相撲に関連する作品(相撲小説「金の玉」「四神会する場所」シリーズは、別途でまとめています)
大鵬の訃報に接して 時は流れ続ける、とどめるすべはない。
昭和の大横綱、大鵬の訃報に接したときに書いた文章です。
大鵬幸喜。そしてプロ野球における、長嶋茂雄、王貞治。
物心がついてから少年時代にかけての三大ヒーロー。
大鵬は亡くなり。長嶋と王も老いました。
2013年1月31日 (木)記
大鵬の訃報に接して
昭和38年、5歳になった頃から相撲を見始めた私が、最初にファンになったのは、
例にもれず、大鵬だった。
大鵬の実況中継は怖くて見ることができず、
一緒にみていた大人の「勝ったよ」という声を聴いてから安心してビデオを見る。
「負けた」と聞いたら、直ぐに泣き出す。
そんな幼稚園児だった。
それほどのファンだったのだが、昭和42年、小学校4年生の後半あたりから
大鵬は強すぎて面白くない、という意識が出てきて、むしろアンチとなり、
昭和43年からは北の富士のファンとなった。
だが、言うまでも無く大鵬は時代を体現したヒーローだ。
私は、相撲と同じレベルで、野球も好きなのだが、
大鵬、長嶋、王が、幼年時代から少年時代にかけての3大ヒーローであった。
2~3年前だったろうか,NHKのBSで、「ONの時代」という
3回か4回のシリーズ番組が放映された。
そういう番組を見てしまうと、感情が胸いっぱいにあふれてしまう自分の性癖は
知っているので、見ないようにしていたのだが、
最終回は見てしまった。
番組のラストは、
今のONが、グラウンドの右と左のバッターボックスに立ち、カメラのほうを見ている
シーンだった。
その姿を見た時、私は、ボロボロボロボロと流れ出る涙を止めることが出来なかった。
「歳を取ったなあ・・・・」
物心がついたとき、私の世界に現れた最初のヒーローが、光輝いていたあのヒーローが老いていく。
人は年を取る。
限りない憧憬の目で、ヒーローを眺めた少年も、齢50代の半ばとなった。
時は流れて、流れて、流れ続ける。
大鵬の訃報を告げるニュースを見て。
いきなりのニュースだったので、先ず、吃驚した。
「大鵬死んだんだ・・・」そう言ったきり、涙が溢れだした。
部屋にいた家内と長男が、戸惑ったような顔で私を見ていたが、
流れ出る涙を止めることができなかった。
ヒーローがヒーローらしくいて時代を象徴する。
ある種、純朴で簡潔であったかもしれない時代。
そんな時代に幼少期を過ごした。
ONを超えるヒーローはいない。
大鵬を超えるヒーローなどいない。
本来、好きではないタイプの、そんな
「昔はすごかった」
「俺は、大鵬を、ONをこの目で見ていたんだ」
を一つ話に自慢する。そんな老人に私も
なってしまいそうだ。
昭和38年10月の大阪準本場所。
相撲ファンで、大鵬ファンだった私を連れ、母は、
府立体育館に行き、
関係者以外は入れないはずの、支度部屋の中に
入っていった。
異様な雰囲気を感じて、戻ろうよ、と泣き声でいう5歳の我が子を
連れて、大鵬と握手させてあげようという一心で。
大鵬はにこにこと握手してくれた。母はあわよくばサインも
と思っていたようだが、用意していた鉛筆はポケットの中で
折れていた。
あの偉大な人の人生の中で、その人の瞳の中を、ほんの一瞬であっても
この私が占領した時間があったことを誇りに思う。