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なりんの援護くん  作者: なりた
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第5話 父娘駅前会談

凜 こと なりんはすっかり援護くんに夢中な模様

そんな次女を見て澤菜家の父母はそれぞれに

長女には母、次女には父がと

手分けして愛娘に面談を試みる。

…というお話しになってるはず?

第5話 父娘駅前会談 


「凜、起ーきーろー。」

 …不覚!ベッドに寝たまま凜が眼を開けた時には、

姉の穏が着替えも済ませて妹である凜の顔を

上から覗き込んでいた。

「お姉ちゃん、早いね。」

「時計見な。あたしは自分の部屋の掃除始めるから。お母さんが早く朝ごはん食べちゃってってさ。」

 時計を見て愕然とした。これはあれだ、今から食べると、ブランチってやつ?

とにかく早く起きて食べて本読まなきゃ。

 凜が台所に行くと朝食が一人前ラップをかけてあった。

「お父さんももう食べたんだ。」

「まあ軽くなー。今日は日中は俺が爺ちゃん見てるから、凜も好きに過ごせな。」

「お休みなのにわるいね、お父さん。」

「のんびりやるさ。」

 日中を過ぎたら、父は赴任先へ戻る。

「母さんはもう二度寝に入ってるから、自分の洗い物は頼むな。」

「うん。」

「昼はなんか取るか。何がいい?」

「お姉ちゃんが食べたいものでいいよ。」

 食べ物の好みは穏がいちばんめんどくさい。

他の家族には穏ほど好き嫌いがないので、

穏に皆が合わせるのが結局いちばん合理的だ。

「じゃあ聞いといてくれ。父さん爺ちゃんの部屋に行くな。」

「はーい。」

 凜は牛乳を注いで食卓に着席しひとり優雅にブランチ?を始めた。

援護くんがいるとみんな集まって、今朝はあっという間にひとりだなあ。

自分の寝坊をそこに繋げる必要はないと思うが、

もし援護くんが父の勧めるままに泊っていたら

凜は決して寝坊などしなかったことだろう。

 それ以前に、果たして寝つけただろうかという問題はあるが。

援護くん、うちで暮らさないかな。ふと凜はそんな事を仮想してみる。

とっておきの客間もあるし。てかお爺ちゃんの部屋で寝てくれるとか?いや、そうじゃないだろ。

援護くんには幼い頃の自分のようなヤングケアラーの子どもたちを支援するという夢、

夢というより具体的な目標がある。

 うちの住み込みのヘルパーさんなんてさせてしまったら

事故で心身不自由になってしまったお兄さんとふたりきりで閉じ込められてた少年時代に逆戻りじゃないか。

少年時代どころか、援護くんのヤングケアラー期間は成人後にも及んでいるんだ。

お兄さんが亡くなった後でも絶望も放心もせずに自分の新たな人生を生きている援護くんを、私は尊敬した。たぶん裕人くんもそう。

 その新たな生き方が、救えなかった自分自身の代わりに今幼い子どもたちの助けになること。

この前向きな、そして限りない優しさに

私は憧れた。そう、援護くんはやさしいんだ。

 いつも丁寧で、穏やかさを心がけているような

援護くんの話し方、援護くんの優しい声。

 そして、きっと哀しい筈なのに、隠しきれてない哀しみを決して相手に押し付けようとしない、援護くんの優しくてつよい眼差し。

 強いといっても威圧的なのではない。

援護くんの眼差しの強さは、哀しみを噛み締めて他者に解き放たない、優しい強さなんだ。

援護くんの声と眼差し。援護くんと言葉を交わすひとときに、私は夢中になった。

夢中なんだよ。夢の中のようなんだ。

私は援護くんを尊敬し、憧れ、夢中になった。心はもう幸せな虜だ。

だから、私は援護くんを援護できるなりんちゃんになると決めたんだ。

なのに。ちょっと油断すると、援護くんと住めたらな、なんて夢想のなかに

援護くんを都合よく利用するような厚かましい発想が入り混じる。

 あたしもゾクブツだな。そこは仕方ないから、生身の人間としてせめて殊勝に。

なりたい自分を望もうではないか。

そんな事を考えていたらもう食べ終わるので、ろくに味わえなかったなあ、なんて反省しつつ

凜は残さず完食し、手早く片付け洗い物を終えて

洗面所で歯磨き着替えを済ませ、読破のために部屋に向かった。

 …天気いいな。どっか外で読むか。

「お父さん、ちょっと出てきていい?」

「おう。昼はどうするんだ?」

「あたし今が朝ごはんだったから、お昼はいいや。おやつの頃に買い食いする。」

「そうか。父さんもおやつの頃には家出る位の予定だから、それまでには帰ってきてくれるか?」

「分かった。」

「すまんな。気をつけろよ。」

「うん。」

 気をつけろは、若い娘に父としてかける言葉だ。我が父上はいい人だ。なんでこんないい人が、

ふだん家族と離れ離れにさせられているのだろう。

企業って、人間味に欠けてるんじゃないのか?

そんな事を考えながら凜はバッグに援護くんの本を入れ、玄関に向かう前に

「お姉ちゃん、私出かけてくるから。お昼何かとるのかお父さんたちと相談してね。」

「あんたは食べてくるの?」

「そんなとこ。じゃあ行ってきまーす。」

「凜。」

「うん?」

「お昼食べたら私も出るから。またね。」

「うん。行ってらっしゃい。またね。」

「行ってらっしゃい。」

 ややこしいやりとりが続いて、凜は家を出た。

今日の午後には、我が澤菜家はまたいつも通り。いつも通りの静けさだ。

そのうちお姉ちゃんが越してくるけど。

援護くん。あたし出来れば、ずっと援護くんといたいな、今だけじゃなくて。

どうすれば、一緒にいられるかな。


梅雨入りが近い初夏の陽射し。

ベンチにいられなくもないけど、爽やかで

心地いいと言い切れるほどでもないかな。

 だが、普段介護に放課後すら縛られる凜が出て歩ける休日ともなれば、

機会の貴重さは相乗し二乗となる。

 ならば出歩かないわけにもゆくまい。

今の凜にとって自由に外出できる時間は

切実に貴重だ。家族と過ごす時間も大事に過ごすが、こうして出て歩けるタイミングがあればそこは逃すわけにもいかない。

お爺ちゃんをお父さんが見てくれる。

そのお陰でお母さんは寝室の自分のベッドで眠れるし、私もこうして出かけられる。

持ちつ持たれつなのよ。

梅雨が始まる前に外に出て日も浴びたい

 のんびり歩いて開放感を味わいたい。

だから今日中に読まなきゃならない大切な本も、出かけた先で拝読するのよ。

こうして自分の時間も大切に確保しないと

介護家庭ではいくらでもひとに尽くすのみとなる。

 援護くんはある意味その究極のかたちだ。

援護くんの両親は援護くんに全てを押し付けて、離婚もしてそれぞれに次の人生を始めてしまった。らしい。

援護くんだから復讐鬼にもならず、そして心身不自由なお兄さんを見捨てることもしなかった。

結果かつての少年圭吾くんは要介護のお兄さんとふたりきり。

そのお兄さんすら亡くなって、ひとりになってしまった遠藤圭吾さんは、

かつての自分と同じ境遇を今生きている子どもたちを助ける生き方を始めることにした。

わが友こりんが名づけた「援護くん」は、

現代社会のヒーローだ。

 あたしは援護くんの選んだ生き方を尊重したい。

ヒーローに守られるヒロインから、

ヒーローの相棒になるのよ。そのために。

 先ずはこの本をどこで読むか決めねばね。

しばらく歩いて、結局なりんはお気に入りのベンチを今日の拠点に決めた。

かつての新興団地の狭間に設置されたウォーキングコースの途中にある、小さな公園。

自動車は入れないし、ひとや自転車も基本通り過ぎるので

街の中にあってここは奇跡的なくらいひとりになれる場所なのだ。

 しかも今は日中だ。防犯上も好ましい。

やや長めの雑草もちらほら生える公園に入り

持参したタオルをベンチの背もたれと座面に敷いて腰掛け、バッグから本と自販機で買ったペットボトルを出して凜は陣地を完成した。

栞のページを拡げる。支援制度が始まるより以前の、つまり誰の支援を受ける事もできなかった、

かつての少女の実例が語られる。

 そして彼女の悲痛な実態が知られた事も

きっかけのひとつとなって、制度の構築が始まってゆく。

これまで読んだ中で掴んだ概要を補填するような記述や、支援に関わってゆく著者自身の経緯も語られる。

気を散らす要素のない環境で、なりんの読書は予想以上に捗った。急がば回れとはこの事だ。

家族と過ごせる家にいたままなら、こうはいかなかったかも知れない。

(ナイス判断、あたし。)

 凜は自分を褒めることに屈託がない。

これも、使命の多い日々を生きるコツだ。

あとがきを残すあたりで、昼過ぎの日差しが

そろそろ強めに照りつけ始めた。

 なりんは拠点を移すことにする。

敷いていたタオルを畳み、お茶を飲みきり

空となった瓶をしまって公園を後にした。

 駅方面に歩いてみる。どこか涼しいお店にでも入れるかな。

 そこでスマホが振動した。

「凜、駅に来れるか。買い食いするって言ってたろ、父さん奢ってやるよ。」

「お爺ちゃんとお母さんはいいの?」

「母さんがさ。たまには凜と話せってさ。

そんで、母さんはお姉ちゃんと話してるところさ。」

「それこそお父さんはいいの?」

「男親がいたらバツがわるい話もあろうってな。」

「そこ次女に話してたら台無しだけど?」

「ありゃ。でもな、俺も母さんも凜のこと

頼りにしてるんだ。信頼の証だと思ってくれ。」

 今朝また寝坊したばかりの粗忽次女を

そこまであてにしてくれても困るんだけど。

奢られるのは吝かでないので、凜は駅に向かった。


「あれ、なりんちゃん」

「おう、凜。」

 駅前で同時に声をかけられてなりんはゲッとなった。

男性陣ふたりも「ん?」と互いに目が合う。

「あ~、裕人くん。こちら、うちの父。」

「あ、そうなんですね。先日はおじゃましました。凜さんの級友の高橋裕人です。お世話になってます。」

「おお、凜のお友達か。凜がお世話になってます。凜の父です。おじゃまって?」

「この前遊びに来たの。女子と。」

「あ、女子と。そうなんだね。」

 父が娘の父として色々頭を回転し

目の前の少年のあらゆる視覚情報を吟味したのちに

どうも警戒の要無しと判断する一瞬のプロセスが

次女・凜には容易に見て取れる。

「裕人くん、どうしたの?学校?」

 凜の澤菜家は高校の最寄り駅の範囲に位置している。

「いえ、別の用で。」

 図書館や大型のショッピングセンターもあるので、日曜の午後にこの駅にいてもおかしくはない。

「澤菜さん、明日は例の本、よろしくお願いしますね。」

父の前なので凜はなりんちゃんから澤菜さん呼び(呼ばれ)となった。

「あ、それなんだけどね。…はい。」

「え?今持ってたんですか?」

 凜は援護くんに借りた本をバッグから出し、

裕人に手渡した。

「私も気になっちゃってね、ごめんね、先に大体読んじゃった。」

「これをですか?一晩で?」

「ん~まあそんなところかな~。」

 そんなところも何も、内緒で数日前から

横入りで独占するズルをしていたのだが。 「でもざっとだから。」

「そうでしたか。僕も早速読ませて頂きます。それではこれで。」

「帰るの?」

「早く読みたいんで。そうします。お父さま、失礼致します。」

「おお。…、君は、凜に本を借りるのか。」

 この子が人に貸すような本を持ってたとは、

というニュアンスがにじみ出る。

「違うの。本を貸すのは、援護くん。」

「そうだ、援護さんにお礼と確かに受け取りましたって連絡入れなくちゃ。」

 裕人がスマホを取り出す。

「あ、っとくよ。」

 言う間もなく裕人は送信まで済ませてしまった。

 あちゃー…。例によって援護くんの返信は遅いだろう。

どう思われるかな。察するかな、やっぱり

「君は圭吾くんとも知り合いなのか。」

 父に不思議そう尋ねられた裕人が素直に

「ハイ」と頷き、凜が整理して説明する。

「援護くんがお爺ちゃんを看てくれるようになったから、友達を呼べるようになったんだよ。

 それで、お勉強会開いて宿題したの。

その時こりん、金子鈴さんと高橋くんも

圭吾くんと知り合ったの。」

 順番としてはこりんが援護くんに会いたがったから開かれた勉強会なのだが。

凜は「テイ」の方を選択した。

「そうか、そういえば母さんもそんな事言ってたな。

しかし、そうかあ…。凜、今まで窮屈な思いさせちゃってたな。高橋くん、うちの凜と今後も

皆さんで仲良くしてやってください。」

「いえこちらこそ。お父さま、またお邪魔してもいいですか?」

「おお、ぜひ来てくれ。お勉強会なんてありがたい限りだ。」

 踏み込んだ裕人くんに対して、常識ある優しい保護者の父は邪険には出ない。

 高橋裕人め。なかなかの勝負師だな。

なりんは内心舌を巻いた。

「ありがとうございます。ぜひまたおじゃまさせてください。

 それじゃなり…凜さん。また明日学校で。」

「なりんちゃんでいいんでそう呼んでやってください。」

と父。そこはまあ譲るとしても。うちの父をお父さまと呼ぶんじゃないよ、高橋裕人。

 こんな駅の往来で…!。

 あるいはあたしのズルに気づいたかな。

いや、そんなやらしい駆け引きをする奴じゃないよな。

「うん、また明日ね。」

 ややひきつった笑顔で、なりんは手を振って裕人を見送った。

「さて凜、なにが喰いたい?」

「その前にお父さん、本屋さん行ってもいい?」

「本屋?」

「さっきの本、私も買っときたい。」

「それは後にして、この時間は父と娘の語らいにしてくれないか。本代は出してやるから。」

「分かった。本代もありがとうね。お父さん、あの店にしよ。」

 ふたりは駅の構内を抜けてお気にのレストランチェーンに向かった。


「凜、改めて学校の調子とかも聞きたかったんだけどな、どうやら仲良しの友達もいるのかな。」

「うん。さっきの高橋くんと一緒に来た、

こりん。金子鈴さん。」

「そのふたりがカップルなのか。」

「そうなるんじゃないかなぁって見てるんだけど。」

「ふうん、青春だなあ。お前にもダンシとかいるのか。気になる系の」

「ううん、全然気にならない。」

「圭吾くんはどうだ。好きか?」

「好きよ。大好き。ヘンな意味じゃなくて。」「おお、そうか。」

 自分から仕掛けておいて、即答に戸惑う父。

 こんな系のやりとりでおっちゃんがジョシに敵うわけないでしょ。

「圭吾くんはなあ。父さんも好きだ。もちろんヘンな意味じゃない。母さんだってお祖父ちゃんだってそれからお姉ちゃんだって、

みんなヘンな意味じゃなく圭吾くんが大好きだ。それは観てたって分かるよな。」

「うん。」

「圭吾くんは不思議だな。根っからいい人物だし、ひとから好かれるのも当然なんだが

なんかそれだけじゃ説明つかないような、

不思議な引力があるよな。」

「うん。」

「おそらくだが、その不思議な引力で、

なんだか本来の調子がズレちゃうひとだって、いると思うんだよ。ほんとおそらくだが。」

「分かるよ。援護くんは不思議なひと。」

「俺としてはだよ。あんないい人物が天涯孤独なままでいていいとは思わない。

 だから今後とも引き止められる限りは圭吾くんと接点を持っていたい。」

「私も、そのほうが嬉しいよ。」

「だが心してくれ。こうして圭吾くんと再会できたから思い出したことだが、お姉ちゃんは小さい頃、

圭吾くんと再会のめどが立たないとはっきりした頃から、確かにちょっと

それまでとは違った感じに育ったんだ。

 それは圭吾くんがわるいわけじゃない。」

「うん。」

「お前もいつかは圭吾くんと離ればなれになる日がくるかも知れん。その事は、心に準備しておいてくれ。」

「やっぱり来るのかな、そんな日が。」

「そう思っておいてくれ。父さんも母さんもな、昨日のお姉ちゃんを見るまで、圭吾くんの影響がそこまでとは

正直気が付いてなかったんだ。あるいは、知っていたのに忘れていたのかなぁ。

 今朝になって酒も抜けて、冷静な頭で考えてみると。これは年頃の娘ふたりと、父さん母さん力を合わせて、

一旦全力で向き合って確認しておくべき事だな、て、そう話し合ったんだよ。」

「そっか…。でも、っていうことは。

 私たち会えたばかりの援護くんと、すぐには

離ればなれにならないで済むって考えていいのかな。」

「無理に引き剥がしたら、それこそお前たちふたりとも、今度こそおかしくなってしまうかも知れないだろ。

だから一緒に過ごせる時間を、その大切さを分かっておいて、大いに

満喫してくれ。

 圭吾くんは本当にいい奴だけど、だからか皆んな手離したりできなくなるんだ。」

「お父さん。」

「ん?」

「そんな圭吾くんが、どうして本当のお父さんとお母さんにはずっと避けられて閉じ込められてたんだろうね。」

「それはなあ…。父さんにも謎だが、むしろそのせいで圭吾くんは利用されてしまったのかも知れないな。」

「そのせいで?」

「圭吾くんはお兄さんを見離せなかったし、

一方ご両親には、なにかしらそうはならない理由があったのかも知れん。どんな事情かまでは分からんが、

それは圭吾くんが今気にしてないなら、我々も深堀りしていい事でもないだろうな。

 きっと得策でもない。」

 こういう詮索は、裏付けを取らずにそれとなく察することで済ませる方が、得策、という場合もある。

「お父さん、私、出来れば援護くんとずっといたい、て思い始めているよ。

 そのためにどうする事が必要なのかなんて事も、

なんとなく考えてたりもする。」

「…そうか…。」

「結婚がどうとかじゃないの。でも、もし

そうする事が正解なら、それも手段として選ぶかも知れない。」

「まだそこまで考えなくていいよ。」

 そりゃそうだ。凜は花の高校一年生だ。

「でもね。お父さんのしている話、解るよ。援護くんの光はぼんやり優しく灯っているようでいて、

ほんとはとっても眩しいんだ。だから、気を付けないと光に呑まれちゃう。それは私も薄々感じてた事だし、

ちゃんと気をつける。」

「うん。」

「それから、援護くんのご両親のことは、考えないことにする。こっちは闇深そうだし」

「うん。」

「それでいい?ずっとじゃなくて今だけだって、援護くんと生きていくのはきっと覚悟がいる事なんだよ。

そして私、覚悟決めてる。自分を見失ったりしないように。」

 凜の言葉は、豊かで力強かった。

 父は次女の成長に大いに感銘し、得心した。

「そうか。よかった。なんせ父さん、普段そばにいてあげられないからなあ。

 ほんと済まないと思うよ。」

「ホンシャに帰るとか、この辺りに転勤になるとか、ない?」

「そろそろかけあってみるよ。後進だって

ちゃんと手塩にかけて育ててきたしな。」

 そこでテーブルに注文の品が届いた。

「さ、喰おう。そこまで分かってくれてるなら、父さんは凜が安心だ。あとは母さんと穏だな。」

「お母さんなら大丈夫だよ。あたしやお父さんじゃちょっとお姉ちゃんには振り回されちゃうかもだけど。」

「頂上決戦だな。うちの。」

「お爺ちゃんがもうちょっと喋るならねえ、そこは分かんないけど。」

 実際、祖父・直樹は寡黙だ。だから実質母・紀子と長子・穏との語らいは、澤菜家の頂上決戦と観ていい。

「いいなぁお父さん。あたしちょっと、今日家帰るの緊張する。」

 とはいえ、凜が帰れば母はパートに出るし

姉穏はその前に都内のアパートに帰る、予定だ。

 万事、予定は未定ではあるのだが。

 

「凜、欲しい本取り寄せてやるよ。」

 父がスマホで検索し、家に届くように手配してくれた。こうなると分かっていれば無理にズルをしなくてもよかったのになぁ。

裕人のSNS書き込みで援護くんにズルがばれそうな予感で、凜も嘘は割に合わないと悟り、反省した。正直、

どう出ていいか分からない。

「ありがとう。お父さん、このまま出るんだよね。」

「うん。」

「ホームまで送ろうか。」

「いいよ。改札で。なるべく帰れるようにするから、祖父ちゃんと母さんと、これから

お姉ちゃんのことも。すまんが、よろしくな。」「うん。まあ私もお世話になってるけど」

「凜。本当助かるよ。ありがとうな。」

 父は心底済まなそうな笑顔で、改札に入って行った。

介護は、何かの落ち度や罰で現れるものではない。

私の澤菜家はきっと普通に社会的責任を

果たせている平凡で実直で平均に達している家庭のはずだ。

それでも私はこりんや裕人君たち同級生らより

ちょっと責任を重く担っているし、私なんて比べ物にならない程の重い責任を担っている、

かつての少年圭吾くんに近い子どもたちも

世間に沢山いるだろうし、おそらくこれからはそんな子が多数派になってゆく。

 援護くんは直接の支援を目指しているけど

それだけでは全員・皆は救えない。

 裕人くんのような考え方も確かに世の中に

必要なのだろう。

 あたしもいずれ援護くんの援護をしたいな。 きっとそれが、ずっと一緒にいられる手段になる。

もしも動機として不純だとしても別にそれはいいのよ。

どの道始めてしまえば、大変な使命である事に

間違いないんだから。

 むしろそんなモチベでもなきゃ、きっと勤まらない。

少なくとも、私はそう。援護くんだって、

子どもの頃と若い日々の自分を救えなかったやるせなさが動機で、そこは隠さないんだから。

 潔くいきたいよね。嘘は割に合わないんだし。


「お帰り、凜。それじゃお母さん行ってくるね。」

 通常日曜はパートを入れないことも多いが、

昨夜を休みにしたので今日は出るとのこと

 仲間同士のシフト調整もあるのだろう。

 援護くんにも言えることだな。きっと今夜は遅番に入っていることだろう。

「お姉ちゃんは?」

「さっと片づけて、あっという間に出ちゃったわよ。話したいことなんてろくに出す暇もなかったわ。」

「そう出たか。」

「あんな鮮やかに片付けられるなら、普段からそうしてほしいもんだけど。やれるのにやらないのがいちばん腹が立つわね。」

 実際母は、苦手なことや出来ないことは

凜たち娘にも男性陣にも無理強いしない。

 たぶん私は、出来すぎるんだ。出来がいいかは自分では分からないけど。

お爺ちゃんの介助も、できちゃうから担うことになって。

お姉ちゃんは色々器用で出来のいいひとかも知れないけど、介助を担えるかは未知数だ。

 問題なく務まりそうと見込めるなら、母ならたぶんもっと強く姉に求めただろう。

でも筋力も骨格もあたしの方がしっかりしてるし。お姉ちゃんは可愛いけどふにゃふにゃのふわふわで。あ!そうか。のんのんって、

あのカタカナのあのキャラか!

凜はネットで情報だけみかけたアニメキャラを思い出した。

姉の世代よりも遥かに以前のレトロキャラで、可愛くてふんわりしてて、

…あぁ~、うわあ、お姉ちゃんそっくり。みためだけ。今でもそうなんだから、一年生の頃はもうリアルにのんのんだね。

一方私はケロン?ケロロン?なんだっけ。蛙好きだからいいけど。

おそらくロンではなくヨンだが、凜の名誉のために付記しておくと彼女はきりっとした目力の印象的な、明るい顔立ちの美少女だ。

 生まれてすぐから既にそのような風貌だったので、「この子は凜だ」」と父に名づけられた。

 のんは愛くるしくうら若き美女で、姉妹の父は名を賢一けんいちと云い

母紀子とともに一字を取って「のリコ」と「ケんイチ」とで、のんと名づけられた。

姉妹は祝福と共に生まれ、愛されて育った。


援護くんたち遠藤兄弟は、何故両親に閉じ込められてしまったのだろう。

両親は何故縁切りを宣告までしたのだろう。

あんな善良な我が子の援護くんに。

援護くんの両親の詮索をしない事は父と約束してしまったけど、お兄さんについては

約束してないから制限もない。

なにか調べられるかな。もし知れるとしたら、どうする?知っておきたいかな、私。

凜は自問してみる。それは、いいかな。

やっぱり怖い気もするし。それより私にとっては、今援護くんと過ごせることと、

これからも一緒にいられるためにはどうすべきかが、重要なんだ。

 …本を先に借りてた件、ほんと、どうしようかなあ。

次々と錯綜する思考の果てに当面の懸念を悩みつつ自室へのドアを開けると、

なかなかの高さに荷物が積みあがっていた。

 大きめの付箋を剥がして読むと

「りん 向こうの荷物運び込むまでちょっと置かせてね すぐ部屋に戻すから のん」

やってくれるな…、のんのんめ。

 ともあれバッグを机に置き、介護の合間の

宿題や息抜きの類を持って凜は祖父の部屋へ向かった。


 明けて月曜日。

早速の読破を興奮気味に報告する裕人に

こりんが

「なにお前ら日曜に会ってたん?」

と聞くので、 

「駅前で偶然にね。」

と、なりんがありのままを説明すると、

「うん。なりんちゃんのお父さまもご一緒に」

と、裕人がややこしい一言を付け加える。

「マジ!?お前ら何、もうそんな、えぇえ」

 こりんがどこまで本気なのかしれないリアクションで驚き、これに裕人は不可解そうな顔で戸惑い、

凜は

「いやそんなわけないから。」

と、溜息交じりで一応真面目に返事を返す。

「そっかぁ、お前らがくっつけば、あたしもこんな嬉しいことはないよ。」

 情報の取捨選択が偏り過ぎな解釈を

ひっぱるこりん。

「くっつく?お前らって?なりんちゃんと…ええええ!?ぼく!?」

 漸くこりんが何を言っているのかを理解する裕人。

「てことは、援護くんはお姉ちゃんを選んだってわけか。なりんが切り替えの早いたくましいコで、あたしゃ安心したよ。」

「それもないから。てかマジでないから。」

「引きずらないに越したこたないよ。それにこいつはしょうもないかもだけど、酷いオトコじゃないから。そこはあたしが保証するよ、うん。」

「いやこりんマジでどこまで本気か分かんないから。」

「あたしも誰かいないかねぇ。いいねぇ。」

「えぇえ~。」

 裕人が悲しそうな顔でこりんを見つめる。

 うんうん。頑張れ、少年。

こりんの本当にどこまで本気で言ってるのか分からない勘違いショーをいったん放置して、なりんは裕人に本の話題を振ってみた。

「そういえば、図書室にどうするとかって話もしてたっけ?」

「え?あ、はい。読んでみて素晴らしい本だったので、改めて図書委員にかけあってみます。

 5冊は置きたいところですが、2冊か3冊かの交渉になるかってところですね。」

そこまでの回転を見込んでいるのか?

「それと並行して、僕は校内のヤングケアラーを探し出して集めて、調査とそれから

啓蒙のための発表の場を設けようと思ってます。

 具体的には、秋の文化祭に調査の一旦の発表の場を設けます。」

「へえ~。」

 なりんもこりんも面食らった相槌をうつ。

「つきましてはなりんちゃん、ヤングケアラー達を探し出して集めるために、手伝ってはもらえないでしょうか。」

「あたし?何させる気?」

「お昼の校内番組で、なりんちゃんのインタビューや密着レポートを放送してヤングケアラーの認識を広める第一弾にしたいんです。

 それを足がかりにして、同じ事情を抱える生徒たちに出てきて話を聞かせてほしいと連帯を呼びかけます。」

「それは断る。」

 援護くんの言葉を真似てみた。

「えぇえ、駄目ですか?」

「やだよ、他を当たってよ。」

「だからその、他を探し出すための取り掛かりであって」

「ごめんね裕人くん、そんな目立ち方したくない。」

「じゃあ、記事ならどうですか。動画よりはインパクト落ちるけど、校内新聞にインタビューを」

「活字に残すのもやだね。誰かがヘンな切り取り方してネットに流さないとも限らないし」

「でも、それじゃ発表にならない…」

「裕人くん。何が大事なの?誰かをダシにすること?」

「違います!僕はもう、知らない自分に戻れないんです。知ってしまった以上は、何か

力になりたい。そのためには、先ず重荷を背負っているその誰かを見つけ出さないことには」

「分かった。たぶん誰かいるだろうし、その誰かを見つけ出す方法も一緒に考えるから。

 あたしを引っ張り出すのは、勘弁して。」

凜は、何か見世物にされかねない不安を感じていた。

「それと、その誰かも目立ちたいわけではないかもよ?」

「そうでしょうか…。僕は目立つとか目立たせるとかではなくて、多くの人の理解を求めたいのが狙いの本質なのであって」

「百歩譲っても匿名だけど。それでも勘ぐられそうだから結局あたしはいやだな。」

「だってよ、裕人。これ以上の無理強いは破局につながるぞ。」

 こりんが口を挟む。

「破局も何も、僕となりんちゃんはそういう事じゃありません。」

「なんだ?また信頼関係か?」

「僕が恋愛関係になりたいのは、こっ」

「こっ?」

「こ、この目標がかたちになったら、その時

告白していいですか?」

「おう、つまり文化祭で告白か!だってよなりん!凄いな青春だなっ」

「なりんちゃんじゃなくて…。」

 裕人くん。それはもう、今告白してるようなものだが。

「なりんじゃなくて?…え?」

 裕人に熱くみつめられて、さすがのこりんがみるみる赤くなった。

「ばっバッカじゃねーの!?いいわけないじゃんおまっ」

 あちゃー…。

「何いきなり言い出してんだよバーカおめえマジ考えろよばーか」

 もの凄く焦ってこりんは席から立ちあがり、

教室から出ていく。、もとい、出て行こうとしたところで教師と鉢合わせた。

「金子、授業始まるぞ。席に戻れ。」

「…ハイ。」

 まだ赤いまんまで、こりんが席に着いた。

裕人くんはといえば、放心した様子で

辛うじて席についている。

 まだ第一ラウンドだ。焦るな少年。

私の観たところ、あの慌てっぷりはけっこう効いてる感じだぞ。希望ある。だから、

がんばれっ。諦めたらそこで

「授業を始める!」

 落ち着かない約3名や、その周囲で事態の気配を面白がってる数名に先生が苛立ちを

表明した。

 よーしお勉強だ!頑張るぞ、援護くんの力になるためにも。

なりんはかつてないやる気で教科書とノートを開いた。  


SNSでの援護くんの裕人へのレスは

「無事届いたようでよかったです

 ヤングケアラーに関心を持ってくれてありがとう。

返却は急がなくていいので、心ゆくまで読んでくださいね。」

とのことだった。

「無事届いたようで」。援護くん…、庇ってくれたってことかな。うう、気まずい。

 今度会える日にこちらから切り出すべきかなぁ。

凜は心配しているが、実のところは。

 高校生活がまるっきり未知の環境な彼としては、本がすぐに渡らなかったのであればそれは

何かしら自分の知らない事情でもあったのだろう、くらいの認識だったかもしれない。

 だとしても。そんな胸の内も、聞くに聞けない凜が知る機会はない。

澤菜家の父 賢一は俳優の滝藤賢一さんのイメージ

母 紀子は 加藤紀子さん。本編ではとくに触れませんが、

澤菜家は奥さまがご年長の姉さん夫婦です。

ヒロインのなりんこと澤菜凜ちゃんは

「実写化するならアンジュルムの川名凜さん」

というキャラクター設計。

 川名凜さんは12月にハタチになられますが、

ご成人の俳優女優さんが高校生を演じるのもよくあることですし。

 同じく親友のこりんは同じアンジュルムの

橋迫鈴さんに演じてほしいというイメージ。


澤菜家の長女・(のん)のモデルは

もう少し話数進んでから、また改めて。


次回 第6話 六月の安穏時空

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