5.事件の内容
晃は悩んだ。
……が、言う事にした。
このまま、支倉を呼んだ判事が来たら、支倉が怒られてしまうと考えたからだ。
「ちょっと……支倉くん。」
「何ですか?坊ちゃん。」
「さっき蕗屋さんが言っていた、昨日の事件と、事情聴取について、訊かなくて良いのかなって……。」
「ああっ!そうでした、そうでした。」
支倉は、検事としての、冷静な顔に戻ると、事務的な質問をした。
「蕗屋さん、昨日の事件とは?
そして、あなたは何故ここへ呼ばれたんです?」
「昨日、この辺りに住むお婆さんが、何者かに刺されたんです。」
「さっ、殺人……ッ!?」
繊細な心を持つ晃は、身を震わせた。
だが蕗屋青年は、あっさりと否定した。
「いえ。
そのお婆さんは、酷い守銭奴で……あいや、被害者をこんな風に呼ぶのは、いけませんね……。
お婆さんは、服の下に、大量の札束を、隠していたんです。」
「服の下に、札束……!」
支倉は、蕗屋青年の言葉を、繰り返した。
「検事さんなら、ご存知でしょう。
何十枚と、重なった札束を、ナイフで貫くのは……意外と、力が要るものなのですよ。」
「勿論、知っていますよ。
それで、犯人は、殺し損なったのですね。」
「ええ。
……お婆さんは、刺されたショックで、気を失いました。
その隙に、ヘソクリを、持ち去られたんです。」
「金のせいで殺されかけ、金のお陰で救われた……皮肉な話ですね。」
支倉は、ため息をつくように、言葉を発した。
蕗屋青年は、2つ目の質問に答えた。
「僕がここに呼ばれた理由……ですよね。
実は……言いにくいんですが……
犯人だと、疑われているからなんです。」
支倉の目が鋭くなった。
「……それはどうして?」
「事件の3日前、僕はお婆さんに会っているんです。
そこで長い事、お婆さんと話をしました。」
「長い事……具体的な時間は分かるか?」
支倉の口調や、纏う空気が、途端に張り詰めたものに変わったので、晃は縮こまった。
「分かっちゃいましたが……露骨ですね、検事さん。」
「こういう仕事なのでね。」
「構いませんよ……3時間です。
お婆さんと話したのは。」
「……どんな話をしたんだ?」
「話の内容は、つまらない世間話で……。
はあ、隠しても後でボロが出そうですから、先に言ってしまいます。
僕は平凡な会話を通して、[ヘソクリの在処]を探っていたんですよ。」
――そんな事、どうやって行ったんだろう!?
晃は驚いた。
しかし支倉は、変わらず冷静なままだった。
「会話を通して、ヘソクリの在処を探る…。
それは、法水麟太郎のように?」
「ええ。
こちらが言葉を出し、相手の反応を見る事で、分かりましたよ。
僕はお婆さんに、お金を連想させる言葉を、投げかけました。
『将来が不安じゃありませんか?』
『この辺りに、泥棒が現れたそうですよ。』
……ああ、この泥棒は、昨日粉雪さんが捕まえた人ですね。
『僕は貧乏で、新しい本を買うのにも、何十分と悩んでしまうんです。』
……これは事実です。
まあ、こういった事を、僕は言いました。
するとお婆さんは、その度に、庭先にある松の植木鉢を、チラチラ見ていました。
話し方も、その時だけモゴモゴしていて、明らかに、植木鉢に気を取られていました。
僕は確信しましたよ。
その植木鉢に、ヘソクリが隠されているのだと。
実際、ヘソクリはその植木鉢から、盗まれていたそうですよ。
……あーあ。
わざわざ、偏屈婆さんの話し相手をしてやって、ヘソクリの場所を突き止めたのに。
先を越す奴が、現れるなんてなぁ……。」
支倉は、軽蔑を含んだ眼差しで、蕗屋を見下ろした。
「……蕗屋清四郎。
お前は、犯人では無いかもしれん。
……だが、悪人ではあるようだな!」
「わあ!
僕が、悪人ですって?」
「『先を越す奴が』
……とお前は言ったな。
今回の事件が起きなければ、お前が盗みに入っていたんだろう!」
支倉は、正義に燃えるあまり、冷静さを失っていた。
「流石に、人殺しはしませんよ~。」
「盗みに入った矢先、お婆さんと鉢合わせになったら!?」
「……ッ!?」
「それでも、決して殺さないと、言い切れるかっ!?」
支倉は、高圧的に蕗屋を問い詰めた。
しかしここは、蕗屋が上手だった。
「……殺しません。
これも運命だと思って、捕まる事を選びます。
人殺しがバレるより、そちらの方が、罰が軽いですしね。」
蕗屋はあくまで、冷静だった。
支倉は、そんな蕗屋の態度に、狼狽えた。
相手に向かって、全力で殴りかかったつもりが、寸前で相手の姿が消えてしまった……そんな心持ちがした。
晃は……この場の雰囲気に、飲まれそうになりながら、なんとか堪えていた。
というのも、ある事が、妙に気になっていて、それを蕗屋に問わねばならないと、使命感を抱いていたからだ。
場の空気が落ち着いたので、晃はやっと、訊く事が出来た。
「あの……蕗屋さん。」
「うん?」
「あなたは何故……お婆さんがヘソクリを持っていると、確信していたんですか?」
蕗屋はニッコリと、晃に微笑みかけた。
「嬉しいな……。
法水さん、あなたはこんな僕にさえ、丁寧に接して下さるのですね。」
「坊ちゃんは、そういうお方だ……。」
「法水さん。
僕は、斎藤という友人から、お婆さんの事を聞いたんですよ。」
「斎藤さん……。」
「隣の尋問室に居ますよ。
……ドアが開いた音がする。
さあ、斎藤の尋問が、終わったんじゃないかな?」
*お読み頂き、ありがとうございます。
*原作
『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎
『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎
『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作
『心理試験』 著・江戸川乱歩
*絵は自分で描いています。