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醜い木

作者: かえるコロッケ

 じめじめと湿った空気。薄暗い森の中、木が騒めいていた。


『おぉ、なんと美しい』

『ああ、縦に伸びる枝に美しい緑の葉』

『それに幹も立派ですわぁ』

『えぇ、何処を見てもご立派です』

『それに比べて――』


 クスクス、クスクスと、笑いが起きた。小声の騒めきが、段々と広がって行く。


 嘲笑している彼らの視線の先にいるのは、一本の木。


 ひょろひょろ、と細い幹。横に伸びる枝。葉はくすんだ緑で、何処を見ても、醜い木だった。


『あんなに美しい御方の隣で、恥ずかしいと思わないのかしら』

『あら?その感覚も無いんじゃないですの?』

『そうか、恥ずかしいが、分からないのか。醜すぎて』


 “醜い木”と“美しい木”。


 二つの木は、隣に並んでいた。


『まぁまぁ。僕が美し過ぎるだけだろう?』


 美しい木は、より一層、自分の身体を震わせて言った。


『そうだな、美し過ぎるだけだな』

『えぇ、ご立派すぎますね』

『いや、誰が隣でも、醜いのは醜いだろ』


 その言葉に、ドッと笑いが起きる。


 自分の姿は自分では分からない。だから、自分の姿は他人から聞いた話からの推測でしかないのだ。


 ――僕は、醜いんだ。


 醜い木は、自分の外見が醜いのだと、周りの木に言われて分かった。


 醜い、醜いと言われても、この場所を移動できない。一度根を張った場所から、移動する事は無理なのだ。


 ――僕は、此処に居て、良いのかな。


 醜い木は、段々そう思うようになっていった。









 ぽつり、ぽつり、と雨が降り出した。

 天から来た恵みの雨は、段々と勢いを増し、土砂降りになった。


 皆は一斉に葉を、枝を大きく伸ばし、雨に当たった。葉に当たる雨の感触。葉の雫がキラキラと雲の隙間から見える太陽に輝き、綺麗な光景が広がる。


「これでは家に帰れない。どうしようか……」


 そんな時、突如下の方からそんな声が聞こえてきた。


 山菜を採りに来たのであろう。背中に大きな籠を背負っている。


「おぉ、あの木で雨宿りをしよう」


 老人はそう言うと美しい木に向かって歩いて来た。


「木さんよ、雨が止むまで雨宿りをさせてはくれんかの?」


 老人は醜い木に言った。


『……』


 醜い木は、驚いて声も出なかった。きっと、隣の美しい木に言ったのだろうと分かり、自分に向けられたと一瞬でも思った自分が恥ずかしくなった。


「木さん、少し座らせとくれ。この老体には山道がきついのじゃ」


 老人は醜い木に腰かけた。醜い木は今度は体をぶるり、と振るわせて驚いた。体を震わせたら葉から雫が落ちるので、落ちないように体を動かさないようにした。


『……雨宿り、して良いよ……』


 醜い木が出した声は小鳥が囁く声よりも小さい。誰にも聞かれない声だった。


「木さん、雨宿りのお礼に、少し、話をしても良いかな?」


 老人はそう言った。

 隣で、美しい木が、『僕の方が美しい。こっちに来て雨宿りをすれば良い』と体を揺らして言っていたが、老人は一切聞かなかった。


 老人は、これまで旅をして来た沢山の場所の話をした。


「若い頃は、儂も旅人でな。沢山の国と、地域と、街を見て来たんだ」


 老人は時に険しい顔で、時に嬉しそうな顔で、話した。


 砂漠の国で、干からびそうになった事。

 雪深い国で、凍傷になりかけた事。

 辺境の田舎で、凄く美味しい果実に出会った事。

 大国の首都で、可愛い女の子に出会った事。

 その女の子と、交際し、月日を重ね、結婚した事。

 それからは、大きな街で建設系の仕事をしていたが、定年してからはこの近くの田舎に移り住み、木こりとして暮らしている事。


 どれも、ここから動けない醜い木にとっては、素晴らしい話だった。


「そして今は、あんたに出会ったんだ。雨宿りをさせてくれる、優しいあんたにな。あんたのその葉で、儂は濡れずに済んだ。それに、年取って疲れ果てたこの老体をあんたのその幹で休ませてくれた。ありがとな」


 老人のその言葉に、醜い木は涙を流した。

 今まで、そんな言葉はかけられた事が無かった。感謝など、伝えられた事が無かった。

 この醜い木が、かけられた言葉は、罵る言葉だけ。

 醜い木は、感謝の言葉が、自分の存在の肯定に思えて、嬉しかった。


『……ありがとう。また……また、雨が降ったら、雨宿りをしに来てよ。そして、沢山の場所の話をして』


 老人の話が終わった頃、雨もちょうど降り止んでいた。

 木の言葉は老人には聞こえていないが、老人は山の中に居る時に雨が降れば、醜い木の所まで来て雨宿りをした。その時には、楽しいお話と共に。


 隣の美しい木は、自分こそ最も美しい、と叫んでいたが、醜い木は気にしなかった。


 まだ、周りの木にも、醜い、醜い、と言われるが、それが醜い木には、少し嬉しく感じた。


 自分が醜い枝を伸ばして、その枝からくすんだ緑の葉を生やす事で、あの老人が来てくれるのだから。ひょろひょろとした、他の木と比べて細い幹に、老人が体を預けて休んでくれるのだから。


 醜い木にとって「醜い」と言う言葉は、老人が腰掛けてくれるその幹を、老人が雨宿りしてくれる、その枝と葉を、指す言葉なのだ。


 それが、醜い木には、嬉しく感じた。


 それから暫くして、老人は女の人を連れて来た。老人より、少し若い老母だ。


「まぁ、貴方がいつも話してくれる木さんね。いつも主人の話を聞いてくれてありがとう。私の事も、よろしくね」


 老母はそう言った。それから、老人と老母は、雨の日でなくても、醜い木の下で、ご飯を食べたり、話をする事が増えた。





 何十年も経って、老人と老母はもう、随分前に来なくなったが、老人と老母が連れて来た、彼らの近所の人が木の下にいた。


 そして、その子供たちが、醜い木の周りで笑い声をあげて楽しそうに笑う。周りでは、彼らの親や祖父母達が談笑していた。


 ――ありがとう、僕は、嬉しいよ。


 木は、下で楽しそうに遊ぶ子供達に、談笑する大人たちに、そして、あの老人と老母に、心の中でそう言った。



 周りには今でも醜い、醜いと言われている。だが、木はそれが、凄く、嬉しかった。

 毎日来てくれる皆の声と、自分の周りで遊ぶ子供たちの姿が、醜い木にとって、一番うれしく、自分がここに居て良いと言う、肯定でもあった。




 醜い木は、いつまでも、その場所で子供たちを見守り続けた。





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