赤い手鏡の女
嫌なモノを見てしまった。
最初にその女を見た時に、僕がまず思ったのはそれであった。
高校から家に帰る途中の、いつも使う通学路。
夕方になるとほとんど人出もなくなる寂れた通りに、唐突にその女は現れた。
赤い服を着た女。
こちらに背を向けて、何やら手元をじっと見ている。
僕の向かう先に居るため、否応なしに近づいていくと、女は手鏡を見ているということが分かった。
赤い縁の柄のついた丸い手鏡を、抱え込むように覗き込む女。
何となく、人間ではないことが分かった。
いつもではないが、たまに僕は見えてしまうことがあった。
嫌なモノが。
だから分かった。
コレは、この世のモノでない、関わってはいけないモノだと――。
そういうモノと遭遇した時、僕は一切反応せず無視して通り過ぎるようにしていた。
今回もその例に漏れず、一気に足を速め、女の横を通り過ぎようとする。
その時に、つい、目に入ってしまった。
女の持つ手鏡。
手鏡に映るのはその女の顔――。
慌てて目を閉じる。
見ていない。
僕は何にも見ていない。
女の顔を見てはいけないと思った。
一気に通り過ぎる。
足を速め、しばらく行ってから一息吐く。
もう大丈夫だろう。
女からは十分離れた。
そう思って曲がり道を進む。
女が居た。
進行方向に、こちらに背を向けて、手鏡を覗き込む女。
さっきの女が、さっきと同じ体勢で、また居た。
僕は無視をする。
視線を逸らして、通り過ぎる。
通り過ぎてしばらく行き、角を曲がる。
そうしてまた、同じ体勢のその女が居るのを見る。
憑いてきている。
憑いてきて、先回りされている。
僕は困ってしまった。
だが、気を取り直す。
何となくここまでで感じたことがある。
顔を見なければ、多分この女は何もできないのだ。
そしてこの女は、こちらに顔を向けた状態で出現したり、振り向いたりすることが出来ないのではないだろうか。
だから手鏡を持っているのだ。
手鏡越しに顔を見せようとしているのだ。
明確な理由はない。
だけど僕は、直感的にそう感じたし、恐らくこの予想は正しいと思った。
そうと決まれば、このまま無視を決め込んで、家に帰ってしまえば良い。
そう思って、女の横を通り過ぎ、過ぎたところで目の前にあるものに気付く。
カーブミラー。
そこには僕と、僕の後ろに佇む、手鏡で顔を隠すようにして立っている女。
女はすっと手鏡を下ろした。
カーブミラー越しに目が合った。
見ちゃったね、とでもいうように、女がうっすら笑うのが分かった。