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なりんの援護くん  作者: なりた
3/20

第3話 澤菜家の1日と週末の晩餐会

前回のこりんと裕人に続き

今回は なりんの姉 澤菜穏(さわな・のん)が登場



 第三話 澤菜家の一日と週末の晩餐会


 次の朝 スマホを確かめると、援護くんからの書き込みも上がっていた。

「おはようございます 仕事中は携帯を見ないので 返信が遅れました」

「援護さん おはようございます!!お疲れ様です!

ご本楽しみです!」

 早速裕人が返事を返している。反応早いな!

 援護くん大好きボーイめ!

「皆おはよー 援護くん返信のタイミングは気にしないで出来る時でね」

 打ち込んでベッドから降りる。こりんはまだ寝てるかな。それとも朝練だっけか?

 朝は一旦祖父の様子を見にゆく。大抵母が

先に起きて見てくれているが、いつも早起きできるわけではない。

「おじいちゃん、おはよう。」

「おう。」

「おトイレ行く?」

「うんにゃ。」

「そう。いま朝ごはんね。」

 今朝は母が先に済ませてくれていたらしい。

 今は朝食の準備をしていることだろう。

 いつも通りの朝だ。只、少し絆が増えた。

 なりんという呼び名も増えた。こんな風に

いい事ばかりが増えてゆけばいいのに。

「お母さんおはよう。」

「おはよう。できてるから食べて、遅れないようにね。」

 母は自分の朝食をさっとすませて祖父の朝食の世話をし、その後は祖父のベッドの傍で仮眠をとる。

その間に凜は食事と準備を済ませて登校し、母は昼食の時間前後で家事を済ませる。

 祖父の介護と仮眠とをうたたねでこなすうちに凜が下校してくるので、介護と付き添いを交代して母はパートに出る。

 ヘルパーや入浴介護は凜の時間に合わせている。

 凜の作業負担を減らすためだ。そうして

支援がある日は凜が立ち合い、無い日は凜自身が祖父の世話を直接担う。

 だいたい午後八時代に母は帰宅する。

 凜と祖父の夕食は母の昼の家事での作り置きが主だ。

 母の夕食時に凜が学校や介護の報告などで話し、家族、というか母娘のコミュニケーションの時間となる。

 援護くんこと圭吾が加わったのは、この中で支援の時間の一端に過ぎない。

 支援のない日が減って、凜の負担も減った。 だがそれだけではない。凜は援護くんに

介護士やヘルパーの人々よりも近い心の距離で接している。

 支援の人々の矢印は当然介護の必要な祖父に向いているが、援護くんが援護したいのは祖父とヤングケアラーである凜の双方なのだ。

 そして、凜も孤独な身の上を打ち明けた圭吾と支えあう、互いにとっての誇りであろうとしている。

 援護くんの援護で自身がより自由を謳歌し

立派に成長してみせることが、互いにとっての誠実な成果になると凜は理解している。


 無駄にできる時間なんてないな。私は思い切り楽しんで、学んで、援護くんの期待と願いに応えなきゃ。

 お母さんも助けてくれている。お爺ちゃんだって考えてくれている。

 皆の援護を受けている私は、青春のフォワードだ。


 その晩。

「凜、今度の週末お父さん帰れるって。」

「おー。」

「それでね、一度生身でも圭吾くんとお互い会わせておきたいから」

 父も援護くんとは彼と姉が小学生の頃以来になる。

「生身でも」というのは電話とTV電話で

一度紹介を済ませているからだ。

 父も丁寧で親身な圭吾少年を思い出すと

彼の介護手伝いに異存を挟まなかった。

「圭吾くんにもどうにか時間を合わせてもらって、夕食会にしたいのよ。できれば

のんにもタイミング合わせてもらって」


 澤菜穏。凜の姉で援護くんこと遠藤圭吾と

澤菜家との縁のきっかけとなった最初の一人。

 短大を卒業して今はそのまま都内で就職し

ひとり暮らしのOL勤めを続けている。

 祖父直樹の要介護状態が始まっても、多忙を理由になかなか帰ってこない。

 毎週末とまではいかなくとも帰宅と介護を

心がけている父とも差がある。


「あたしは普通に家にいるよ。」

 現状、この家で凜がいちばんブッキングが無い。

「うん。でね、あんたからも皆に食事会

ちゃんと言い含めて欲しいのよ。皆勝手で

自分はちょっと都合合わないとかすぐ言うから」

「あたしが言ったら状況変わるの?」

「末っ子パワーてのは侮れないのよ?それに

ふたりとも介護では凜に借りも負い目もあるんだから、よーくつけ込んでちょうだい。」

 そんなパワーがあるんなら、先ず介護を手伝ってほしいものだが。

「電話すればいいの?」

「お父さんと穏にはね。圭吾くんには、今度

来る日に直接言ってちょうだい。」

「ん。分かった。」

 援護くんへの電話は確かにしづらい。

 大概すぐには出ないし、いつかけたら繋がるのかもよく分からないままだ。

 実際援護くんて、そんなにいつでも働いてるのかな。からだ壊さなきゃいいけど。

 一方姉にもそんなに電話したことはない。

 直接会えば会話も普通にするのだが、電話をわざわざ掛け合うようなこともない。

 こっちからかけるのかぁ、援護くんに会いに来いって。

 やだなぁ。

 凜としては小さい姉のものだったポジションを今

自分が大いに満喫しているわけだが。おさがりをまた奪い返すような姉ではない、と言い切れるほどの根拠もない。

 こりんが言っていた、姉と援護くんとのゴールインもあり得ると。

 ん?それはいやなことなのか?

 そうなれば本当に援護くんが凜の兄、義兄になると

これもこりんが言っていたことだ。

 それがいやなら、じゃああたしが援護くんと、その、恋がしたいのか!?

 そんなんじゃないんだけどなあ…、たぶん。

 たぶんだって。援護くんもたぶんって言ってたなぁ。こういう時はたぶんなんだな。


 たぶんで姉を押しのけるのは人としてよくない。よし、姉には電話しよう。…、

 メッセージにしとこうかなぁ。

 駄目か。お母さんからは、言質をとっとけくらいの強さで指令が出ている。うん、

電話するぞ。近いうちに。先ずお父さんからかな。出来るところから先に済ませてゆこう。


「もしもしお父さん?」

「おう、凜か!どうした。」

「今度の週末帰って来れるんでしょ?お母さんがね、援護く…、遠藤さんの紹介も兼ねて

皆で食事会にしたいから、他に予定いれないでねって。」

「おう。聞いてるぞ。嬉しいね。圭吾君は

いける口になってるのかな。」

「ん~それは聞いたことないな。どうなんだろね。」

「穏は呑めるけど呑まんみたいな事言ってるな」

「お姉ちゃんにもう連絡したの?」

「おう。合わせて帰ってくるってさ。圭吾くんがせっかくまたこうして家に通ってくれてるんだから、

あいつが会わんままなのも失礼だしな、母さんに話されてから早速念押しに

電話してみたらふたつ返事だったよ。

 なら早く会えってんだよなあ。」

 二つ返事なの?お父さんの感覚だから、

話半分かなぁ。

「早くったって、援護くんが家に来てくれるように決まったの、ついこの前だよ?」

 ともあれ、パパナイス!

 姉に電話するのが気が重かった凜としては

確約がとれてるならそれでいいんじゃないかな、と

いう心持ちになっていた。

「そうか。あとは圭吾くんがご都合つくかだよなあ。」

「うん。すぐメール送るし明日直接話しても

みるけど。そんな急にシフト動かせないよね。」

「そん時はまぁ水入らずだ。父さんも週末しか戻れないから、圭吾くんの都合待ちになるな。」

「早く集まれるといいね。」

「意外に一発でクリアもあるかもだからな、

凜からも話してみてくれ。」

「うん分かった。それじゃ週末ね。」

「おう。凜、元気にやってるか?」

「うん。援、どうさんも本当にすっごくいいひとだし。お爺ちゃんも調子変わらないし。

 目下万事問題なしだよ。」

「高校もどうだ。いじめとかないか?」

「無いよ。友達もいるし。今度直接話そ?」

「おう。それじゃまたな。」

「うん。またね。」

 そこで通話を終了し、ひと息つく。

 久々のお姉ちゃんとは電話なしの、当日ぶっつけで直か。

 あれ?私もしや、お姉ちゃん苦手か?

 今まで考えたことなかったかな。いや、

そんな事ない。

あたしお姉ちゃん苦手なんだ。

でも今回は援護くん絡みの、特に特別な事情になってるな。

 お姉ちゃんが全然介護代わってくれないのもそりゃ納得いってないけど、

その状況があったからあたしが援護くんに話しかけてもらえたんだし。

 これもしお姉ちゃんが介護と立ち合い引き受けてたら

援護くんとお姉ちゃんが直接再会してて、

あたしカヤの外だったな。

 援護くんも遠藤さんのまんまだし。

 つまりあれだ、お姉ちゃんは今の、あの

お姉ちゃんのままでいいんだ。


とにかく。援護くんに話すんだ。

 お父さんも会いたがってるし、それから

お姉ちゃんもふたつ返事?で援護くんに会いにくることも。

 そして、オッケーが返ってきたら。

 みんなで晩ご飯食べよう。

 一応の一区切りまでこぎつけて、なりんは

健やかな就寝へと向かった。


「ふうん、よかったじゃん。家族集合でご飯食べるんだ。」

 順調な高校生活。こうして親友こりんとも話が出来ている。

「うん。」

 普通の家族なら当たり前だろうか。

 子どもがもう高校生ともなれば、案外皆ドライにバラバラだったりするんじゃないのか。

「援護くんもさあ、なんかこうお見合い?

てか、彼女ん家にお呼ばれポジションって感じなんじゃないのか、それ。」

「お呼ばれも何も、てか彼女って。」

「うん。結局どっちなんだ、お姉さんとあんたのどっちが援護くんと付き合うんだ?」

「そんな話は全然出てないし、してないから。」

「いいんじゃない? 歳の差。あるよ、世間にぜんぜん。」

「そんなつもりはないよ、お互い。」

「援護くんも?じゃあお姉さんか。」

「またこんな話になってる。好きだねえほんとに。」

「そりゃ普通にそういう解釈になるって。

 てかいいの?本当にそれで。」

「何よ。」

「仮にだよ。お姉さんがさ、うまくいけばいいよ?あんたは援護くんがお兄ちゃんになって、圭吾お兄ちゃんの妹だよ?でもさ。」

「でも?」

「破局しちゃったら?お姉さんと援護くんが。


あんたとの縁もそこまでになるんだよ?」

 …。そうか。あたしのもやもやはそこか。

 鋭いな、こりん。

「そん時はさ、今度こそあんたがくっつくの?

そうなっちゃったらもう、それくらいしかないよ?逆に。

 お姉さんはめっちゃ立場ないかもだけど。」

「…」

 なんか返事を返そうとして、何を言ったらいいのか分からなくなった。そもそも仮定ばかりの話だ。そんな先走って、どうする。

「いや、そんな怖い顔すんなよ。まだなんも

確定してないんだからさ。」

「怖い顔してた?あたし。」

「うん。なんかおいしいもん喰った時とおんなじ顔してた。」

「そりゃ相当だな、っておい!」

「いやぜんっぜん冗談じゃないから。

マジ深刻だから。ほんと。」

 これもなりんの癖のひとつだ。美味しいと感じると眉根が寄り、含んだ口がへの字になる。

 湧き上がる喜びと感動を噛み締めるし、

とにかく真剣に美味を味わいたいのだ。

「お食事会するんならさ、そこも気をつけな?

てかもしや君んち皆そうか?パパとママどっちの遺伝だ?」

 そういえばあたしだけかも。これは気をつけよ。

 てか、どうすりゃいいんだそんなの。


 そんなふうになりんがみっちりこりんにからかわれているところに、何処からか教室に帰ってきた裕人が話しかけた。

「なりんさん、援護さん次はいつ来られるんでしたっけ。」

 教室でちゃん付けはさすがに抵抗あるか。

「百合に割って入るとはいい度胸だな。てか

いきなり援護くんか?バラか?お前はBaLaなのか?」

 こりんが迎え撃つように畳みかける。

 百合とかバラとか花屋か。てか誰が百合だ、

 素直に君らでくっつけ。

「僕らはそういうんじゃないっ!僕と援護さんとは、信頼関係だ!」

 裕人くん意味通じるんだ。てか僕らってなんだよ。私を差し置いて。それに、

「おまえ信頼関係っていうほど援護くんに信頼されてないぞ?」

 うわ、言った!言いよったよ、こりん。

 それは私も思ったけどっ!

「それはこれから構築していくんだよ。現に援護さんは僕に本を貸してくれるんだし。」

 うわ裕人くんもまたもや折れないな!

「それで、僕は自分で読んで確かめてから

図書室に発注かけて同じ本を数冊揃えてもらう予定でいるんだ。いま図書委員に交渉してきたところだよ。」

 発注?数冊も一度に?

「交渉って今の時点でどう交渉すんだよ。」

「生徒が図書室に本の購入を要請できる制度があることは知ってたんだけど、僕も自分で

利用したことはないからね。先ずやり方を

聞いてきた。」

「そういうのは交渉とは言わねえだろ。」

 こりん、ほんと言いたいところを言ってくれるよね。そういうとこ私は楽ちん。

 実際このふたりは、他の同級生からは

こりんがやたら喋って、寡黙ななりんが横で

うんうん頷いているコンビ、と認識されている。

「だから早く本を借りて、早く読んで、図書委員にも情報を渡さないと。申請も早いに越したことはないんだよ。」

 裕人はなりんに向き合い

「援護さんはいつ来られるんです?」

と、改めて問いかけた。

 それはねえ…。

 なりんは時々ちょっとわるいこになってみる時がある。

「今週末にはお食事会に呼ぶ予定だよ。まだ

どうなるか分からないけど。」

「本当ですか!?じゃあ日曜日に取りに行っていいですか?」

「うちに?」

「ハイ!」

「だめ。ダンシひとりじゃあたしの世間体にかかわる。」

「じゃあこりんちゃん、一緒に」

「あ~あたし練習試合行ってくるから。日曜あいてないわ。」

「えぇ~!?じゃあ月曜までお預けですか?」 裕人が大いに嘆く。

 駄目だよ。きみに貸す前に私が急いで読むんだから。 

 さあ読破の時間は確保した!(たぶん)

 あとは援護くんに食事会の念押しだ。


 ちなみになりんのこの嘘は、例えば

SNSで援護くんが

「次回〇日お願いしますね。」といった具合に不測の書き込みでもしたりがあれば

すぐに破綻するものだが、幸い?そうはならなかったし なりんもその点に気付いていないのでそのままだ。

 嘘はつかない方がいい。道徳的にも利害的にも、それが合理だ。


「なりんちゃん、先日お話した本です。裕人くんに渡して頂けますか?」

 たくさんの付箋が挟まれた新書がなりんに渡された。

 表紙には「ヤングケアラー」と、

そのものずばりなシンプルなタイトルだ。

 この量なら読み切れるかな。開いてみたいが、お先に拝借する件は援護くんにも言ってないし一旦我慢だ。

「うん。確かにお預かりしました!それで援護くん、土曜日なんだけど」

「御食事会ですね。調整はしています。まだ突発的にどうなるかは分からないのですが。」

「そこはなんとかお願いしたいけど。お母さんにも念押されてるし。」

「なんとかなると思います。僕もお父さまと

お姉さんに会いたいですし。」

 援護くんの懐かしい女の子。それが

お姉ちゃん。

 援護くんはなんて呼んでたんだろう。今は

私を中心に据えてお父さんとお姉さん、て

そう呼んでくれているけど。

「お食事会って言っても家でだから、遅れても来てくれたら。」

「はい。楽しみです。」

 援護くんの受け答えはいつも丁寧で柔らかだ。それが人として当然のことなのだろうが、なかなか誰にでも期待できる事ではない。

 私、それで援護くんと話していたいのかな。私の周りって皆率直過ぎるんだよ。私もだし。

 でも援護くんだってイエスノーはかなり率直だよな。どう違うんだろ。

 話し方かな。それに援護くんて声いいよね。 そうだ、見栄えはパリっとしたひとではないけど、援護くんは声も話し方も素敵だ。

 これ援護くんのイケてるポイントだな。

 一方 なりんは内心の声こそ辛辣だが、口に出さないので自分で思うほどには人に

辛辣な印象は持たれていない。

 寡黙な祖父に似たのか寡黙な孫娘なのだ。

 そうして静かで心豊かな介護の時間が流れてゆく。

 本も気になるがやはりなりんは先に宿題を開く。

 高校の勉強 これだって援護くんが然るべき時に手に入れられなかったかけがえのないもの。

そう理解してからはこれまでになく身が入る。

 今からだって学べるとも言えるが、いま援護くんが学んでいるのはプロの介護士になるための実践と座学であって

そしてそれらも本来義務教育レベルの習得と理解は前提としているものだろう。

 しかし援護くんは中学校にもきちんと通えていないから、その都度掘り起こすように基礎から学び返す概念などもたくさんあるはずだ。

 それらの事実を突き合わせると、援護くんの尋常じゃない努力の日常が自ずと浮かんでくる。

 電話一本なかなか通じないのも、不自然ではない。

 しかし、澤菜家での援護くんは。

 彼は介護対象の直樹の動向をそれとなく気配取りつつ、穏やかなまなざしをなりんの姿に向けている。

高校の学習のノートを開くなりんの隣で、自分も書籍などを開くこともない。

「援護くんも自分のお勉強していいよ?」

 なりんが声をかけてみると

「ありがとうございます。でもそれでは介護で見落としが起きそうで、落ち着かなくて。

どちらつかずになりそうなので、ここではこうさせてください。」

 それを聞いてなりんは、見られてたら恥ずかしいな、とは言わない。

 そこまで言ってしまったら、きっと援護くんは

「そうでしたか。」と頷いて、きっとそれきり本当になりんを見てくれなくなってしまう。

 そんなのいや。寂しい。いいよ援護くん、

宿題する私を観てて。私がさぼったり気を散らしたりしてしまわないように。ずっとあたしを観てて。お爺ちゃんを気にしつつ。

 それでも、できるだけ自然な流れのふりをして、なりんはつい援護くんに聞いてみてしまう。

「援護くん、私見てて楽しい?」

「はい。宿題をするところも、自分できちんと過ごせるかたも、僕にはなかなか観られない光景です。

 僕は、なりんちゃんが高校生をしっかり務めておられる姿を観る事が、自分のことのように嬉しくて、とても楽しいんです。

 ご迷惑でしたら、そちらを見ないように努めます。」

「ううん、いいの。私でよければ、うんと観て。」

 援護くんなら、決して変な風には捉えない。

 そう強く思えるから、ここまで直球で伝えられる。

「すみません。拝見します。」

 心底の幸せを噛み締めるような、それでいて

こちらに負担を与えない柔らかな笑みで、

援護くんがそう告げる。ああ、

気持ちのいい率直さだな。世の中の皆がみんなこんなやり取りがし合えたらいいのに。

 いや、そうじゃないから、援護くんは特別なんだ。

 援護くん、私たちはきっと恋じゃないけど。

それでも貴方は、今の私の最高の宝ものだよ。

 お姉ちゃんに再会しても、その先でもきっとあたしを観てね。いいよね、だって恋じゃないんだから。

 援護くんが誰と素敵な恋をしても、その先でまだ私を援護してくれても、きっとそこに

浮気も裏切りもないよね。

 ずるいかな。そんな解釈。

 そんなこと、決してないよね。


「でも援護くん、お勉強も大変でしょ。お仕事もしてて。」

「はい、大変です。漢字だってそれなりに読めるつもりでいましたが、音読が違ってることがよくあります。

計量など理科や数学の基礎も必要な知識もあって、その都度自分が何を知らないのかを把握するところからになります。」

 やっぱりそうなんだよね。でも把握とか色々言葉知ってるじゃん。

 援護くん、もしもこんな人生じゃなかったら

今頃学者さんやお医者さんくらいに成れてるんじゃないのかな。

 実際にどうかは知れないが、なりんにとっての援護くんは、それほどの英雄で秀才だ。

 あるいはなりんも、援護くんとなった圭吾にとって

今や大切なお姫さまであろうか。

 ふたりが求めあうのであれば さぞ熱烈な

恋となるのであろうか。


 母が帰宅し援護くんが帰ってからなりんは早速援護くんの本を開いた。 

「はじめに」で始まる前書きから、平易な言葉遣いの文章で とても読みやすい。

 構えていたなりんはやや拍子抜けした。

 著者は女性で、イギリスに始まるヤングケアラーという概念をまさにこの本を通じて初めて日本に紹介し広めようとする人物だ。

 真摯で、謙虚で、且つ果敢に実態に関わり

まだ歴史の浅いこの言葉と考え方を伝えようとしている。

 なるほど、確かにこの本なら裕人くんの知りたがるような経緯と現状も一通りきちんと伝わるだろう。

 この本を貸す援護くんも、既に学校の図書室に揃えようと手配の準備を始めている裕人くんも、

とても芯を捉えている。

 信頼関係、か…。そうかもね。男同士、

通じているのかもね。

 ちょっとねこばばみたいに先に読んでいる自分を、

なりんはちょっとだけ恥じた。これは急いで

この本を裕人くんに渡すべきだ。そうでなければ仁義が立たない。だから、

 急いで一気に読んじゃおう。

 結局ちゃっかりしているなりんだが、

なりんなりに誠実に急いで読んだ。すぐには

噛み砕けない箇所は、改めてあとでまた借りて読み直そう。

 とにかく一度通読してしまえ。

 高校生の恐るべき集中力と体力で、なりんは一晩のうちに…、というわけにもいかず

育ち盛りの眠気が勝って今宵のなりんは

あえなく読破叶わず寝落ちした。

 いいんだ、なりん。おやすみ。早く読み切れるといいね。

 健闘を祈る。


 次の朝は、それでも夜更かしが効いて

寝坊をしてしまい、なりんは危うく遅刻しかけた。

 朝食も食べ損ねて午前中は随分と切ない思いもした。

 昼食の購買パンにやっとありついて、

なりんは例のコワい表情で食べ慣れた味のありがたみを

切実に噛み締めた。

「どうした?余裕ないな。」

 あきれた顔でこりんが尋ねる。

「ちょっとバチが当たったのよ。」

 なりんなりの解釈だ。

「意味わかんねえ。まあ、パン喰えてよかったな。おにぎり分けてやろうか。」

 からかったつもりが即座に無言の手が伸びてきて、

こりんは慌てておにぎりをふたつに割る。

「分けてやるんだからな、まるごとじゃねえぞ!心して味わえ。」

「ありがとう、こりん。友情っていいね。」

 早速割り口から齧っているなりん。

「喰うかノベるかどっちかにしろ。ぅわ米粒が飛ぶ!」

 珍しくこりんの方が押され気味だ。ともあれ、

今日も仲良しでなにより。


 裕人のいる学校で読むわけにいかないので、

なりんは今日も飛んで帰る。今日は援護くんも正規の介護士さんたちもいないなりんだけの日だ。

宿題はなるべく校内にいるうちに内職で済ませてしまい、残るぶんも祖父のベッドの傍らで早々に片付け

なりんは読破の続きにかかった。内容はヤングケアラーへの直接の支援そのものよりも 如何に潜在的な

ヤングケアラーたちを見つけ出し 心を開かせて相談に乗ったり、同じ立場の少年少女たち同士の交流の機会を作って孤立を防ぐか

という話が多く感じた。

 援護くんに支えられる自分は恵まれているのであって、ヤングケアラーたちの責任と立場は大きくは変えられない現状がある。

ボランティアと行政とで介護支援をするにしても家族であるケアラーたちが全ての作業や拘束から解放されるわけではない。

交流の場に足を運ばせるにしろ、他の家族や地域社会によく通じ合って、そのための時間を確保するところから始めねばならない。

 週に1、2度のこの時間は交流とレクの機会として確保させること

そこまでが現状での対策のかたちであるようだ。

だがこの活動がなければ、深刻な環境にいるヤングケアラーたちは通学も学習もままならないまま、

学校にも担任教師にも理解を得られず不登校で不学習な問題児童として扱われ

懲罰や退学の憂き目にあっていた経緯があったという。

 地域の行政にも教育にも見捨てられ、見ない振りをされていた援護くんこそ

まさにヤングケアラーだったひとだ。

あたしは放課後に限定されているし、夜も眠れている。

援護くんはいずれ、あたしとは比べ物にならない試練の中にいる子どもたちの元へと

駆けつけるのだろう。今はまだ、援護くんがプロの介護士になるより前のチュートリアルだから、

こんな私のそばにもいてくれるのだ。

 なりんは唇を噛み締めた。

いつまで一緒にいられるか分からないけど、この限られた援護くんとの時間を大切にしよう。

でも、出来ることなら。

ずっと近くにいたいな…。


さて土曜日、澤菜家食事会当日。

普段散り散りの澤菜家が一同に会する、

特別な日。そのきっかけが援護くんこと

遠藤圭吾。介護士の卵である彼は澤菜家の次女・凜ことなりんの援護くんであり、かつて

長女穏のんの幼い日々の兄のような存在・圭吾くんであった献身的な青年だ。青年、というには幾分大人かもしれないが

それはさておき。

 高校生の凜が帰宅すると、普段単身赴任で家にいない父と今日はパートを休みにしている母紀子

そしてシフトの調整に成功した援護くんが揃っていた。父は援護くんと実に楽しそうに話している。どうやらお酒は入っていないようだ。

 母の話によると援護くんは飲酒をせず、父は食事会が始まってから呑むことにしたそうだ。祖父直樹はまだベッドで、皆揃ったら父か援護くんが迎えに行き、

今日は食卓で共に席に着く。

 なりんが帰ってきたので、あとは長女の穏だけだ。

「もうほとんど着いてる筈なんだけどね。どこにいるんだか」

 娘の性分を知る母紀子は心配は特にしていないようだ。

「電話は?」

「ちょっと前から出ないのよ。そろそろあんたにかけてくる頃よ、凜。」

 あたし?

 そこでスマホが振動し、画面には

「お姉ちゃん」の文字が。母、凄ごっ。

「もしもし、お姉ちゃん?」

「凜、久しぶり。もう家帰ってる?」

「うん。」

「圭吾くんいる?」

「いるよ。」

「やだーどうしよお。あぁ~もお踏ん切りつかない。」

「お姉ちゃん今どこにいるの?」

「どこってかさあ、帰ろうかなあもう。」

 帰ろうかなあって貴女のご実家はこちらですが。

 そこで母に手招きされ、凜はスマホを持ったまま玄関まで着いて行った。

ふたりで靴を履き、母が無言で戸を開け

辺りを見回すと、二件先の電柱の裏に…

いた。姉だ。

「凜、GO!!」

 母にそう命じられるとスマホを渡し脇をすり抜けて名犬のようにダッシュする凜。

あっという間に電柱に到達し姉の肘を取り

「確保ー!!」

 姉のスマホに叫ぶと母から通話が返ってくる。

「連行!」

「ラジャー!」

「えーやだほんと覚悟が決まらない!ねえ

待ってほんと無理、むりだから」

「穏、今家に入らないならもうれないよ!」

 母の通話が飛ぶ。その間にも凜は姉の腕をとって家のほうへ確実に引きずっている。

「お姉ちゃん、会わないならいいよ。私が今援護くんのお世話になってるんだから!」

「え?」

 妹の発言が意外だったのか、真顔で姉が顔を覗き込んでくる。

「えんごくんって圭吾くんのこと?」

「そうよ。援護くんは今なりんの援護くんなんだから。」

 いつかの夜に観た夢のようだが、状況は幾分か違う。

「お姉ちゃんひとりで帰りなよ!それがいいじゃない。」

「…」

 むっと唇を引き結んだ姉穏のん、腕を振りほどくと自ら澤菜家の門へ歩いてゆく。

 そのあとを付いてゆく次女凜ことなりん。

 余計に焚き付けちゃったかなあ。いいや、どうせ一度は決着をつける事だ。

 なんの決着なんだか、とにかく澤菜家はここに勢揃いが叶うようだ。


 玄関で母紀子が迎える。

「お母さん、ただいま。」

「お帰り。パパもお祖父ちゃんも圭吾くんも待ってるよ。」

 優しく伝えて自身より先に長女を入れ、

次に次女凜にスマホを返して

「任務ご苦労!」

と労い称える。

 母に敬礼を返して見せる凜。


 女性陣3人が居間に入ると父と圭吾が座して迎えた。

まだ祖父は部屋から連れてきてないようだ。

「おう、穏。お帰り。」

 笑顔で父が迎える。

「ただいま。お帰り、お父さん。」

 続いていよいよ。

「圭吾くん。」

 立っている穏を見上げ、やさしく頷く援護くん…、圭吾。

「うがい手洗いしてくるね。」

 そういうとそのまま洗面所へ向かう穏。

その背を見送る一同

「懐かしい…懐かしい約束です。」

 感慨深げに圭吾が口を開く。

「家に着いたらうがいして手を洗う。毎日の約束だったんです。」

 こころなし圭吾の目が潤んでいるように見える。

母も手で口の辺りを抑え、父も得心の様子で深く頷く。

凜は。疎外感というほどでもないが、

なんかこう、なんかなあ。

 ちょっとふくれたい気持ちもあったが、

辛うじて顔には出さないで、…出てなかったろうか?

 母が凜を台所に促し、皿と料理を運ぶ手伝いをさせる。

ほどなく居間に戻ってきた穏、すとんと

圭吾の隣に圭吾向きに正座した。

「!?」

 圭吾も即座に穏に正対し、あぐらの膝を

正座になおそうとすると その膝に穏の手が置かれ

「そのままで。」

 囁くように穏が制する。

てか早く手をどかせ、いつまで置いているんだっ!

正座から圭吾の膝に手を置いた前傾姿勢で、

穏があざとく切なげに圭吾の顔を見上げる。

「圭吾くん、」

 ちょっと反り気味に背筋を伸ばし、

それでも目は逸らせずに合わせている圭吾。

 絵に描いたような押され気味、だ。

「お帰り、圭吾くん!」

 そのまま圭吾の腹の辺りに組みつく穏。

まるでこれはタックルだ。

後ろに片手を突き、もう片手で穏を制する圭吾。

「穏さん、落ち着いて、一旦離れよう。」

「やだ!そんなのが一言めなんてひどい!」

「あっ、お帰りなさい、穏さん、ただいま。」

「穏!離れなさい!」

 母が諫め、父は固まっている。

凜も一旦皿を置いて参戦する。

お尻を向けている姉の腰を両手で掴み、

「離れなさいよ!お姉ちゃん!」

「圭吾くん、のんのんだよ!会いたかった!」

「ぼ、僕もです、お元気そうでなによりです!!!」

 片手でやんわり且つ必死に穏の肩を押し戻しつつ、圭吾が律儀に会話を返す。

「圭吾くん、敬語くんのまんまだね、あの頃のまんまの敬語くんだねっ」

 あっ、そうなんだ。援護くんは今なりんの援護くんだけど、

昔はのんのんの敬語くん 、だったんだ。

そんな事を想いつつ、姉のウエストを引っ張るなりん。

 なんだこの状況は。何か起こるとは思っていたけど、こんな風だとは思わなかった。

あたしと援護くんとの時間は、もっとこう静謐で、真摯で、和やかでなくてはならない。

離れなさいよこの俗物めっ

アニメから拝借した悪態を思い浮かべつつ凜はちょっと情けなかった。それにしても、

あたしはやはり今まで姉という人物に対して興味が薄かったようだ。

 こんな感じなんだ!?お姉ちゃん。本当に考えてもみなかった。

甘えん坊だとは思ってたよ、お母さんもお父さんもいつも姉妹で取り合いになってたし。

わがままだって事も知ってたよ、あんまり妹のわたしに譲ってくれてた思い出とかないし。

でもここまでパワフルなの!?だったらさっき家にも入れないでモジモジしてたのはなんなのよ!?

今日まで忙しいとかなんとかいろいろ言って帰ってこようともしてなかったじゃない!?

 そこで母が横から人差し指を伸ばし、穏の耳の裏を下から上にすっと撫でた。

「ひゃあっ!?」

 姉の力が一気に抜け、その機に凜が一気に姉を引き剥がした。

「うわあ!?」

 姉妹ふたりで後ろに吹っ飛び、凜が穏を抱っこした姿勢で仰向けに転がる。

ああ、あたしは脇だけど、お姉ちゃんは耳の後ろなんだ。

覚えとこ。こんなしょうもない心得、

覚えさせられるだけでもいまいましいんだけど。


「ふたりとも、大丈夫か!?][大丈夫ですか!?」

 語尾だけずれて、父と圭吾が確認に駆け寄る。

「ん、大丈夫。どこも打ってないよ。」

 凜が応える。

「離してっ」

 穏が凜の上で凜の両腕を振りほどこうとする。

「離さないっなんなのよケダモノ!」

 姉のウエストに両手をまわし、両足まで絡めて抑えにかかる凜。

「けいごくんだよ!?くっつくに決まってんじゃん!」

 姉と凜とで、どっちがくっつくんだ?

そんな事をこりんが聞いてきたっけ。

先にくっつきに行ったのはお姉ちゃんでした。

お見逸れしたよ、こりん。

「落ち着け、ふたりとも。圭吾くん、父を迎えに行ってくれ。

 なるべくゆっくりと、落ち着いてな。」

父がその場の指揮をとる。

「は、はい。分かりました。」

 父の意を汲んでその場を離れる圭吾。

 澤菜家の祖父直樹の居室へ向かう。

「母さん、食事会にしよう、皆揃ったし。

 我が自慢の愛娘たちよ、母を手伝え。立て!」

 父は別に普段関白でも高圧的でもない。

状況がこうでなければ、自分でも率先して

準備に動いていただろう。

 なんだか自分も一緒におこられたようで、

非常に納得のいかないなりんだが。

 その隣でむくれたような顔で立ちあがる姉を観て、

いよいよ理不尽さに首をひねる。

 なんであんたがむくれるんだ。


 台所で配膳の準備に並ぶ姉妹。

なんで援護くんならくっつくのが当たり前なんだ?まさかとは思うが、小さい頃のふたりには何かやましい秘密の習慣が!?

「焦ったでしょ。」

 !?

「言っとくけど圭吾くんはね、女の子が懐いてくるからって好意につけこんでヘンなことするような卑劣なひとじゃないよ?」

「あたしをからかいたかったの?お姉ちゃん。」

「あんたはダシよ。あたしが圭吾くんにくっついてみたかったの。」

「それ、援護くんのこともからかった事に

なるんじゃないの?」

「あたしは本気だもん。本気で圭吾くんにくっつきたくてくっついたの。」

 くっつくくっつくってあぁああもう!

「…援護くんと付き合う気なの?」

「それはこれから。あたしがこの先どうしたいのか、自分で見極めるためにも、これは必要なプロセスだったの。」

 もっともらしいような言い回しを。

ほぼほぼ思いつきと衝動だけで動いたんでしょう?

もう少し何か言いたかったが、そこで

「あんた達、お皿運んでね。」

 やや厳しめな眼差しと口調で、母が娘たちを促す。

母も父も特に姉を説教したりはしない。

 我がままなだけのようでしたたかなこの長女は、みんな分かった上で行動したり、

しないでおいたりするようなところがある。

つまり説教では不毛で、もう少し違う視点からの駆け引きが必要なのだ。

援護くんとめぐり逢ってから、本当に

今まで見えてなかった新たな世界が増えた。

 なりんになって、凜の視界は拡がり、

凜の洞察は深みを増した。何より、それまで我関せずな主義だった凜の、他者への興味関心が増した。

 凜の他者への思い入れは この先もより広く深く、拡大してゆくのだろうか。


 あたしお姉ちゃんを侮ってたなあ。

十年以上のブランクがあっての再会なのに、

お姉ちゃんは援護くん、敬語くん?にどこまで甘えても大丈夫なのか その懐の深さ具合をしっかりと見極めていたんだ。

 援護くん慌ててたけど動揺で怯んだりはしてなかったし。援護くん側もお姉ちゃんなら

こんくらいもあるかって、さすがに読めはせずとも

「そう来たか。」くらいの心持ちだったのかな。

 あたし、どうも別格てわけでもないなぁ。 お姉ちゃんにはこんな好き放題をさせて

裕人くんには男同士のツーカーを見せられて。

でもね、誰が援護くんにいちばん大事にされるか、じゃないの。

だって援護くんは援護が必要な人のことならきっと助けてしまう人だから、

あたしが援護くんを大切にすることが大事なのよ。

絆だって、そこから始まって生まれてくるもののはず。

 お姉ちゃんがしてみせた事は、援護くんへの甘え方の誇示に過ぎない。そんなもの、私には二の次だから。

 あたしは、援護くんと助け合ってみせる。

これはお姉ちゃんには出来ないことよ。

それができるなら、先ずそれをして見せたはずだもの。

だから私、負けない。

援護くんのなりんは、援護くんの味方だよ。 誰よりも。


援護くんこと圭吾が、父の要望通りになるべくゆっくり丁寧に澤菜家の祖父直樹翁を

食事会の食卓へと介助してくるまでに凜はなりんとしてそこまで結論を導き出していた。

 そしてその成果をわざわざ姉に告げたりもしない。

 凜の寡黙にもまた 戦略と凄みとが備わっている。

 平凡な澤菜家の、平凡な一人ひとりは平凡なままで皆 日々を生きる豪傑なのだ。


「ええ、皆、久しぶりだ。」

 父が立って挨拶を始める。グラスにはビール、なりんと援護くんだけはウーロン茶だ。

祖父直樹の手にも小ぶりなコップにビールが注がれている。

「現状、普段なかなか集まれない我が澤菜家が

今宵は久々に集結できた。」

 居間の円卓に人数分の座椅子 直樹の両脇に父と援護くん 父の隣に長女穏

穏の隣は母紀子 紀子の隣が次女凜ことなりんで

なりんは援護くんの隣をゲットした。

 穏は先ほどのやらかしで両隣をがっちりと両親に固められ監視下に置かれている。

 そんな状況でも

「お父さーん 圭吾くんの代わりに長女が

一緒に飲んであげるわよー。」

と調子がいい。

 実際父は援護くんとの一献を楽しみにしていたが

「すみません。いつでもすぐ介護に移れる状態でいないと落ち着かないんです。」

と援護くんがこれを丁寧に固辞した。

 なりんにしても自分以外の全員が酔う状況でなくて心強い。

 そうして皆にグラスと飲み物が行きわたってこうして父の挨拶に至っている。

「そのきっかけになったのが今宵の主賓、遠藤圭吾くん。

僕は君があの頃の優しさのままでこんな素敵な青年になって再会できたこと

そしてまたもや我々澤菜家のこんな頼もしい助けになってくれていることに

感謝の念と感激が絶えない。」

 恐縮です、といった感じに会釈する圭吾。

「圭吾くん、先程は飛んだ歓迎セレモニーも

披露してしまって、申し訳ない。お恥ずかしい限りだ。」

 いえ、と空いてるほうの手の平を振りつつ、

あでもアリと思われても困るな、て心理まで垣間見せる援護くん。

 穏はいわゆるてへぺろだ。世代め。

「だが!あんな風に行動には起こさずとも、澤菜家一同君を抱きしめたいくらいに歓迎する気持ちは同じだ。」

 言い切る父よ。でも次女も異存はないよ。

「我らが愛すべき遠藤圭吾くんの元に

我ら澤菜家はこうして絆を再確認することができた。

 この喜ばしい一夜を記念とし、ここに

万感の乾杯を共にしようではないか!」

 グラスをかざす家長・父。

 皆もグラスをあげる。直樹のコップには圭吾が手を添えている。

「乾杯!」

 父の宣言に一同が続く。

「乾杯!」

グラスが割れない程度に合わせられ、

それぞれが口に運ぶ。

 皆グラスを置き、パチパチと拍手があがる。 目を閉じ、感慨深げに頷く父。

「お父さん。素敵だったわよ。」

 心から称える妻紀子。

「もービールの泡ほぼないよー。」

 しゃあしゃあと茶々を入れる穏。

言い様とは裏腹に甲斐甲斐しく父のコップにビールを注ぎ足す。

 そんなやりとりを見守ってから凜は

援護くんと祖父に目を移すと、援護くんが僅かに減った祖父のコップにビールを丁寧に少量注ぎ足し、

祖父も満足げにそれを受けていた。

援護くんに介護されている当の直樹も、援護くんのことを気に入っている。それが

見て取れるので、凜ことなりんもとても嬉しい。

 祖父とて別に他の介護士さんやヘルパーさんに険があるわけではないが、それとは別に援護くんに他の家族たちと同様の思い入れがあるようだ。

「圭吾くん、ウーロン茶でいいの?」

 テーブルを挟んで穏がペットボトルを向け、援護くんが微笑んで頷きながらコップを差し出す。

 しまった、出遅れた。

 援護くんのグラスに穏のペットボトルからウーロン茶が注がれる。そういうところは姉は卒がない。

「あんたも、ほら。」

 ウーロン茶がこちらを向く。そうだった。あたしもウーロン組だ。

「…ありがと。」

 凜がグラスを差しだし、姉が注ぐ。

「凜、圭吾くんにまわして。」

 母が料理を取り分けた皿を凜に手渡す。

 祖父には、父が皿をすすめ、祖父が震える箸先をゆっくりと伸ばしている。

「援護くん、食べて。」

 母のパスで、両手で皿を差し出す凜。

「ありがとう。頂きます。」

 あの優しい声と柔らかい笑顔で、援護くんが皿を受け取る。

 ただそれだけのやりとりが、凜の胸をいっぱいに満たす。


ーあたし、恋をしてるのかな。

すごい嬉しくて、すごい切ないんだけど。


 それが恋であってもそうではなくても、

 援護くんとのこんなやりとりやこんなひとときが、

あたしはとても嬉しいんだって、いつまでも

覚えておこうって、なりんはそう思った。

援護くんこと圭吾を歓迎する澤菜家の宴は続く

次回第4話 「澤菜家の新体制」

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