第14話 ステージの上
REDLINEを踏み込んで果敢に挑んだなりんの慕情は
頑なな援護くんの胸に一穴を穿ち、
更になりんの渾身の歌声が援護くんをステージに誘う。
愛すべきヤマアラシ(ポーキュパイン)達の渾身のラスト3曲目
刮目して御覧じろ!!
というお話。
第14話 ステージの上
大きくきちんと頷き、援護くんが歩き出す。
観衆が道を開け、援護くんがまっすぐ着実にステージへ歩を進める。
援護くんが、私の立つステージに向かってくる。予定通りとはいえ、なりんはときめいた。
事前に演出の通達も主催者側に提出済みなので、警備も立ち塞がらない。
これを「ヤラセだ」と言う奴がいたら、そいつは野暮だ。
言っておいてよかった。もし歩の思うようなサプライズで仕掛けたら、気ぃ遣いな援護くんは戸惑って、
バックヤードへ向かったりの遠回りをしたかもしれない。
でも今援護くんは最短距離で接近し、観衆も左右から拍手や歓声で好意的に送る。
程なくステージに手をかけて一気に上り、なりんの前に立った。
「来たよ、なりんちゃん。」
敬語じゃないんだ。胸熱つ。
なりんは思わず抱きついてしまった。
ごめんね、お姉ちゃん。食事会のとき、剥がしにかかってしまって。そりゃ抱きつくよね、援護くんだもん。
これは打ち合わせにない不意のことにも関わらず、援護くんは今回は慌てるでもなく
なりんの頭をキャップの上からぽんぽんしてやさしく諫める。
なりんは剥がれてあげない。
なので援護くんは更になりんの頭を軽めにがし掴みし、続いてキャップごとぐりぐりと無造作に撫でた。
援護くんは焦らずあくまで保護者ポジションの構えだ。
もう今はそれでいい。なりんも割り切った。
むしろこんな甘え方も可愛がられ方も、今のうちの特権なのかも知れない。
状況を邪念抜きの微笑ましいクライマックスと観た観衆が
暖かい拍手と歓声を送り、会場じゅうの祝福がふたりを包んだ。
なりんは「生き別れの再会兄妹的ポジション」、を満喫することにした。
援護くんはやれやれ、といった調子で自身の背中にもう一方の手をまわし
ぎゅっとしがみついてるままのなりんの手からマイクを受け取り、舞台袖に向かって呼びかけた。
「出てこい、シマ!」
おお、いつになくワイルドな言い回し。
カッコいいぞ!なりんはますますときめく。
援護くんに呼び出されて、歩が現れた。
サックスを携えた色男の登場に、歩を知る者も初見の観衆も一様に感嘆の声をあげた。
(君ら、打ち合わせたのか?やるな、なりんちゃんめ)
(シマ、仕掛けたのはそもそもお前の方だろう)
一瞬にそんな目だけのやり取りを交わすダンシふたり。
歩もマイクで観衆に挨拶する。
「えぇ、お世話になってます、ベリィの島辺歩です。
今からサックスでラスト一曲参加します。ちょっと事情があって痛がったりするかも知れませんが、
これは自分の仕様ですのでどうかご心配ありませんように。最後まで応援頂ければ幸いです。」
力の抜けた率直な物腰で事情を簡潔に説明し、一礼する歩。
ここまででもう会場をほぼ味方につけている。
こりんと穏が駆け出てきて位置に着く。
ふたりとも大仰な衣装から着替えて、こざっぱりとベリィのロゴTだ。
こりんは酋長の羽根飾りとウィッグから、羽根が一枚きりのヘアバンド?に付け替えてる。
(なりんちゃん、僕らも。)
(うん。)
援護くんが歩の傍に進み、なりんもベースのスタンドへ向かう。ギターや椅子はスタッフが片づけてくれた。
時間の都合上 ステージ上でブカTを脱いでロゴTに着替えていると、一部の客席からフゥー!と歓声が上がった。
ヘンなとこに反応するんじゃないよ、タンクトップがそんな嬉しいか、君らは。
一同準備が整って、こりんが手短にMCする。
「それではラストこの曲、聴いてください!」
予定通り人気アイドルの人気曲のカヴァーだ。
前向きな単語群のコールのみのごく短い前奏からいきなりタイトルを歌詞にしたサビに入る。
歌詞の印象的な箇所を「ベリィベリィ♪」とやや無理目にアレンジしている。本来のユニット名にかけたコールの箇所も、
「ベリィ、GOOD!」
とアレンジしてしまう。元曲のアイドル及び関係各位、ほんとすまない。どうかお目こぼしのほど。
ややスカ調の明るく軽快なビートが帯びる一抹の哀愁も爽やかで、聴衆の胸に響く。
♪ベリィGOOD♪ベリィGOOD♪ ベリィGOOD♪、…
YEY,YEAH♪
ほんとアレンジが過ぎる、申し訳ない!
ともあれ冒頭のサビが終わり、歩のサックスの出番だ。楽曲本来のブラスパートを全て歩のサックスで担う。
今のところは問題なさそうだ。元曲を知っている客も多いらしく
また「ベリィ、GOOD!」と連呼するキャッチーなアレンジは、元曲を知らない客層にもコールしやすかったようで
観衆の反応もいい感じ。
いわゆるAパートBパートと順調に進み、もう一度サビも順調にクリア
「ベリィ、GOOD!」のコールもどんどん広がってゆく。
それにしても、ホーンの出番も多い。後半は吹きどおしで、しかも歩ひとりだ。
1度の吹きどおしが賭けなので、一曲通したリハーサルも出来てない。この本番が歩の全てだ。
いわゆる2番も済み、間奏からの変調 やっとホーンの一休みが挟まるが、歩の様子に異変が生じた。
ここまで演奏こそ無事を保っているものの今は援護くんが肩を支え、歩が素直に寄りかかって辛うじて立っている。
気が気でないながらも聞かせどころのハーモニーを決め、気配にふと舞台袖を見ると
なんと出番を終えていたご当地&地下アイドル達が待機しており、
先程の他店のオーナーらしきおじさんの合図でステージに走り出してきた。
「GO!GO・GO!」
おじさんが腕を廻して登場を促す声まで聞こえてくる。
最後のサビのスタートに合わせてポーズを取り、元曲の振付けで踊りだす色とりどりのアイドル達。
元が人気アイドルの人気曲なので、演目としてあるいはファンとして振付を覚えてるアイドル達も多いのだ。
各々客席に向け手を振ったり煽ったりで観衆を盛り上げる。
そうか、これは援護だ。歩の危機への不安で会場の空気がおかしくなるのを防ぐべく、
ショータイムの継続をこの演出で宣言したという事か。
けっこう危ない橋を渡っているんだろうな、主催者としても。
歩も気迫溢れる演奏でこれに応える。
女の子に味方される星のもとに生まれたのだろうな、歩くん。そういえば
長期入院で過ごした少年時代も、とあるナースさまにそれはもう愛され可愛がられて育ったそうで、
それで歩くんはあんな酷い目にあった後でもひねずにこんな明るいイケメンに育ったのだな。
偉大なり、白衣の天使。
脱線はさておき。ラストのサビもおわり、元曲からの後奏の見せ場、ラインダンス。
予定ではこりんとなりんのふたりだけでステップを合わせる予定が、
援護くんに介助されながらステージの中央に歩み出た歩を挟んで、彼らの左右に花形級アイドル、その隣にシンメでなりんとこりん、
更にアイドル達で挟んで壮大なラインが完成した。
歩の渾身の吹奏とその脇で支える援護くんを中心に、左右で揃う少女たちの健やかな脚の列。
ついに歩は本望通り一曲を吹きとおし、少女たちの跳躍と着地で最高潮に盛り上がるステージを
援護くんに速やかに引きずられながら舞台袖に捌けていった。
観衆に向けてひらひらと振る手が歩の明るい愛嬌と男の意地を伝えている。
ライブバー・ベリィの今年の担当ショウタイムは、どうやら大団円の大成功・大盛況で終えられたようだ。
モーニング娘。のフクちゃん譜久村聖さん素晴らしいご卒業おめでとう!
先ずはゆっくり休んで英気を養って、今後の人生も幸多かれ♪と
感謝を込めてお祈り申し上げます。
さて。フクちゃん達の名曲「マジでスカスカ」もスカ調且つ振付にラインダンスもありますが、
物語の中でカヴァーされるアイドルの名曲は、こちらではありませぬよ?と先ずは念のため。
お話変わって。
第2話でこりんこと金子鈴ちゃんは援護くん発案の「ねこりん」というニックネームを
ガラじゃないと全力で拒否しておりますが、じゃあ動物なぞらえでは何なら納得するのか。
なりんはそう考えて、とあるアニメ映画でヤマアラシを見つけて、それで
「こりんTHEポーキュパイン」というバンド名を思いつきます。
こりんもこれは大喜びで受け入れて、彼女たちのバンドの方向性も固まったわけです。
そしてなりんは傷つけたり傷ついたりのヤマアラシな激しさで
援護くんの懐まで果敢に踏み込む愛情を示すのですが、
アンジュルムの最新曲「REDLINE」を筆者が初めて聴いたのは、実は
この辺りのお話を執筆した後からのことです。本当ですよ?
だからねえ、思いがけず自身の執筆がアンジュルムの芯、それも最新の真芯を喰ってたことに
気づいて、ファンとしてそりゃもぉ嬉しかったですねえ。
次回第15話「撤収と搬送とめぐり逢い」。
またアンジュイメージなキャラが増えますよ。ちなみに時系列でみれば、もう出てますね。