6.探偵少女の来訪
「さあ、斎藤の尋問が、終わったんじゃないかな?」
晃たちが居る尋問室の、ドアが開かれた。
経験の豊富さを伺わせる、中年男性と、オレンジ色の髪の、若い青年が現れた。
「あっ、笠森判事!」
支倉が、中年男性の方に、声をかけた。
「支倉……待たせたな。」
支倉を、ここに呼んだのが、この笠森判事だ。
「はっはっは!
斎藤、お前、すっかり憔悴しているじゃないか。」
蕗屋は、もう自分を装う事をしていなかった。
斎藤青年は、ツンツンとした、オレンジ色の髪とは裏腹に、酷くグッタリとしていた。
顔色は失われ、目の下には濃いクマが入っている。
「笠森判事……彼にいったい、何を……!?」
支倉は笠森に尋ねた。
「なに、普通の質問しか、していないんだが……。」
笠森は、親指でクイクイと、斎藤を示した。
「あ……あ……。
俺は……殺して……ない……。」
「だから、誰も死んでないって、言ってるだろっ。」
笠森が、斎藤を肘で突っついた。
「こいつは、ずっとこんな調子だったよ。
お陰で、事情聴取に、えらく時間がかかった。」
「お疲れ様です……。」
「ああ、そうだ。
支倉には、事件について話していなかったよな。
粉雪ちゃんが来る前に、俺から話そう。」
「お婆さんが、ヘソクリ目当てで、刺されたんですよね。
ヘソクリは、松の植木鉢から盗まれた……。」
笠森は、満足そうに頷いた。
「そこに居る、蕗屋くんから聞いたんだな。
流石は、期待の新人検事。
仕事が出来る男だ!」
「いやはや……。」
支倉は、手を頭の後ろに回して、照れた後、晃に振り返った。
「坊ちゃん。
ありがとうございます。」
支倉は小声で、晃にお礼を言った。
「えっ……僕……?」
「俺が小栗虫太郎談義で、蕗屋と盛り上がった時、軌道修正してくれたじゃないですか。」
「あっ……。」
支倉は、笠森に向き直ると、何やら専門的な話を始めた。
晃は、それをボンヤリと聞きながら、喜びを感じていた。
迷ったけれど、言って良かった……。
支倉くんの役に立てて、良かった……。
晃は、そう思った。
笠森は、ウームと唸った。
「現状、斎藤が最も怪しいし、本人はこんな調子だし……。
このままいけば、斎藤、お前を裁判所へ送る事になるぞ。」
「そ……そんなぁ……。」
斎藤青年の目に、ジワリと涙が浮かんだ。
「何故、斎藤が一番怪しいんですか?」
支倉が笠森に尋ねた。
「金を盗んだ証拠があるんだよ、支倉さん。」
答えたのは、蕗屋だった。
「貴様っ……。」
「まあまあ、支倉。
蕗屋くんの理解度も知りたいし、ここは彼に言わせよう。」
「くっ……分かりました。」
蕗屋は、安全圏内に入って安心したのか、饒舌だった。
「この事件が発覚したのはですね、斎藤が現行犯逮捕されたからです。
お婆さんのヘソクリを、隠し持っているのを、通行人に見つかったんです。」
「蕗屋……お前、さっきは、犯人を知らないような口振りだったが……。」
「話そうとしたら、あんたが割り込んで来たんじゃないか。」
「なんだと……ッ!」
「まあまあ支倉、落ち着けよ。
蕗屋くん、君もね、一定の敬意は払ってくれ。」
「分かりました、笠森さん。
……では、続けますね。
おまけに植木鉢には、斎藤の指紋が、ベッタリと残っていたんですよ。
斎藤だけの、指紋がね。
……斎藤は、以前からお金に困っていました。
俺は何度も、本人から聞いたので、知っています。
その話の中でよく、お金持ちのお婆さんが出てきました。
斎藤は、そのお婆さんから、ヘソクリを盗み出したいと、言っていました。
後先短い守銭奴が、使わない大金を溜め込むより、将来性がある俺たちが、その金を代わりに使った方が、絶対に良い……。
斎藤はよく、そう熱く語っていましたよ。」
支倉は、フンフンと頷いた。
「動機も、物的証拠もあるわけか……。
だが、刺したのは否定していると……?」
笠森が、それに答えた。
「それがあやふやなんだよ、支倉。
殺してない、とは言うが、刺してない、とは言わない。」
支倉は、顎に手を当てた。
「刺したが、殺してはいない……という事なのでしょうか。」
「ああ。
俺も、その線で考えているよ。」
「あばっ……あばばっ……!」
「ああもう、しっかり立て! 斎藤。」
脚がふらついている斎藤の、上半身を、笠森が腕で支えた。
「斎藤、よく聞け。
まだ情状酌量の余地はあるし、少なくとも、終身刑は無い。
お婆さんに、謝る事も出来る。
そんな、パニックにならなくて、良いじゃないか……。」
「おっ……俺じゃっ……ないのにぃ……!」
斎藤の両目から、ボロボロと涙が零れた。
その時、尋問室のドアが、警察官によって開かれた。
ドアの向こうから、少女の声が聞こえてきた。
「皆さん、お待たせして、すみません……。」
黒い、中華風のジャケットドレス。
ウェーブのかかった、暗い茶髪のツインテール。
……明智粉雪だ。
テレビで観たのと、同じ格好をしている。
尋問室に入って来る粉雪に、晃は釘付けになっていた。
テレビで観た彼女より、断然美しかった。
それに、テレビ越しでは分からない、花の香りも漂ってくる。
粉雪は、晃の視線に気が付くと、晃に柔らかく微笑んだ。
晃は、暖かい気持ちになって、粉雪に微笑み返した。
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。