第13話 援護くんにバラッド
思わぬタイミングで訪れた援護くんとの再会に、
なりんの大奮戦の思慕?恋ごころ?は通じるのか!?そして、
ガールズ3ピースバンド「こりんTHEポーキュパイン」が遂に
その全貌を表す!!ふたつの青春の大勝負の行方は如何に!?
というお話。
第13話 援護くんにバラッド
「穏さん、席代わってくれませんか?」
こりん、なりん、援護くんの順で並ぶ後部席で助手席の穏に援護くんが嘆願するも
「だめ。妹と交流してあげて。」
と率直に穏が断る。
「シマ、穏さん、謀りましたね。」
「おう。」
「そうよ。ちょっとふたりで話し合って。
妹の話も聞いてあげて。」
「妹」を強調する穏。
運転席後ろのこりんはなりんと援護くんの妙な緊張感にややいたたまれない。
いたたまれないのはなりんとてそうだが、
このタイトルマッチに尻込みしてては女が廃る。
「援護くん、会いたかった。」
「なりんちゃん。僕だってそうですが、今はもう会える理由が無いんです。」
「私がヤングケアラーでなくなった高校生だから?」
「そうです。僕は特に子どもたちへの支援で活動する立場を望んでいますが、それには
信用が第一です。僕は君と過ごすわけにはいきません。」
理屈は明朗で合理的だ。ぐうの音も出ない。
「ふたりきりなら問題でしょうね。
あたしも歩くんも一緒に会うわよ。」
助手席から穏が助け舟を出すも
「同じことです。要は、ひとからどう見えるか、世間と社会がどう捉えるか、ですから。」
援護くんの決意は堅い。余りの鉄壁で拒絶され、なりんは内心挫けそうになる。
あたしは援護くんの優しさが好きなのに、こんなに拒絶されて迷惑がられて、粘る意味あるの?
でも。人の絆って、そんな理詰めだけで断ち切られてばかりじゃだめなんだよ。
「援護くん、援護くんのお父さんだって、人目を気にして家族をほどいちゃったよね。
援護くんも同じ理屈でいいの?」
虚を突かれてたじろぐ援護くん。
本来ならこんな理屈はお姉ちゃんの得意とするところだろう。
あたし、残酷なことしてるよね。
「え…!?」
これまで遠藤と浜辺の両家の因縁を何一つ知らないでいたこりんが動揺し、絶句する。
ごめんねこりん、そして援護くん。
こうなったら、行きつく何処かまで付き合ってもらうわよ。
「こりんちゃん、なんでもないです。気にしないでください。なりんちゃん、僕は…、
父と離れて暮らせる事は、メリットとして受け入れてしまったんだ。
なんでも、一緒にいる方がいいってものでもない、ないです。」
援護くんの敬語が崩れてる。あたしの強み、
本音出ちゃうゾーンだ。やっぱあるんだ。
「援護くんそれで学校も行けてないじゃない。
お兄さんだって、ちゃんと検査と治療受け続けるべきだったんじゃないの?」
「でも、父は毎月生活費の入金は出来てました。
それだって、父が仕事を続けられていたからです。」
「圭吾くん、それじゃ加担よ。」
穏が含みを持たせて制止する。そうだ、そもそもが不正のある仕掛けじゃないか。
「援護くん。今のままの理屈じゃ、これから援護くんの助ける子ども達にだって、どこかで窮屈させちゃうよ。それに、
私みたいに事態が打開できたら、皆切り替えちゃうの?」
実は自分でもよく分かってないままで喋ってはいるが、ニュアンスが援護くんにも
伝わっているならそれでいい。
「僕の支援の仕方は、打算だって言うんですか?」
「さっきの説明の通りならそうよ。援護くん、私ともこれからも会って。お話して。
一番は、その都度の子ども達でいいから。 私は子どもたちを援護する援護くんを、援護したいの。」
「いけません。なりんちゃんは、自分の青春や人生や、そして恋や出会いをなさるんです。
そうして頂けなければ、僕だってお助け出来たと思えません。どうかご自身の幸せのために生きてください。
それが僕の生き甲斐にもなるんです。」
「ちゃんと生きてるわよ、自分の青春も人生も。
今夜その証しを見せて聴かせてあげるから、逃げないでちゃんと居てよ、援護くん。」
逃げるなとはっきり言った。申し渡した。
「逃げませんよ。僕は、逃げたことなんかない。」
「言ったわね。逃げないわね。」
「なんですかいったい。」
「あたしのことは避けてたからさ!念押さなきゃ」
「す!すみませんでした!分かりました!
オンステージは拝見します!それなら問題ないですし!」
なりんは初めて知り合った頃に、一度母にも内緒で「遠藤さん」な頃の圭吾を引き込もうと
した事がある。祖父もいたものの、確かにあれは紙一重だったかもしれない。
「それなら問題ない」の一節に援護くんがそこを含ませたとも思えないが、なりんは一瞬ヒヤリとした。
一見なりんが押し返したように見えて、思わぬ裏拳が油断ならない。
両者おとらぬ、なかなかの好カードだ。
ここで穏が
「援護くん、気づいてる?誰とそんな風に話せる?」
と、なりんを売り込む。
「分かってますよ。なりんちゃんは話しやすいです。率直に言えば、僕だって大好きです。」
うわお。
「でも、許されないんですよ。あらゆる条件が、それを許さないんです。」
「援護くん、今ので私、3年もつ。」
あ、という顔をする援護くん。
「ちゃんと勉強して青春して、人生の準備して
援護くんのぶんまでしっかり高校生するから、その先も一緒にいよう?
今予約とっておかないと、私かえって青春できないよ。」
「なりんちゃん、口が滑りました。僕は、やましい気持なんかないままでいたいんです。いや、いたかった。」
もう遅いよ。聞いちゃった。それに、やましくなんかない。援護くんがあたしを必要なのも、必然だもん。
「やましくないよ、援護くん。」
こりん、それあたしが言うとこ。
「そうだ、やましくないぞ、援護くん。
俺が保証する。」
歩くん。
「圭吾くん、君を失って悲しむ子どもなんて、あたしが最後であるべきよ。」
お姉ちゃん。
「僕は、僕がしたいような生き方をしたら、これからどれだけの絆を抱えることになるのでしょう。」
確かにね。長年お兄さんとふたりきりで生きてきた援護くんには、いきなり怒涛のように増えてくかもね。
ここは歩くんが口を開く。
「それが人生だよ、援護くん。なのに俺たちは長年あるべき沢山の出会いを、溜めて生きてたんだ。
それに、なりんちゃんとの出会いは、手離しちゃだめだ。あんたまだ分かってないんだよ、
ビギナーズラックでどんだけの大金星を掴んだのか。」
おそれいります。ここは謙遜せずに頂いておきます。
「心配するよりさ、皆で一緒に遊ぼうぜ。そこからなんか見えるものだってあるさ。」
歩が綺麗っぽくまとめて、一旦は援護くんも暫く黙り込んだが、さりとてまだすっきりと安堵に至ったという雰囲気でもいない。
やはり援護くんを恋ごころや遊びの話だけで納得させるのは無理があるんだろうなあ。
ならば。
「援護くん、子ども達の援護って、具体的にはどんな風にするの?」
仕事の話を振ってみた。
「そうですね。一言でいえば、介護の肩代わりをします。」
「肩代わり?」
「はい。これから試験を通って資格を持ったプロの介護士になれば、僕は介護対象のかたと
一対一の訪問介護が可能な立場になります。
そうしたら僕が今まで介護や家事を担っていた子の代わりを担うことで、
その子を学校や部活動など本来あるべき場所に返すわけです。」
なるほど。ていうことは。
「子ども達と一緒に介護に付き添うわけじゃないの?私との介護みたいに。」
「僕は今の立場では介護対象のかたのご家族
即ち澤菜さんのお宅ならなりんちゃんの立ち合いがあって、介護を許されてたのでこれからはそうする機会は減りますね。
ただ、ベッドの起き上がりや車椅子の乗り降り、負担の少ない支え方など安全で正しい介護を指導する機会は設けたいです。」
すらすらと答える援護くん。やはり得意な事のほうが話しやすいようだ。
それにしても、となりんは思う。
あたしは本当にレアな出逢い方が出来たんだなあ。あたしがお姉ちゃんの妹で、それから援護くんがまだ見習いのうちで。
この縁とタイミングで出逢えてなければ、こんなに親密な思いにはなれなかったのかも知れないな。
援護くん、あたしにとってもこの出逢いは、大金星だよ。
「ヤングケアラーの子どもたちは、どう見つけるの?また訪問入浴支援のたびに声をかけるつもり?」
穏が聞く。
「なりんちゃんに声をかけたのは、穏さんの思い出とご縁があった澤菜家だからですよ。
それが無ければ、さすがにそうもいきません。」
それで実際どうするんだろう。
「地域の民生委員やケアマネージャーに呼びかけて、
活動の主旨をご理解頂いて、地道に協力と連携を拡げてゆくつもりです。」
「その支援はちゃんと生活の成り立つ報酬は得られるのか?それと介護家庭も、ちゃんと支払えるのか?」
と、歩くん。
「ご家庭を行政に繋げて、利用可能な支援や補助を使える全てを介護にかけられるようにします。
僕の報酬と生活については、NPOや事務所を立ち上げる必要があるかも知れませんね。」
かも知れないって。自分のことを後回しにし過ぎ。それにしても、ということは、そこはまだ本当に確立もしてないんだ。
けっこうふわふわな段階なんだな。
「それなら裕人の出番もあるかもだな?」
と、こりん。
「裕人くん?」
「そう。例の研究と調査の発表が文化祭であるんだけどさ、裕人けっこう頑張ってて、
学校職員に役所の担当に地域の行政に、色々渡りつけてるんだよ。それにさ、大人相手だけでなくてさ、」
こりんが目くばせで私にバトンタッチする。
「裕人くん、ヤングケアラーも何人も探し出して、話聞けてるんだよ。私もめっちゃ手伝ってるけど。」
驚く援護くん。驚くよね。
「そうですか…、すごいな。」
待てよ?裕人くんこの件の進捗SNSにあげてないな?もしや援護くんにサプライズ報告するつもりがあった?
…ごめん、裕人くん。こりんとふたりで
ばらしちゃった。
少し冷や汗ななりん。
援護くんもSNSを思ったらしく、
スマホを取り出して見ている。
こりんとなりんもSNSを開く。
ーこりんちゃんなりんちゃん
いよいよフェス当日ですね。
頑張ってくださいね!
そこで楽器のイラストのスタンプが続いている。
最近観てなかったすまん。急いで返事を返す。
先ずこりんが
ーおうサンキュー キメてくるぜ!
あとで録画見せるよ
続いてなりんが
ー応援ありがとう
そっち手伝えてなくてごめんね
と、暗にネタばれすまんの前提もしれっと含ませる。
そこで援護くんが
ー裕人くん、凄い成果が出てるそうじゃないか。
ふたりから聞いたよ。
と、満を持して聞いたよを伝える。
しょうがないよねえ。という思いのなりんと、
そもそこまで考えが及ばないこりん。
にっこにこしている。
ここでもう裕人くんの返信が喰い気味に
ー援護さん!もしやふたりと一緒なんですか??
速いなぁ。苦虫のなりん。うんそうなんだよ。
高校生は出演者しか入れないルールも伝えてはあるが、援護くんが来るとは確かに言ってなかったかも。
ー裕人くんは文化祭の準備があるんだね
すまない 僕は来させてもらいました
今度また会おう。君の研究の話も聞かせてくれないか
ーもちろんです!発表についてお聞きしたい事や相談したいこともいっぱいあります
文化祭当日もぜひいらしてください
とにかくレスポンスも速い。これはネタばれについてはもう頭にないな。
てかこれ援護くんが車乗る前に見てたら、こっちの企みこそ援護くんに事前バレだったじゃん。
紙一重の回避だったんだ。こんなことばっかりだなっ
それはさておき。裕人くん、むしろ今まで相談できないでいたのかなあ。
以前援護くんに相談の電話をかけたいとお願いしたら
めっちゃにべもなく即拒されてたし。
それで代わりにこのSNSを始めたんだけど、援護くん返信遅いし内容めっちゃ塩だし。
それが今回はどうよ。
ー文化祭についてはシフトの都合をつけてみる。行ける方向で調整します
よかったね、裕人くん。てか援護くん学校来るの!? やだ楽しみ増えた!
ところで援護くん、文章だと敬語と口語が混じっているな。そもそも文章での通信が苦手なのか。
援護くんの既読レスの遅さは、忙しさだけでなくて得手不得手の問題でもあったのかなあ。
今後のお仕事の見通しで、意外にも裕人くんが風穴になりそうな兆しが見えた事が、
援護くんの醸す雰囲気を明るく柔らかにした。
これはフェスもいい雰囲気でいけそう。
真面目な援護くんにお仕事で話振ってみたの、大成功だな。文化祭でも会えそうな感じなの超ボーナスだし。
案外援護くんのいいバディになれるんじゃない?あたしも、それから裕人くんも。
それからは会場までバンドメンバーは各自イメトレに、歩は運転に、そして
援護くんは早速相談の質問しまくってくる裕人にレスを必死に返して過ごした。
沈黙ではあるがひとり残らず前向きな車内だ。
フェスの会場となるキャンプ場はニュータウン開発の中断でただ広大なだけの更地にあり
道路際で交通の弁はよいものの、それ以外は自然にも市街地にも近くない。
本当に何もない造成地と造成林にキャンプ場としての機能に必要なインフラを備えた、
ある意味音楽イベントには持ってこいな条件を揃えていた。
ベリ子にコテージと呼ばれていたコンテナハウスの前でそのベリ子が一同を迎える。
「テントも食材も届いてるわよ。ダンシは寝床建てちゃいなさい。ジョシは手、空いてるからバーベキューの準備しましょ。」
出発ぎりぎりまで練習してたので楽器はセレナで運ぶが、他に必要なものは宅配便で送っておいた。
こんな事がしやすい立地も実にイベント向きだが、周囲の何もなさゆえに本来のキャンプ場としての人気は低く
お陰でこうして夏休みに3連日で貸し切り出来る状況が開設以来数年も続いている。
コテージには空調もあってジョシスペースとなる一方、歩と援護くんのダンシふたりはテントを張って寝ることになる。
仮設ステージのあるライブスペースとテント用地やバーベキュー場のある宿泊スペースとの間に駐車場を挟んでいるので
ある程度は音響も届かないが、眠るならまあ耳栓くらいはいるだろう。
ステージの方から、遠めに可愛らしいメロと歌声が聞こえてくる。
昼の間はご当地アイドルやその卵たちの出番で、10代でも出演者のみ参加が許されている背景には、こういう事情もある。
アイドル達とその支持者達がいるいないで、イベント全体の収支が断然違ってくるのだ。
主催者側としても、切実に頼もしい。
そうして夜通しのバンド勢の出番も成立する。
我らがこりんTHEポーキュパインの出番は、自ずとその中間の夕方となる。
作業を済ませたダンシが調理に合流したり、ジョシがテントに入れてもらったりと楽しい交流の時間があって、昼食となった。
なりんは援護くんと並んで、紙皿に載せた焼き肉を齧って横顔を見上げる。
「おいしいね、援護くん。」
声をかけてみる。
「ええ。おいしいですね。」
言葉少なだが、援護くんの万感が伺える。
「皆で遊べば、一緒に食べられるね。」
「なりんちゃん。僕は、幸せですね。」
「うん?」
「こうして遊べるの、久々過ぎて慣れてないんです。落ち着かなくて。」
率直だなあ。これもあたしにだから言えて
いるのかな。
「援護くん。これから助けてあげる子たちに、言ってあげよ?」
「なんて言うんです?」
「これからは羽根も伸ばせるよ、って。」
「みんなの羽根、伸ばせるでしょうか。」
「みんなかどうか分からないけど、援護くんが力になれる子はきっといるよ。」
「そうですね。僕の人生は今、そのためにある。」
言い切っちゃうんだ。カッコイイね。
「素敵な決意だけど、無理してない?」
「だから、あまり幸せだと、迷いが生じそうで、怖いんです。」
あたしの混ぜっ返しを、すっと受け入れるのね。
「僕は、恋や結婚だって諦めるつもりでいます。いました。僕の望む生き方では、豊かさは見込めません。それでは、
女性や子どもと家庭を築いても、幸せに出来ません。」
そんなんなままで家庭持ってるオトコのひと、いっぱいいるけどなあ。
「いつか仕事か家庭かどちらかのためにもう片方を損ねるなら、初めから欲しいものを一つに絞って、もう片方は望まないことです。」
援護くんのお父さんも、仕事を選んで家族を手離したもんなあ。
結局そこに話が戻ってきている。つまり、ここがネックなのね。
「援護くん、仕事か家庭かって事なら、けっこう普遍的な悩みかもよ。世の中みんな
そこでつっかえたり、答え出せないでいたりするかも」
「僕は、そこを埋めるピースになるんです。だから、ひきうけるための覚悟がいるんです。」
そうきたか。
「援護くんのしたい事って、ほんとは自分の子育てを終えたひとが始めるような事なのかもね。」
「それなら僕は、もう兄の保護者をずっとやってきましたから。それにぼくのやりたい事は、
いつか叶えたい夢ではなくて、今始める行動なんです。」
ならばこうだ。
「援護くん、私のこと、話しやすいって言ってくれたよね。」
「…はい。」
「あれ、本当にそうなの。その通りなの。 自分で言っちゃうけど。」
援護くん、なりんが何を言おうとしているのか様子を伺う。
「裕人くんの調査がうまく進んでいるのもヤングケアラーな子たちが、私には胸の内を明かしてくれるからなの。
だからあたし裕人くんに駆り出されて、めっちゃ手伝ってるし。」
少し考えて、口を挟まずに話の続きを聞くことにしたらしい援護くん。
「だからね。あたし、今すぐにだって援護くんの夢の役に立つよ。」
紙皿を持ったまま横に並んで立つふたり。 顔だけお互いに向けて見つめ合う。
なりん、前を向いて更に話す。
「こんな風に、同じ方向を向いてさ。一緒にヤングケアラーの話を聞こうよ。
あたしじゃなきゃ話してくれない事、きっとあるよ。」
本当は理由もなく一緒にいられるのが理想だけど。
理由が要るんでしょ?大人同士の世間では。
暫くなりんの横顔を見つめる援護くん。
前を向いたままのなりんの髪に頬に、援護くんの視線の気配が刺さる。
援護くんがゆっくりと前を向き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「一緒に、ヤングケアラー達に、向き合う…」
「そうだよ。子どもたちのためにだよ。」
あたしもつきあってあげるよ、打算の価値観に。
本当はここで手をとりたいけど、紙皿がもどかしい。
なりんは手をつなげない代わりに、髪を援護くんの肩につけてみた。
固まる援護くんの気配。でも、ふりほどかないでいる。
「子どもたちのために、一緒に進もう?」
落ちろ、援護くん。
―暫く伝わっていた援護くんの緊張が、ふと解ける気配がした。
勝った!なりんの胸は踊り心が弾んだ。
「なりんちゃん、恋人でなくてもいいですか?」
「もちろん。今すぐにそういうわけにもいかないでしょ。」
うきうきでそう応えるなりん。
「もしなりんちゃんが、きちんとした人を好きになったら、その時はその人の方へ向かってくれますか?」
!? …なんじゃそりゃ。
「僕は、なりんちゃんの幸せが大事です。だから、先の約束で縛り付けたりなんてしたくない。
僕は子どもたちの支援に集中します。だから、手伝ってくださるならとても有難いですが、
他に大事なことができたら、その時はそちらに集中してください。」
なんですってえ!?…かっっったいなあ~~~、今からそんなこと言うかあ!?もう―!!
なりんは頭を逆に振って、勢いをつけてからそのまま横振りで援護くんの腕に思いっきり
頭突きした。
「おふっ!?」
よろけた援護くんの手から紙皿が落ちそうになり、辛うじて落とさずに持ちこたえた。
「なにするんですか!!」
慌てて焦る援護くん。
「分かったわよ!条件のむ!この果報者!ばか援護くん!援護くんの、ばかーー!!」
承諾の言葉と、間髪入れずに続けてなじりの暴言。これもなりんなりの、乙女ごころの発露だ。
「…すみません。」
呆気にとられて、思わず謝る援護くん。
頭突きされてどなられて謝って、なんだろね。
「援護くん。」
「はい。」
「あたし一緒に進むから。」
「なりんちゃん…。」
「援護くん!」
「はい!」
「幸せだね。」
涙目で宣言するなりん。
「…はい。」
同意してくれた。
「幸せです。なりんちゃん。」
観念した顔で微笑む援護くん。なりんがこよなく慕う優しい両目のその奥の、
いつものあの悲しみが、どうやら解けている。
長かった…。なりんは今度こそ、勝利を確認した。
でも。長いのはこれから先もだ。なんせ
うまく続けばもう一生の間なんだから。
そうだ、言っとこ。
「援護くん、私たちこれから出番なんだけどね。」
「はい。」
「もうひとつ援護くんに仕掛けるワナが残ってるの。」
「なんですって!?」
「2曲目終わったら私が援護くんをステージに呼ぶから、援護くんは上がってきて。」
「なんですかそれは!?」
「3曲目で歩くんがサックスを吹くの。痛くなって一曲吹ききれるかどうかなんだって。
援護くん、すぐ横で見守って、危なくなったら支えてあげて。 」
相槌はなかった。その場で先ずは考える援護くんの癖、私は好きだな。
「援護くん、無茶の支援なんてしたくないよね。
ごめんね。今日だけ歩くんの我がままにつきあってあげて。」
「…それだけですか?残りの罠は。」
「うん、たぶん。」
ちょっと考えてなかった返しをされて、なりんも戸惑った。
…ふーーー、と長いため息をついて、援護くんが顔をあげた。
「いいですよ。シマが考えそうなことです。」
おお、意外。もっと荒れるかと思った。
「シマは、これもサプライズで仕掛けるつもりだったんですね?」
「うん。今援護くんにバラしたのは私の独断。」
しれっと答えるなりん。
「助かりましたよ。僕にはひとりで一旦考える時間が必要なんです。
そんなの観衆の真ん中でぶっつけでやられたら、身が持たない。」
さっき御身に物理でぶつかった女です、
すみません。
「ここはなりんちゃんに免じて、力になりましょう。なりんちゃん、先ずは一緒にハマの夢を、援護しますよ。」
おお、カッコいい。恩に着るよ、援護くん。「うん!」
空気を読んで距離を開けてくれてた皆に声をかけて再合流し、昼食の続きを食べた。
一旦コンロの火を落として簡単に片付け、少し休憩してから、出番の準備に入る。
コテージである程度まで衣装に着替え貸し出しの台車で楽器や着替えを運ぶ。
駐車場を横切り、ステージ裏へ。
小道具やメイクをまとい、衣装を仕上げる。
こりんはチューブトップに小さめ袖なしのデニムジャケ、下もデニムにミニブーツ
酋長の羽根飾りはベリィで合わせたものより二回りも大きい、ベリ子が取り寄せて贈った更に本格的なものに変わり、
これはもういよいよヤマアラシだ。
頬には酋長風味に合わせた二本ずつの白いラインでフェイスペイントも入れている。
穏はこの8月に大仰なセピアピンクの甘ロリドレスで、ツインテの髪のリボンと色を合わせた昏めのリップ、
足元も黒いゴツめのスニーカーだ。
「お姉ちゃん、暑くないの?」
「暑いわよ。ベリーダンスの衣装も用意したのに、ベリ子さんが前にもうやったからそれは駄目って」
「それでそれ?」
ここでこりんがふと、
「てかさ、前にやったって、まさかそれベリ子さんが演奏で大炎上したって年?」
…三人はベリーダンスの衣装のベリ子さんが
及ばぬ演奏で往生する姿を想像して、いたたまれなくなった。
「あたし達、がんばろうね…。」
「うん。」
「ベリ子さんのシカバネを、越えてゆかなくちゃね。」
「生きてるわよ。」
ベリ子さんに聞こえていた。
「てか、なりんは楽そうだな。」
なりんはタンクトップの上からメンズ3LのでっかいリメイクTシャツで肩を出し、
下はキュロットにゴツめのスニーカーとソックスで頭にはキャップという、実にカジュアルな姿だ。
「あたしアコギの弾き語りもあるからさ、扮装でそれはちょっときつい。」
少し想像してみて、こりんは何も言い返さなくなった。
よそ様からはそういう出演者もいるかもだが。
「ベリィさん、またやってくださいよ。」
店名でベリ子を呼ぶ他店の関係者。
「いえもうあたしは。」
「大評判だったじゃないですか。」
これは言葉通りにとっていいのかそれとも意地悪な皮肉か。
大人同士の会話で本音は伺い知れないが、
なりんはそこには近づかない事にする。
今はいよいよ間近の出番に向けて精神を集中させる。
ふたつある楽器をチェックし歌詞とフレーズに欠落がないか何度でも見直す。
穏のドラムセットの配置がスタッフの協力によって黙々着実に進められ、こりんはといえば
出番を終えた他店代表のアイドル達とスマホを出して早速交流している。
なんだその度胸というか動じなさは。
いや、こりんはああして気持ちを作っているんだ。
アイドルの子たちは今日も既に出番を終えて、しかも何度も客前に立っている先輩だ。
同じステージに立つものとして、情報なり心強さなり得るものも大きいのだろう。
なりんは客席にいる援護くんを想う。
観ててね、援護くん。きみの出番まで繋げるから。そしたらバッチリキメて、みんなで大団円なフィナーレを迎えようね。
始まりはまたそこから。
ベリィ組一同の出番はティーンバンド枠の一番手。
アイドル主体な昼の部から30分程度の休憩が挟まれるが、
アイドル目当ての昼の部組の観衆も入れ替わらずに残っている。
そこに夜の部のバンド目当ての客層も場所取り目的の前乗り気分で乗り込んでくるので、
この夕方の客層がいちばんバラエティに富んでいる。
舞台裏では準備を整えた出演4人が円陣を組み、手を重ねていた。
号令はリードボーカルのこりんだ。
「こりんTHE~、」
「ポーキュパイーン!」
重ねた手が持ち上げられ、一同が声と手のひらを突き上げる。
各々楽器やスティックを手にステージに進む。3曲目のみの歩は舞台袖に待機だ。
ポジションについて順に目を合わせ、頷き合い
こりんの挨拶。
「お初です!アイアムこりん!
ライブバー・ベリィプレゼンツ!
ウィーアー!
こりんTHEポーキュパイン!!」
穏の重くはないが爽快なドラムで始まる前奏
1曲目は歩の作曲・こりんと穏の共?作詞のオリジナル曲「ベリィHOT」だ。
♪ベリ子のまかないなんでも辛レェ!
♪危険な恋のつまみ食い
♪気軽にハバネロ入れんじゃねえよ!
♪熱い口づけ燃える夜
♪お陰でこちとら デスヴォイス!
…別にウケると思ってこうなったわけではなく、
会議で決まった通り歩が二人分の作詞を切り張りしたのだが、そもそもこりんは作詞を他に譲る気でいたので
没になるつもりで書いものがこうして穏の情熱的な力作と混ぜられてこんな事になっている。
穏の歌詞に切り張りのしわ寄せが偏ったものの、お陰でなんとなく文脈も通っているような気もする。
♪シマの彼女は片手じゃ足りねぇ!
♪アバンチュールは星の数
♪同時進行ロクデナシ!
♪愛の修羅場もお手のもの
♪ベリィHOTベリィHOT!サマー!!
…ベリ子さんも歩くんもこの歌詞でよかったのか。
だがこりんのちょっとやけのやんぱち気味な歌唱が妙な迫力と愛嬌を帯び、観衆の反応は上々だ。
♪ベリィHOT!
「ベリィHOT!」
♪ベリィHOT!
「ベリィHOT!」
シンプルなサビに即応でコールを返してくれている。
♪ベリィHOT!
「ベリィHOT!」
♪ベリィHOT!
「ベリィHOT!」
甘か無ンだぜベリィHOTサマー!
ここで間奏はこりんが休みなしにギターソロ
剥いた歯を食いしばった必死な形相が、なりんの位置からも見てとれる。
こりんに限らずなりんだって穏だってそりゃ終始必死ではあるが。
順にベースにもドラムにもソロがあって間奏が明けてまたボーカル
これで一曲目のまとめに入るパートだ。
♪のんのしたたか舌先三寸
♪なりんの底なし大喰らい
♪こりんの毒舌ヤマアラシ
♪みんな仲良し気兼ねなし
♪ベリィHOT!セイ!
「ベリィHOT!」
♪ベリィHOT!moreセイ!
「ベリィHOT!」
♪ベリィHOT!ベリィHOT!
サマーーーーー!!
「…センキュー!」
こりんが快哉の感謝を叫ぶ。キマッた。会場は大喝采!!
一曲目は大成功だ!にしても、正直歌詞は気兼ねしてほしかった。
あたしは大喰らいってほどじゃない。と、なりんは思う。
ベリ子の賄だって別にもなんでも辛いわけではなく、
ベリ子が自分の分の夜食を自分好みに調味したものをこりんが勝手につまみ喰いして、
激辛地獄を味わったというのが真相だ。
ただ、歩については…、どうやらほぼ実態らしい。
しかも彼女達同士も牽制し合いつつけっこう仲良くなやってるらしく、まるでラブコメマンガの主人公だ。
行きの車の中では歩くんが「絆が増えてゆくのが人生」と綺麗げにまとめていたけど、
歩くんの実態を知るとそう鵜呑みにもできない。
それを一言で「ロクデナシ」と言い切ったこりんの歌詞を歩は面白がったが、
それが誇張でもないという可能性には思い至らなったのかもしれない。
以上、ベリィの面々を歌にしたのが一曲目「ベリィHOT」だが、では援護くんを歌にするとどうなるのか。
それがなりんの担当する2曲目だ。
こりんと穏が愛想を振りつ舞台袖へ捌け、なりんがベースをスタンドに立ててアコギを手に取り
その間にスタッフが椅子とマイクを設置してくれているので、軽くお礼を送って位置に着く。
ギターを構えマイクスタンドを調節し、観衆に挨拶の会釈をして曲名を告げる。
「聴いてください。『なりんの援護くん』。」
穏やかで優しいイントロが観衆に曲調を伝える。
♪耐えてる君は いつかの僕だ
♪だから助けてあげたいと
♪言ってた
♪君はやさしくあたたかく
♪私を助けて微笑んで
♪くれたね
♪世界が待ってる 優しいその手を
♪これから私も君と守るよ
♪どこかで待ってるいつかの君
♪ふたりで
ー間奏に入り なりんは観客ゾーンに立つ援護くんの姿をちらと確かめる。
ちゃんと聴いてくれている。
♪これから私が君を守るよ
♪ひとりじゃないよ 頼ってね
♪私を
ー後奏を弾く間、勘のいい観客は周囲をきょろきょろ見回す。
歌っている子が「なりん」ちゃんなら、
この会場の何処かに、タイトルの「なりんの援護くん」がいるのでは。正解だ。
静かに演奏が終わり、なりんが立ちあがって一礼する。
さざめくような拍手は、この後にまだ展開が残っているはずだという、聡い観衆の状況伺いだ。
期待に応え、なりんはマイクを取って呼びかける。
「援護くん。これから歩くんがサックスを吹くの。
一曲吹き切るまでに痛みが起きても大丈夫なように、すぐ隣で支えてあげて。」
それ以上の詳しい経緯は言わないが、文脈で概ねの事情は観衆にも読み取れるだろう。
なりんの呼びかける視線の先に徐々に目も集まり、援護くんが観衆に見つけられた。
物語で描かれる「キャンプフェス」は架空の催しですが、我が地元にも
「成田太鼓祭」や「成田玄まつり」などのれっきとした音楽フェス!が催されておりまして。
お蔭さまでコロナ明けの今年も大盛況でした。
かくいう筆者こと私も10年ほど前まではどちらの催しでも裏方として駆け回り、
特に太鼓祭の方は実質の主催者組織「成田街づくり塾」の一員として
下っ端から中央寄りまで色々担いました。
うまくいったことも、思い出したくない至らなさも、思い出は様々あります。
自分の好みとしては、下っ端のほうが気楽で楽しかったですね。(しみじみ)
で、
作中のキャンプフェスにも、直接的なエピソードこそ盛り込みませんでしたが、
自分が知ってる催しの雰囲気くらいはにじませて。 要は、
まるっきりの想像だけでの作り話しでもありませんよ、ちゃんと実社会でも
色々関わったうえで描いてますよ、というね、申しぶんを述べさせて頂きました。(礼)
次回 第14話「ステージの上」
ライブバー・ベリィ代表「こりんTHEポーキュパイン」ラストの3曲目、刮目してご覧あれ!!