山奥の廃村
それは山奥にあった廃村での出来事です。
関西の大学に通っていた当時、私と友人Bはよく心霊スポット巡りをしていました。
Aダム、Hダム、Nトンネル……
もっとも、本気の心霊スポット突撃というほどのものではありません。車から降りなくてもすむところばかりに行って、せいぜい道路に止めた車の中から眺める程度の可愛い心霊スポット巡りでした。当時でも心霊スポットへの不法侵入は問題になっていましたので、私もBもそこまではしたくないと思っていましたし、実際に入る勇気もなかったと思います。
そんなある日、Bが「あんまり知られてない心霊スポットがこの近くにあるらしい」と言い出しました。私とBが住んでいた学生寮のすぐ近くに心霊スポットがあるらしいのです。
「そんなとこ聞いたことない」
「先輩から聞いたんや。南の山の中にある廃神社らしいねんけど、夜に行ったらそら怖いらしい」
「夜に行ったらどこの神社でも怖いに決まってる」
たしかにネットで調べても、その神社のことは何も出てきません。
心霊スポットの掲示板を見ても、それらしい書き込みはまったくありません。
「行ってみるか」
週末、私とBは先輩に書いてもらった地図を頼りにその廃神社に向かいました。
「山の中やから迷うぞ。行くんやったら明るいうちに行け。それと、たぶん何もないと思うで。雰囲気が怖いだけや」
そんな先輩の忠告を守り、私とBはまだ空が明るいうちに出発しました。
場所から考えると学生寮から1時間程度のところです。季節は初夏でしたので神社に着いてもまだ明るいはず。これなら心霊スポット巡りというより、廃墟巡りだなあとその時は呑気に考えていました。
国道をひた走り、目的の山が見えても太陽はまだ高いままです。
ようやく目的の山が視界に入り、先輩の書いてくれた地図のとおりに山の中に入っていく小さな道を見つけました。
「これ一応県道だな。道路地図にも載ってるし」
当時はまだカーナビが普及していない時代です。
助手席に座った私は、道路地図と先輩が書いてくれた地図を見ながらBをナビゲートしていました。
私も地方の出身なので、県道と名のつく道でもあまり道路事情がよくないことは知っていました。
しかし、その道はとても車が通っているとは思えないほど酷い道でした。酷道というやつです。
うっそうと茂った木が道に覆いかぶさるようにせり出して来ています。
道にはたくさんの落ち葉が溜まっていて、気をつけないとタイヤを取られそうです。
「暗いな」
Bが言う通り、まだ太陽は高いのですが光が差し込んでこないために、道には暗い雰囲気が漂っています。
だんだん道幅も狭くなり、もう車を切り返す場所すらありません。知らない山道を走る恐怖が私とBに襲い掛かってきます。もう自分たちが心霊スポットを目指していることすら忘れそうでした。
「怖いな」
「神社より、この道が怖いわ」
とにかく早く目的地に着きたい。着いたらさっさと神社を見て、早く帰りたい。私は心の中でそう思いましたが、おそらくBもそうだったのでしょう。だんだんと言葉数も少なくなり、見通しのいい場所ではスピードをあげて少しでも早く進もうとしていました。
「あれと違うかな?」
Bの言葉に視線を先にやると、そこには小さな屋根が見えていました。
「でも、神社っぽくない」
「ほんまや、あれはただの廃屋やな」
神社と思った屋根はただの廃屋でした。
もう何十年も前に住人に捨てられた家だったのでしょう。屋根も半分は崩れ落ちていました。
「あそこにもある」
「ほら、あそこにも」
よく見れば、その一帯にはもう誰も住んでいない家が点在していました。
県道はそんな廃屋のような家のあいだを縫うように進んでいきます。
中には道にせり出すように崩れかかった家もありました。
「廃村?」
「たぶんな」
「昔はここが集落だったんだろうなあ」
「じゃあ、神社もこのあたりにあるのと違うか」
廃村の中を突っ切るように県道を進むと、廃村の外れに小さな鳥居が見えました。
「あれや」
Bはそのままゆっくりと鳥居の前に車を止めます。
その鳥居は思ったよりは綺麗でした。
まわりの雑草も綺麗に刈り取られていて、まるで誰かが定期的に掃除に来ているようでした。
「どうする? 降りる?」
私はそうBに聞きました。
神社であれば、ちゃんと挨拶をして入れば問題はないようにも思います。
でも、なんとなく車から降りる勇気がありませんでした。
「もう見たからいいわ。帰ろ」
Bはそう言って車を切り返し始めました。
なんとなく怖いと思っていた私もその意見に賛成しました。
神社が怖いというより、この、捨てられた廃村が持つ雰囲気が怖かったのです。
車はゆっくりと、もと来た道を進み始めました。
崩れかかった家のあいだをゆっくりと車は進みます。
まだ周囲は明るいので、暗くならないうちに山を下りることができるだろう。そんなことを思った時でした。
「左、見るな……」
Bが私にそう言いました。
こういう時の人間は不思議なものです。見るなと言われた左を私は見てしまいました。
そこには先ほども見た、もう崩れ落ちそうな廃屋がありました。
屋根も半分は崩れ落ちていて、どう考えても誰も住んでいるはずはありません。
なのに
その崩れ落ちそうな廃屋の窓から
誰かがこちらを見ていました
顔が全部見えているわけではありません
でも、見えている目が、瞬きもせず、じっと、こちらを見ています。
その目は薄黒く覇気もなく、とても、生きている人間のものとは思えませんでした。
「なに……あれ……」
私の言葉にBは答えてくれませんでした。
それもそうでしょう。Bにだって分かるはずもありません。
「あっ!!」
Bはまた驚いた声を出しました。
今度は右手にある廃屋でした。
そこに視線をやると、やはり崩れかけた廃屋なのに、小さな窓から誰かがこちらを見ていました。
「うわあああ!!」
もうそこからはよく覚えていません。たぶん、私もBもパニックになっていたのでしょう。
その廃村にあるすべての廃屋から、誰かがこちらを見ているような気がしました。
それが錯覚だったのか本当だったのか、今となっては分かりません。
必死にハンドルを握るB。
私は何も言うことができず、ただ黙って助手席に座っていました。
そして、ようやく山を下りた頃には、あたりはすっかり暗くなっていました。
それから私とBは、あの廃村での出来事を口にすることはありませんでした。教えてくれた先輩にも、行っていないと誤魔化しました。
そして、私とBは、心霊スポットに行くのをすっかり止めてしまいました。
まわりの友人からは、「女の子と行きたいから心霊スポットを教えてくれ」と頼まれる時もありましたが、私もBも、けして教えたりはしませんでした。
大学を卒業し、私はいつしかBと連絡を取らなくなっていました。
今では音信不通です。
お互いに忙しい社会人なので、仕方がないと思っています。
ただ、ひとつだけ、心残りがあります。
それは、あの廃村でのことです。
もし、この小説をBが読んでいたら、私が誰だかBには分かると思います。
B 久しぶり、元気にしてるか。
あの廃村から無事に帰れてほんとによかったな。
あの時、必死に前を見てハンドルを握るお前には言えなかったけど
実はあの時、俺たちの車の後ろから、あの廃屋と同じ目をした得体のしれないものがたくさん追いかけて来ていた。俺は、サイドミラーに映るそれを見て、もう終わったと本当に思った。
あいつらは、山を下りるまで着いてきて、そして、ふもとに着いた頃、ようやく諦めたようにいなくなった。
その時は、お前に言って、ハンドル操作を誤ったらと思うと言えなかった。
帰ってからも、思い出すのが嫌で、言えなかった。
だから、ここで言っておく。ごめん。
無事に帰れたのはお前の運転が上手かったからだ。今でも感謝してる。
これで、この話は終わりです。
もしあの時、あの得体のしれない者たちに捕まっていたら、私とBはどうなっていたのか。
ふいにそんなことを考えたりすることがあります。
私もBも、あの廃村の住人になっていたのでは? いや、まさか……。
でも、たまに思うのです。
音信不通のBは、今どこで、何をしているのだろうかと。
私にはもう一度、あの廃村に行って確かめる勇気はありません。
だからB。もしこの小説を読んでいたなら、連絡をください。
最近、誰かが私を見ているようで怖いのです。
最後までお読みいただきありがとうございました
この小説の内容については真偽も含め、一切お答えできません。