イリン村のレオングは自由なのだから
「レオングの馬鹿っ! もう知らないっ!」
恋人のチルミーはそう言って、また僕に芋を投げて走り去った。
「……はあ」
地面に落ちた芋を拾って、ため息をつく。
辺境も辺境。
常に人手が足りないこのド田舎のイリン村で、忙しい収穫期に街になんて行けるわけがないとどうしたら理解してくれるんだろう。
イリン村の若者は街に出稼ぎか、一生この村で農作業か、選べる道はどちらかだ。
たいていはこの何もないド田舎っぷりが嫌だと、若者は街へ行きたいと願う。
「僕だって街に行ってみたいよ」
独りごちる。
みんな、このイリン村から出たい。
農作業よりも華やかだという街で働きたい。
だが、“みんな”がそうすれば人が足りなくなってしまう。
イリン村の農作業は重労働だ。
収穫期には、このひとつひとつが重い芋を運ばなくちゃいけない。
年寄りには無理だ。
街に出稼ぎに行ける若者は、村長が用意するくじで当たったやつだけ。
成人の祭りでそのくじにハズレれば、もう一生この村で生きるしかない。
「僕だって、街に行ってみたいよ……」
どうにもならないことを呟く。
村の決まりを破れば、それこそ生きていけない。僕はよくても、家族も犠牲になる。
閉鎖的なこの村は裏切り者に容赦ない。
助け合わなければ生きていけないイリン村。
「助け合わなきゃ村八分にされるイリン村……」
若者の僕は、今日も助け合ってずしりと重い芋を運ぶ。
◇◇◇
今日はイリン村に商人の馬車が来る日だ。
「新しい鏡が欲しいな」
チルミーは朝から上機嫌。
商人の話、商人が持って来るものは、イリン村では数少ない楽しみになる。
「ねえ聞いている? レオング!」
「聞いてるよ」
安い鏡があればいいなと思う。
買えなかったらチルミーの機嫌は悪くなる。
「馬車だ! 商人の馬車が来たよ!」
商人の到着を楽しみにしていたのはチルミーだけじゃない。
わっと商人の馬車にみんなが駆け寄った。
「おや? ジキンさんじゃない?」
「ええ。代替わりをしまして。私はジキンの孫のジリスといいます。これからは、このジリスをどうぞよろしくお願いします、イリン村の村長。皆さん」
爺さんだった商人のジキンさん。
今度からは孫のジリスさん。
若い男のジリスさんに、村の若い女たちの目の色が変わった。
♢♢♢
一年後――。
僕はイリン村を出た。
なんてことはない。
チルミーがあの商人のジリスさんの嫁になったからだ。
「ごめんね。レオング」
なんてチルミーは僕に謝っていたけれど、こちらこそありがとうだ。
これで僕は家族を村八分にされることなく、自由になれる……。
「じゃあ村長。嫁さんを見つけて来るよ」
「ああ。良い娘を連れ帰って来いレオング」
自由。
自由だ。
諦めていた自由を僕は手に入れた。
村長のくじでは男女が決まった数、この村に残るようになっている。
将来の嫁チルミーが他の男に嫁いだ今、僕には新たな嫁を探す自由が与えられた。
「やった! やった!」
家族を人質に、決まりに縛られたド田舎のイリン村。
“みんな”そうやって生きてきたんだとしか言わない村人たち。
僕はきっと、もう二度とイリン村には帰らないだろう。
僕は自由なのだから――。