受けた恩がいつまでも返せない鶴の恩返し
昔々、とある所に心清らかな青年がおりました。
青年が畑仕事へ向かおうとすると、罠にかかった鶴がおりました。
「大丈夫ですか? 今お助け致します」
そう言って手際良く、罠を外し、脚についた傷にオキシドールを含ませたハンカチをあてました。
「染みませぬか? もう大丈夫です」
そっと鶴を優しく起こし、飛び立つ鶴を見届けると、青年はニッコリと畑へと向かいました。
その夜、青年の家に一人の女がやって来ました。
「行くあてが御座いませぬ。どうか泊めて頂けませんか?」
「ええ、どうぞ」
青年は突然訪ねてきた女にいやな顔せず微笑み、奥の部屋を貸しました。
「ちょうど鍋を作ったから、一緒にどうですか?」
青年の拵えた鍋はとても美味しく、自らの不確かな料理を恥じた女は、手料理による恩返しを諦めました。
「部屋を覗かぬようお願い致しまする……」
食事を終えた女が部屋へと籠もると、小さな織機を見つけました。
自分に出来る恩返しはこれしかない。女は袖をまくり上げてやる気を見せました。
「……これは」
しかし、織機のそばに誠に美しい織物を見付けると、そのやる気もあっという間に萎んでしまいました。
「あの、これは……?」
「ああ、機織りの機械を貰ったから作ってみたんだ。あまり上手じゃないけどね」
女は愕然としました。自分には到底織ることの出来ない、それはそれは見事な出来栄えだったからです。
自分には恩を返せる物が無い。
女は夜が明けぬ内に家を出て行こうと思いました。
囲炉裏のそばで寝ている青年の横を通り過ぎた時、小さな寝言が聞こえてきました。
「誰かと食べるのは久々だ……とても楽しい。ずっと居てくれ……」
女は足を止めました。と、同時に思いました。
ただ居るだけでは剥製の置物と変わらない。置物でも良ければ恩に報いる為それもまた良かろう、と。
しかし、女は剥製ではこの青年の期待には添えぬと思い、そっと青年の眠る硬布団へと体を入れました。
女は青年の妻として恩を返すことに決めたのです。
子をなすことはありませんでしたが、笑顔の絶えない夫婦となり、末永く幸せに暮らしましたとさ。