4話:接待で営業の業績表彰
その後6年目に契約件数と契約金額もトップになり全国表彰され多額の報奨金を手に入れた。この結果に気をよくして、入社7年目に、もっと、大きな市場を求めて、富裕層の多い、田園調布の近くにある世田谷営業所に転勤した。そこで、まず、詳細な地図を手に入れて、そこに住む方の情報を徹底的に調べ上げ、毎日、一軒一軒、挨拶回りをして反応の良さそうな、お宅を見つけては、言葉巧みに、好きな事、好物を聞き出、気の利いた、手土産を持ち、最初はとにかく、気に入られる様に訪問した。
その後、訪問先の奥様に、
「あなたは、どんな仕事をしているの」と聞かれる迄じっと待ち、正体をあかさず、とにかく訪問を継続する。やがて、相手が何をしているのと聞いてくれた時に、
「生命保険のセールスで訪問しているのですが」、と言い、
「少しずつ保険の話をして、相手が富裕層であれば、それ相応の備えが必要だ」と言って保険を勧誘する。もちろん、他社の大口顧客を調べ上げて、ターゲットを絞って、訪問していくわけだから、話がまとまれば大口の保険の契約となるので営業成績はドンドン上がっていく。
更に、入り込める思ったら、相手の趣味を聞いて、テニスとか、お茶、ドライブ、旅行、海外旅行と聞き出したら。自ら、参加して、相手の懐に入り込んでいく。そして、その顧客の友人、知人、商売相手をまとめて囲い込み仲良くなっていき一網打尽に保険契約を取る。名付けてトロール網作戦で次々と新規顧客を増やし、保険契約を積み上げていった。この方法で3年で世田谷営業所で営業成績トップに上り詰めた。
その後、芸能人や富裕層が多い、目黒、渋谷エリアと担当する渋谷営業所に転勤となり、営業に行く時の車をアウディにして、颯爽と営業活動に出かけるようになり、上客とのパイプをつくるために、テニス、ゴルフ、クルーズ、別荘へのドライブ旅行と徹底的に接待して、次々に大口顧客を取っていき、お客様が会社社長の場合は、会社全体を取り込んで保険契約を取って行った。 そのため他社の保険会社のセールスからはトロール池田というニックネームを頂戴して、恐れられた。
8年目になりN保険でもその名が知られる様になり、次に、大企業の本社が多い東京・日比谷営業所に転勤となった。いつも通り、大企業の本社の掴むべき人を捜し当てる仕事に、毎日、1件でも多く、訪問してまわった。1年が過ぎて、おおよそのターゲットが掴めて所で、そのターゲットとした顧客に、入り込む、具体的な作戦を練って2年目から行動していった。もちろん、交際費は多くかかるのは当然であった。毎日の様に接待、ゴルフ、ドライブ旅行、顧客の別荘へ,車の運転した。
まれに長期間のクルーズ旅行に同行した。そして大企業を根こそぎ契約に結びつけた時は数10人分の新規契約を取り多額の歩合収入を得た。それに味を占め、次々に大企業のを落としては多くの契約を一気に取るという離れ業をやってのけ表彰状が7枚になった。世田谷営業所7年、渋谷営業所7年、日比谷営業所9年の合計23年経った1996年、池田松男も43歳になり年収が2500万円近くなったが交際費で足らない分を自腹を切るので、実質的には、年収2000万円前後になった。