THE BOY MET A BOY
獣たちから生じた騒々しさが彼方へと去り、浜に打ち寄せる波音だけのいつもと変わらぬ世界になったあとも、その闖入者が消え去ることはなかった。
砂の上に弱々しく腰をつき、伏し目がちに恐る恐るこちらの様子を伺っているのがわかる。
何者だろう?
人間だろうが…やはり俺を倒しに来たのだろうか?
ウラはじとりと獲物をねめる。
といってもウラに嗜虐的な趣味があるわけではない。
決して残虐非道の男であるわけでもない。
おおよそこのような場合、ウラは迷いこんだ哀れな客人をさっさと島の外にうっちゃってしまう。
簡単な舟を作り、風を起こしてやればすぐに片づく用件である。
人間なぞに興味を持たない彼にとっては何も惜しいことは無い。
しかし、今回の来客に関しては少し様子が違った。
ウラは少しこの客人に興味をそそられていた。
年端のいかぬ様子のその人間。
男なのか女なのか。
外見だけでは判別がつかない。
白い肌、やや色素の薄い艶やかな髪、細い腰つき、大きな瞳、低く小さな鼻。すべてが虚弱なこの来訪者はウラに今まで感じたことのない劣情を催させた。
ひとつこいつをからかってやろうじゃないか。
ウラは心のうちでにやりとほくそ笑むと、その新たな玩具にむけて歩みをすすめる。
一歩、一歩と近づくごとにウラの胸は高鳴る。
一体やつにどんな悪戯をしてやろうか。
見てみろ。恐怖のあまりこちらを正視することもかなわぬではないか。
やつには幻視の怪物があたりを囲んでいるようにみえていることであろう。
仔鹿のように震えておる。
きっと俺を人喰いの化け物か何かだと思っているに違いない。
愉快、愉快。
やがてウラはその哀れな子羊のもとへとたどり着くと、自分も膝をついて獲物に鼻を近づけ匂いをかいだ。
人喰い鬼を演じるだけのただのポーズであったのだが、ウラはその人間が発する甘い香りに注意をひかれる。
なんの匂いだ?
人間の女は香木の匂いを身にまとうと聞くが、その類いであろうか?
嗅げばまたかぎたくなるその妙香。
相手の細いからだをその筋肉質な腕でむんずと抱き寄せ、首から背中、腰、はだけた襟元からのぞく胸、腋と無遠慮に鼻を押しつけて匂いを確かめる。
それは着物についているものではなく、身体のどこからともなく染み出てあたりに芳香しているものらしい。
「お前…女か?ずいぶんと甘い匂いがする。」
声などかけるつもりではなかったが、気になることは放っておけぬ性分。
ウラは匂いの主に問いかける。
「お…おとこです、はい。」
「男だと。随分と女々しい男がいたものじやな。はっはっ。」
決して辱しめるつもりではなかったのだが、少年の姿がイメージのなかの人間の男というものと余りにかけ離れていたためにウラは一笑した。
少年は恥ずかしそうにうつむく。
「ふふ、お前となら子をなすこともできそうじゃぞ。けつの形も良い。」
ウラは両腕で少年の尻を抱くとぴしゃりと掌で尻たぶを打った。
悔しいのか怖いのか唇を噛んでいた少年は
「男は子など産みません…はい。」
とぼそりと抵抗してみせる。
羞恥にほほを赤く染め、それでもなお残った自尊心を保つためか、口を一文字に結んでいる。
その表情がウラの劣情をさらにそそる。
「俺は人間とは違うからな。多少の空間さえあれば男にでも子は産ませられるぞ。例えばこの穴など使ってな。」
少年の桃尻を撫でまわし、再びぺしゃりと掌でうつ。
「そこは…糞をひる穴なのです。子を出すところではありません、はい。」
「百聞は一見にしかず。お前も産めば理解できる。」
いまやすっかり愛しさすら感じるその少年の尻に、ウラは頬ずりする。
「ぼくは…天女さまからあなたを退治するよう仰せつかっているのです。子供など産むものか。」
少年は健気にもまだ自分の任務を果たすつもりでいた。
ウラは今度は明らかに侮蔑的な笑みを見せた。
「天女?あいつが天女か。笑わせる。天女がお前に何をしてくれたというのだ。些末な術をさずけ、ろくでもない供をつけて、よく知りもしない敵地へ放り込んだだけであろう?あやつは今もお前を見ておる。楽しんでおるだけよ。」
「嘘をつくな。」
「嘘ではないさ。まあいい。お前があいつの使いだというのなら、なにも気をつかうこともないな。ふふ。ゆっくりしていけばいい。」
ウラは少年の腰帯をむんずと掴むとひょいっと左肩に担ぎ上げ歩き出した。
ときどき思い出したように少年の尻をぺしゃりとうちながら、ウラは庵へとむかう。
人気のなくなった浜辺には、やはりそれまでとおりに、打ち寄せる波の音がざばん、ざばんと絶えず続いた。
ご精読ありがとうございました。
物語自体にはなんのオチも意味もない試作品です。




