第16話 やり遂げた夜
なりんが弾き語りした「なりんの援護くん」を通じて
バンド女子なりんとアイドル・レラは意気投合し
ふたりきりのテントでガールズトークが交わされる。
そしてレラと共にキャンプフェスの醍醐味を知るなりん。
というお話。
第16話 やり遂げた夜
キャンプ場の共用簡易シャワーで汗を洗い流し、夕食の調理に入る。
昼のバーベキューの食材の残りを炒めて煮込んだ寸胴鍋カレーだ。
アイドル組も似た予定だったようで食材を持ち込んだ。
「うちらのぶんはイベント組と分けてあるから、こっちで一緒させてもらっていい?」
「てかさ、オトコふたりぶんの食材余ってるからごちそうしてあげられたのに。」
「シマベさん、運ばれるつもりはなかったのかな。」
「痛み止めでなんとかなるか、あるいはしんじゃうかの2択くらいにしか考えてなかったんじゃないかしらねえ。」
そう答えたのはコテージに戻ってきたベリ子だ。
「ベリ子さん、歩くん達連絡あった?」
「まだよ。無理したぶんかいつもより薬も効かないみたいだし、念のためで救急車呼んだんだけどね。
主催としても、なんかあった場合に打てる手は打っておいたという実行の記録がいるってことで」
「なんかあった場合って。」
アイドル達といい皆肝が座ってるなあ。
「ところでベリ子さんはもういいの?」
「食事に戻ってきたのよ。食べて仮眠したら、またあっちで当番ね。さ、調理開始。」
キャンプ飯の常で、料理よりも炊飯に手がかかる。
そこはベリ子が主導してくれてなんとかなったが、辛うじて、と言ったところだった。
「また歌詞にされちゃうかしらねえ。」
「てかこのカレーも、もしやハバネロ?」
「まさか。日光よ。鷹の爪より更にマイルドな辛さだから、大丈夫よ。」
鷹の爪が基準なのが既におかしい。
ベリ子の料理はなんでも辛いわけではないが、辛味の料理に限っては世間並みよりかは随分辛い。
てか唐辛子の品種名3つも並べないでよ。美味しいことはおいしいんだけどね、ほんとに。
それでも皆辛い辛いとひぃひぃ悲鳴をあげつつ盛り上がり、楽しい晩餐となった。
しばらくしてレラ達イベント組も自分たちのイベントで作ったカレーの鍋を台車に載せて現れ合流した。
育ち盛りの底なしなりん達はこちらもご相伴に預かることにする。
「うわ助かる普通のカレーおいしー。」
「うわこれが噂のベリ子さん風味!?美味しいけど!」
二度目の夕食と片付けが済むとこりん達はステージを観に向かい、
穏はベリ子とコテージに入って早々に就寝し、なりんはレラとテントに入った。
元の主たちが不在のテントは、歩が凝りに凝って揃えた暑さ対策アイテムの数々のおかげで
なかなかまぁまぁな居心地だ。
「さっきうちのオーナーとベリ子さんが話しててね。
来月うちの店でキャンプフェスのアイドルパートの後夜祭があるから、3人も出てほしいって」
もう少しまったりした語り合いになるかと思っていたら、
いきなり今後の前向きな話が舞い込んだのでなりんは面食らった。
「どう?なりんちゃん」
「それはもうぜひ。ふたりもノリノリでオッケーすると思うよ。」
「よかった。でも本当?」
「なんで?」
「なりんちゃん、浮かない顔してる。」
ああ…。そうなんだ。
「そうならばねえ、これはたぶん、援護くんへの切なさ。」
ちょっと遠い目をしてみせるなりん。
「うわ、詩みたい。なんかあったの?援護くんさんと。」
「話していい?」
「聞かせてくれる?」
レラも話しやすいひと、なのかな。
なりんは胸の内を話すことにする。
「援護くんもね、一度は好きって言ってくれたんだよ。口が滑ったんだそうだけど。」
「おお。」
「でもね、一緒に居たがってはくれないの。
あたしは援護くんと話す最後のチャンスとして、このフェスに参加したの。足取りがここだけしか掴めなかったし、
あたしが脚を踏み入れるにはステージに立つしかないし。」
「すっごいガッツ…!え待ってもしかしてバンドってこれが初めて?楽器の経験は?」
「ギターは弾けたけどベースは一から。」
「マジか。」
レラは目を丸くして聞いている。
「それで立てた目標はだいたいうまくいって、援護くんはこれからも会ってくれることにはなったけど。
なんか不安なままなんだ、今でも。」
ここまででも物凄い快挙なはずなんだが。
「不安なの?援護くんさんのことが?」
「うん。あたしきっと援護くんに嫌われてはいないし、
援護くんは援護くんとして頑張って真剣に生きているんだと思うの。」
「うん。」
「でもそれで離れていっちゃうなら、あたしはこれからも必死で追いかけて、
いつか振りほどかれちゃうんじゃないかなって。」
「ぞっこんじゃん。」
「あたしはね、大人になったらの約束でもよかったし、
今からもう離さないって言ってくれても素敵って思ってたの。」
「うん。」
「でも援護くんはね、もっと大事なものが見つかったらそっちへ行けって。
全然あたしに執着してくれないの。」
「そりゃねえ。」
「何がそりゃねえなのかな。」
「おじさんとコドモだから。」
ぎゃふん。分かってはいたけど、かなりざっくり貫かれた。
「うん…援護くんも先ずそれ言ってた。」
援護くんはぎりぎり20代だが、高一と並べばそれは確かにおじさんだろう。
ここで整理しておくと援護くんが29で穏が23,歩は22でなりん達が15。
ベリ子は非公開でレラはおそらくハイティーンだ。
「現実はさておき愛の話をするとね。」
レラが語りだす。
「それは援護くんに限らず、誰を愛しても結局は切ないの。いつだって、
いつまで続けられるかな、終わりは来ないかな、て。」
「誰でも…?」
「そう。それに、やっとこれで大丈夫って安心できたとして、そこから油断すると愛が崩れたり腐ったりしかねないの。」
「安心しても?」
「旦那さんや奥さんにゲンメツしたりさせたりとかさ。離婚だって大概はそういう事じゃん?」
「ああ…。」
「援護くんさんがなりんちゃんにそう言うのは、援護くんさんがちゃんと真っ当な大人さんだからで、
なりんちゃんが一緒にいたければめっちゃ頑張ってそれから気配りも目くばせも続けなきゃならないのも、その通りだと思う。
そうしなきゃすぐ共倒れになっちゃうし。」
「あたし、求め過ぎ?」
「先の約束も出来ないってはっきり言われたんなら、それもまあ援護くんさんの誠実さの範疇だと思うけど。
全部受け入れた上で、まだ一緒にいたいんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ頑張らなくちゃね。そりゃ憂いな乙女顔にもなるわけよね。」
乙女だったか。あたし。
「レラちゃん、いやレラさん、アイドルって凄いね。」
「え!?」
「こんな頼りになるんだ。」
「いや、違うよ?これはこのテントの中だけの話し。
アイドルがしたり顔で恋バナとか、立場に関わるから。」
素で焦せるレラ。どうやら話し過ぎたらしいと気づく。
「あたしね、確かにそこまで引き受けるって、援護くんに宣言したの。
それで、幸せだね。ってそれももう宣言しちゃったの。」
「お、おう。」
「改めて整理ついた、おさらいできた。ありがとう、レラ先生。」
「よしてよ。あたしフレッシュなアイドルなんだから。」
「いつか、レラさんの恋バナも聞かせてくれる?」
「いつかね。あたし恋なんか知らないし。」
「またまた~あ。」
ちなみに、なりんは悪気など欠片もない。
「アイドルにはアイドルの流儀があるの。」
「もうそんな時代でもないんじゃない?けっこう色々アリになってるんじゃないかな。」
にこにこと屈託のないなりん。
「あたしの好きなアイドルはそうなの!もう!」
レラ、どうやらこのシチュはここまでと判断する。
「なりんちゃん、ライブ観に行こうか。」
「今から?そうだね。観とかなきゃ損だね。」
「こりんちゃん達と合流できるかは分からないけど。行こう。」
「うん!」
ふたりはテントから出て、手をつないで駐車場を横切り、ライブ会場へ向かった。
(なんかペース持ってかれちゃったなあ。
でも私、この子きらいじゃない。っていうか好き。)
そんなレラと上機嫌で歩くなりん。
暗い駐車場から、やがて会場のライトが路面を照らし始める。
「うわあ…。」
なりんは熱気に圧倒された。
まず密度が違う。観衆がみっちりと詰まった会場は、夕方と同じ場所とは思えない。
「これじゃこりんちゃん達を探すのは無理ね。」
最後尾まで皆思い思いに踊り、リズムを取り、音楽にのめり込む中を
かいくぐって進むのははばかられる。
なりんとレラは入口近くに僅かに残されたスペースに陣取った。
これがこのライブの真髄かあ。私たちなんて本当に入口に立ったところなんだなぁ。
夕方の部だってそこそこ空間は埋まっていた。しかしそれはアイドルの部が終わってバンドの部が始まるまでの、
あくまでインターバルでもあった。
あの時間のあの会場を、確かにあたし達は掴んだ。それは間違いないと、なりんは思う。
レラ達だって心から認めてくれた。だからあたしもこりんもそれぞれにこうして新たな友情を掴んでいる。
でも。進む先は確かにあるのだな。
この夜更けの会場を満杯に集客し隈なく湧かせているステージになりんは眼と耳を集中する。
ボーカルとギターは別、ベース、ドラム、キーボード、ホーンセクション。
音楽はこの位置ではなんか音割れちゃっててよく分からない。
ちょっとイケメンっぽいひとが調子よく歌ってるっぽいのが、辛うじて垣間見える。
目の前の会場の喜びようが異次元の出来事のようで、
なりんは少し疎外感を味わった。
こうじゃなくてもいいかな。でも。もっと音響のいい本格的な会場なら
隅々まで初見まで楽しめるのかな。
ならば、そこまで進んでみたいかな。
なりんは4月を思い返す。
父の趣味をみてなんとなく始めていたギターがあったから、なんとなく入部した軽音部には
楽器を弾くつもりのある先輩も同級生もいなくて
それでなんとなく家でアンプも繋がずエレキの弦をつまむ程度だったのだが。
祖父の介護が始まってからはいよいよそれすらやらなくなって、そんな日々に援護くんが現れる。
援護くん、貴方と一緒にいたくて必死にもがいて進んでいたら、あたし色んな風景を手に入れた。
もしこの出会いがなかったら、音楽だって
きっとこうじゃなくって、今頃まだいつかバンドやってみたいなあ、なんて管を巻いていた。
音楽でもまだ皆と進みたい、ベリィにも通いたいしレラちゃん達とももっと仲良くしたいし、でも
援護くん、あなたと一緒にいたいよ。
なんだって先ずそれがあってのことだよ。
ずっと切れ目なくでなくってもいいから、一緒にいさせてね。
そしてあたしはこうして新しい世界もちゃんと手に入れていくから。
レラは舞台上のバンドも楽曲も知ってるらしくて、周囲にうまく溶け込みリズムをとっている。
そんなレラを観ていたら、レラがなりんの棒立ちに気づいて、そっと顔をよせバンドのものらしい歌をうたう。
なりんもレラの歌声に合わせてリズムをとり、やがてメロディに耳が慣れると自力でも
割れた音響の中から歌とリズムの本体を見つけ出し、ついにふたりは会場の熱気の一部になる。
援護くん、ここまで来たよ。これからも一緒だよ。
きっと会場の誰もが皆、それぞれの日々や思いを胸に抱えたままここで音楽を楽しんでいる。
あたしこの夜を忘れない。
何を見つけたって、絶対に援護くんとはぐれないから。
君が約束してくれなくたって、あたしが自分に誓ったから。
あいしてるよ、援護くん。
会場の熱狂に酔いながら、なりんは生き方をまたひとつ見定めた。
夜更けまでライブを楽しみ、そろそろ切り上げようかという頃に、
出口に向かって戻ってきたらしいこりん達と合流できた。
「おう、観に来てたのか。あたし達もう帰るとこ。」
「あたし達もよ。一緒に出よ。」
アイドル組とおやすみバイバイしてなりんとこりんはコテージに戻った。
「せっかくだからあたし、テントの方で寝てみる。」
「マジか。じゃああたしもそうする。」
ふたりは横になると、
もうガールズトークに割く体力も残ってないほどエネルギーを使い切ったこの濃い一日の疲れで
すとんと眠りについた。
「援護くん」になる以前 圭吾は兄の介護で長年閉じ込められていましたが
凜はそんな圭吾に話しかけられ、そして彼に手助けを求めたことで
お互いに「なりん」と「援護くん」となり
介護から解放された後も援護くんを追いかけることで新たな出会いや青春を手にします。
人とめぐり逢いそして自ら人を愛することでお互いに人生の新たな道が拓けてゆく
この世界が、人々が、そんな生き方をどうか見失わないで欲しい。
この「なりんの援護くん」は、そんな願いを込めた物語、でもあるのです、たぶん。(←たぶん)
次回第18話「ご褒美と、これからの話」