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なりんの援護くん  作者: なりた
12/20

第12話 ロックフォー援護くん

ヤングケアラーではなくなってしまったなりんに、

援護くんは一線を引いて会おうとしない。

大いにねるなりんに

姉ののんが授けた打開策とは!?

というお話。

  第12話 ロックフォー援護くん


ところが、援護くんに思いを告げる機会は来るかどうかすらあやしくなってしまった。

 援護くんが次に訪問介護に来る予定の日よりも祖父直樹の施設へ入居する迎えの方が

先回ってしまったのだ。

「お母さん、なんでこんな早いの?」

「空きが出来次第ってお願いしていたから、お互い準備が整ってしまっていたのよ。」

 長女・穏と母・紀子のそんなやりとりを

背中で聞きつつ、凜はSNSの画面をみつめていた。


ー援護くん 会いたい 予定合わせてくれる?ー


ーなりんちゃん 短い間ですがおせわになりました。

 僕は介護と試験に向けての勉強に集中します。

なりんちゃんも元気に頑張ってくださいね。 お互いにはりきってゆきましょう。

またいつか


…なんて切り換えが速いのよ。

援護くん、薄情なひとなの?


ー援護くん 会いたいよ


 そこに返事は返ってこない。

あたし、ふられたのかなぁ。もう?

「凜、乗って。」

 施設のバスで、家族も一緒に向かう。

 座席についてもう一度画面を見ると新着の表示があった。


ー援護くん 来月のフェス 来るよな


 新たにグループに加わった歩くんだ。

フェスとはベリィも加わっている合同の催しで、内輪での通称はキャンプフェス。

来月つまり8月の後半に、近郊のいくつかのライブハウスが合同でひとつのキャンプ場を

丸ごと3泊ほど借り切り、バーベキューとオールナイトの対バンフェスを開催する。

 因みに対バンは中日の一晩きりで、前後は準備片づけに客の前乗りとスタッフ即ち

各ライブハウスの経営陣や従業員同士の親睦お疲れ様会だ。

 

この話は先日の3人の帰路で切り出されており、そういえば援護くんは

「はい、それではおじゃまします。」

と、確かに答えていた。これは言質だ。

「ですますじゃなくて、行く!でいいんだよ」なんて、歩くんにダメ出しされていたっけ。

 なによ、あたしとは会わないのに、歩くんとなら遊ぶんだ。

「凜、これね。」

 いつの間にか画面を覗き込んでいた穏が話しかけてくる。

「何よ、これって」

 凜が聞き返す。

「キャンプフェスでしょ。これがラストチャンスかも。」

「え?」

「参加するわよ、私たちも。」

 たち?お姉ちゃんが私とキャンプするの?


 祖父・直樹の新たな個室はなかなかだった。

簡素ではあるが、明るく空調も快適だ。

「お義父さん、なるべく通いますからね。 私だけじゃなく、穏も凜も来させますから。」

 母・紀子が語りかける。

「おう。」

 いつも通り短く祖父が答える、とそこにもう一言加えた。

「ありがとうなあ、のりこさぁ。いつも無理かけちまって。」

「無理だなんて」

「また我がまま聞いてもらっちまった。本当済まねえ。恩に着る。」

「お義父さん。すぐまた会いに来ますからね。」

 一同は部屋の設備の説明を一通り受けて、その日は帰った。

帰りは施設のバスではなく、タクシーを呼んだ。

凜はまた助手席で、後部座席で穏が母にキャンプフェスのサイトを見せている。

「お母さん、このイベントにあたしと凜で参加するの。参加費は私が概ねもって、

凜にもいくらか出させるわ。」

 そうなんだ。私も出すのね。そりゃそうよね。てかまだ行くと言っても聞かれてもないんだけど。

「危なくはないの?」

「ベリ子さんがコテージに入れてくれるって。 それで歩くんは援護くんと一緒のテント張るんですって。」

 おーお。仲良しですこと。てか、いつの間にそこまで話進めたのよ?

 さっき行きのバスで思いついた事よね!?

凜は穏のポテンシャルに舌を巻いた。

やっぱりお姉ちゃんのほうがよほど援護くんの力になれるんじゃないの?

援護くんに袖にされて拗ねた凜のいじけは、まだまだとまらない。

「凜、あんたも出演だから。参加もコテージもそれが条件だからね。」

 へ!?

「えっ何よそれ!?」

「助手席で大声出さないの!運転手さんに迷惑でしょ!」

 母に叱られて前を向きなおす凜。

再び今度はなるべく小さく振り向き、

「あたしが何するっていうのよ!?」

となるべく小さく聞くと、

「こりんちゃんのボーカルとギターが調子いいみたい。あんたは今からベースに転向して、夏休みのひと月で猛特訓して、

こりんちゃんとガールズバンドを組むのよ。」

 こりん!?なんでここでこりん!?

…、あ!

あいつ、あたしが紹介にマテをかけてるのに

待ちきれなくなってひとりでベリィに乗り込んだな!?

「…、こりんはもう、ベリィに出入りしてるのね?」

「すごいコミュ力ね、あの子。あたしベリィであんたの頭越しに先にあの子に初対面して、

名まえ名乗った途端に

『なりんのお姉さんですね!いつもお世話したりされたりしてます、こりんて呼んでください!』

てさ。食い気味。」

 物まねがちょっと似てる。ほんと小器用な姉よな。

「つまりあたしは、援護くんと再会するために、今からベース特訓してひと月後に初ステージ踏んでキャンプするのね?」

「コテージでね。いい青春でしょ?」

 なによこのお膳立ては。またもやめっちゃ操られてるけど、

…、乗らない手はないじゃない!

 凜は助手席から静かに親指を立てた。

「最っ高よ、お姉ちゃん。」

「姉上とお呼び。」

 そうよ、おじいちゃんと援護くんとの静かな夏ではなくなったけど、こうなったらこれもこれよ。

やってやろうじゃない!ステージの喝采も援護くんとの人生も、みんなあたしのものよ!

「…ところで、バンドってふたりっきり?」

「今度ベリィで話すわ。せっかく自宅介護から解放されたのよ。お互い自由と青春を満喫しましょ。」

 援護くんの調査という目的を終えたあとでも、穏はベリィに通っている。

バイトというかほぼほぼ店員のようでもあり、客でもある。

 余程ベリィの居心地が気に入ったのだろう。

…で。

お互い、お互いか。お互いねえ。


夏休みが始まるまで 凜の放課後はすぐベースの練習に、というわけにもいかなかった。

 母や姉と交代で祖父の見舞いにも行くがそれ以外の日は裕人に約束してしまった手伝いが大きく占めている。

 歩が指摘した例の「ひとが胸の内を打ち明けたくなる雰囲気」が裕人の調査に大いに機能したからだ。

ヤングケアラーの探し出しにも、そうして会えた生徒への聞き出しにも、その場に凜がいるといないとで成果が格段に違うので

裕人が凜を離さない。

 お陰で「高橋は金子に振られて澤菜に乗り換えた」などと面白半分な噂も流れたが

裕人はこりんへ一途なままだし凜だって恋かどうかはさておき、心に占める男性は援護くんひとりだ。

その日の放課後も早速裕人が駆け寄ってきて

「なりんちゃん!今日もよろしくお願いします!」

と勢いがいい。

 だが今回はいつもと違う展開になった。

「裕人、今日はなりん借りるぞ。」

 久々にこりんに話しかけられて裕人が固まる。

「なりん、今日こそ一緒にベリィ行こ。まだ何も始められてないのやばいよ。」

 確かに。そうさせてもらおう。

「ああ、キャンプフェスですね。僕も観たいなぁ。」

 SNSでやりとりしているので、裕人もこの件は知っている。ちなみに援護くんは

退会こそしないものの、あれ以来なしのつぶてだ。

「お前はだめだ。今やってることに集中しろよ。」

「だめですか?」

 教室にちょっと緊張感が走る。

「…話があるんだろ?あたしに。文化祭の発表のあとで。 聞いてやるから、半端なものにするんじゃないよ。」

 険しいようなそれだけではないような表情で目をそらしながら、こりんが呟く。

おお。それって。

「…分かりました!みててください、一大成果をあげて見せます。」

 目を逸らしたままのこりんに裕人が宣言する。

ふたりの頬が紅潮するのを茶化す奴はいなかった。

そんな野暮をすれば、いずれ後で自分の番が回ってきた時にどんなしっぺ返しが来ても文句は言えない。

皆その程度には先読みが利く現代っ子だ。ーもっとも、

クラスにひとりはいるそういうヘマをするお調子者が、当のこりんだという事情もあるが。


 ベリィへ向かう電車の中で、なりんは肩でこりんをつついた。

「早く言ってあげなよ、裕人くん気を張って頑張ってたけどなんだかんだずっと不安そうだったんだよ。」

「あたしはさ、様子見てたんだよ。あいつがへこたれて投げ出すようならそれまでだったけど、ちゃんとやってたじゃんさ。

だったらもうさ、そろそろ繋ぎをつけといてやってもいいかなって。」

 繋ぎかあ~。そう言うんだあ。

 ついつい、にへらぁとしてしまうなりん。

「なんだきっしょ。それよりベリィ着いてからだけどさ。

 今日は先ずベリ子さんとのんさんに企画を聞いて、それからシマちゃんに曲聴かせてもらって」

 こりんは歩をシマちゃんと呼んでいる。

「歩くんの作曲なんだよね、凄いよね。」

「それとカヴァーも1曲で計2曲な。」

「ひと月でかぁ~、厳しいなぁ。」

「なりんなんてゼロからで、一曲2週間だよ。

あり得ないよな。」

「説明してもらいましょ、出来ればベリ子さんから。」

「そうそう、のんさんの話聞くとさ、その場では凄い納得出来た気になるんだけど、

あとで思い返すと、ん?てなるんだよな。」

 そうなんだよぉ~、こりん。

なんで援護くんと会いたかったら

あたしがベース習って初ステージなのか、

 今となってはさっぱり分からん。

 でも私もうノリノリだもんな。

援護くんと再会するのに他にどんな手あるのか思い浮かばないし。

歩くんが接点ではあるけれど、援護くんと確実にアポ取れてるのは今んとこ、このフェスだけだし。

 今はもうやるのみ「で、ベースとバンドでフェスの参加条件満たして、援護くんに会えたらどうするのかを考える段階だ。

文化祭へ向けた裕人くんみたいな状況だ。

 迷ってる時間はないぞ。燃えるぜ!


「来たわね。ふたりとも。」

 店内でベリ子さんと穏がなりんとこりんをテーブルに招いた。

 この一席のために歩は今日は一人で清掃を引き受けているとのことだ。

「いや~ふたりとも助かるわぁほんと感謝」

 上機嫌なベリ子。

「早速だけどね。

フェスの参加店は各店代表の人気バンドを出演させるんだけど、ウチのゴリゴリ達はみんな他所さまが本拠地でね、

ウチに出てくれるのはカチあったときとか事情ご都合次第なのよ。」

 早速ずいぶんなぶっちゃけが。

「毎年なんとかしたりどうにもならなかったりしてんだけど、今年はそこにこりんちゃんが鮮烈に登場するわけよ。

 こりんちゃんがバイト希望で入店してきた時にこれだ!て閃いちゃったのよね。」

 あたしには閃かなかったのかなぁ。

「あ、なりんちゃんはこれまでは介護の都合があったわけじゃない。

 でものんちゃんがね、姉妹揃って都合が空いたから、一緒にバンド組もうって言ってくれて。」

姉妹揃って?一緒に?

「え、お姉ちゃんは何やるの?」

 穏、不敵に笑ってステージに向かい

「観てらっしゃい。」

 ドラムの座に座る。まさか。

そこから穏のドラムソロが始まった。

お姉ちゃんが?ドラム!?いや実際今打ってるし。しかし、なんというかまぁ、たおやかというか、

ややか弱くはあるけれど。まぁ、やれてる?て感じ。

ひとしきりやってみせて再びドヤ顔を見せる穏。だが、息があがってへとへとだ。

「あたしは2曲通せるくらいにはしてみせる。凜、こりんちゃんも。ひと月で仕上げてみせなさい。」

 恐れ入ったわよ。そういう事なら、はりあってみるかな。

「ベリ子さんは?鍵盤とか?」

「あたしはやんないわよ。その手は昔試してみて、大炎上の大やけどだったわよ。」

 ベリ子さん、演奏は向いてないのか。そんな酷かったんだ。

「歩くんは…、」

「やる気みたい。援護くんに来てもらってね。」

「舞台袖に救護班待機でね。限界越えで痛くなったら援護くんに運んでもらうのよ。」

「援護くんステージにいる想定!?」

「招待は客席側よ。そうでないと来てくれそうにないし。だからね、ハメるの。1曲めでハメるわよ。」

ハメる?

「1曲めで援護くんをステージに呼ぶの。2曲目の歩くんを援護して!って。」

 なんだその企画!?凜は呆れた。

「待ってよ、援護くんをおもちゃにする気?」

「おもちゃじゃないわよ、お互い一緒に遊ぶの。」

「一緒に遊ぶ?」

 いぶかるなりんに穏が説明する。

「そうよ。援護くんの人生に決定的に足りないのは、遊びと、遊びたいって思う自由さよ。」

「だからな、真剣に遊ぶんだ。援護くんを真剣に遊びに誘って、一緒に遊ぶ。」

 歩が話に加わってきた。

「そのために俺は身体を張る。俺がやりたくてやれないできた完全完奏をかけて、

援護くんに援護くんのいちばん得意なこと、支援介護をしてもらう。」

「そのために皆の力が必要なの。なりん、あんたは援護くんに自分から、遊びたいって言わせるのよ。」

 お姉ちゃんが、あたしをなりんと呼ぶ。

 なりんはそこにも姉の覚悟をみた。

「もし、援護くんが心の底から、別に遊びたくはないと思ってたら?」

「そう思わせるのよ、1曲めで。意地にかけて、援護くんに自分も一緒に遊びたいって思わせる。」

「なりんちゃん、俺は一生かけての援護くんの遊び仲間にもなるつもりだ。力を貸してくれ。」

「それが、援護くんの人生にも必要なことだと思うから?」

 歩が真剣に頷く。

「その通りだ。俺と援護くんは友達になった。だから、余計なお節介をやくし、無理にでも一緒に遊びたがる。

それが出来て、漸く俺たちは人生を取り戻すんだ。」

ロックだなあ。深いバンドだ。

「企画の意図はこれで解った?じゃあ次。

 キャンプフェスの入場資格は本来、満18歳以上の社会人と学生よ。だけど例外として出演者側なら

各店オーナーの責任下において参加が可能なの。なりんちゃん、こりんちゃんもだけど、出演以外に入場の手段は無いわよ。だから

当日までの一か月くれぐれも真剣によろしくね。あとケガや体調にも気を付けてね。」

「ラジャー!」

 こりんが応える。

「アイシー。」

 なりんも工夫して答えてみる。

「じゃあこれ、今回の2曲な。」

 歩が楽譜を拡げる。

 1曲は歩のオリジナル作曲でもう1曲は

アイドル曲のカヴァーだ。

「こりんちゃんには先に渡してあるから、今日はおさらいから始めててもらう。

 なりんちゃんにはたった今から俺が指導を始める。」

「ベース持ってこれればよかったんだけど」

 そう言うなりんに、穏が

「あるわよ。」

と、ケースを運んできた。

「お父さんに凜がベース始める、て連絡入れたら、楽器部屋に入るお許しをくれたから。」

 凜が学校で軽音部に入部したのは、姉妹の父澤菜賢一の趣味の影響だ。

いくつもあるギターの中から初心者向けの物をひとつくれたので、じゃあ始めてみるかというノリで小学生の頃から緩く弾いていた。

しかし高校の部室は只の先輩たちの溜まり場で凜の情熱は行き場を失い、すぐに祖父直樹の介護も始まったのでそれっきりでいたのだが。

「でも、なんでベースなの私。」

 ギターなら達人ではなくても経験がある。

「ギターはこりんちゃんが始めていたからね 先着順よ。ダブルギターなバンドもあるけど、ノーベースなバンドはいないわ。」

 それで1からベースか。

「お父さんがベースも持ってたのは知ってたし。」

「ドラムは無いわよね。」

「あんたやる?あたしこれ気に入ってるんだけど。」

 こっちも先着順か。別にドラムもベースも初心者であることに変わりはないけど。

「分かった。それじゃ歩先生、よろしく。」

「おう。巻きでいくぞ。」

 そこから歩が自分もベースを持ち出しての付きっ切りで指導に入り、なりんの練習初日は開店ぎりぎりまでみっちり続いた。  


「お祖父ちゃん、援護くん、元気?」

「えんご?おう、圭吾か。」

 今日は当番で祖父直樹の見舞いに来ている凜。

「圭吾はな、毎晩声かけてくる。そんで顔見せて顔見たら、そんで出てく。」

 祖父のペースでゆっくり話すのを聞き出す。

 援護くんは自身で話していた通りに、夜は施設の遅番に入っているようだ。裏の顔的な一面は無いらしい。むしろ、いつ寝ているのだろう?

確かに介護士の資格を得るための、大切な時期だけど。

歩の言う通り、根を詰めすぎかも知れない。

 あたしが我がまま言って家に来てもらってたぶんだけ、シフトの調整でしわ寄せも出来てた気配はあったけど、

それがまだ解消されないのかな。それとももう、次の誰かの補助を始めているのだろうか。

 どうであれ、夜勤にいる事は分かっていてもそこに会いに行くことは決して許されない。

もしそんな無神経をしたら、援護くんには絶対に受け入れてもらえないだろう。

 援護くんはお仕事にとても真面目で真剣なのだ。

「お祖父ちゃん、援護くんによろしくね。」

「圭吾か。おう。」

 覚えててくれるかな。くれるよね。でも援護くんの方はどうかな。

あたしがヤングケアラーでなくなったら、それでもう忘れちゃうわけ?

 その理屈なら。あたしが援護くんを忘れない。あたしだけじゃない、歩くんだって。

だって援護くん、貴方ぜったい、まだ誰かが助けになるべきひとだもん。

 自分には何も出来ないなんて言わない。

 介護も無くなって、今んとこ手が空いてるしさ。

それでも本当に何もしてあげられないなら、出来るようになるだけよ。

 援護くんはいつかの自分を救うために、あたしや子ども達の味方をしているけど。

 今の援護くんにだって、味方は要るわよ。

 それ、あたし達が成る。そのための第一歩が、

なんでかバンドの練習だとは、思わなかったけど。


 裕人が調査に、こりんがバンドに集中し なりんは大幅にバンド寄りに双方に関わりつつ、夏休みが始まった。

 裕人には夏休みが始まったらバンドに集中するから手伝えないと言ってあり、了承されている。

 こりんも本来の部活には休部届を出してギターに首っ引きだ。

穏はほぼベリィに住み込みしている。

簡素ながらシャワーとベッドを備えた客間がベリィにはあり、穏は店員として働きながらベリ子と寝食を共にし、

空き時間でドラムの練習に打ち込んでいる。完全防音が自慢のベリィでなくてはこうはいかない。

一方なりんは高校生が連泊などお許しが出ず、毎日電車でベリィに通っている。

朝昼は母と食事を共にし午前中にその日の勉強や掃除を終え、父の楽器部屋でベースに

ヘッドフォンアンプを挿して独りで練習し、昼食が済むとパート時間を増やした母と共に家を出る。

ベリィに着くまでイヤフォンで演奏曲を聞き着いたらこりんや穏と先に開店準備を済ませてしまい、

ひと組目の出演者が到着するまでひたすら練習し、開店したらなりんとこりんは駅まで一緒に帰って時には寄り道や買い食いなどを共に致し、

それぞれのホームから乗車する。

 帰宅すると母と夕食し入浴を済ませて、その日のおさらいを弾く。おさらいと入浴は日ごとに前後するが、母の

「お風呂入っちゃいなさい。」の指示は優先される。

 そして寝不足などで自滅せぬよう意識して早く就寝し、次の一日に備える。

こうしてなりんの、わりと寡黙な、されど心身共にひたすら熱量の高い7月は無駄なく費やされてゆく。

 今のなりんには、やるべき事も目標も共に進む仲間も環境すらも全て揃っている。

援護くんと出逢って、今ちょっと離れてまた合流するまでに、

バイトもバンドも、私は私の青春を楽しみ尽くしてやる。あたしは一秒だって、あたしを犠牲になんてしてない。そしてその先に、

援護くんを必ず取り戻す。    


 8月初日、練習の前にまた会議になった。

「出場バンドの登録にね、バンドの名前が必要なのよ。どうする?」

 そこでひとりずつ案を出してゆく。

「ベリィズでいいんじゃないすか?」

と、先ずは直球なこりん。

「それ前に使った。新鮮味が欲しいから、新しい名前にしたいな。」

と、ベリ子から注文がついた。

「大福マロン。」

と、穏が自信たっぷりに自慢の案を明かすも

「夏だからねえ、フェスが秋ならマロンでもよかったんだけどねえ、美味しそうだし。」

と、これも却下で、なりんの番。

 実はあたしも考えてた。これでどうだ。

「こりんTHEポーキュパイン」

 聞きなれない響きに3人が目を向ける。

 最初にピンときたベリ子さんが、

「あ~、つまり、こういう事ね。待ってて」

とバックヤードに駆けてゆき、何か小道具らしきものを掴んで帰ってきて、

「こりんちゃん、ギター構えてこれかぶって。」

と言うが早いかかぶらせている。

「こう?」

 こりんが言われるままにギターのストラップを肩にかけて構えると、それを観た穏も

「ふーん。そういうんだっけか。」

と、何か合点がいった様子。

 自分の姿は見えないこりんはまだよく分からず、

「これあれだよね、西部劇で酋長がかぶるやつ。」

と、とりあえず手持ちの情報を言ってみる。

「そう。これ観て」

と、ベリ子が今度は車輪付きの姿見を押してきたのでこりんも自分の姿を確かめると

「あ~、あれか。あたしも観たよ。あの映画。」

 そのアニメ映画には、今のこりんとよく似たキャラクターが登場する。

 ポーキュパインとは、訳すとヤマアラシ。

 別に針の毛皮を作ってコスプレしてるわけでもないので、著作権的にも問題は無いだろう。

こりんはギターを鳴らし頭を振ってみせた。

空想の針が飛び、3人が楽しそうに避けたり刺さってみせたりする。

「決まりね。なりんちゃん、採用!」

「でもいいのか?あたしの名前だけ入ってるけど。」

「いいのよ。こりんありきで始まったバンドなんだから。なんなら金子ーズでも。」

と、なりんが答える。穏が

「りんりんのんのんっていうのは?」

と混ぜっ返す。

「惜しい!タッチの差だった。」

 ベリ子は先着順も好きらしい。

こうしてライブバー・ベリィ代表・ーこりんTHEポーキュパインーはオンラインで即時無事に登録を済ませ、

予選も試験もないまま当日出場が決まった。

なんせ合同のお祭りであって、ショウビズ第一の催しではないのだ。

ほぼ高校生のバンドなので、出場順も日の沈まぬ夕方のうちにと決まった。


 家・ベリィ・見舞いの三か所を移動する凜の八月

移動時間にも歩きながら歌詞コンペに向けて歩のメロをイヤホンで聞きつつ言葉を載せたりしてるので、

周囲への注意が途切れたりと色々ちょっと危ない。

 それでつまづきかけたりすると、そんな時もふと

(援護くんもこんな風に介護や資格取得に集中しているのかな。)と想いが馳せる。

本当に、余計なお世話なだけになってないか。

 それともそんなの承知の上で仕掛けていてむしろ全部こっちのエゴなのかな、やっぱり。なりんは時折思い返してしまう。

歩くんもお姉ちゃんも狂おしいよね。

ああ、あたしだけ気後れしてないか、これ。

 この期に及んで。

そういえばこれもお姉ちゃんに先回り済まされてるんだよな。

ここからはあたしの気持ち次第だって。

覚悟しなきゃ。改めて。これからお互い針も飛ばすのね、一緒に居続けるためになら。

 これからのどこかで援護くんとだって言い合いになるかもしれないんだし、そのための先手必勝。ステージから歌で先制攻撃をかける。

一通り思い返して、その上からまた決意を新たにする。

歌うのはこりんか。あたしも歌わせてもらえるかな、一緒に。


 歌詞コンペ会議当日。

「うん、これはなりんちゃんのボーカルで行こう。」

 あっさり決める歩に、

「マジか。」

と素直なリアクションのこりん。なりんも、

「いや、そこまでは」

と焦るが、歩は構わず

「メロもこの詞に合わせて付け替える。元のメロにはこりんちゃんとのんちゃんの詞をマッシュして載せる。

混ぜ方は一旦俺に預けてくれ。それで出来たもんに文句があったら、その都度話し合おう。」

滔々と話を進める歩。

「まじか。」

 穏も穏やかでなさそうだ。

「じゃあカヴァーの方は無しになるの?」

「やるぞ。うちからは3曲になる。元々持ち時間はもっとあるんだよ。」

「覚えきれないしやりきれないよ。」

「大丈夫だ。この歌はなりんちゃんの弾き語りで行くから、君らの覚える量は変わらない。

 なりんちゃん、ギターいけるんだよな。アコギもありか?」

「ありだけど、まじですか。」

「大マジだ。なりんちゃんはベース2曲にアコギの弾き語り1曲。

こりんちゃんはエレキギターでリードボーカル2曲。

 のんちゃんもドラムでなりんちゃんのソロ以外の2曲。

曲順は俺のバンド曲、なりんちゃん、カヴァーの順で、2曲目終わりで援護くんをステージに揚げて脇で待機してもらって、俺がサックスで加わる。」

「サックス?吹くの?」

なんか脇痛くなりそう。わざわざなチョイス!?

「おう。援護くん無しではやってみる気なんて起きないがな。いたところで痛くはなるんだが。やれるとなったらやってみたかったんだよ、ずっとな。

 介護が本職の援護くんにすぐ脇で見守ってもらって、やばくなったら舞台脇まで俺を支えて運んでもらう。」

 なるほど~。歩くんも援護くんが好き好きだなあ。う~ん。援護くんの苦虫が目に浮かぶなぁ。

て、ひとの心配だけじゃない。

「やれんのか!?あたし。」

「あんた次第よね。」

 穏が即答する。そうだけどさ。

「ベースはベースできっちり仕上げてくれ。俺は明日までに曲とコード進行作ってくるから。」

…歩くんもケガしなかったら超人だったかもね。

現状でも充分すごいけど。

「じゃあ今日の練習、始め。」

 コンペ会議の終わりも告げずに、一同は次に移った。

「1曲目の歌詞はもう1日待ってくれ。それまでは好きに歌っててくれ。」

「ハミングにしとくわ~。」

覚えなおすのきついもんね。


帰りのホームで父に連絡を取って許可をもらい、帰宅するなり楽器部屋でアコギを引っ張り出し、即調律に入る。

こういうのは億劫になる前に最優先で済ませるのがコツだ。

タイミングを逃すと手につかない。

待て、あたし明日から楽器二つ持ち運ぶの?

きついな、どっちかベリィに置かせてもらうか?だとしたらどっちだ!?

ていうか、これはそろそろお願いしてみるか?


「お母さんあのね。ベリ子さんが、今お姉ちゃんのいる部屋にあたしも泊まってもいいって言ってくれてるの。」

 凜は根回ししておいたベリィへの泊まり込みの許可を母に願い出た。

このお願いが通れば往復の時間と労力が練習に注ぎ込める。

「じゃあご挨拶しないとね。ベリィに電話つないでくれる?」

 やった!いける。イケてるぜ我が母よ!

その後とんとんで話が進んで、凜はフェス前に一度は家に戻る約束でベリィへの連泊が決まった。

「明日は私も一緒に行くわ。電話だけじゃなんだし、あんたも荷物持ちきれないでしょ。」

 それはそう。弦ふたつに着替えに色々で、正直、助かる。

「あんた達が実際何やってるのか、それも見ておかないとね。」

「へ?でもまだろくに合わせられてもないんだけど。」

「練習の様子でいいのよ。お父さんもめっちゃ気になってるし、やましくないとこ見せてちょうだい。」

 父は父で、凜にも穏にもよく電話で進捗を聞いてくる。

「穏がドラムで凜がベースなんだろ!?父さんとも家族バンド組んでくれ!」

「ギターとボーカルはこりんだよ?」

「父さんもギター弾く!」

 なんなら仕事投げてフェスに参加しそうな勢いだ。そうもいかないらしいが。

「練習風景撮らせて?お父さんに送るから」

 ちなみに母は楽器やらない。カラオケは好きだったようだが。

 父とはどんな馴れ初めだったのだろう。

ベリ子さんも、…あ、そうか。

ベリィはきっと歩くんのためのお店なんだ。

愛されてるなあ、歩くん。ベリ子さんも、

見かねたのかな。ベリ子さんは結婚しないんだろうか。美人なのに。


 その晩のうちにベリィに連絡を入れバッグに荷物をまとめ翌日ふたりは並んで電車に揺られた。

 母こと澤菜紀子がベリ子と歩に挨拶し合い、菓子折と何か一封を渡して定型の遠慮と押し渡しをし合い、

姉妹の部屋に荷物を運び込み練習と開店準備の様子を確かめ撮影し、穏やこりんとも会話を交わした。

出演者の演奏も何組か観てから帰ることにする。

 なりんは歩にコード進行のスコアをもらい一同で歩の弾き語りをワンコーラス聴いて頭に叩き込んだ。

いいかも。改めて感心の眼差しで歩を見ていると、歩が

「ストックも少しはあるんだよ。なりんちゃんの歌詞見て曲にはまりそうだったからさ。」

と、解説してくれた。

歩が穏とこりんの歌詞を切り貼りしたバンド曲の初音合わせを3人でたどたどしく披露し

今日は後回しにされていた開店準備を開演ぎりぎりで済ませ、母達と共に出演者の演奏を見学した。

 こりんも今夜は開演を澤菜家と共に少し観てから帰った。


 穏は従業員として夜も働いているが、高校生の凜は厨房の賄いで夕食を済ませて先に姉妹の部屋に帰り、シャワーを浴びておさらいに入る。

部屋での練習は一人なので、自然とアコギの方が多めになった。

歩の新しい曲はバラードで、確かにこちらの方がしっくりくる。

援護くんに聴いてほしい気持ちを最初の曲に無理にはめ込んで載せていたので、元々がちぐはぐだったようだ。

 コード進行と歌詞だけのスコアを見つつ、ある程度全体が掴めたところで寝不足にならぬよう就寝する。穏はまだ部屋に帰ってこなかった。

折り畳み式の予備ベッドはやや堅かったが、これも青春の味わいだ。

翌朝 穏の眠る部屋を静かに抜け出し、厨房のトースターとレンジを借りて朝食を一人で済ませ、

凜は店内の片付けや洗い物と忙しく活動した。頼まれていたゴミ出しのついでに商店街を散歩するなどしつつ、

(これは思ったほど練習時間増えないぞ?)と計画の見通しを練り直す。

 店に帰るともうドラムが響いており、

「お姉ちゃん、寝足りなくない?」

と心配を告げると

「あとで昼寝もするわよ。それよりあんたも楽器持っておいで。油断してる余裕はないわよ。」

と返される。

 そうして姉妹はデモテープをかけて音合わせをしたりと習得と練習に勤しみ、ベリ子と歩のブランチのタイミングで共に昼食を摂った。

昼過ぎにはこりんも合流し全員で開店準備を済ませてまた練習に入る。

3人揃う日中はベースを、そして一人になる開店後の夜間にはアコギでソロ曲を。

1日目で活動メニューを完成させたなりんは、

1度の帰宅を挟んでフェス前夜まで練習に集中し、かなりの薄氷で3曲ぶんの要領を3人で形にした。


 フェスの前日にはベリ子は運営委員のひとりとして先にキャンプ場に向かっており、

ベリィは休業の案内を掲示した。

さて、いよいよの当日朝。

なりん達バンドメンバーは楽器と共に歩にセレナで運ばれる。

 助手席に穏、後部席になりんとこりん、更に

「途中でひとり拾うぞ。」

 今朝になっての新情報だ。もうひとり一緒に乗る、もうひとり。もうひとりね?

そういえば…。

予感もしたが、駅前で後部席に乗り込んできたのは、やはり。

 援護くん!?


思いがけないタイミングで援護くんとの再会を果たしたなりんの奮闘は!?そして

ガールズ3ピースバンド・「こりんTHEポーキュパイン」の初ステージは如何に!?

次回第13話「援護くんにバラッド」

 

今回長編になってしまいましたが、なりんが援護くんと会えなくなってからまた会うまでのお話で

途中で分けられませんでした。分けたくなかったというか。

 で、気づいたら次回もそこそこ長いかもです。


追記でもう一件。

ヒロインなりんちゃんの、パンチの効いた個性のお姉ちゃん・澤菜穏のん

実写化イメージは、元スマイレージ及び元アンジュルムの福田花音さんこと

現在は新生ZOCのかんなぎまろさん。物語の中で彼女が挙げたバンド名のひとつめ

「大福マロン」は、彼女の持つ二つのお名前を足してもじったものだったりします。

 それからベリ子さんの実写化イメージは、元Berryz工房の須藤茉麻さん。

 ベリィは、ベリ子さんのお店、という逆算でつけた店名です。

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