第1話 世界変貌の日
ある朝、出社前にテレビを点けると臨時ニュースが流れていた。
なんでも世界各地にモンスターが出現したらしい。
他にも謎の大樹や古代遺跡が突如として乱立しているという。
太平洋に新たな大陸もできたそうだ。
情報が錯綜しているが、とんでもないことになったのは理解できた。
チャンネルを切り替えながら十分ほどテレビを観たところで、ひとまずキッチンに向かう。
世間は大変みたいだが、そんなことより自分の空腹が気になった。
起きてしまったものは変えようがない。
ここで慌てても、事態は決して解決しないのだ。
むしろ落ち着いた方がいいだろう。
そのための食事だった。
朝食を作りながら、テレビとパソコンで情報収集を続ける。
まだ水道もガスも電気も生きていた。
それが幸いだった。
世界は変質したようだが、食事は普段通りにしたいのだ。
緊迫感に満ちたキャスターの中継を横目に、出来上がった料理をテーブルに並べていく。
バターを載せたトーストにスクランブルエッグ、それと安物のブラックコーヒーだ。
サラダがあれば彩りも良くなるが、野菜はあまり好きではないので割愛した。
慣れ親しんだメニューを口に運びつつ、現在の状況を考察する。
世界規模の異常事態の発生により、どこもパニックだった。
今も外では、悲鳴や何かの衝突音が響いている。
近所にもモンスターが出ているようだ。
いずれネットやテレビも機能しなくなるかもしれない。
以前と同じ生活は、もう送れなくないだろう。
平穏な時代は終わりを迎えたのだ。
つまり、出社しなくてもいい。
既存の秩序は崩壊し、ルールが無くなった世界で自由に暮すことができる。
それはそれで悪いことではないのではないか。
これまでの日常は、別に惜しいと思うほどではない。
何度か自殺を考えたほどだ。
前々から鬱屈とした毎日を終わらせたいと考えていた。
中途半端な覚悟では実行に至らなかったが、こうして世界が勝手に壊れてくれたのだ。
千載一遇のチャンスと言えよう。
たとえ死んでも構わない。
無価値な人生が潰れるだけである。
何も恐れることなどなかった。
そう考えると、途端に前向きになれる。
開き直ってしまえば気楽なものだ。
いつ死ぬかわからないのだから、残り少ない寿命を有意義に使いたくなってきた。
何をしようか迷う中、ふとテレビの下に注目する。
そこには埃を被ったゲーム機があった。
もう何年も動かしていないが、当時は没頭してプレイしたものだ。
昔からRPGが好きだった。
勇者が魔王を倒す王道のストーリーである。
翌日のことも考えず、ひたすらレベル上げをしていた。
世界中に発生するモンスターは、ゲームから飛び出してきたようなビジュアルばかりだった。
ちょうどいい。
かつて熱中したゲームをリアルで再現してみようと思う。
つまりRPGの勇者になりきるのだ。
新たな目的としては上等だろう。
方針が定まったので、さっそく外の様子を確かめることにした。
これから何をするにしても、実際に調査すべきだ。
いつものスーツに着替えた後に、キッチンから包丁を取った。
身近な武器としては十分だろう。
切り付けるというより、相手に刺す時に使えそうだ。
次に押し入れからゴルフクラブを運び出した。
会社の接待に合わせて購入した物で、プライベートで使用する機会はなかった。
ついにここで役立つというわけである。
二種の武器を携えて自宅を出た。
マンションの四階から見える景色はいつもと異なる。
遠くで黒煙が立ち昇り、近くの道路では電信柱にトラックが激突していた。
ひしゃげたガードレールのそばにバイクが転がり、そばには血痕だけが残っている。
幸か不幸か、見える範囲に死体はない。
映像で見るよりショッキングだった。
世界は本当に変わってしまったのだと実感させられる。
しかし、恐怖はなく冷静だった。
まずは付近の探索から始めようと思う。
RPGの鉄則だ。
それでアイテムを調達して強くなるのである。
自宅の扉を閉めようとした時、足音が聞こえた。
誰かが近くの階段を上がってくる。
数秒後、そこから姿を現したのはゴブリンだった。