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5.事件の内容

これは、日本の古典文学を元にした、二次創作作品です。

原作は、後書きに載せます。


[神戸][南京町]といった、現実の地名が出てきますが、実在する同名の場所とは、外観が大きく異なる場合があります。


挿絵(By みてみん)

 

 晃は悩んだ。


 ……が、言う事にした。

 このまま、支倉を呼んだ判事が来たら、支倉が怒られてしまうと考えたからだ。


「ちょっと……支倉くん。」


「何ですか?坊ちゃん。」


「さっき蕗屋さんが言っていた、昨日の事件と、事情聴取について、訊かなくて良いのかなって……。」


「ああっ!そうでした、そうでした。」


 支倉は、検事としての、冷静な顔に戻ると、事務的な質問をした。


「蕗屋さん、昨日の事件とは?

 そして、あなたは何故ここへ呼ばれたんです?」


「昨日、この辺りに住むお婆さんが、何者かに刺されたんです。」


「さっ、殺人……ッ!?」


 繊細な心を持つ晃は、身を震わせた。

 だが蕗屋青年は、あっさりと否定した。


「いえ。

 そのお婆さんは、酷い守銭奴で……あいや、被害者をこんな風に呼ぶのは、いけませんね……。


 お婆さんは、服の下に、大量の札束を、隠していたんです。」


「服の下に、札束……!」


 支倉は、蕗屋青年の言葉を、繰り返した。


「検事さんなら、ご存知でしょう。

 何十枚と、重なった札束を、ナイフで貫くのは……意外と、力が要るものなのですよ。」


「勿論、知っていますよ。

 それで、犯人は、殺し損なったのですね。」


「ええ。

 ……お婆さんは、刺されたショックで、気を失いました。

 その隙に、ヘソクリを、持ち去られたんです。」


「金のせいで殺されかけ、金のお陰で救われた……皮肉な話ですね。」


 支倉は、ため息をつくように、言葉を発した。

 蕗屋青年は、2つ目の質問に答えた。


「僕がここに呼ばれた理由……ですよね。

 実は……言いにくいんですが……


 犯人だと、疑われているからなんです。」


 支倉の目が鋭くなった。


「……それはどうして?」


「事件の3日前、僕はお婆さんに会っているんです。

 そこで長い事、お婆さんと話をしました。」


「長い事……具体的な時間は分かるか?」


 支倉の口調や、纏う空気が、途端に張り詰めたものに変わったので、晃は縮こまった。


「分かっちゃいましたが……露骨ですね、検事さん。」


「こういう仕事なのでね。」


「構いませんよ……3時間です。

 お婆さんと話したのは。」


「……どんな話をしたんだ?」


「話の内容は、つまらない世間話で……。

 はあ、隠しても後でボロが出そうですから、先に言ってしまいます。


 僕は平凡な会話を通して、[ヘソクリの在処]を探っていたんですよ。」


 ――そんな事、どうやって行ったんだろう!?

 晃は驚いた。


 しかし支倉は、変わらず冷静なままだった。


「会話を通して、ヘソクリの在処を探る…。

 それは、法水麟太郎のように?」


「ええ。

 こちらが言葉を出し、相手の反応を見る事で、分かりましたよ。


 僕はお婆さんに、お金を連想させる言葉を、投げかけました。


『将来が不安じゃありませんか?』

『この辺りに、泥棒が現れたそうですよ。』


 ……ああ、この泥棒は、昨日粉雪さんが捕まえた人ですね。


『僕は貧乏で、新しい本を買うのにも、何十分と悩んでしまうんです。』


 ……これは事実です。


 まあ、こういった事を、僕は言いました。

 するとお婆さんは、その度に、庭先にある松の植木鉢を、チラチラ見ていました。


 話し方も、その時だけモゴモゴしていて、明らかに、植木鉢に気を取られていました。


 僕は確信しましたよ。

 その植木鉢に、ヘソクリが隠されているのだと。

 実際、ヘソクリはその植木鉢から、盗まれていたそうですよ。


 ……あーあ。

 わざわざ、偏屈婆さんの話し相手をしてやって、ヘソクリの場所を突き止めたのに。


 先を越す奴が、現れるなんてなぁ……。」


 支倉は、軽蔑を含んだ眼差しで、蕗屋を見下ろした。


「……蕗屋清四郎。

 お前は、犯人では無いかもしれん。


 ……だが、悪人ではあるようだな!」


「わあ!

 僕が、悪人ですって?」


「『先を越す奴が』

 ……とお前は言ったな。


 今回の事件が起きなければ、お前が盗みに入っていたんだろう!」


 支倉は、正義に燃えるあまり、冷静さを失っていた。


「流石に、人殺しはしませんよ~。」


「盗みに入った矢先、お婆さんと鉢合わせになったら!?」


「……ッ!?」


「それでも、決して殺さないと、言い切れるかっ!?」


 支倉は、高圧的に蕗屋を問い詰めた。

 しかしここは、蕗屋が上手だった。


「……殺しません。


 これも運命だと思って、捕まる事を選びます。


 人殺しがバレるより、そちらの方が、罰が軽いですしね。」


 蕗屋はあくまで、冷静だった。

 支倉は、そんな蕗屋の態度に、狼狽えた。


 相手に向かって、全力で殴りかかったつもりが、寸前で相手の姿が消えてしまった……そんな心持ちがした。



 晃は……この場の雰囲気に、飲まれそうになりながら、なんとか堪えていた。


 というのも、ある事が、妙に気になっていて、それを蕗屋に問わねばならないと、使命感を抱いていたからだ。


 場の空気が落ち着いたので、晃はやっと、訊く事が出来た。


「あの……蕗屋さん。」


「うん?」


「あなたは何故……お婆さんがヘソクリを持っていると、確信していたんですか?」


 蕗屋はニッコリと、晃に微笑みかけた。


「嬉しいな……。

 法水さん、あなたはこんな僕にさえ、丁寧に接して下さるのですね。」


「坊ちゃんは、そういうお方だ……。」


「法水さん。

 僕は、斎藤という友人から、お婆さんの事を聞いたんですよ。」


「斎藤さん……。」


「隣の尋問室に居ますよ。


 ……ドアが開いた音がする。


 さあ、斎藤の尋問が、終わったんじゃないかな?」




*お読み頂き、ありがとうございます。


*原作

『黒死館殺人事件』著・小栗虫太郎

『二十世紀鉄仮面』著・小栗虫太郎

『ドグラ・マグラ』 著・夢野久作

『心理試験』 著・江戸川乱歩


*絵は自分で描いています。

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