第9話 勝者の作業
気絶寸前の状態でエレベーターを呼ぶ。
あちこちを血で汚しながら四階に到着した。
階段でここまで上がるのは絶対に不可能だった。
ふらつきながらも進んで自宅の玄関を開けて、靴も脱げずに倒れ込んだ。
床に顎を打つも、それが気にならないほどの重傷である。
フローリングを芋虫のように這い進んでいく。
傷が開きそうになったので、その部分を浮かせるように進んだ。
全身が痛い。
痛すぎる。
だから気を失わずに済んだ。
死んだ方が楽だと確信できるだけの苦痛だった。
それでも生きているのだから仕方ない。
自殺するほど悲観していないのだ。
なんとかリビングまで到達したところで、ソファによじ登って横になった。
震える手でリモコンを押してテレビを点ける。
画面は見えないが、アニメキャラの陽気な声が聞こえてくる。
甲高い声や大げさな効果音が頭に響いて痛い。
それでも静寂が続くより幾分かマシだった。
最悪な体調で横になること暫し。
唐突に痛みの波が引いてきた。
この短時間で傷が治るはずもないので、しばらくすれば苦痛がぶり返してくるだろう。
今のうちに諸々を済ませておくことにした。
靴を脱いで窓際に投げ捨てると、まず台所に向かう。
そこで冷蔵庫からペットボトルを取り出して中の水を一気飲みした。
喉から胃袋にかけて冷えていく感覚があった。
血の味が混ざっていたが、この際は関係なかった。
空になったペットボトルを床に捨てて、戸棚の薬箱を引っ張り出す。
そこから鎮痛剤を見つけて、何錠か適当に取って口に入れた。
ペットボトルの水を飲み干したので、水道水を手ですくって嚥下する。
その後は目に見える外傷に消毒液を垂らしていった。
とても沁みるが、些細な感覚に過ぎなかった。
動かしづらい身体で苦労しながらやり終えると、ガーゼと包帯を巻いていく。
応急処置としてはこれが限度だろう。
骨折した箇所の固定等もしたいが、体力的にも限界だった。
これ以上はもう何もできない。
痛みさえどうでもいい。
あとは死なないことを祈るばかりだ。
力尽きるのなら仕方ないし、また目覚めたら余命を楽しむだけである。
変貌した世界で殺し合いを望んだのは自分自身だ。
選択の末に死ぬのは何も恐ろしくなかった。
重たい身体に鞭を打ってリビングに戻り、赤黒く汚れたベッドに倒れる。
そのまま目を閉じると、意識は闇の底へと沈み込んでいった。