エルフの村焼失祭
オークが集まっていた。エルフを襲うために。
夕方、森の深部。オーク達は下卑な口を開けていた。彼らの目指す先はエルフの村。彼らは美しき森の外れ、人工物でできた住居の住人達である。傍から見れば人間の村と変わらない。
オークはエルフを憎んでいる。理由はない。ただ、彼らが美男美女であるため、としかワケは見つからない。
一番大きなオーク、その側近が揉み手で問う。
「へへっ、兄貴、エルフ共はもうすぐ寝静まりまっせ。あいつら、どうしてくれやしょう」
大きなオーク、兄貴と呼ばれた彼はあごに手を当てた。賢しげに見せる。
「まず、燃やす。畑も、奴らの信仰する森も、男も女も全部だ。いや、女だけは残すか?」
「男も絶品でしょう!」
オーク達は笑った。下品かつ、低劣の極み。
彼らは森より出発し。おぞましき牙を出す。現れし月が、忌まわしき彼らを覗く。
歩いている内に、異変を知った。鼻を動かして臭いを嗅ぐ。火の臭い。木々が焼け、灰を醸す。さては山火事か。森を焼かれたはこちらも危険。オーク達は死の恐怖を肌に刺され進む。
だが、火の香りは濃くなるばかりだった。流石に大きなオークも不安に思う。配下のオークも、不安を情けなく顔に表した。
側近が見てくる。大きなオークは鬨の声をあげた。配下は呼び声で答えた。士気を上げ、恐怖を除き、駆け出した。
森の外へ。火が家を焼いていた。エルフの村が焼かれていた。
だがそれだけならばオークの侵攻を止められない。彼らの足を地面に留めたのは、エルフの姿だった。お祭り衣装で、晴れの日を祝っていた。ならば家を燃やされさぞ不幸だろう。……とは思えないほど、彼らは狂喜乱舞。まるで、家を燃やして喜んでいるようだ。
「いやーいい焼けっぷりだ。マル、お前何を使ったんだ?」
「王道の油さ。牛からいっぱい搾り取った」
「テメー、マル。最高だなおい。次はオレの家だぜ。テメーには絶対負けないわ。見てろよ」
まるで、ではなく本当に喜んでいた。オークの側近は恐る恐る、兄貴とやらに聞く。
「兄貴、もう燃えてますぜ。しかも、エルフの連中自分で焼いている」
「一体どういうことだ?」
呆然と立ち尽くす彼らに誰かが近付く。エルフの美女二人。オークはいきり立った。けれど彼女らの手に持っているものを見て、彼らの主砲は冷却される。二人は火炎放射器を持っていたのだ。
「あー」一人の女エルフが上品に言う。「貴方達。オークね。私達の祭りを見に来たのかしら」
ロングの金髪に見とれて、言葉も出ない。隣にいる、お団子にまとめたエルフも会話に参入。
「あんた達!見たところ燃やせる物持ってないじゃん。あたしらの使う? 火炎瓶だけど」
「あ、いやあの」側近はたまらず口を開く。「何してるんですか。あと、その背中や手に持っているものは?」敬語になってしまう。
「あんた達知らないのね。あたし達は自分の村を燃やしてるの。より激しく燃やした人が評価されるわ。最高の祭りじゃない?」
祭りとはいえ家を焼くとは。正気ではない。お団子エルフは続ける。
「あと、火炎放射器見たことないの? これはM1火炎放射器よ。アメリカ製で、信頼できるわ」
「かえんほうしゃき?」
ここは中性ヨーロッパ風トールキン的異世界。科学兵器なんてない。けれどもそのような物を持てば、内容を知らずとも無知故の恐れで萎縮させられる。
エルフは唇を挑発的に舐め、天に向けて火炎を放射した。ドラゴンのブレスの如く吹き出し、オーク達を腰抜けにした。彼女、ロングのエルフは言う。
「どうかしら。これで家を焼くのよ。楽しいから、オークもどう?」
「いやいや」大きなオークは困惑のため冷や汗を流す。「オレ達はあんたの村を燃やそうと思って」
「ねぇ聞いたモチちゃん!」たまらず、といった様子のロングのエルフ。「この人達も私達と一緒よ!」
「最高の同士ね!」モチと呼ばれた団子のエルフ。「あんた達も祭りに参加すべきよ。家を焼くナパームの香りは最高よ!」
オーク共の表情といえば、戦々恐々。よく知らないが近代兵器を多数所持している。そんな連中を襲おうとしたのだ。もし村が燃えていなかったら。想像するだけでも肌がチリチリ。
オーク達は渋々祭りに参加する。大きなオークと側近は二人で行動した。どの道、近代兵器に数では勝てない。
村まで入ると、大惨事が喜びとして広まっていた。自身の家を燃やす幼い少女が、片手に焼夷手榴弾を持つ。観客のエルフ達は酒を飲む。中には酒を火に注ぐ者も。またはフライパンを持ち出し、肉を焼く者も。魔法を使おうなんて露も思っていない。
大きなオークは怖じ恐れながらも、男のエルフが音頭をとっているのを見た。男エルフはまだ火を知らぬ家の前に立っている。これからの狙いはオークであろうと不思議ではない。
「さぁさぁ皆さん。これからボクの家を燃やそうと思います。みんなに負けないぐらい燃えますよ!」
エルフの注目が集まる。喚きたて、炎を煽るエルフ達。男エルフは片手にポリタンクを持っている。中身は液体。何であるか察したエルフ達は離れ始める。オークも空気を読み下がる。
男エルフは家に入り液体を撒き散らす。独特の臭いが鼻につく。家を破り、壁にさえ晒す。木製の家が水浸しになる。
男エルフが家から出た。弓を取り、矢の先端に火をつけ、放つ。矢の火は液体に当たり、瞬間、大地を割る轟音と特大の火が夜空を照らした。オーク達は知らないが、あれはガソリンだった。木っ端微塵の家を鑑賞し、エルフ達は拍手喝采を送った。
だがこれで終わりではなかった。吹き飛んだ家の瓦礫が、空中でさらに爆発。花火が舞った。花火の火、一つ一つが焼夷弾だったため、地上に落ちて炎上する。男エルフは満足そうに笑っていた。
美女エルフ二人は恋をしたように頬を赤らめた。ガソリンはいい。先程のタンカーを突っ込ませての爆発炎上もよかったが、これも乙なもの。
次に名乗りを挙げたのは、優しそうな老女エルフだ。オークは彼女の相貌を見て安堵。いくらこのエルフ集団でも、あの老女ならば派手なことは無理だろう。せいぜい松明ぐらいだ。
だが彼女はどこかへ消えたかと思うと、空にステルス爆撃機が現れた。天空から焼夷爆弾を落とし、邸宅を地獄へ変えた。老女は賞賛を受けた。
盛り上がったのか、調子のよさそうな少年が進み出た。
「オレだってやる!」
彼は松明を家に投げた。ガスバーナーで家を炙る。
辺りがシンと静まり返った。興醒め。エルフの表情に嫌悪が混入。オークは空気だけで失禁した。
「お前、これで家を燃やしたと言うのか」
「最低ね。お前が燃えるべきだわ」
少年エルフはあれよあれよと取り囲まれ、理不尽なまでに殴られる。可愛げのある顔は赤く膨れ、足を引きづられ火の中に入れられた。さらに硫酸入の水鉄砲により撃たれる。高い悲鳴が中から木霊する。しばらくして、悲鳴はなくなった。
一人のエルフが火中に入り、少年エルフの死体を持ってきた。「よく焼けてるぜ」と言い、服を剥いでナイフで肉を抉りとって……オーク達はその後を見ていない。
銀髪のエルフが肉を持ってきた。
「食べる?」
「いや、いい。どうかそれをオレに見せないでくれ」
大きなオークのことがエルフを不満にさせつつ、最高に新鮮な子羊の肉を食べた。
村長のような威厳を持つ老エルフが、オーク達のもとにきた。
「いやぁいい祭りでしょう」朗らか声。「どうです? 一つ貸しますから、貴方も焼きます?」
オーク達は震え上がった。見咎めるエルフの目。整然たる直立により恐れの露出を防ぐ。けれども、足の震えは収まらなかった。
大きなオークの側近に救援要請の目をくれた。彼はわずかに首を振った。もし、断ったら。まず殺される。参加したとして、低い評価を受けたら。まず殺される。参加して、高い評価を受けなければまず生き残れない。エルフ達は近代兵器を所有しているのだ。オークの筋力だろうと燃料になるだけだ。
「や、やります」
死地への覚悟を持って答える。相手のエルフは笑って、家を指した。
田舎町によくある藁葺き屋根の家。
「どうぞあれを燃やしてください。貴方なら、立派に燃やせるでしょう」
「いや! いや! お待ちください」側近が止める。興味が集まる。「折角ですので、燃やすのは私達の家にしましょう。そう、私達の森を!」
拍手の合唱。オーク達は唾を飲み込み、発想の妥当性を知る。家を焼くより森を焼くほうが幾らか派手だ。評価を稼ぐならこれしかない。
早速人々は移動。森に入り、オークが動くのを待つ。側近が耳打ちした。
「兄貴、部下を殺すのはどうです?」
「そんなことできるかよ。何をするつもりだ」
「部下に火をつけて草木に追い込み、森を燃やすのです。少しの犠牲で我々は生き残れます」
「さて、そろそろよろしいですかな?」
威圧ある咳払い。大きなオークは牙を舐め、苦渋ながら決断する。
近くにいた部下のオークを引っ張る。エルフかれ油を引ったくり、部下へかけた。そし松明で彼らを燃やした。火をつけられたオークは悲鳴をあげ泣いて苦しむ。誰も火を消そうとしない。
「木に走れ! 擦り付けば消えるぞ!」
腐ってもボスの言うことだ。オーク達は木々に走り、密着し、だが炎上した。木も炎に焦がされ、枝葉が煌々と煌めく。隣接した木にも広がり、あっという間に火事となった。動物たちは逃げ惑う。虫は声なく死ぬ。鳥の悲鳴が耳を打つ。エルフの狂声が響き渡る。
エルフ達は実にた楽しそうだ。大きなオークは部下殺しの罪に苛まれたが、同時に生存の感動に胸を揺らした。
「ねぇ」ポニーテールの女エルフが嬉々として話しかけてくる。「もっとやってよ。あれが見たい」
「いや、流石にもう……」
側近が断る。片眉を上げ、睨んでくる。
「これじゃ足りないよ。次はあんたらだ」
油をかけられ、火をつけられ、蹴り飛ばされ、側近は森の中へ消えた。あの油は水に浸かった程度では消えない火を作る。彼は死んだ。
「もっとやろうぜ!」
エルフ達は生き残りのオークに火をつけた。彼が熱に苦しむ姿が滑稽で、下品に手を叩き笑い転げた。大きなオークは抵抗したが、デイビークロケットを向けられたので腰を抜かした。当然焼死。
オークがみんな死んでしまった。まだ楽しんでいたエルフ達は互いを見た。言った。
「自分達を燃やそう!」
彼らは油に飛び込み、火をつけ、燃える仲間を目にして、溶けた口で笑いあった。
エルフ達は全滅した。
後日、旅人が来た。焦げてなくなった村と森を目にした。焼死体の腐臭が鼻につく。彼は言った。
「エルフの村を襲ったのはオークに違いない。やはりオークはクソだな。仇を取らないと」
オークはこれ以降個体数が激減した。