流ともなれば国王様の寝所にも出入り自由ですから、あながち間違いとも言えなくないですね~」


(え。話の流れ的に違う意味の出入り自由よね。不法侵入でしょと突っ込んだ方がいいのかしら?)


 逡巡しゅんじゅんする菜乃花に構わず優雅な所作でワゴンに大きめの洗面器を置くと、下から取り出したポットのお湯を注いでタオルとポーチを渡してきた。


「ここは良いところですよ~。落ち着いた頃にまた来ますね~」


 それだけ言って、少し垂れ目で優しい顔立ちのメイドは部屋を出ていった。


「……うん。気を利かせてくれたみたいだし、とりあえずお言葉に甘えておこっかな」


 菜乃花はパジャマのボタンに手をかけた。





 文明水準は同じというだけあって、ポーチの中身はお試しセットの様な化粧品だった。

 ありがたく使わせてもらい身だしなみを整えると姿見でチェックする。服は意外にカジュアルだ。スカートではなくパンツなのが動きやすくてありがたい。ポケットの多い薄手のコートが用意されていたのはこの世界の作法なのだろうか。それならと羽織ってみて、昨日街中で見た人達の格好だと気付いた。


「これがここの基準なのかしら。理由があるのでしょうけれど――あら? 廊下かしら。走ってるような音……何か叫んで……近付いてきてる?」


 ドタドタと足音が聞こえ「すばしっこいな!」「そっちだ!」「ああ!この!!」と叫ぶ声が通り過ぎ、少しすると戻ってきてまた通り過ぎる。そして三度目の接近で。


バタン!!


 扉が勢いよく開け放たれ、小柄な人影が文字通り転がり込んできた。1回2回と前転してからスタッと立ち止まる。

 ベストを羽織ったノースリーブシャツの胸元に可愛らしいリボン、やけに短いフリフリのスカート。金髪の童顔にクリクリッとした大きな目。

 そんな幼女が、菜乃花をビシィッと指差して、


「見付けたのですわ!」


 叫んだ。


 呆気に取られていた菜乃花だが、よく知る声にハッとする。

 まさか、と。 


「え、もちち!? こっちに来てたの!?」


 有り得ないなどとは言えない。なにせ自分がそうなのだ。


「ええ、おもちさんですわ! ぱいせんをお迎えにきましたの!」


 元気いっぱいとはこの事か、と誰もが思うであろう勢いで叫ぶ幼女おもちを見て、菜乃花のこめかみがチクリと痛む。途端にふわりと何かが消えていった。


「――あれ? おかしいわね、大切な後輩だってのは覚えてるのに。もちちごめんね? 向こうでどんな関係だったのか思い出せないの」


 それを聞いて、おもちが力強く頷いて、


「大丈夫ですわ。わたくしも似たようなものですの。それより!」


 ばっ、と入口に向き直る。

 そこには黒いスーツを着た男達がいた。先程の声の主であろう。


「ぱいせんを拉致っただけでなく、迎えに来たわたくしまでも魔法で強制的に眠らせたお方の手下。拳の置き土産ひとつ無くおいとまするなんて少しばかり気が引けますの」


 すっ、と謎の構えを取る。

 男の1人が進み出た。両手を挙げている。


「待ってくれ。親方は君たちを保護しただけだ。危害を加えるつもりはない」


「黒づくめの台詞は嘘と相場が決まってましてよ?」


「そうだっけ?」


 思わず呟いた菜乃花をチラリと見て、おもちが答える。


「なのぱいせんを出せと言っても聞かず、暗殺者にメイドの振りをさせ、行動せざるを得なかったわたくしを追いかけ回した組織ですわ。信じられるものですか」


「誤解だ。我々はつい先程まで『なの』も『ぱいせん』も該当する人物を知らなかった。突然暴れだした君こそ刺客の可能性があったから対応したまでだ。今は事情を察している。そちらの菜乃花さんが君の言う『なの』さんで『ぱいせん』つまり菜乃花先輩ということだろう?」


「だって、もちち」


「気配を断てるメイドの説明がまだですの」


 ああ、あれか。菜乃花は自分が見たメイドを思い出した。おもちの所にも現れたのだろう。

 男が口を開く。


「それは多分シスターらふぁえるさんだろう。あの方は何処にでも現れて救済するし誰にも荷担しない。謎のシスターとしか把握出来ていないのが現状だ」


「…………」


 無言のおもちを背後から窺うと、頬が膨らんでいた。何に納得出来ないでいるのか。


「どうしたの? いつも冷静なもちちらしくないよ?」


「冷静ですわ。この上なく」 


 そう言って、ふう、と力を抜くおもち。心の中でどうにか折り合いをつけたらしい。

 張り詰めていた空気がやわらぎ、廊下から入口を取り囲んでいた男達が道を開ける様に分かれた。その間を抜けて親方が現れる。


「おはよう2人とも。良く眠れたかい?」


「お陰様で。行き違いでもちちがご迷惑をおかけしたかもですけれど、あたしを心配してのことと見て頂けるとありがたいです」


「うん、親方もいきなり眠らせたのは反省……してないな。寝落ち推奨ですから。あっはっは」


「かえりみちに魔力が乗っていましたの」


「魔力?」


「その辺も説明するから朝食に付き合ってくれると助かる。どうかな?」


 にこやかに言う幼女に甘えるかと考えた菜乃花だったが。


――ぐう。


 おもちが勢いよく振り返り、


「お腹が鳴りましたわ! ぱいせんのお腹が『ぐうっ』て鳴りましたの!!」


 満面の笑顔でそんな事を報告する。さっきまでの緊張感は何処へ行った。


「ちょっと! やめてよ恥ずかしいでしょ!」


「たすかる」


 声のした方を見れば親方が嬉しそうに目を見開いて菜乃花のお腹を見ていた。


「ああっ! 変態を発見しましたわ! 宅配流格闘術・八方打撃拳!」


「ちょ、え?」


 菜乃花が止める隙も与えず親方に飛び掛かるおもち。


「はっ! いや今のは……」


 言いながら親方は半身となり、左手を前に突きだした。変形の前羽の構えだ。手の届く範囲に入った拳を捌くのに適している。


「これは不在だった山田さんのぶんですわーー!!」


 叫びとともに。


 矢のような飛び蹴りが、親方の脇腹に突き刺さった。


 親方が弾き飛ばされる。


「あがっ! 拳じゃねぇ……」


「親方!?」


「おやかた!」


 不満を漏らしながら倒れ落ちた親方と駆け寄る男達。その前でふんす!と鼻息を鳴らすおもちはどこか得意気である。


「宅配て。絶対今考えたやつでしょ。ただの八つ当たりじゃない」


 そんなネットの書き込みがあったなと思い出し、菜乃花は呆れて呟くことしか出来なかった。





 時計が10時を回ったころ。菜乃花はおもちと共に4階建ての建物を訪れていた。

 中に入ると正面にエスカレーター3基分程度の幅をもつ階段があり、そこを仕切りに片方はフードコート、もう一方が目指す受付となっていて、壁の前にはチラホラと人がいる。


「はえ~~、これが冒険者ギルドですのね。なんだかワクワクしますわぁ」


「身分証だけだからね? 冒険する訳じゃないからね?」


 ここに来たのは、親方に勧められて身分証としての冒険者カードを作成するためだ。後ろ楯としての推薦カードも預かっている。


「フラグを立てていくスタイルは如何なものかと思いますの」


「そういう事を言わないの。ほら着いたよ」


 受付カウンターまで来ると、親方から預かっていた推薦カードを差し出す。


「冒険者証の発行をお願いします。私とこの子、2名です。保証人はこのカードの方です」


「はい、お預かり――あら、親方重金属興行の親方御本人じゃないですか。確認しますね」


 受付の女性がカードを読み取り機らしいスロットに差し込む。


「おもちさんの身長じゃカウンターまで届かないのですわ」


 おもちは背伸びしているのだが、その視線は天板を捉えられない。


「今ねー、カードリーダーに通したところよ」


「カードリーダー。電気無いのに?ですわ」


「親方が言ってた魔力なのでしょうね。一応あたしらにもあるみたいだけれど。もちちは感じ取れるのよね?」


「肯定ですわ」


「また分かりにくいネタを」


 菜乃花が突っ込んだところでカウンターの向こうに変化があった。


「はい、確認出来ました。ではこちらの袋を開封して、中のカードをパクっと咥えて下さい」


 渡されたのは、高級和菓子に似た個包装の物体だ。ピリリと破ってみると中から免許証サイズのカードが出てきた。


「これを?」


 口元に持って受付に確認する。


「はい、パクっと。唾液の採取が完了したら勝手に消毒されます」


「あぁんむ」


 可愛らしい声に思わず見下ろすと、おもちがカードを両手で持ってぱっくりと咥えた所だった。


(くすっ。まるで小動物ね)


 微笑ましいものを見た、という表情で。菜乃花はカードの端をカリッと噛む様に咥えた。

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