第2話 なりんと援護くん
11/2 2023 第2話の変更
これまでうっかり推敲前の文章を掲載していた事に
気がついたので、
推敲後の文章にごっそり入れ替えました。(^▽^;)
援護くんの こりんと裕人への接し方が、より丁寧に
なっております。
それでも大筋は変わらないし、元のフランクな接し方も
捨てがたくはあるのですが。
これからもケアレスミスは続きそうですが、気づき次第
修正してまいります。
お気向きの際にでもどうぞご一読のほど
よろしくお願い申し上げます。
m(_ _)m (*^▽^*)/
第二話 なりんと援護くん
「へえ。この前の話の男、サワンナん家出入りすることになったんだ。」
教室でクラスメイトの金子鈴が面白そうに応じる。
かねこりん 凜と同じく、りんだ。
「うん。出入りはもうしてたけどね。」
圭吾はもとから入浴介助チームのひとりだ。
「1対1にもなるんだろ。これから。」
「ていうかお爺ちゃんがいるけどね。でも
うん…いざとなるとなんか緊張するねえ。
「なに怖いの?」
「ううん。怖いわけじゃないよ。いいひとだし絶対安心だしそこは問題ないんだけど。
ただなんかこう…、ほかのヘルパーさんなら
そんな緊張とかないんだけどさ。」
「なんだあれか乙女か。ときめいちゃうのか?」
「いやもっとこう…生き別れのお兄ちゃんが見つかった感じ?」
「知らんなあ、そんな感じは。」
確かに。そんな出来事にあう人はなかなかいない。
「でもさ、お姉ちゃんは元々懐いてたんだろ?運命の再会で一気にゴールイン!ともなれば
それって本当にお兄ちゃんが出来たことになるんじゃね?」
凜もそこは考えなくもなかったのだが。
「どうかなぁ。小学校の1年生の頃の話だし。
それにお母さんが遠藤さんのこと電話で知らせてもね、
会いたいけど今なかなか帰れないからよろしく伝えておいて、だって。そっけなくね?」
「本当に忙しいだけかもしんないじゃん。
会いたいけどって言ってたんでしょ?」
「もう彼氏とかいてそれで帰ってこないのかも。」
「そうなん?」
「いや知らんけど。」
「でもさ、あんただって帰り早くなってからさ、
みんなで彼氏でもできたんじゃね?て話しててさ、これもう公式見解みたいになってるよ?
でも実際は介護してただけなんだろ。」
なんだ公式見解って。怖っわ、学校の噂怖わ!
「だからお姉さんも彼氏なんていないかもでさ、そしたらもう運命のカウントダウン始まってる状態なんじゃねえの?ほんとにさ。」
面白がってるなぁ~。まあ確かにひとごとなら面白いかもだけどさ。
「よし決めた!今日来るんだろ?会わせて!」
なんだ唐突に!?
「え?うち来る気?」
「まだ遊びに行ったことないし。丁度いいじゃん。今日なら介護もその遠藤さんがやってくれるんだろ。
むしろこんな条件揃ってるときじゃないと遊びに行けないじゃん。」
「遊ぶったってさ、基本お爺ちゃんがいての介護の場だからね?そんなうるさくはできないよ。」
「しないってえ、小学生じゃないんだから。
じゃあさ、勉強会。勉強会の体でいこう。」
テイって言っちゃってる時点でもうな。
「宿題やりに行って、終わったら帰るから。」
リミット付きか?それならありかも。
「ただあたしもね、会ったこともないオトコとの密室に押しかけるのにオンナだけで、
てのも不用心だから。」
その密室ってあたしん家のことかよ。
そこで鈴は、前の席で聞き耳を立てている背中の襟首を、後ろからギュッと引っ掴んだ。
「ひっ!?」
学ランの男子が、前を向いたまま小さく悲鳴をあげる。
「おいユウト。お前も来い。」
たじろぎながら、高橋裕人が振り返る。
襟首は掴まれたままだ。
「行きたいだろ?サワンナん家。」
「い、いや僕は…。」
「来ねえの?」
「行く。」
え?高橋ってあたしん家来たいの!?
凜は、入学式以来ろくに口も聞いたことがないような高橋裕人が自分に興味あるらしい
という展開が意外だった。いや待てよ?
高橋のお望みは、鈴のお供をする方か?
鈴と高橋とは小学校だか幼稚園だか以来の
幼馴染らしい。高校からの付き合いの凜より
遥かに縁の深い仲だ。てか同じ高校の同じクラスにまでなっちゃってぇ。いや、それより今は。
「いや待ってそれってあたしにお伺いなしなの!?」
「怖いんだろ?今日会うオトコが。」
人聞きのわるい言い回しで鈴が攻める。
「いや怖くないし。」
「いいから会わせろよ。サワンナの未来のお義兄さんともなれば、あたしも挨拶しときたいじゃん。」
だから勝手にくっつけんなよ、ひとのアネと、…遠藤さんを。
「あの、怖いかたのようでしたら。僕おふたりの護衛をさせて頂きたいです。」
どんな聞きかじり方だよ。健気な申し出ではあるけど。てかキミさては、鈴の言いぶんしか耳に入ってねぇな!?
「だとよ。そういう事だから、あたし達に見守られなさい。」
にやりと告げる鈴、実に楽しそうだ。
「う~ん、そうだなぁ…。」
凜はしばし熟考した。遠藤さんがいて、
…勉強会かあ。うん。
「うん、ありかもしんない。あり寄り。」
「おっいいねぇ。じゃあ今日お邪魔すっから。」
「勉強会な。あくまで。真面目に宿題しような。」
「もっちろん。んで、その前にそのエンドゥさんにも色々話聞いてみたいんだけど。」
「遠藤さんが話してもいいと思うことだけな。
失礼とか無しな。」
「おぉ、話せないこととかもある感じなわけ?」
「んなもん誰だってあるだろ?失礼が無きゃ
いいんだよ。」
「オッケー。成立だな。」
い~い笑顔で歯を光らせる鈴。いい歯並びだ。
「それでは今日おじゃまします。どうぞよろしくお願いします。」
頭を下げる裕人。敬語キャラなのか?
でも遠藤さんずっと年上なんだから、みんな敬語であるべきだよな。むしろ。
母には携帯で連絡してある。今日ふたりの
クラスメイトが宿題会をやりにくる。ひとりは女子で、もうひとりは男子ィだ。
「お母さん、ただいま。」
「おじゃまします!」
ふたりの声が揃う。
「いらっしゃい。凜の母です。」
静かな微笑みで母紀子が出迎える。
「金子鈴です。」
「高橋裕人です。」
爽やかに会釈する高校生の男女。
「凜、遠藤さんもう見えてるわよ。私はもう出るわね。この前頂いたお菓子が残っているし、
それとお盆にお茶の準備も出来てるから自分たちで淹れて一緒にね。
それから。」
そこで一旦雰囲気を改めて
「分かると思うけど、静かにね。」
一応の念を押す。あくまで介護の場だ。
元気な高校生に元気にはしゃがれてはたまらない。
「はい。」
三人とも素直に頷く。
「じゃあ行ってきます。圭吾くん、よろしくね。あなたたちもきちんとね。」
奥に向けても声をかけ、高校生たちに最後の念押しを加えて、母はパートに出勤して行った。
「上がって。」
ふたりを祖父のベッドがある和室に案内する。この日の介護をするのは圭吾であっても、
被介護者の家族である凜がその場に立ち会う。
これは澤菜家も行政も譲れない一線だ。
凜と圭吾が笑顔で眼だけの挨拶を交わし、
先ずは祖父に先に公的な挨拶をする。
「お爺ちゃん、あたしのクラスメイト。金子鈴ちゃんと高橋裕人くん。」
「おう。」
相変わらずの、元のそっけなさだ。
この前話してみせたのは、その場のあたし達だけに見えた幻覚か?
「お邪魔します。」
会釈するふたりに対しても。
「おう、おう。」と、これだけ。
続いて圭吾にお互いが挨拶を交わす。
「初めまして。金子鈴です。」
「高橋裕人です。」
「初めまして。今日からこちらの澤菜さんの介護をさせて頂きます、遠藤圭吾です。」
「遠藤さん、早速賑やかですみません。」
凜が恐縮して頭を下げる。
「いえ、よい事だと思います。」
短く答えて、にっこり笑う。
彼の介護の日々に、一度でも友達が訪れたことは
あっただろうか。
いや、引っ越してからの日々に、友達が
できる機会なんてあり得たか。
「あの、遠藤さんて、毎日どのくらい介護なされているんですか?」
早速鈴が話しかける。好奇心に遠慮のない性分だ。
「そうですねえ、僕は基本、今は訪問入浴のチームの一員を担っていて。
大体一日に2,3件のお宅を周るのですが。他にも
介護施設にシフトを入れていて、その両方を組み合わせて。
まあまあ一日食事と移動と睡眠前の時間以外はどこかの現場で実務していますね。」
「うわあ…。」
3人が驚嘆する。
「お休みとかあるの?」
「週一では休ませてもらえるようにはしています。休日はシフト次第の不定期で、
大体寝たり洗濯したり資格のための自習をしたりしています。」
「不定期なんだ。」
「ここん家にはどのくらい来るの?」
「こちらには基本、凜さんがひとりになる日に僕の都合のつく日でお手伝いさせて頂くことになりました。
なるべく夕方のこの時間は開けられるように、同僚ともお互いに調整しあってます。」
「それじゃ、ますます不定期になっちゃうね。」
凜は少し引け目を感じた。
「いえ。こちらで皆さんにお会いできるのは嬉しいです。なんせ、仕事抜きの知り合いが
僕にはいないですから。」
「ここでも介護させちゃうね。」
「いいんです。凜さんのお力になれればこそですし。むしろ僕は、それが嬉しい。」
えっ!?…は!
真っ先に(まずい)という思いが頭をよぎり、いそいで鈴のほうを確かめると。
案の定、鈴はにたあと笑っていた。
その隣で、高橋は全然ピンと来ていないらしい。
うんうん。君はそれでいいよ。
「僕は、誰かに助けてもらいたかった。でもそれは叶わないまま、こうして大人になってしまいました。
僕も、今の凜さんと同様にヤングケアラーだったんです。」
いや、そこは同様じゃないじゃん。遠藤さんのほうが遥かに深刻だったじゃない。
「ヤングケアラー。」
鈴も裕人も、この言葉について一応の
ざっくりした説明は凜から聞いてはいる。
「だから僕は、今からでもかつての自分のような立場にいる子どもたちや若い子たちの力になりたい。そう思いました。
介護の仕事を選んだのも、これしかできないという事情もありますが、そういうモチベーションも別にあるんです。」
そうだったのか。遠藤さん、そんな想いもあったんだね。
いま遠藤さんが介護の仕事に就いているのは、
お爺ちゃんたち要介護者だけじゃなくて、
介護をする側の人たち、特に子どもたちを助けたい気持ちがあったんだ。
そして遠藤さんが私たちを手伝うことで救いたいのは、きっと当時の、子どもの頃の自分。
まさに、他人事ではない思いで。今の仕事を
しているんだ。
「凜さん。」
「はい!」
向き直られて、凜も姿勢を正す。
「僕との介護を求めてくれて、本当にありがとう。
これこそが、まさに僕の始めたかった事
そのものだったんです。」
真っ直ぐに語りかける遠藤圭吾。その瞳が、
柔らかに燃えている。
その優しい炎に照らされたのか それとも
暖められたのか、凜の頬が紅くなった。
「改めて、ぼくはきみの援護がしたい。」
「援助…!?」
「援助じゃない、決してない!やましい気持ちは、たぶんないんだ。」
「…たぶん…?」
すっかり動揺して、拾う箇所がいちいち
(そこ?)と自分につっこみ入れたくなる。
「なるほど~お!」
そこで鈴が感銘の声をあげた。
「これがサワンナの心をがっちり掴んだ男の人の心意気かあ。」
実に嬉しそうで楽しそうだ。もはや高揚している。
そんな鈴に圭吾が戸惑いつつ問いかけた。
「あの、サワンナさん?というのは?」
「あ、こいつ澤菜じゃん?それとかけて、
もうひとつ!」
おもむろに鈴が凜の背後にまわり、両脇に
素早く手を差し込んだ。
(しまった!油断した!!)
戦慄する凜。
「このコめっちゃワキ弱いんですよ!ほら!」
それは初対面の異性にいきなりばらしても
良いような秘密では、決してない。
「うわあ馬鹿触んな!!」
サワンナと言わせたいのが分かっていても、
他に言いようがない。
「毎度毎度あっさり決めさせてさあ、待ってんじゃないのかほんとは!」
「待ってるわけないだろ!まじ触んなばか!」 冗談じゃない。凜は必死だ。そこで
「静かに。」
大人の圭吾がぴしゃりと制する。
「…すいません。」
さすがに鈴が両手を即座に引っ込め、素直に謝罪した。
その隣で高橋裕人は、赤くなっている男子ィな自分を
目を泳がせながらごまかそうとしている。
ごまかしようがないのだが。
ふたりとも、大した見守り隊だな!!
ムッとしつつ、やや崩れた制服を直す凜。
空気がおかしくなりかけたところで、圭吾が重々しく口を開いた。
「そういう経緯なら、サワンナさんというあだ名もちょっとあんまりですね…。」
しばらく間をとってから、
「そうだな…、なりんちゃん。」
えっなにそれ。凜はときめいた。
「なりんちゃん!?」
「澤菜凜ちゃんで、なりんちゃん。」
おぉ~。わるくないかも。
「それで、金子鈴さんは、ねこりん。」
「ねこりん!?」
金子鈴は大いに慌てた。
「いや、甘くないから。あたし全然甘々じゃないからっっ!ねこりんとか無理!」
「いいじゃん、ねこりん。」
なりんになりたての凜が即座に賛同する。
「駄目だっ じゃあ、、…、こりん。」
「こりん?」
「こりんで手を打つ。」
こりんこと鈴も、あだ名がつくこと自体は
やぶさかではないらしい。
「あたしがこりんで、あんたがなりんで、
それで、援護くん。」
順に指し示し、最後に圭吾を指さすこりん
「えんごくん?僕ですか?」
続いて圭吾も自らを指さす。
「えんどうけいごで、えんご。それに、
なりんの援護をしたいんだろ。したいんでしょ。」
言い直しが律儀というか。
「いいねぇ!いいですね!分かりました。
僕は今日から、援護くんだ。」
自らもそう名乗った援護くんは、実に嬉しそうだ。
いいなぁ、それ、私が思いつきたかった。
お前が名づけるのかよ。
「あの、僕は。」
高橋裕人が自身を指さす。
「お前は裕人だ。なんかこう、裕人だな。」
こりんが即断で告げる。
ちょっと本気で寂しそうに歯噛みして、
すね気味な裕人。いいじゃん、高橋じゃなくて、裕人くんて呼んであげるよ。私も。
気が向いたらね。
…さて。
「援護くん。」
なりんが呼んでみる。
「なんですか。なりんちゃん。」
「呼んでみたかっただけ。」
はにかむなりん。
「なんだ可愛いなオイ。」
すかさずこりんが反応する。
「そうでしたか。実は僕も、呼ばれてみたかったところです。」
「うお、こっちも可愛いかよ!!」
ちょっとはにかみ合うなりんと援護くん。 なんだか幸せ空間だ。
「ふたりとも、よく遊びに来るんですか?」
援護くんがこりんと裕人に尋ねる。
彼は玄関でのふたりと母との挨拶を見ていない。
「いえ、今日初めてお邪魔しました。」
まだ高校ひと月めの五月だ。なりんとふたりとの仲間歴は浅い。
「私もなりんもりん同士じゃないですか。ここは同盟組んでおこうって、私から声をかけたんです。」
中学までと顔ぶれががらりと変わる高校での人間関係構築は、生徒にとって死活問題だ。
「それで、なんか急になりんの帰りが早くなったから何かな~と思っていたら、
なんか男の人と会うから把握しといてって、妙な願いが来て。」
母に内緒で会おうとした際のことだ。
なりんは居心地がわるい。
「そしたらその人が介護に通うことになったって進展聞いたもんだから、
なんか興味わいちゃってこうして会いに来ちゃった。」
屈託なく語るこりん。進展ってゆうな。
「僕に会いに来たんですか!?」
「ぶっちゃけまぁそうなるかな。」
「君も?」
援護くんが裕人にも振ると
「僕はこりんちゃんに誘われてきました。」
こりんちゃんと呼ぶのが嬉しそうな裕人。
うんうん、解るよ。あたし、君の優先順位
分かってきた気がする。
「なりんちゃんのお宅にお邪魔するのは、
ちょっと緊張しましたが。」
ときた。
あたしにもはにかんでみせるな、こら。
「そうでしたか。でもせっかくだったら、僕のことよりなりんちゃんの介護や状況をよく見て、
今日はそこを理解してあげてください。」
「?」
きょとんとするこりん。裕人もほぼ同様だ。
「おう。」
そこで祖父が合図を出した。圭吾が援護くんになってからの、初の介助だ。
ベッドの枕元に歩み寄り、
「直樹さん、お手洗いですか。」
「おう。」
「失礼します。」
布団を開き、丁寧に抱き起こして片脚ずつ
慎重にベッドから降ろす。
腰を支えて立ちあがらせ、一歩ずつ支えて
ともに歩く。
そうしてふたりがゆっくりとトイレへ旅立ち、高校生たちがその背を見送る。
「誰もいないときは、あんたがあれをやってるの?」
こりんがなりんに尋ねる。
「うん。」
こりんが想像で自分をあてはめ、事態のなんたるかをようやく掴み始めた。
その様子が、外からみても実に分かりやすい。素直だ。
裕人も同様に何かしらを思っている。
「どこまで手伝うの?」
「してる間はドアの前でおしぼり用意して待ってる。」
「ドアまでか。」ほっとしたようなこりん。
「今はまだね。」
まだ。そうか、老衰は進展する。こりんも裕人も事の深刻さをいよいよ理解する。
援護くんの援護は尊い。
「あたし、お茶煎れてくるね。そろそろ勉強も始めよう。」
祖父と援護くんが戻ってきた。援護くんとなら
祖父は洗面所にも行けて、流水で手を洗える。
歩行介助も力に余裕があるので、祖父は快適そうだ。
「お爺ちゃん、援護くん、お茶煎れたよ。」
ベッドに座る祖父の背を援護くんが支え、
慎重に湯呑を持たせる。
祖父がゆっくりゆっくり口に運ぶ。本当は
充分に冷ませたいが、援護くんが支える今日はいつもより気持ち熱め、温かめだ。
小さく切り分けた茶菓子も祖父が自分で口に運ぶ。
祖父がおやつをする間、一同がお茶も勉強も手を止めて祖父と援護くんとの一挙手をみつめる。
もう、これまでとは違って見える光景だ。
無理のない量を摂った祖父が丁寧に横たえられ布団に戻ると、援護くんも高校生たちの
卓に加わった。
「お疲れ様です。」裕人がねぎらい、こりんとなりんもそれに倣う。
「君たちの家にお年寄りやご不自由な方は?」
「あたしん家はいない。」
「僕の祖父母は今のところ元気です。遠方です。」
「そうですか。こちらの澤菜家に限らず、
介護家庭はもうかなり多くおられて。それで僕らは忙しくしています。
ホームにしろ、順番待ちで行政のサービスも届かないご家庭も少なくありません。」
頷く三人。
「澤菜家さまは今は条件が色々噛みあって
いくつかの行政支援を受けられていますが、
それでもなりんちゃん一人になる日や時間もあって。
一方手続きの仕方も分からなくて、
せっかく支援される権利を持っていても手続きの仕方もまるで知らなくて分からなくて、
誰の手助けも得られないでいる要介護者や
介護者の皆さんもたくさんおられるので、
僕は介護だけじゃなくて、ゆくゆくそちらの
支援にも仕事を拡げたいと思っています。」
結局援護くんについてのお話も聞けてるな、
今。
「僕は今一人で訪問介護ができる一人前の介護士の資格を得るために、
先ず受験資格に必要な3年の実務経験を積んでいる、その3年目です。」
援護くん、十年以上の自宅介護の経験があるのにね。
「これからは試験のための勉強もこれまで以上に増やして、
条件の3年を満たしたらすぐ受験できる状態に持っていきたいと思っています。」
うん。
「少しでも早く合格し一人前になったら、
介護そのものの他にもかなえてゆきたい目標があります。それがさっき言った、介護者の支援です。」
ここで援護くんがこりんと裕人にしっかりと向き合い目を合わせて
「そして、介護者への深い理解も広める事です。」
当事者ではないからこそ求められる話か。
「僕らは当事者ですから自分たちがしてほしい事ならまだ分かっても、
他の人々が何ならしてくれるのか、あるいはどんな事なら協力してもいいと思ってくれるのかが分からないままでいます。」
僕らというのが援護くんや私で、他の人々というのがここではこりんや裕人くんになるわけね。なるほど。
「だから、僕からは理解するとはどういう事かはこれ以上は決めて話せないので、
貴方たちがなりんちゃんの責任を知って、それからどう変わってゆくのか変わらないのかを
僕は知りたい、というか、見せてほしいんです。」
こりんと裕人の背筋が伸びる。
援護くん、こんな切り込むひとなんだ。
そうだよ、私に話しかけたのだってたぶん誰でも出来ることじゃない。仕事先で女子高生に「話を聞いてくれ」なんて私的に話しかけたら、
相手によっては通報されて逮捕されたりクビになったりしちゃうかもしれない。
でも援護くんは話しかけるひとで。話しかけられたあたしは、援護くんと話したいと思った。
なりんは思考がとてもよく回って、自分でもやや戸惑った。あたし援護くんのこと考えるとめっちゃ集中力上がるな。
お爺ちゃんもそうみたいだし。もしやこれって援護くんのスキル?特殊効果?
ついゲームやラノベの話になぞらえてしまう。
で、思えば庭の犬が吠えてて通学路で怯えてる1年生の頃の我がお姉ちゃんも、
そんな圭吾お兄ちゃん?圭吾くん?に話しかけられたわけだ。
その優しい援護くんが10年以上も身も心も不自由になってしまったお兄さんとふたりきりでいたなんて。
何度思い返しても辛すぎる。きっともちろん援護くん自身もそうだから、援護くんはせめてこの先どうしたら同じ立場の人々、
特に子どもたちを救えるのかを追求したいんだ。
こりんと裕人くんにとってはプレッシャーかもだけど、あたしはちょっとあたしの状況を理解ってもらえれば
なにもそれ以上何か手伝ってほしいとも思わないし。
「分かりました。援護さんの理想、僕も共鳴します!お話を伺って、僕が今何をすべきか、何が出来るのか、僕なりに考えて実行してみます!!」
ん?実行って言った?
「ありがとう、でも焦らなくていいからね。」 援護くんも何かひっかかったのか、さりげなく釘をさすような言い回しになってる。
裕人くん、きみそんなキャラでもあるのか!?
「おい裕人、あんまそこまで安請け合いできる話じゃないぞ? 先ずはドントシンク、フィールからなんじゃね?力まないでさ。」
こりんもすかさずクールダウンにまわる。
「いや、これは僕らが一刻も早く考えてゆかねばならない事なんだ。僕は高校の三年間で
なにかしらこのことについて活動を残したいと、今そう思いました。。
そしてその先にも繋げてゆきたいな!」
おいおいおい、なんか色々飛ばしてないか!?
「そうかよ。でも高校生の本分は先ず勉強だろ。宿題の続き始めようぜ。」
こりんがなんとかうまく誘導を試みる。
「そうだね。先ずは宿題!そのあとまたお話
伺えますか?援護さん!」
勝手知ったる竹馬の友、とまではいかなかったかー。
「今日は一旦ここまでで持ち帰って、あとは
自分たちで考えてみてくれませんか。そして
何を始めるにしても、こりんちゃんの言う通り、先ずは勉強を本分とすべきです。
僕には、できなかった事です。大切にしてください。」
援護くんはまたも率直に思いを伝える。
分かるか裕人くん、君ちょっとだけ引かれてるぞ?
「そうですか…。ぜひまたお話しましょう!
させてください。なりんちゃん、またお邪魔してよろしいですか!?」
「いやあの介護ありきだからね?ここであまり弁論白熱されても」
「それもそうですね。援護さん、連絡先交換させて頂いてよろしいですか。」
「それは断る。」
…!
「さっきお話した通り、僕は資格と生活のために現場と実務経験に時間を尽くしていますし、
今は試験のための勉強も始めているところです。
だから、電話を頂いても率直に言って、出られません。」
援護くん、イエスノーがはっきりしてるなぁ。でも長い事ノーが言えなかったんだろうなぁ。なんか分かっちゃう。
分かってあげたくなっちゃうひとだよね、援護くん。
「そう…ですか…。」
「でも、せっかくの思い立ちですし、僕も君のやりたい事が気になります。
どうしたものか…」
なりんは見かねてひとつ提案をする。
「援護くん、アプリ使える?SNSの。」
「仕事で覚えました。それでよければ。」
「うん。グループ作ろ。それでいいよね、裕人くん。」
「は、はい!」
ここが落としどころだな。それぞれにスマホを出す一同。
裕人くんの話がしつこかったり援護くんが忙しそうな時は私とこりんでつっこみいれよう。
どうやら1対1にできないよな、
裕人少年を援護くんとは。
「そうだ、ヤングケアラーに対する取り組みの現状が知りたかったら、僕の読んだ新書があります。読んでみますか?」
「は、はい!はい!」
裕人の顔がぱぁっと明るくなる。
「では今度持ってくるので、なりんちゃん。
裕人くんに渡してくれますか?」
「うん。いいよ。」
「お願いします!」
裕人のご機嫌も直ったことだし、
今度こそ勉強会が再開した。勉強が本分!
援護くんはその後もトイレへの歩行補助や水分補給などの介護を続けつつ
高校生たちの学習をにこにこと見守った。
こりんの元々の公約通り、宿題が終わったらふたりは引き上げに入った。
まだ名残り惜しそうな裕人の頭を掴んで下げさせ、ふたりは仲良く?帰って行った。
「援護くん、ごめんね。騒々しかったね。」
「いえ、僕はいいんです。直樹さんに対しては配慮してほしいですが。でも、
なりんちゃんがお友達を呼べるのは、とてもいい事だと思うんです。」
またそこを肯定してくれる。
「なりんちゃんが部活でも勉強会でも外や自分のお部屋で自由に出来るように、
僕も可能な限り早く資格をとろうと思います。」
資格をとれば、援護くんとお爺ちゃんのふたりきりか。
「私は、援護くんが来てくれる日は、援護くんと一緒にいたいよ。」
言ってみてなりんはとても恥ずかしかった。
凄いこと言ってるな私。変な風にとられないといいな。
「ありがとう。僕もなりんちゃんとお話できるのがとても嬉しいし楽しいです。
やはりいいものですね。クラスメイトって。」
うん。クラスメイトって、切ないね。
「援護くん、また勉強会開いてもいい?」
「それは直樹さんにも伺ってみないと。僕は、
あくまで介護士で、それも見習いのままですから。」
「そうだね。」
ふと思い出して聞いてみた。
「援護くん、裕人くんに貸してあげる本って、どのくらい?分厚いの?」
「新書だからそうでもないです。お願いできますか。」
「うん。」
援護くんが持ってきたら、裕人に渡す前に急いで読んでみよう。
ふたりの帰宅とほぼ入れ替わりに、母が
パートから帰ってきた。いつもはもっと遅いのだが、
とにかく第一日めなので果たしてどんなものか、早く戻ってたしかめるまで気が気でなかったらしい。
凜と話し義父直樹からも「おう、おう」と相槌の返事を頂きどうやら問題は無かったと知れると、
ようやく母は深い息を吐き、ひと心地つけたようだった。
「お母さん、今日から私はなりんで、遠藤さんは援護くんだって。」
「なんなのそれ?」
「なりんは援護くんがつけてくれて、援護くんはこりんが決めたの。」
「こりんって金子さん?」
「うん。援護くんはねこりんってつけたんだけど、こりんが自分でネを取ったの。」
とても楽しそうに話す次女を見て、紀子もとても嬉しかった。上の子も、こんな風に
圭吾くんが圭吾くんが、て毎日話してたっけ。 楽しそうだったな。
凜はもう高校生だけど、それはそれでかえってちょっと軽率かな、って不安もあったけど、
これは大丈夫そうね。圭吾くんは、圭吾くんのままだった。
あ、援護くんになったのね。私は名前で呼ばせてもらおうかしら。
私は大人でいなくちゃ。けじめは大切だものね。
もし圭吾くんが一人前になってからもっと長い時間をひとりで任せられるようなら。
私もパートの時間を伸ばそうかしら。
たとえ雇用費でとんとんになっても、ずっとお義父さんとふたりきりでいるよりは気も晴れるわ。
紀子も圭吾の援護を心から歓迎していた。
スマホを見ると、早速裕人がグループに書き込みをしていた。
「今日はありがとうございました」
「なりんちゃん おじゃましました」
「援護さん ご本楽しみにしています」
「こりんちゃんもまた明日!」
こりんも返事を返していた。
「おう また明日な!」
凜も書き込む。
「皆 楽しかったね また明日ね」
援護くんからの書き込みはない。おそらくまだ夜シフトで働いているのだろう。援護くん、よその現場ではどんな風かな。
たしか夜は訪問入浴じゃなくて、施設で勤務しているんだよね。
きっとうちのお爺ちゃんみたいな手のかからない人たちばっかりでは、
…ないんだろうなあ。
そういえば。
援護くんが読んだ本、どんな事が書いてあるのかな。
援護くんはその本を読んだ上で、こりんと裕人くんにこれから出来ることを一緒に考えて欲しい、て
そう求めたんだよね。
つまりその本を読んでも全部の答えまでは載っていないんだろうなあ。援護くんは自分でも考えようとしているし、
私の友達のこともすぐ受け入れて「一緒に考えて欲しい」と、私たちを仲間にしてくれた。
そこで裕人くんが勇み足を踏み込んでしまって、ひとりであたし達皆に窘められてしまったんだけど。
裕人くんもタフだな、あの勢いで行ったのに「断る」なんて言われたら折れるよ?あたしは折れる。
でも本は借りられることになったし私もそれでお先にちょっと拝借できそうだし
ああいうところは以外と長所でもあるのかな。
同じようにはできないな…と思ったところで、心の中のこりんが突っ込みをいれた。
(あんた、援護くんの訪問介護をもぎ取っただろ?あんたが言い出したことじゃないか。)
うん、確かに。本物のこりんも間違いなくそう突っ込むな。
あたしも援護くんも裕人くんも、話しただけで欲しいものを手に入れられたのかも。
口に出すって、言葉にするって大事なんだね。そうすることのパワーって、間違いなくあると思う。
もちろんそういつでもうまくいくわけでもないだろうけど。
少なくとも今はうまくいってる、皆して。 こりんだって、鈴からこりんになれたし。
ねこりんもいいなぁ、たまに呼んでやろ。
そこできっとまた狼狽する、
こりんことネコりんの慌て顔を想像すると。なんだか笑みが込みあげてきた。
いい夢見れそう。おやすみ、皆。
なりんは心地よく眠気に身を任せた。
因みに夜間の祖父のトイレの付き添いは、母紀子が担ってくれている。凜は母の愛にも
大いに護られている。本分の勉強に、もっともっと励もう。今はそうすることが母の負担に報いる方法に思えた。
夢の中で、ふたりが歩いている。
ひとりは援護くん。その隣の小さな女の子は、姉ではない。小さな凜だ。
小さな姉が、よその庭からふたりを見つめている。
小さなと言っても、凜は1年生の頃の姉は写真や動画でしか見た記憶がないから、
そこは雰囲気だ。
お姉ちゃん、援護くんは、私がもらってもいいよね。援護くんのこと知らせても
お姉ちゃん帰ってこないし。早く反応しなかったお姉ちゃんがわるいんだよ。
お姉ちゃん、援護くんはね、いま
なりんの援護くんなんだよ。
夢の中で独占欲を全開にし、寝床の凜は
眠りながら微笑んだ。
ふたりは一緒に家に帰って、これからお爺ちゃんの介護をする。
ふたりでお茶を煎れたり、お菓子を切り分けてお爺ちゃんと3人でおやつをして。
時々お爺ちゃんと援護くんとでお手洗いにゆく。凜は小さな凜になったり
今のなりんになったりしながらふたりを待つ。
こんな介護ならいつまでだって続いていい。
お爺ちゃん、長生きしてね。そしてずっとずっと三人でいようね。
そこでなんだか涙がひとつぶ滲み、夢の中でもそして眠っている現実でも
凜の頬をすうっと流れた。
いつまでもいたいな。優しい援護くんと、
小さな私。ふたりでお世話する無口なお爺ちゃん。
理屈でいえば、それはいつまでもというわけにはいかない。いつかは知れずとも、きっとこのままの時間は続かない。
賢い凜は、きっと起きてる時間でも程なくその事実に気付くだろう。でも、
まだ始まったばかりじゃない。どうかせめて夢の中でくらい、もう少しこのままいさせて。
どうしましたか?夢の中で援護くんがそう尋ねる。
ううん、なんでもないの。涙の筋を流したまま、凜となりんが微笑んでみせる。
援護くん、これからよろしくね。今はまだ、
援護くんのなりんでいさせてね。
凜の眠りが深くなり、そこで夢も途切れて
熟睡に入った。
次の朝には、凜は夢の中で泣いたことすら
覚えていないだろう。それでも思考の整理は
凜の若い脳髄に蓄積される。
凜は考えておかねばならない事を疎かに
するような子ではない。
今はおやすみ、なりん。よき夢をみてよく眠って、佳き目覚めを。
次回第3話
「澤菜家の1日と週末の晩餐会」
こりんと裕人に続き、ヒロインなりんの姉 澤菜穏が登場
援護くんの思い出の少女は姉の穏のほう
援護くんこと圭吾を歓迎する澤菜家の夕食会は
ふたりの再会の場となるが、その光景は如何に
というお話し。
ご一読頂ければありがたいです。(*'▽'*)♪