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第三十八話 初めての外食

「ふぅ……たくさん回りましたね」

「ああ、そうだな」


 ドレス店を覗いたり、本屋に立ち寄ったり、あちこち目移りする私にイリアム様は文句一つ言うことなくずっと楽しそうに付き合ってくれた。



 ちょうどお昼時となり、私たちはオープンテラスで開放感のあるカフェに入った。

 日当たりのいい席に案内してもらい、メニューを受け取る。


「うわぁ!このサンドウィッチも美味しそうだけど、こっちのクリームパスタもいいなあ…」

「ふ、ゆっくり決めるといい。気に入ったらまた来ればいいのだから、今食べたいものを注文しよう」


 目をキラキラさせてメニューを食い入るように見ていると、イリアム様は拳で口元を押さえて肩を揺らした。



 食いしん坊だと思われたかしら……


 でも……そっか、『また』。

 イリアム様とこうしてお出かけをしてカフェで食事をして、色んなところに行けるのね。



「えへへ……生まれて初めての外食ですから悩んでしまいますね。ううん、全部美味しそうで決められないわ。このオススメのランチプレートにします!」

「うまそうだ。俺も同じものにしよう」


 イリアム様がテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、店員がやってきて注文を聞いてくれた。


 料理を待っている間、イリアム様が何か言いたげに口を開いては閉じてを繰り返している。伝えたいけれど、触れていいのか思い悩んでいるかのようで、私はじっとイリアム様の目を見つめて紡がれる言葉を待った。


「その、嫌な気分にさせたらすまないのだが…あなたの初めての外食に同行できて、俺はとても嬉しい」

「あ……」


 なるほど、さっき私が『初めての外食』って言ったから、気にさせてしまったのね。

 少し心配そうに眉を下げて私の表情を窺うイリアム様に、安心させるようにニコッと微笑む。


「私も嬉しいです。離宮から出て、イリアム様は私に広い世界を見せてくださいます。これからも色んなところに一緒にお出かけしたいです」

「ああ、もちろんだ」


 ホッと息を吐いたイリアム様が力強く頷きを返してくれる。それだけで胸に嬉しさや温かさが広がって、満ち足りた気持ちになる。


 二人で微笑み合っていると、ちょうどランチプレートが運ばれてきた。

 お椀型に盛られたオムライスの卵はトロトロで、色鮮やかな多種の野菜が添えられている。少量のパスタと可愛いサイズのコロッケ、見るからにサクサクと焼かれたバゲットからはオリーブオイルの香りが立ち上っている。


「美味しそう~!!」

「そうだな、早速いただこうか」

「はい!」


 私たちは両手を合わせて祈りを捧げると、ナイフとフォークを手に取って食事を開始した。




◇◇◇


「美味しかったですね!」

「美味かったな。また行こう」

「嬉しい!約束ですよ」

「ああ」


 食事を終えた私たちは、露店でホットドリンクをテイクアウトして噴水の広場へと向かっていた。

 イリアム様は珈琲を、私はココアを注文した。


「はふぅ……」


 空いていたベンチに並んで腰掛け、ココアを一口飲み込むと自然と息が漏れた。イリアム様もコップを傾けて雲ひとつない青空を仰いでいる。



 穏やかな時間が流れ、何とも心地よい。



「イリアム様、私とっても楽しいです。今日は街に連れて来てくださり、ありがとうございます」


 感謝の想いが溢れて、まだ昼下がりだというのにお礼の言葉を伝えてしまう。

 イリアム様は、「まだ礼を言うのは早いだろう」とくつくつと笑っている。今日のイリアム様はいつにも増してよく笑っている気がする。


「まあ、その気持ちは分かるな。俺も楽しくて仕方がないよ。一人だったら入らないような店を見るのも興味深いが、何よりソフィアと出かけている事実が俺に多幸感を与えてくれる」

「……私もです」


 イリアム様の言葉も視線もまっすぐで、お世辞でも気を遣って発した言葉でもなく、心からの気持ちであると信じられる。


「この国は今、様々な問題を抱えているので、正直街の空気もどんよりとしているのではと心配していましたが……この国の民は強くて逞しいですね。とても賑やかで、活気があって驚きました。私も彼らの役に立てるといいのですが」

「そうだな、国を支えているのは国民一人一人だ。国を導くものがそのことを理解していれば、もっと民に寄り添った政策が取れるものを……俺も騎士団長として自分にできることを模索するよ」


 イリアム様と微笑み合い、道ゆく人々に視線を向ける。家族連れ、恋人同士、夫婦に友達同士…みんな笑顔で幸せそうに見える。



 視線を巡らせていると、ふと噴水を挟んだ対面のベンチに座る女性に目が留まった。

 一人ベンチに腰掛けて俯いている。白いワンピースだろうか、遠目からも清潔感に溢れた装いに見える。


 何気なしにジッと見つめていると、突然女性が苦しそうに胸を押さえ始めた。えっ!?と思っている間にも、ズルズルと背もたれにもたれながらベンチに横たわってしまった。


「た、大変っ!」

「ソフィア!?」


 大変だ!と思ったと同時に、私はその人の元へと駆け出していた。

 自分でもびっくりするぐらい身体が勝手に動いてしまった。


「大丈夫ですか!?」

「う……ふぅっ、だ、大丈夫…うっ」


 ベンチの前に膝をつき、女性の背中をさすりながら顔色を確認する。大丈夫だと言うが、顔色は真っ青で呼吸も浅い。瞳は硬く閉じられ、額にはじっとりと脂汗が滲んでいる。



 この症状、見たことがあるわ――



 もしかして、と考え込んでいると頭上に影が落ちて慌てて顔を上げた。


「魔力の暴走だな」

「イリアム様っ」


 私の後を追ってきてくれたようで、いつの間にか後ろに立っていたイリアム様が厳しい表情でそう口にした。


 やっぱり。まだ意識はあるけれど、このまま放っておけば手遅れになるかもしれないわ。


「少し失礼しますね」


 私は女性に微笑み声をかけると、苦しげに胸元を掴んでいた手を解いてギュッと握りしめた。



 ――どうか、魔力が落ち着いて元気になりますように。


 目を閉じて強く念じる。

 想いの強さがこの人を助ける力になるはずだから……

 



 しばらく手を握っていると、次第に女性の呼吸が安定して来て、虚ろながらも薄らと目を開けて視線を彷徨わせ始めた。冷たくなっていた手も温もりを取り戻し始め、女性はほぅっと安心したように息を吐いた。



 よかった、うまく魔力を安定させられたみたい。



「落ち着きましたか?」

「は、はい。嘘みたい……」


 女性は信じられないとばかりに、ゆっくりと身体を起こした。まだうまく力が入らないようで、ぐらりと身体が傾いたため、慌てて肩を支える。


「無理しちゃダメですよ」

「ありがとうございます…」


 ハンカチを取り出して女性の額の汗を拭ってあげると、彼女は弱々しくも微笑んでくれた。


「ふむ、まだ軽症だったことが幸いしたな。それにしてもこんなにすぐに魔力を安定させるとは…ソフィアは随分と自分の力を使いこなせるようになったな」

「えへへ、そうでしょうか?」

「ああ、俺が保証する」


 イリアム様はよくやったとばかりに、私の頭を優しく撫でてくれた。

 誰かの役に立てたこと、イリアム様に褒めてもらえたことが嬉しくて、照れ笑いを返した。



「魔力を、安定させる……?」


 私たちの会話を聞いていた女性は僅かに目を見開き、一瞬瞳を揺らした後、意を決したように口を開いた。


「あのっ…どうか、どうかあなたの力を貸して欲しいのです!」

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