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第三十四話 甘くて溢れそう

「そうか……」


 その日の夜、イリアム様の部屋で日中に見つけた欠けたページのことを話した。


 イリアム様は思案げに、私の肩越しに手書きのメモを睨みつけている。


「王国民の不満や不信感を解消するためには、政治体制を一新しないといけないな。だが、王家を廃することも政に手を加えることも現状難しいな」

「そう、ですよね…」

「記述の通りなら、魔竜は人を依代にして現れるのか?当時は恐らく姿をくらませた宰相がそうだったのだろう」

「そうですね…」

「スミスにも頼んで色んな文献を調べてはいるが、なにせ初代当主様以降ソフィアが現れるまで、『封魔の力』を宿した人物はいなかったようで情報が余りにも少ないんだ」

「そう、なのですね」

「恐らくはここ数百年は魔竜の再来の危機には陥っていなかったのだろうな。逆に考えると、再び『封魔の力』が顕現したということは…やはり古の厄災が再現するというのだろうか……」



 推論混じりのイリアム様のお話は真面目なもので、しっかり考えて返事をしなければならないのだけれど、さっきから空返事ばかり返してしまう。



 だって、どうしても集中できないんだもの…!



「あ、あのっ!」

「ん?なんだ?」

「な、何故膝の上に…その…」

「嫌だったか?」

「いえっ、そういうわけでは…ですが、お、重たくないですか?」

「ふ、羽のように軽いから気にするな」

「ううう…イリアム様は私を甘やかしすぎでは?」

「そうか?足りないぐらいだが」


 何故かイリアム様の膝の上に乗せられて、後ろから抱きしめられるように抱えられている。


 あの日以来、イリアム様は私を膝に乗せることが気に入ったのか、二人で過ごす時は頻繁に抱え上げられてしまうようになった。

 耳元で感じる吐息や、くぐもった笑い声、触れ合う身体を通じて伝わってくる鼓動が、いつも私を翻弄して脳が溶けそうになる。



 最近、就寝前のこの時間が甘やか過ぎて心臓に悪いのよ…!


 真っ赤になった顔を両手で覆いながら、苦言を呈しても笑ってかわされてしまう。イリアム様は余裕そうで何だか悔しい……



「慰労会の件で痛感した。いつ死ぬかも分からないんだ。少しは自分の気持ちに正直に生きようと思ってな」


 イリアム様は楽しげに私の髪を手で漉きながら、囁くように呟いた。

 その言葉は到底軽く受け流すことができない内容で、私はイリアム様に身体を向けて縋るように訴えた。


「冗談でも死ぬだなんてっ、言わないでください!」

「すまない…安心してくれ、俺は簡単に死ぬ気もないし、ソフィアを置いて居なくなったりはしない」

「……約束ですよ?」


 イリアム様は優しく微笑むと、私の頬を撫でてくれた。

 その手の温もりが心地よくて、ドキドキして、胸がギューっと締め付けられる。私はたまらなくなって、イリアム様の首に腕を回してギュッと抱きついた。

 僅かにイリアム様の身体が強張った気がしたけれど、どんな表情をしているのかは、何だか怖くて見れなかった。



 子供っぽいと思われた?迷惑そうに眉を顰めてるかも…



 そう思っていたのに、イリアム様は私の腰に腕を回して優しく抱きしめ返してくれて、つい顔を見上げてしまった。


「ソフィア……」

「い、りあむ様……」


 掠れた声で名前を呼ばれ、イリアム様の藍色の瞳に捉われたように動けなくなる。濃紺の髪の向こうに見えるイリアム様の目は熱を帯びていて、その目に映る私の瞳も潤んでいて、恥ずかしいけど目が逸らせない。


 大きな手がまた私の頬に触れる。イリアム様の手が熱い。きっと負けないぐらい私の頬も熱いんだろうな……


 なんて考えていると、つ、と親指で唇をなぞられて、ゾクっと背筋が震えた。



「イリアム様…私、私……」



 胸がいっぱいで、喉元まで込み上げた想いが口から溢れ出そう――



 思わず、『好きです』と口にしそうになったその時、



「はぁ…辛抱が効かなくなるから、あまり可愛いことをしないでくれ」


 イリアム様は困ったように笑みを浮かべると、再び私を抱きしめた。

 私は溢れそうになった言葉を慌てて飲み込んで、されるがままにイリアム様の胸板に身体を委ねた。



 あ、危なかった……!

 うっかり想いを告げるところだったわ…



 未だにドキドキと忙しない胸を撫で下ろし、私はこっそり息を吐いた。


「そうだ、ようやく休みが取れそうなんだ。休みの日、二人で街へ出かけないか?離宮から出たらあちこち行きたいと言っていたのに、結婚してからまともに外出もできていなくてすまない」

「街へ!?嬉しいです…!行きます!」

「よかった。楽しみだ」


 イリアム様の提案に、私は目を輝かせて顔を上げた。

 それに離宮で語った言葉を覚えていてくれたことが嬉しくて、私はすり寄るようにイリアム様の胸に額を擦り付けた。


「ふ、くすぐったい」


 蕩けるような甘い微笑に、くらりと眩暈がした。

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